22.文化 文学 歴史

2015年10月28日 (水)

アメリカではハロウィンに仮装しない!?/ 米国アニメに見るハロウィン 『キム・ポッシブル』『おさるのジョージ』

ハロウィン(ハロウィーン Halloween)。
以前は、日本人に馴染みの薄いものでした。
元々、由来がキリスト教でもギリシャ・ローマ神話でもなく、ケルト文化。
欧州にもなく、北米大陸のみに広がった、なんとも主旨の解り難い祭事。

でしたが、その主旨を理解することもないまま、この10年ほどで日本にもすっかり定着しました。
仮装をメインとしたイベント・パーティーとしてで、場所や年代はまだかなり限定されますが。
しかし、やるとなると徹底的になるのが日本人、若者達の仮装ぶりは今や日本観光の目玉のひとつでもあるようです。

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画像の引用元 http://curazy.com/archives/41802

一方、元からハロウィンのイメージとしてあった、子ども達が近所を回ってお菓子をもらうスタイルは定着しませんでした。
まぁこれはセキュリティや近所問題等、色々あるから難しいでしょう。
もっとも、それならアメリカはもっと難しいようにも思いますが。


アメリカでは仮装しない!?
ところで、先日テレビのワイドショーで、街角でインタビューされた外国人観光客の驚くべき発言がありました。
「日本のハロウィンはおもしろいねえ! アメリカでは仮装なんかしないよ。」
もちろん本人が日本語でそう言っていたのではありません。翻訳です。
なので、本当のニュアンスはわかりません。

これは・・・、さすがにおかしくはないですか?
もちろんアメリカだって、人により、家庭により、地域により差はあるでしょう。
しかし、アメリカの映画、ドラマなどに、ハロウィンのイベントで人々が仮装する光景はたくさん出てきます。
全然やらないとは、信じられません。

この問題を検証するなら、普通の人々の生活を描いた米国製アニメを観るのが良いかも知れません。
例えば、つい最近放送されたアニメ『おさるのジョージ』のスペシャル版「おばけ伝説のなぞ」でも、
ハロウィンの夜に仮装コンテストが行われていました。

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大人も子どもも、そしておさるも、まさに町を上げてのイベントとして開催されていました。


『おさるのジョージ』(Curious George)
原作はもはや古典的な作品ですが、このアニメは2006年からの新しいシリーズです。
ただ、劇中には携帯電話も出てこず、設定は現代とは言い難いかも知れません。
まぁ『サザエさん』と同じですね。

ジョージは飼い主の黄色い帽子のおじさんと都会のマンション暮らしですが、
おじさんの別荘のある田舎を舞台にした回も多く、この話も田舎でのエピソードでした。
「ハロウィン=仮装」は生活文化としてしっかり根付いているようです。


さて、もうひとつ、アメリカ製のアニメで描かれたハロウィンを見ましょう。
私のお気に入り、ディズニー制作『キム・ポッシブル』(Kim Possible)。


2002年のスタートで、まさにその時点の現代、インターネットも携帯電話も当たり前の世界が舞台です。
主役のキム・ポッシブルは親友のロン・ストッパブルを助手役に世界を救う任務を行うヒーローですが、
普段は普通の女子高生、ミドルトンという架空の街で両親と双子の弟と暮らしています。
変身するわけでもなく、ヒーローであることはみんな知っているという設定が斬新でした。

その中の「キムはうそつき」という作品のテーマがハロウィン。
原題は「October 31st」。10月31日、まさにそのままです。

この話の興味深いのは、幼い子ども達、高校生、大人達、
三世代のハロウィンイベントが描かれているところです。


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子ども達は仮装して、お菓子をもらいに近所を回ります。
1人、大きいお兄ちゃん(ロン)がまざってますが、日本人にも比較的イメージし易い、ハロウィンの光景です。


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高校生は仲間同士でパーティー。やはり仮装して集まっています。左がキム。


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そして、大人達はチャリティーイベントを開催。
こちらもテーマは仮装、ドラキュラと魔女に扮しているのが、キムのパパとママです。

各世代が年齢に合わせたスタイルでハロウィンを楽しんでいますが、「仮装イベント」は共通しています。
仮装するのは日本だけとか、アメリカでは小さい子ども達しかやらない、などということは、さすがになさそうです。
少なくとも、今回紹介した2本のアニムを見る限り、アメリカでは老若男女が仮装してハロウィンを楽しんでいました。
イメージとしてはやはりオバケ、ホラーティストが基調のようですが、
そうでなくてはならない、というほどでもなさそうです。

Old Fashioned Club  月野景史

2014年6月18日 (水)

【ドラマ】2016年NHK大河『真田丸』主演は堺雅人に決定/幸村と信繁の関係は?

6月18日、NHKは2016年の大河ドラマ『真田丸』の主演が、
俳優・堺雅人さん(40歳)に決まったと発表しました。
主人公、真田信繁(幸村)役を演じます。

既に、確定的な噂として情報が流れていましたが。正式発表となりました。
昨年の『半沢直樹』の大ヒットで、今や国民的人気俳優となった堺雅人さん、
満を持しての大河主演です。

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そもそも、堺さんが一般的知名度を得た“出世作”も、
2004年の大河ドラマ『新選組!』でした。
演じたのは新選組副長・山南敬助。
その後、2008年には高視聴率を記録した『篤姫』で将軍徳川家定を演じているので、
『真田丸』が3回目の大河ドラマ出演となります。
そして、脚本は『新選組!』と同じ三谷幸喜氏。

国民的人気俳優
2度の大河出演を経て、主演俳優となっていた堺さんが、
2013年7月期に主演した『半沢直樹』(TBS)は平均28.7%、最高42.2%の視聴率を記録。
続く10月スタートの『リーガルハイ』も平均18.4%の好結果を残しました。

実は『リーガルハイ』は2012年に放送された『リーガル・ハイ』の第2期にあたりますが、
第1期の平均視聴率は12.5%でした。
第2期は『半沢』効果で引き上げられた面もあるでしょう。
といっても、おもしろくなければ落ちると思いますが、そうはなりませんでした。

ともかく、堺さんは国民的人気俳優、木村拓哉さんに代わる高視聴率俳優となりました。
その堺さん、次は大河の主役だなと思っており、このブログにも書きましたが、実現となりました。
私は、豊臣秀吉の弟、秀長が最適と思っていましたが。


2016年大河ドラマ『真田丸』
主役はかの真田幸村・・・こと、真田信繁?
信繁とはあまり聞かない名ですが、誰のことでしょうか?

「真田幸村」といえば、『真田十勇士』などでも知られる日本史上の有名キャラですが、
実はこの「幸村」という名は後世の軍記や講談、小説などで広まった名で、
実際に使われていた記録は残っていないのです。
本当の名は「真田信繁」。
つまり、幸村と信繁は同一人物です。

例えば、今年の大河ドラマ『軍師官兵衛』の主役には、
黒田、小寺、そして官兵衛、孝高、如水といった複数の名が残っていますが、
これらは事情によって変えたり、通名だったり、出家後の号だったりと、
実際に使っていた名前です。

対して、「幸村」は使われていた形跡がないのです。
これだと、いくら知られているとはいえ、歴史上の人物の名としては躊躇される。
ということで、最近は「信繁」が主に使用されるようになりました。

タイトルの「真田丸」とは、大阪の陣において、信繁が平野口に築いた出城のことですが、
上述のような事情で、「幸村」が使い難いことに起因するかも知れません。


さて、真田幸村こと信繁は正義のヒーロー的イメージすらある人物ですが、
これまで大河で主役、もしくはそれに準ずるような役で描かれたことはありません。

同じNHKで『真田太平記』というドラマが作られたことはありますが、
主役は信繁ではなく、兄の信行でした。

信繁の生涯は、実は大きな見せ場は多くありません。
『真田十勇士』は、原型は江戸時代にあるとしても、主に大正期に作られたフィクションです。
『真田丸』でも描かれないようです。

信繁の生涯の最初の見せ場は関ヶ原の合戦。
そして、最大のクライマックスは大阪冬の陣と夏の陣になるかと思います。
ただ、この間の14年間が配流されての隠棲生活なので、
1年間がかりのドラマの主役として描くのは、なかなか難しいと思います。

これを、三谷幸喜さんがどう書くがまず注目されるところですが、
実は『新選組!』の視聴率もそれほど良かったわけではなく、
このテーマと脚本家のセレクトは、賭けだともいえると思います。
期待と不安を抱いて待ちましょう。


『半沢』の続編は?
ところで、ネット上では、この大河が決まってしまった為に、
『半沢直樹』の続編がなくなるのではないかとの懸念が語られています。
『半沢』は原作に続編があるのですが、たしかに時間が開くと作り難くなると思います。
ただ、『真田丸』は2016年1月スタートですから、
その前に作られる可能性もゼロではないと思いますが。


Old Fashioned Club  月野景史

以下、デイリ―スポーツonlineより引用
☆☆☆
堺雅人 16年大河主役で 三谷氏と
NHKは18日、2016年の大河ドラマ「真田丸」の主演に俳優・堺雅人(40)に決まったと正式発表した。主人公・真田信繁(幸村)役を演じる。

堺の大河ドラマ出演は04年「新選組!」、08年「篤姫」に続き3度目。今回は脚本を三谷幸喜が担当するが、同様に三谷が担当した「新選組!」で、堺は副長・山南敬助を演じており、哀歓あふれる演技と、壮絶な切腹シーンが話題となった。

今回の出演に際して、堺はコメントを寄せた。「何より三谷幸喜さんの脚本を楽しみにしています」と再タッグを楽しみにし、「真田信繁については、49年の生涯のうち、最後の1年間に人生の輝きのほとんどが集中しているイメージがある。大部分の時間が歴史に埋もれている気がする。その空白時間を三谷さんがどう描くのか、そんな新しい人物像が生まれるのか、楽しみで仕方ない」と、本番での三谷マジックに期待した。

NHKの関係者は、今回の起用に「キャラクターにピッタリ。1年間大河を支えるのにふさわしい人物。三谷さんの信頼もある」と説明。TBSドラマ「半沢直樹」での熱演で、高視聴率を記録したことによる起用か?の問いには「『半沢直樹』は、あまり関係ない」と話した。

同ドラマは、戦国時代に実際に生きた「真田信繁」を中心とした人間味豊かな物語。小説、講談などで有名になった超人的な「真田十勇士」の活躍を描くものではないという。
http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/06/18/0007065008.shtml
★★★

2012年8月 6日 (月)

【映画】『グスコーブドリの伝記』(宮沢賢治原作)観賞記/魅力もあるが難点も

映画『グスコーブドリの伝記』を観賞しました。

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グスコーブドリの伝記
原作 宮沢賢治
監督 脚本 杉井ギサブロー
製作会社 「グスコーブドリの伝記」製作委員会
制作 手塚プロダクション
配給 ワーナー・ブラザース映画
公開 2012年7月7日 / 上映時間 108分
http://wwws.warnerbros.co.jp/budori/


私は大学の卒業論文のテーマが宮沢賢治童話でしたので、
もちろん公開前から興味を持っていましたが、
一方で、難しい題材を選んだものだとも感じていました。
しかし、短編の多い賢治作品で長編映画になるような作品は限られているのも事実です。

公開は7月初旬からでしたが、危惧した通りネット等での評判はよくありません。
少し気が重かったですが、ようやく観賞しました。

率直な感想としては、部分的には良い面もあり、面白く観たところもありましたが、
やはりそうでないところ、首をかしげるところも多かったですね。
いくつか焦点を絞って、感想など記していきます。



監督・脚本の杉井ギサプロ―氏は1985年に同じ賢治の『銀河鉄道の夜』を映画化しています。
キャラクターを猫の姿で描いたことでも話題を呼びました。
今回も前作同様、キャラクターはみな猫の姿で描かれています。

まず、この点の是非も難しいですね。
猫好きな人はわかるものかも知れないですが、猫って普通に見ても、
性別や年齢はわかり難いですよね。

しかし、本作には個性の強い大人の男が数多く出てきます。
それをそれらしく描こうとすると、とても猫には見えません。
かえって違和感なく観れる部分もありますが、それなら猫にする必要があるのか、疑問でもあります。


原作童話『グスコーブドリの伝記』
現在、宮沢賢治の童話として知られる多くは生前未発表の作品です。
『銀河鉄道の夜』も『風の又三郎』も『セロ弾きのゴーシュ』もです。
しかし、『グスコーブドリの伝記』は生前、それも晩年近くに雑誌掲載された作品です。
その点では、映画化にあたっても、原作が未完成であるが故の深慮遠謀をせずに、
ストレートに映画化できる利点が、本来はあります。

一方でこの作品、誰が考えても子ども向け作品としての映画化が難しい点があります。
有名作で、今更ネタバレもないでしょうから書きますが、
結末が主人公の自己犠牲により、多くの人に幸せを与える物語なのです。
この点には古くから様々な見解・意見もありますが、
ストレートに解釈すれば、自己犠牲の賛美だと捉えられます。

そこを映画化にあたってどう描くか、最も難しいところです。
今回の映画についても色々と意見が分かれています。
私の観たところ、今回の描き方については、基本的な改変はしていないが、
原作にないキャラクターを絡ませて、あえて明確にせず、解り難く描いた、というところでしょうか。
この点については難しいところなので、賞賛もしませんが、否定もしません。


映像
これは素晴らしかったです。
ただ、私は最近のアニメ映画を劇場で観ることはまずないので、
他の作品と比べてもレベルが高いといえるのかはわかりません。
しかし、ネット上でもこの点については好評価が多いようですが。


声優
劇場用アニメ映画ではいわゆる「声優」さん達を使わず、
普段あまり声優経験のない有名俳優を使うことが多いようです。
この映画もキャスト全員ではないですが、主要な役はそうでした。

私は最近の声優さんに詳しくはありませんが、
アニメや吹き替え映画を観ても、本当に上手いと思います。
やはり適材適所、特にこういう難しい作品にはプロの声優さんを配役すべきと考えます。
といっても人によりけりで、ブドリ役の小栗旬さんなどは良かったと思います。

ただ、聴いていて「この人下手だなぁ、誰だろう?」と思うこともありました。
クレジットで確認すると、その人は元々俳優でもない方だったので、仕方ないですが。


冒頭
なんといっても映画は冒頭部分の、つかみが大事です。
『ブドリの伝記』の冒頭は飢饉によりブドリの家庭が崩壊する悲しいシーンです。
しかし、原作では短くあっさりめに記されています。

しかし、長編映画にする場合、ここはじっくりやらざるを得ないのでしょう。
それはわかるし、実際そうしてましたが、やはり難しいかったですね。
子ども達があんなにしっかり…というか、普通にしているのに、親が頼りなさすぎます。

賢治が生きた時代、親が子を手放すのにはな様々事情があったのでしょう。
賢治はそこは細かく描かず、後でブドリやネリが屈託なく両親を弔えるようにしたのかと思います。
(原作にはそういう描写があります。)

しかし、じっくり描くと色々と矛盾が出てきてしまいます。
それはわかるのですが、どうもつかみには失敗したように感じます。
引き続いてのてぐす工場のシーンもわかり難かったですね。


中盤
ブドリが山師の男とオリザ作りに励むシーンは原作を膨らませてますが、
上手くいっていて面白いと思います。
そのあとのイーハトーブの大学から火山局での物語も楽しく観れました。

このあたりは、ブドリの才能が開花して成果を上げていくところなので、
おもしろいのは当然なのですが、農村や都市部の映像もそれなりに魅力的で、
上手く描けていると思います。
ただ、前述のようにラストは難しかったですが。


マニア受け?
この映画で主人公のグスコーブドリブドリは眠りに落ちると、
不思議なばけもの達が跋扈する世界に迷い混みます。
その世界には謎の男に連れ去られたブドリの妹ネリがいるようです。
ブドリはその世界でいきなり裁判にかけられたりします。
つまり、現実と幻想が交錯するような作品構造なっているのです。

しかし、これらは原作にはまったくない描写です。
一体何なのか?

実はこれ、あえていえばマニアネタです。
賢治で“マニア”というのも変かも知れませんが、賢治作品に詳しい人ならわかるのです。

『グスコーブドリの伝記』には、
『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』という先駆作品があるのです。
まさに「ばけもの世界」が舞台の作品で、生前未発表です。
賢治は『ネネムの伝記』のストーリーの骨格だけを残して、
『ブドリの伝記』に改変したのです。

そのため、原作の『ブドリ』には『ネネム』の人外境的雰囲気が少し残っています。
しかし、具体的な「ばけもの世界」の描写はありません。
先駆形たる『ネネム』の世界を、今回の映画『ブドリ』に織り込んだのですね。

気になるのは、私のようなマニア(?)の端くれはいいですが、
そうでない人が観たらどう感じるのでしょうか。

映画を観る人は『ブドリ』は読んでても『ネネム』は知らない人、
あるいは『ブドリ』すら読んでない人、この二種の人達が大部分でしょうから。

ネット上で見ると、わけがわからないという感想がありました。当然でしょう。
別に原作になくとも、劇中で説明されていればいいですが、そうではないですからね。

しかし、なぜこのようなことをしたのでしょう。
私の推測ですが、マニア受けを狙ったというよりは、
『ネネム』を絡ませることによって、スタジオジブリの作品の雰囲気、
より具体的にいえば『千と千尋の神隠し』を盛り込むもうとしたのかと思います。

あくまで私のイメージですが、この映画で描かれた「ばけもの世界」は、
『ネネム』よりも『千と千尋』に近いように感じました。『
ネネム』の「ばけもの世界」あまりドロドロしていず、ポップな感じです。


といった感じで魅力もあるけど、難点も多い、というところでしょう。
強く批判もしませんが、共感し難い部分もあります。

なにより、昨年の東日本大震災と、それによる原発事故で日本が、
特に賢治の故郷である東北が、いまだ困難に直面している状況があります。
だからこそ今、という考えもあるでしょうが、どうしても重ね合わせて見てしまいますね。
難しいテーマを、難しい時期の選んだものだな、と感じます。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年4月 9日 (月)

【美術展】「宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心」そごう美術館/賢治世界をテーマとしたアート展

横浜のそごう美術館において4月22日まで、
展覧会「宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心」が開催中です。

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宮沢賢治・詩と絵の宇宙 雨ニモマケズの心
2012年3月29日(木)-4月22日(日)
そごう美術館

主催:そごう美術館 NHKサービスセンター
http://www2.sogo-gogo.com/common/museum/archives/12/0329_miyazawa/

貴重な賢治の遺稿なども展示されているので、
資料展のように思われるかも知れませんが、それは一部で、
全体としては、多くの芸術家達による賢治作品をテーマとした作品展です。
ですので、「美術展」の範疇に入りますね。

その中には棟方志功、高村光太郎ら往年の巨匠の名もありますが、
大半は1980年代、90年代、そして2000年代の新しい時代のアーティストによるもので、
主に挿絵の原画、その数250点ほどになります。


宮沢賢治 1896年(明治29年)8月27日-1933年(昭和8年)9月21日 満38歳没
若くして亡くなった童話作家、詩人。
生前は広く知られることはありませんでしたが、没後まもなく評価が始まり、
いまや日本文学史上屈指のビッグネームです。

『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『注文の多い料理店』『オツベルと象』・・・、
誰でも知っている、といって大袈裟でないくらい有名ですね。

賢治が生まれた年に明治三陸地震、
亡くなる約半年前に昭和三陸沖地震がありました。
岩手県に生まれた賢治の生涯は、天災と凶作に悩まされたものでした。
その苦しい中で、賢治は岩手県をイメージしたといわれるドリームランド、
理想郷イーハトーブを創造しました。

東日本大震災からの復興に向けて歩み出した今、
賢治作品への注目は再び高まっているのかも知れません。

そしてその独自の世界観で綴られた詩や物語は、
今日に至るまで多くの芸術家たちに視覚的・聴覚的インスピレーションを与えています。
本展はそんなアーティスト達の作品を集めた美術展といえます。


一方、賢治の遺稿では、あの著名な詩『雨ニモマケズ』が記された手帳が展示されています。
この「雨ニモマケズ手帳」は賢治の没後半年後の1934年2月16日に東京・新宿で開催された
賢治を偲んでの「宮沢賢治友の会」の席上で発見されました。
この会に招かれた賢治の弟宮沢清六氏が、賢治の遺品である大きな革トランクを持参しており、
その中から会の参加者により見出されたのです。

本展は4月22日まで開催されていますが、
この「雨ニモマケズ手帳」は4月11日(水)までの展示なので、
観賞希望の方はお早めに。
ただ、これがないなら行かない、という程のものでもないとは思いますが。

その他、賢治自身による絵画作品も展示されています。

2011年9月12日 (月)

【日本史】『江』35話「幻の関ヶ原」/驚異の関ヶ原の合戦ダイジェスト鑑賞記

昨日放送のNHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』は第35回「幻の関ヶ原」でした。
次回、どこからスタートするのかよくわかりませんが、
今回ので「関ヶ原の合戦」はほぼ終わったという事でしょう。
家康が三成の挙兵を聞いたところから関ヶ原本戦まで、一気にまとめましたね。
関ヶ原ダイジェストだと思ってみればいいのかも知れません。

ネット上では関ヶ原での戦闘シーンをじっくり描いてほしいという声もありましたが、
お金もかかるしも、姫さまたちが主役のドラマだから、これは無理な要望かも知れません。

ただ、関ヶ原の合戦については付随するいくつかの戦があります。
その中でもよく知られているのが、上田城攻めと大津城籠城戦です。
もちろん今回も描かれましたが、さすがにあっさりしすぎの感がありました。

上田城攻めは江さまの夫の徳川秀忠が3万数千の兵を率いての総大将、しかも事実上の初陣。
大津籠城は江の姉さまの初が奥方として城に立て篭もる、初姉さん生涯のクライマックス。
もう少しじっくり描いてもよかったのではないかとも感じます。
ただ、ここを引き伸ばすと、その間主人公の江さまは江戸城で写経となぎなたの稽古を
やってるしかないので、恰好つかないからあまり引っ張れないのかも知れません。

それにしてもこの関ヶ原ダイジェスト、気になるところがいくつもありました。
つらつら書かせていただきます。

多少なりとも日本史に興味がある人なら、このドラマを観ていて、
「こんな描き方をして後々どうするのだろう」とか、
「あの人物が出てこないけど、後に起こるのあの事件の時どう描くのただろう」
と思うことがあったのではないかと思います。
このドラマはそれをなんの屈託もなく、荒業で乗り切ってきたように思えます。


細川忠興
今回の冒頭近く、小山評定の場面、妻のガラシャを石田三成の為に失くした細川忠興が
東軍に与して打倒三成を目指すことを堂々と宣言しました。
『江』ではガラシャを比較的重要人物として描いてきたから、当然の流れです。

しかしこのドラマでの忠興、時々登場してましたが、ガラシャとの関係は完全破綻、
鼻持ちならない最底の男のように描かれていました。
こんな描き方では小山評定で恰好の良い役まわりは与えられる筈もないし、
かといってそれに代わる武将もまったく見当たらないし、どうするのかと思っていました。

そうしたら、前回の会津出陣の際に忠興は突然ガラシャに詫びを入れていい人に変身、
しかも今回は豊臣恩顧の東軍武将の代表格、福島正則が唐突も登場、軽く小山評定を乗り越えました。
これくらいはなんでもないですね。


さて、今回は真田昌幸・幸村(信繁)父子が立て篭もる上田城攻めも大きなポイントでした。
秀忠の関ヶ原遅参の原因となった事件ですしね。
このドラマでの秀忠はエキセントリックな上に妙に達観したようなところがある
今まで見たことがないような性格設定で、関ヶ原遅参をどう描くのか検討もつきませんでした。


大久保忠隣
ところで、このドラマでは秀忠の守り役は本多正信が一人で務めていましたが、
実際には大久保忠隣という人が秀忠付きの家老だったようです。
ただ、この人は大阪の陣の前に失脚してしまいます。
あまり登場人物を増やさない為に、守り役は正信に全部集中させた・・・
のであれば、これはわからなないでもないです。

その忠隣が今回突然登場します。
今更忠隣を出してどうするのかと思ったのですが、強硬に上田攻めを主張して、
遅参の原因を作る役どころだったのですね。
これは史実としても忠隣は上田攻め主戦派、正信は反対派と伝わっているので、
もちろん虚構ではないのですが、この為だけの登場というのもちょっと可哀想ですね。

この後、秀忠の廃嫡論議が起こり、忠隣は重臣でただ一人秀忠を支持するという見せ
場があるのてすが、
そのシーンは描かれるのでしょうか。


上田城攻め
しかし、忠隣がどう主張しようと、決断したのは秀忠です。
秀忠はその理由を、幸村に興味があり、会って話したいからだと説明しましたが、
結局対話を求めるようなシーンはありませんでしたね。

ドラマでは秀忠が幸村に興味を持ったのは小山評定で見かけたからでしたが、
史実としてはこの段階で父の真田昌幸と共に上田城に引き上げていたと見られているようです。

ところで上田城側では、おそらく今回だけの出演でしょうが、
真田昌幸をプロレスラ―の藤波辰爾さんが演じました。
レスラーや格闘家をドラマで使う場合、当然派ながら肉体派の役柄が多いですが、
知将、謀将のイメージのある昌幸をプロレスラーが…、
まぁ藤波さんは、レスラーの中ではスマートなイメージの人ですが。


大津籠城
一方、大津城も大変でした。
京極高次は妻の初と、姉の京極龍子から徳川と石田のどちらかつくか詰問され、
両方に付くという上手い手があるような言い方をしていましたけど、
結局、その上手い手を具体的に示した様子はありませんでした。

それで、一旦西軍として出発するも、引き返して東軍につく。
勿論史実通りですが、ドラマとしてその決断の理由がハッキリしないのはどうでしょう。
それとも、この西軍として出陣して戻るというのが、上手い手だったのでしょうか。
これに限らず、今回はどうも高次の言動が解り難かったです。

そんな中で初は存在感を見せましたね。いつの間にこんなに立派になったのか不思議ですが。
ただ、初の引き立て役なのでしょうが、義姉の龍子の狼狽ぶりは資料に基づいているとはいえ、
コントみたいでした。


淀(茶々)と高台院(おね=北政所)が揃って初に三成と組むように指示するのもちょっと驚きました。
史実に基づいてはいるのですが、淀の決断が早すぎて意図の説明がまったくない。
高台院の言い方からは、そうしないと初も龍子も西軍に攻め殺されるから、
というニュアンスが感じられなくもなかったですが。

上田城と大津城はシンメトリーみたいなもので、このドラマでは双方に重要人物が関わっているのだから、
もう少しじっくり描いてもよかったのかなとも思います。

秀忠については、まぁ見たままというところでしょう。
自分の無力を思い知って…というのは境遇が違えば理解できますが、
元々、あの時代、あの環境にして考え難い性格設定なので、論評もし難いです。

しかし、『利家とまつ』以来、つっこむことを楽しみに見るのが定着してしまいしました。

2011年8月 2日 (火)

【日本史】豊臣秀次/大河ドラマ『江~姫たちの戦国』で注目の高まった悲劇の関白を巡る様々な見解

NHKの大河ドラマ『江~姫たちの戦国』、斬新な歴史解釈(?)で賛否両論のようです。

前々回の放送では関白豊臣秀次の切腹による最期が主題でした。
秀次はヒロイン江の二番目の夫、豊臣秀勝の実兄に当たる為、丹念に描かれました。
今回はこの色々と話題の多い大河ドラマについて考察しようというのではなく、
豊臣秀次についてです。

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今回の放送を見て「あれ?」と思った方もいるかも知れません。
秀次は罪のない人を試し切りにするなどの残酷行為で、「殺生関白」などと呼ばれていたのではないでしょうか。
『江』では、秀次はそんなことはしなかったし、そのような嫌疑をかけられることすらなかったですね。
禁漁区域での狩猟や、昼間から泥酔しているような描写はありましたが、
あくまで謀叛の嫌疑をかけられての処刑でした。しかもまったくの無実の。

秀次の嗜好殺人とでもいうべき残虐行為については、そのような事実はなかったばかりか、
リアルタイムではそのような嫌疑すらかけられてはおらず、
後世になっての創作・捏造との見方もあるようです。
結果的にそうなっただけかも知れませんが、『江』ではその見方を採ったのですね。

もちろん、その見解で統一されたわけでもなく、ネット上でも激しい議論が見られます。
私も浅学ですので、この問題についての自分の判断は保留します。
ただ、全般としては、従来悪い面ばかりが語られてきた秀次について、
近年は見直す傾向にあるようです。
秀次の能力や人格について、好意的に書かれている資料が結構残っているのですね。


豊臣秀次(1568年-1595年)
秀次は秀吉の実姉の長男です。
秀吉の身内の子なのだから、元々高い身分ではありません。
秀吉の出世に合わせて、二人の弟と共に取り立てられていきました。
『江』では弟は秀勝しか登場しませんでしたが、その下に秀保という弟がいました。
秀保は秀吉の弟である大納言秀長の養子になりましたが、秀次と同じ年に不可解な死を遂げています。

武将としての秀次は、小牧・長久手の戦いでの大失態が有名で、
その為に凡庸との評価が定着した面があるのですが、それ以降はまずまずの武勲を立てています。
そもそも小牧・長久手の時はまだ16歳なので、責任を問うのは無理もあります。

治世の面でも、城主となった近江八幡での善政の記録があります。
古典への造詣が深い教養人として知られ、古書等の保護・研究への評価は高く、
といって文芸だけでもなく、武芸もそれなりだったようです。
突出しているわけでもないけど、非の打ちどころのない人物のように思えますね。

最期を迎える事情はよく知られている通りです。
待望の長男鶴松を失った秀吉より譲られて、23歳で関白に就任します。
しかしその後で拾(後の秀頼)が生まれ立場が怪しくなります。
謀叛や乱行の嫌疑がまったくの捏造なのか、追い詰められていく中でそのようなこともあったのか、
識者の見解もまだ分かれるようです。

ただ、秀次の処刑についてはかなり異例な面が多いと思います。
『江』でも最後は頭を剃って僧侶の姿でしたが、実際最初は出家を命じられます。
出家をした段階で、本来死刑はない筈です。
寿命がつきるまで寺で隠棲するのが常ですが、秀次はその後ですぐ切腹を命じられます。
更に、現在の感覚だと、死刑なら切腹も斬首も同じように思えますが、
切腹はそれなりに名誉を認められた死に方で、本来は首を晒されることはありません。
晒されるのは斬首や磔などの場合です。

しかし、秀次の首は三条河原にさらされます。
そしてその三条河原で、秀次の子ども、正室、側室、侍女ら40名近くが処刑されます。
もちろん、これ以外にも多くの家臣が死罪となっています。
なにやら刑がどんどんエスカレートしていく印象があります。

この秀次事件は豊臣政権に大きな禍根を残したとされます。
そこまでは今回は言及しません。


しかし、ひとつだけ付け加えます。
今回の『江』では、秀吉に命じられた石田三成がすべて筋書きを書いたように描かれていました。
これは別に『江』のオリジナルではなく、以前からある見方だと思います。
一方で、三成は最後まで秀次の助命に尽くしたという正反対の説もあるのです。
これも真相はわかりませんが、ひとつ興味深い話があります。

秀次の家臣に若江八人衆と呼ばれる人達がいました。
元々は秀吉が選任したといわれ、秀次をよく補佐し数々の武勲に貢献しました。
秀次の死後、彼ら8人のうち6人は三成に仕えました。

もし三成が姦計の首謀者なら、彼らにとって三成は主君の仇です。
逆に最後まで助命に尽くしてくれたのが事実なら恩人ですね。
三成に仕えたということは、恩に報いる為だとの見方も出来ます。
しかし、食い扶持の為だから仇だのなんだの言ってられなかっただろう、とも考えられますね。
これもわかりません。

ただ、彼ら6人のうち4人は関ヶ原の合戦で三成軍として奮戦の末、討死しています。
もし、食い扶持の為に仇の家臣になったのだったら、
自軍が危うくなったら、三成など見捨ててとっとと逃げ出していた…、ようにも思えますね。

2011年7月18日 (月)

【文学】『銀河鉄道の夜』がテーマのアート展/夏の表参道の宮沢賢治展は少し残念

午后、ちょっと時間があいたので、表参道(渋谷区神宮前)の「Gallery COMMON」で行われていた、
宮沢賢治の名作童話『銀河鉄道の夜』をテーマとしたアート作品の企画展、
『88 Play-Labo 01 「銀河鉄道の夜」』 を見聞してきました。
http://88hachihachi.com/

なぜいきなり宮沢賢治? と思われるかも知れませんが、
実は私は大学は国文学科の出身で、卒業論文のテーマが賢治なのです。

Ginga_001

さて、この展示についてはmixiの宮沢賢治コミュで知ったのですが、
武蔵野美術大学を2006年に卒業した若いクリエイターの人達(グループ「88(ハチハチ)」)による、
『銀河鉄道の夜』をテーマに制作した作品が出展されていました。

それぞれのイメージの中での『銀河鉄道の夜』なので、ある程度は理解できるものから、
「これのどこが『銀河鉄道』?」というものまで様々でした。
『銀河鉄道』からどのようなインスピレーションを得てその作品を創ったのか、
なかには興味をいだかせるような作品もありました。

しかし、予想はしていましたが、若い世代の同期による会とあって会場は既に同窓会状態で盛り上がっており、
ほとんど一般観覧者のことなど目には入っていない様子。
そもそも誰が作品を出展している主催者側で、誰が遊びに来たその友達なのか、区別すら難しい状況で、
残念ながら部外者が作品について訊ねる雰囲気でもなく、早々に退散しました。

せっかく自分達の作品を展示する場所と時間を設けての催しなのに、
これではちょっと勿体ないように思えます。

SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS

『銀河鉄道の夜』

そんな状況で、このアート展についてはこれ以上特に書くこともないので、
『銀河鉄道の夜』について少し書くことにします。
私にとってあまりに魅力的だけど、深い迷宮の彼方にある作品です。

ある程度の年齢の方なら、私と同じ経験をされた場合があるかも知れませんが、
この童話、子ども頃に読んだものと、大人になって読み直したものの内容が違うのです。

『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の生前に発表された作品ではありません。
賢治が晩年まで10年近くにわたり書き直しを重ね、それでも未発表に終わりました。
賢治の没後まもなく、度重なる推敲によって複雑になった草稿を
整理・編集して発表され、名作として評価されてきました。

1970年代、賢治の校本全集の発行にあたり、遺稿の徹底的な調査が行われました。
その結果、従来流布していたものには最終的に賢治が削除していた部分が混在していたことが判明しました。
それらを整理し、賢治が最終的にまとめていたと思われる形を「最終形」とし、
それが正式な『銀河鉄道の夜』として公表され、流通するようになったのです。

ただ、これにより、従来は多くの人がこの作品のクライマックスだと思っていた箇所が、
まるまる無くなってしまったのです。
この他にも変わってしまった点があります。いずれわかり易く超入門編(?)でも書きたいと思っています。

校本全集以降もしばらくは古い形態のものが流布していたでしょうから、
最初にそちらを読んだ世代は結構広いかもしれませんが、
たとえば今回の展示会の人達のように2006年に大学を出た年代となると、
さすがに旧形態は読んでないかも知れませんね。

また「銀河鉄道」というと、年代によっては松本零士氏による漫画、アニメ『銀河鉄道999』の
イメージが強いかも知れません。メーテルと鉄郎、これもそれなりに上の世代でしょうけど。

若い人達は『銀河鉄道の夜』をどう感じているか、
これもまた、一応賢治研究者の超端くれとして(笑)、興味深いところではあります。

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