34.特撮 ヒーロー

2016年7月17日 (日)

【特撮】ウルトラマン誕生(1966年7月17日)50周年

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本日、2016年7月17日(日)は『ウルトラマン』誕生50周年の記念日でした。

『ウルトラマン』の第1話「ウルトラ作戦第1号」は今からちょうど50年前、
1966年(昭和41年)7月17(日)、19:30よりTBSテレビで放送されました。
曜日まで一緒ですね。

いまや「ウルトラマン」といっても星の数ほどいますが、
いうまでもなく50周年を迎えたウルトラマンとは、いわゆる“初代”『ウルトラマン』。
科学特捜隊のハヤタ隊員が変身する『ウルトラマン』です。

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ハヤタ隊員(黒部進) ウルトラマンとは“一心同体”


誕生は7月10日(日)?

ところで、テレビであるタレントさんが1週間の7月10日を『ウルトラマン』誕生の日と言っていました。
これ、まったくの誤りとも言い難いのです。
この7月10日という日は初回放送を1週間後に控え、
「ウルトラマン前夜祭・ウルトラマン誕生!」と銘打った前宣伝番組が放送されたのです。
旧・杉並公会堂での公開録画で、科学特捜隊の隊員達レギュラー俳優や怪獣、
円谷プロダクション社長で“特撮の神様”と称された円谷英二監督まで登場する豪華版でした。

しかし、これはあくまで宣伝のためのバラエティ番組で、
『ウルトラマン』としての第1話の放送は翌週の7月17日。
やはりウルトラマンの誕生日は1966年7月17日(日)が正しいです。

それにしても、初回放送の前に公開録画までして宣伝番組を作るとは、
よほど力が入っていたのかと思いますが、実はそういう事情でもなくて、
むしろ窮余の策だったようなのです。
そのあたりの事情を説明しましょう。


本当は7月10日が初回放予定だった?
実は当初は7月10日が『ウルトラマン』第1話放送予定日だったのです。

このTBS夜7時30分の枠では、7月3日まで『ウルトラマン』の前身ともいえる『ウルトラQ』が放送されていました。
『ウルトラQ』こそ、テレビにおける本格怪獣ドラマの元祖です。
ただ、ウルトラマンのような巨大超人ヒーローや、科学特捜隊のような対怪獣・宇宙人専門チームは登場しません。
後のウルトラシリーズとはタイプの異なるドラマです。

『ウルトラQ』は前年の1965年までに全28話の撮影が終了した後、
1966年1月2日より放送が開始され、一躍怪獣ブームを引き起こしました。
『ウルトラマン』はその後番組として企画されたのです。

『ウルトラQ』は撮影・編集済の全28話を放送すると、7月10日が最終回となります。
しかし、そのうちの1本「あけてくれ!」という話が子ども番組としてはストーリーが難解で
放送が見送られることになりました。

というわけで『ウルトラQ』は7月3日が最終回、
『ウルトラマン』は7月10日スタートというスケジュールが決定したのです。


『ウルトラマン』の制作が遅れる
さて、前番組の『ウルトラQ』は放送開始前に全話制作が終わっていたのだから、
次の『ウルトラマン』は余裕を持って準備できたのではないかと思えます。
しかし、色々と新機軸を取り入れた『ウルトラマン』の制作は遅れ込みます。

実は第1話から順番に撮影せず、第2話以降を先に撮り始め、
慣れたところで第1話の撮影に始めるというスケジュールを組んでおり、
これが災いしたともいえますが、とにかく7月10日の初回放送が厳しくなってきたのです。
そこで、急遽差し込んだのが「ウルトラマン前夜祭・ウルトラマン誕生!」だったというわけです。

これは当時の関係者の証言によりたしかな“定説”です。
ただ、ちょっとおかしい気もしますね。
制作スケジュールがひっ迫した為の窮余の策にしては、
レギュラー俳優すべて揃えて公開録画とは、手間をかけ過ぎのように思えます。
もっといくらでも簡単にできたでしょうに。
実際、公開収録の現場は混乱を極めたいいます。


例えば、『ウルトラQ』の放送開始前にも『ウルトラQは怪獣の世界』という宣伝番組が放送された記録が残っています。
映像は現存しないのですが、漫才コンビの晴乃チック・タックが進行役を務め、
撮影済の怪獣達の映像をダイジェストで流したようです。
もちろん、公開録画ではありません。
『ウルトラマン』もこんな感じでもよかったろうに。

その時点で全話撮影が終わっていた『Q』と違って、『ウルトラマン』は撮影済のストックは少なかったでしょうが、
それならば『ウルトラQ』の総集編+『ウルトラマン』の予告としてもよかった筈です。
そもそも『ウルトラマン』は “『ウルトラQ』の新シリーズ” としての位置づけであり、
当初は『G』の怪獣が多く再登場する予定でしたので。
(実際にはメインでの再登場は1体だけ、カメオ的な登場がもう1体
着ぐるみの改造例はたくさんありますが)

ともかく、産みの苦しみで始まった『ウルトラマン』は『ウルトラQ』を上回る超人気番組となりました。
それは50年を経た現在でもです。
いったい『ウルトラマン』の魅力は何なのか?
また書かせてもらいます。


Old Fashioned Club  月野景史

2016年1月 3日 (日)

『ウルトラマン』ハヤタ隊員の黒部進さんが故郷富山県黒部市のポスターに登場

新春のJR新宿駅に掲示されていた富山県黒部市の大型ポスター。
『ウルトラマン』(1966年)の科学特捜隊ハヤタ隊員役で知られる黒部進さんが怪獣達と共に登場しています。
黒部さんは当地の出身で、「黒部進」という芸名もこれに由来します。

Dsc07053_2_1400x750_2「黒部へシュワッチ★」「ウルトラ旅行記in黒部」とあります。
昨年の北陸新幹線開通で、東京⇔黒部宇奈月温泉間が2時間14分になったのですね。


私は初代『ウルトラマン』ハヤタ隊員のファン、そして黒部進さんのファンです。


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黒部 進(くろべ すすむ、1939年10月22日 - ) 本名:吉本 隆志 富山県黒部市出身

『ウルトラマン』は1966年スタートなので、今年50周年ですね。
黒部さんは東宝映画のニューフェイスとして映画界入り。
東宝と関係の深い円谷プロダクション制作の『ウルトラマン』に主演しました。
『ウルトラマン』の後まもなく東宝を退社、1970~80年代は主にテレビの刑事ドラマや時代劇の悪役として活躍。
90年代以降はウルトラブームの再燃もあり、特撮関連番組への出演も増えると共に、一般ドラマでの役柄も広がりました。
しかし、年齢も70代半ばになり、この1~2年は出演も少なくなったように感じていたので、
このポスターへの登場は嬉しい事です。


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ジャミラと渓流で。



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ダダと温泉で



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バルタン星人と夕食



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みんなで記念撮影



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おなじみの、ベーターカプセルを掲げての変身ポーズ

あれ? ウルトラマンがいませんね。
ウルトラマンとハヤタは一心同体なので、二人が一緒に登場しないのは当然といえばそうなのですが、
そんな堅いことは言わず、二人のツーショットもあればよかったのに。

それはともかく、黒部さんもお元気そうでなによりです。
ただ、黒部市の公式サイトを見ると、黒部さんの料理レシピのページはあるようですが、
全体として黒部さんや怪獣達が打ち出されてはいません。
http://www.city.kurobe.toyama.jp/

こんな立派なポスターを作ったのだから、同じビジュアルを使ってもっとホームページでも大々的にやればいいのにと、
ちょっともったいなく感じています。

Old Fashioned Club  月野景史

2013年10月24日 (木)

【特撮】初代『ウルトラマン』のNG映像60分発見/映像解説と謎

『ウルトラマン』の未公開NGシーンが発見!
NHKがニュースとして放送し、ネットでも続々情報がUPされています。

この『ウルトラマン』は本当の元祖、いわゆる“初代ウルトララマン”。
1966年-67年に放送された、科学特捜隊のハヤタ隊員が変身するウルトラマンです。

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『ウルトラマン』
1966年(昭和41年)7月17日-1967年(昭和42年)4月9日
TBS系 毎週日曜日19:00-19:30放映 全39話  制作:円谷プロダクション

NHKのサイトでニュース映像が観れます。
NG映像も一部公開されています。





記事を引用させていただきます。
☆☆☆
世界的にも知られる日本の特撮技術が生み出したヒーロー「ウルトラマン」の撮影で、40年以上前のいわゆるNGシーンのフィルムが大量に見つかり、専門家は「日本が発展させてきた特撮技術の舞台裏を知ることのできる貴重な映像だ」としています。

特撮はウルトラマンと怪獣の格闘など架空のシーンをミニチュアや合成を使って現実のように撮影する技術で、今回見つかったのは、その撮影の過程で失敗したいわゆるNGシーンなどのフィルムおよそ1時間分です。ウルトラマンを製作した「円谷プロダクション」の関係者の自宅に、40年以上、保管されていました。

このうち、ウルトラマンが怪獣を持ち上げて投げ飛ばすシーンでは、誤ってセットの木まで抜いてしまい、撮り直しとなっています。しかし、その木には根が付いていて、当時、背景に本物の木を1本1本植えていた様子が分かります。
また、炎による攻撃がまったく効かないという設定の怪獣の撮影では、誤って着ぐるみが燃えてしまい、スタッフがあわてて消火する姿が写っています。製作チームがあえて合成ではなく、実際の火を使うことでより現実的な映像に仕上げようとした様子が分かります。

特撮番組などに詳しい、評論家の氷川竜介さんは「当時の撮影現場を記録した動画はほとんど無く、日本が独自に発展させてきた特撮技術の舞台裏を知ることができる貴重な映像だ」と話しています。
★★★


見つかったNG映像は約60分とのこと。
ニュース動画と記事を見る限り、ウルトラマンや怪獣が登場する特撮シーンしか紹介されていません。
ムラマツキャップやハヤタ隊員達による本編部分はないのでしょうか?

それと、ちょっと疑問に思う点もあるのですが、それは後回しにして、
ニュースで放送されたNG映像を順番に解説しましょう。

◆第1話「ウルトラ作戦第一号」よりベムラーとの格闘シーン。
記念すべき第1話のクライマックス。
記事では、ウルトラマンがベムラーを持ち上げて投げ飛ばすシーンで、
誤ってセットの木まで抜いてしまったことがNGの理由のように書かれていますが、
ニュースで語られているように、ウルトラマンがよろけて転倒してしまった方が問題でしょう。
プロレスのジャイアントスイングのような豪快な投げ。
ベムラーの着ぐるみの中には、人は入っていないようです。

◆第31話「来たのは誰だ」より  セットに躓き、よろけるケロニア
シリーズ屈指の知性派怪獣も形無しです。

◆第17話「遊星から来た兄弟」より  ビルを壊せなかったにせウルトラマン
凶悪宇宙人ザラブ星人が化けた、にせウルトラマン。
豪快にビルを壊す筈が、叩く位置を間違えて、煙は出れどビルは崩れず。

◆第27話「怪獣殿下 後編」より  ウルトラマンとゴモラの対決
※これはNGシーンではありません。二週に渡った闘いの最後なので、ゴモラぼろぼろです。

◆第23話「故郷は地球」より  着ぐるみに引火してしまうジャミラ。
火に強く、火炎放射を受けても全然平気な筈のジャミラですが、着ぐるみが燃え出してはたまりません。
スタッフが慌てて消火しています。

以上、ニュースで放送された映像解説でした。


ところで、ニュースでは本来棄てられる筈のフィルムが偶然残っていた、と語られていますが、
見たところ、関係者の自宅に残っていたというのは一巻のフィルムです。

その中に第1話から、少なくとも第31話まで収められているのだから、
これは記録として編集されたものでしょう。
資料として残そうとしたのか、ドキュメンタリーとして放送の構想があったのか、わかりませんが。

誰により編集されたのか?
他にはどんな映像があるのか?
私は初代ウルトラマンフリークですが、フィギュア等にはあまり興味がありません。
映像や、出版物等の文献資料には、少しこだわりがあります。
この映像は観たいですね。

別のニュースソースによると、このNG映像は2014年1月発売の
『ウルトラマンBlue-ray BOX III』にも収録が予定されているそうです。

Old Fashioned Club  月野景史

2013年3月12日 (火)

【訃報】声優納谷悟朗氏死去/銭形警部は永遠に ショッカー首領の声も

俳優・声優の納谷悟朗さんが3月5日亡くなりました。83歳。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130311/ent13031112110004-n1.htm


Naya_gorou
納谷悟朗

(なや ごろう 1929年11月17日-2013年3月5日)
北海道函館市出身。テアトル・エコー所属。
弟は俳優・声優の納谷六朗氏。妻は女優・声優の火野カチ子氏。
声優として知られていますが、同世代の多くの声優さんと同様に本来は舞台俳優です。

声優としては、なんといっても『ルパン三世』シリーズの銭形幸一警部役が有名でしょう。
1971年9月のテレビファーストシリーズスタートから、
2010年2月の『ルパン三世 the Last Job』まで、39年間演じました。

これはもしかしたらご存じない方もいるかも知れませんが、
この『ルパン三世 the Last Job』を最後に、納谷さんは銭形役を引退しています。
翌2011年の『ルパン三世 血の刻印 〜永遠のMermaid〜』では、山寺宏一さんが引き継ぎました。

同じタイミングで、石川五エ門の井上真樹夫氏、峰不二子の増山江威子氏も降板しています。
この配役交代については、当ブログでも詳しく書きました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-ec90.html

ただ、井上氏と増山氏はTV第2シリーズからの出演なので、
TV第1シリーズから出ているのは、今も現役の次元大介役の小林清氏と、納谷氏だけだったのです。

銭形役の最後の頃は、さすがに少し苦しいように感じていました。
渋い抑えめの演技の多い次元や五エ門はあまり気にならないのですが、
テンションの高い場面の多い銭形は大変なのだろう、と思っていました。
しかし、降板の時点で81歳、ライフワークとして演じ切ったといっていいでしょう。

納谷氏なくして銭形警部なく、銭形なくして『ルパン三世』もあり得なかった、と思います。


もちろん、銭形警部以外にも納谷さんは多くの役を演じています。
洋画ではクラーク・ゲーブル、チャールトン・ヘストン、ジョン・ウェインの吹替え
アニメでは『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長などが知られますが、
私が印象深いのは、『仮面ライダー』のショッカー首領の声です。


仮面ライダー(第1シリーズ)
1971年4月3日 - 1973年2月10日(全98話)
ショッカーは世界征服を企む悪の秘密結社。
納谷さん演じる首領は姿は現さず、
声で世界各国支部の幹部や怪人達に指示を与える役がらです。

命令される幹部役には、有名な死神博士役の天本英世さんをはじめ、
丹羽又三郎さん、宮口二朗さん、潮健児さんら錚々たる個性派俳優がいたのですが、
彼らを相手に首領の納谷さんは抜群の貫禄・存在感でした。

『仮面ライダー』でショッカー、及び組織再編したゲルショッカーの首領を演じた後、
続く『仮面ライダーV3』でも悪の組織デストロンの首領を演じました。
このショッカー首領とデストロン首領は実は同一キャラです。
『仮面ライダー』最終話でライダー達に倒されたと思った首領は、実は生きていたという設定でした。

大ヒット作『仮面ライダー』で、2年かけてやっと首領を倒し、感動の大団円!
と思ったら、実は首領は生きていて、翌週から始まる次作でも悪の指揮を取る。
なにやら拍子抜けするような展開ですが、それだけ納谷さんの首領のインパクトが強く、
ライダーシリーズの悪のトップとして、納谷さん以外は考えられなかったのだと思います。
納谷氏なくして『仮面ライダー』もなし、だったのです。

謹んで哀悼の意を表します。


以下、MSN産経ニュースより引用
☆☆☆
アニメ「ルパン三世」の銭形警部役で知られる俳優で声優の納谷悟朗(なや・ごろう)さんが5日午前3時、慢性呼吸不全のため千葉市内の自宅で死去した。83歳。葬儀・告別式は近親者のみで行った。喪主は妻で俳優、火野カチ子(ひの・かちこ、本名・納谷捷子=なや・かちこ)さん。後日お別れの会を開く予定。

昭和34年に劇団「テアトル・エコー」に入り、中心的俳優として活躍。声優としては46年の「ルパン三世」シリーズ開始以来、40年近くにわたって銭形警部役を務め、低いだみ声で人気を集めた。「宇宙戦艦ヤマト」の沖田十三艦長や、洋画ではクラーク・ゲーブル、チャールトン・ヘストン、ジョン・ウェインの吹き替えを担当した。
★★★

Old Fashioned Club  月野景史

2012年8月25日 (土)

【美術展】「ウルトラマン・アート! 時代と創造」埼玉近代美術館/ウルトラの原点をアートで辿る

埼玉県北浦和の埼玉県立近代美術館にて9月2日まで、
「ウルトラマン・アート! 時代と創造-ウルトラマン&ウルトラセブン」が開催中です。

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ウルトラマン・アート! 時代と創造-ウルトラマン&ウルトラセブン
2012年7月7日(土)- 9月2日(日)
埼玉県立近代美術館
特別協力 円谷プロダクション

http://momas.jp/exhibitionguide/exhibition/

1966年(昭和41年)7月にテレビ放映が開始された空想特撮シリーズ『ウルトラマン』と、
翌年放映開始の『ウルトラセブン』は、怪獣ブームの嚆矢となった『ウルトラQ』に続き、
必殺技を駆使して闘う巨大ヒーローというキャラクターによって新たな世界観を提示し、
日本を代表するエポックメイキングな特撮映像となりました。

現代まで続くウルトラシリーズですが、本展は『ウルトラマン』『ウルトラセブン』、
40数年前の二作品に絞っての展覧会です。

東京都現代美術館では10月8日まで、特撮分野を広く扱う
「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」が開催中ですが、
それとは好対照の、テーマを絞り込んだ催しですね。 

この二作品は、1980年代前後から新たな文化的位置を獲得し始め、
番組を見て育った世代によってアートの視点から再評価が進んでいきます。
彫刻家・成田亨や画家・高山良策らによって生みだされたヒーローや
怪獣のデザイン・造形の仕事があらためて注目される一方で、
精巧なフィギュアや特撮にインスパイアされた現代アート作品が生みだされてきました。

本展では、ウルトラマンや怪獣のデザイン画のほか、立体の造形物、撮影当時の貴重な記録写真、
怪獣フィギュア、映像インスタレーションなど約400点の展示を通して、
現代日本におけるひとつの重要なサブカルチャーとなった、
『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』の世界が、アートの視点から検証されています。


『ウルトラマン』『ウルトラセブン』
戦後の文化史上に輝く金字塔。
放送から30年近く経った頃でも、放映時の写真を使った子ども向け絵本が売られていて
少し驚いた記憶があります。それだけ普遍的な魅力的を持つ作品です。

ただ、さすがに40数年後の今の子ども達のがこの二作の展示だけで喜ぶかは少し疑問ですが、
それでも親子連れが多かったですね。


この展覧会は最初の二つの展示室が写真撮影可でした。


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ウルトラマン



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バルタン星人



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ジェットビートル



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科学特捜隊



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地底怪獣マグラー
大怪獣レッドキングと同じ回に登場し、ウルトラマンと闘うことなく、
科学特捜隊に倒された、脇役的怪獣ですが、堂々たる姿です。



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ウルトラセブン(ウルトラマンセブンではありません)



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ビラ星人



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ウルトラホーク3号



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メトロン星人とモロボシ・ダン



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永遠のライバル



埼玉県立近代美術館

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水と緑も魅力です。
http://momas.jp/


Old Fashioned Club  月野景史

2012年6月22日 (金)

【ウルトラマン】高原竜ヒドラの像の伊豆シャボテン公園/ヒドラと少年 特撮の聖地

静岡県伊東市の老舗テーマパーク「伊豆シャボテン公園」の土地・建物が静岡地裁沼津支部から
競売開始決定を受けているそうです。経緯は下記のニュースサイトを参照してください。
http://n-seikei.jp/2012/07/post-10094.html
(※2016年8月21日追記:この競売問題はややこしいですが、現在は当時の運営会社が経営を引き継ぎ、
問題なく営業しているようです
http://shaboten.co.jp/


さて、この公園、最近はカピバラの飼育などでも知られているようですが、
私のような昭和特撮ファンにとって「伊豆シャボテン公園」といえば、
『ウルトラマン』(初代)に登場した高原竜ヒドラの像です。

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もちろん、『ウルトラマン』のために作られたものではなく、
元々サボテンの温室の入り口にある像です。
同公園が『ウルトラマン』に撮影協力したのです。

劇中でも、別にこの像が大魔神のように怪獣化するわけではありません。
それでは、この像がストーリーとどう絡むのか?
『ウルトラマン』で描かれた、像と怪獣ヒドラについて簡単に説明します。


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『ウルトラマン』第20話 「恐怖のルート87」(1966年11月27日放映)

『ウルトラマン』は基本的にファンタジーですが、
中でもこのエピソードはファンタジックでしんみりしたお話です。
ストーリーの概要を、劇中の展開は無視して、時系列に沿って出来事を記します。

ムトウ・アキラという孤児院に暮らす少年が、
公園(劇中での名称は「大室公園)のシンボルとして制作される像のデザイン募集に応募して一等になりました。
そして、彼のデザイン画を元に作られたのが、高原竜の像なのです。
しかし、少年はその後、ひき逃げにあって亡くなってしまいました。

生前、アキラ少年はヒドラを実際に見たと語っていたそうで、それを元にデザイン画を描いたのです。
少年の死後、怪獣ヒドラが現れ、まるで少年の無念を晴らすかのように公園に続く国道87号線を走る車を襲い始めました。
サブタイトルにある「ルート87」とは、この国道87号線の事です。

少年とヒドラの関係
科学特捜隊のハヤタ隊員によれば、ヒドラは元々古くから日本に棲息していた鳥獣です。
つまり、霊が実体化したようなオカルティブな存在ではありません。
少年が育った施設の人によれば、鳥好きだったアキラ少年は生前よくバードウォッチング出かけており、
そこでヒドラを目撃し、その姿をモデルに像のデザインを描き、応募したのだと思われます。
※このあたりの流れは、人々の会話と推測で断片的に語られるだけなので、解り難いです。


少年はヒドラに乗り移ったのか?
アキラ少年とヒドラの関係について、少年の魂がヒドラに乗り移った、という解釈が一般的です。
しかし「乗り移った」となると、「ヒドラの意志=アキラ少年の遺志」となりますが、それは少し違うと思います。
なぜなら、少年の霊はフジ隊員の前に現れ、ヒドラが暴れ出す事を警告しています。
このシーンを素直に捉えれば、少年とヒドラの意志は同一ではありません。

現実的に考えれば、ヒドラは車の騒音や排気ガスに怒り、車を襲っているのでしょう。
あえて、少年とヒドラの精神を繋げて解釈するならば、
ヒドラは少年が乗り移ったのではなく、友達的な立場で少年の恨み晴らそうとした、という方が近いかと感じます。
生前の少年とヒドラがそんなに親しく交流していたとも思い難いですが、
ファンタジーですから、そこはそんなに細かく拘って、結論を出さなくてもいいでしょう。


高原竜と荒原竜

「高原竜」という名称についてです。
実は元々、公園でのこの像のネーミングは「荒原竜」だったのですが、
ウルトラマンでは、ヒドラに「高原竜」というサブネームが付けられました。
ヒドラのおかげで「高原竜」が定着したので、現在では公園側「高原竜」を使っている、
というのが私の認識で、ネットでも同様の解説も見られます。
ただ、これには異説もあるようですが。


この公園は、他にも特撮番組のロケ地としてよく使用されています。
仮面ライダー(第一作 1971年)では悪の組織ショッカーの基地の入り口部分として、
高原竜が登場したこともあります。

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ショッカーのシンボルマークは鷲なので、ピッタリだったのですね。

Old Fashioned Club  月野景史

2012年6月 5日 (火)

【特撮】円谷プロ創立50年/『怪奇大作戦』『マイティジャック』DVD発売

ウルトラシリーズの制作で知られる円谷プロダクションが来年創立50周年を迎えるにあたり、
『怪奇大作戦』や『マイティジャック』『戦え!マイティジャック』のシリーズのDVDが、
2012年から2013年にかけてリリースされると発表されました。

これらは『ウルトラQ』(1966年)『ウルトラマン』(1966年-1967年)、
『ウルトラセブン』(1967年-1968年)などの超有名作とほぼ同時代に制作された作品で、
基本的に特撮ファンタジーではありますが、巨大ヒーローや怪獣・宇宙人はほとんど登場せず、
ドラマ性の強い作品群です。

一般的な知名度は高くはないですが、特撮ファンには知られています。
過去に両作ともDVDもされており、今回は再発売ということになります。

もう1本、リリースが発表された一般向けドラマ初作品『独身のスキャット』は初DVD化で、
これはかなりレアですが。

では『怪奇大作戦』と『マイティジャック』シリーズについて簡単に紹介します。


怪奇大作戦
1968年9月15日 - 1969年3月9日(26回)
制作 円谷プロダクション TBS

『ウルトラセブン』の後番組にあたります。
当時は隆盛を誇った怪獣ブームも沈静化した頃で、
新機軸としてタイトル通り怪奇色、ホラー色を打ち出した作品でした。
といっても円谷プロの作品なので、怪異も科学的に解明するコンセプトです。
そして、科学的犯罪を犯すに至る人間の内面、情念にスポットを当てているのも特徴です。

1本欠番となっている幻のエピソードがあるのですが、これは収録されないようです。


マイティジャック
放送期間 1968年4月6日 - 6月29日(13回)
制作 円谷プロダクション、フジテレビ

こちらは時期でいうと『怪奇大作戦』より先、
『ウルトラセブン』と併行して、他局で放映した作品です。
放送時間も土曜の20時からの1時間番組で、基本的に大人向けのドラマでした。
マイティジャックとは飛行・潜水も可能な巨大万能戦艦の名称で、
国際スパイアクション+海洋・航空スペクタクルといった内容でした。
高額な制作費を投じた意欲作ですが、視聴率は振るわず、三ヶ月で打ち切りとなりました。


戦え! マイティジャック
放送期間 1968年7月6日 - 12月28日(26回)
制作 円谷プロダクション、フジテレビ
『マイティジャック』の打ち切りを経て子ども向け30分番組にリニューアル、
キャストも一部留任だが入替も行って再スタートした作品。
こちらは怪獣や宇宙人も登場します。


と、三作品の概要のみ紹介しました。
いずれも新機軸を狙った意欲作ですが、視聴率的にはウルトラシリーズのような
大きな成功は収められませんでした。

たしかに、『ウルトラマン』(初代)のような完璧な作品ではないと思います。
欠点もありますが、往年の特撮ファンからは愛されています。

もう1本はかなりレアですね。

独身のスキャット
1970年1月7日-3月18日(11回)
制作 円谷プロダクション、TBS

円谷作品ですが、非特撮の一般向けドラマなので、
特撮関連書籍でもほとんど取り上げられたことはないと思います。
これは売れるのでしょうか?
特撮ファンとしては、『ウルトラQ 』『ウルトラマン』のヒロインである
桜井浩子さんが出演しているようなので、興味はわきますが。


円谷TVドラマライブラリーシリーズ 発売予定
『怪奇大作戦』DVD-BOX 上巻 2012年9月21日 価格:11970円(税込)
『怪奇大作戦』DVD-BOX 下巻 2012年11月21日 価格:11970円(税込)
『マイティジャック』 2013年1月発売
『独身のスキャット』 2013年3月発売
『戦え!マイティジャック』 2013年5月発売


以下、ニューサイトからの引用です。
☆☆☆
名作ドラマ「怪奇大作戦」DVD発売!創立50周年の円谷プロ「テレビドラマ」ライブラリー第1弾!
トラウマものの怪奇描写が蘇る!? 貴重なDVD-BOXリリース!


「ウルトラマン」シリーズの円谷プロダクションが1968年に製作し、本格的な怪奇描写や重厚なストーリーで人気を博した名作ドラマ「怪奇大作戦」のDVDボックスが発売される。本作は、来年創立50周年を迎える同社のドラマ作品を順次リリースする、「復刻 円谷TVドラマライブラリー」の第1弾となる。

「怪奇大作戦」は、世の中に存在する数々の怪奇現象は、人間の手で引き起こされた科学犯罪であるというコンセプトに基づくSFミステリー。警察の手に負えないさまざまな怪事件を、科学の力で解決するSRI(科学捜査研究所)メンバーの活躍が描かれる。

怪獣や巨大ヒーロー作品で知られる円谷プロが手掛けた、大人向けテイストのドラマであり、社会的テーマを交えたストーリーは今も根強い支持を得ている。また、怪奇描写についても、「夜の町で次々と人間が溶ける怪事件」「夜道で突如バラバラになる女性」「人体実験で冷凍人間になってしまった男」といった猟奇的な出来事が、円谷英二氏監修による特撮でリアルに描かれ、当時トラウマものの恐怖を植え付けられたファンも多いはずだ。

DVDボックスは、上巻が9月に下巻が11月に発売予定。13話までが収録された上巻には、SRIマークのピンバッジのほか、収録エピソード「人喰い蛾」のファーストプレビュー版映像といった特典が付属する。欠番作品として有名な第24話は収録されない。

「復刻 円谷TVドラマライブラリー」では、「怪奇大作戦」以降も、圧倒的巨費が投じられた大人向け特撮ドラマ「マイティジャック」と、続編「戦え!マイティジャック」、また復刻だけでなく、初ソフト化となる一般向けドラマ初作品「独身のスキャット」などが発売予定。「ウルトラマン」シリーズだけではない、円谷プロの名作の数々を後々の世代に語り継ぐ、貴重なラインナップとなっている。(編集部・入倉功一)

「円谷プロ創立50周年記念 復刻 円谷TVドラマライブラリー 怪奇大作戦 DVD-BOX 上巻」は9月21日 下巻は11月21日発売 価格 各1万1,970円(税込み)
http://www.cinematoday.jp/page/N0042705
★★★

2012年4月10日 (火)

【声優】青野武氏死去/『ウルトラマン』ザラブ星人役について

声優、俳優、ナレーターとして活躍された青野武氏が死去しました。75歳。

青野 武(あおの たけし、1936年6月19日 - 2012年4月9日)
http://mainichi.jp/select/news/20120410k0000e040215000c.html

近年では『ちびまる子ちゃん』の友蔵じいさんが有名でしょうか。
富山敬さんが亡くなった後、1995年から15年間務められました。

その青野さんの知る人ぞ知る役柄に初代『ウルトラマン』に登場した
凶悪宇宙人ザラブ星人があります。

もちろん青野氏は他にも名演を多く残されていますが、
それらは多くの方が書くでしょうから、
このブログではザラブ星人に絞って記します。


Zarabu
ザラブ星人
『ウルトラマン』第18話「遊星から来た兄弟」(1966年11月13日放送)に登場。

この後、『ウルトラマン』にもう一度僅かに登場した後、
後のシリーズにも再三登場、青野さんも何度か声を当てられています。
(さすがにそのすべてを当てられてはいませんが)

「遊星から来た兄弟」で青野氏は声だけでなくスーツアクターも務めました。
青野氏の名演により、ザラブ星人は特撮ファンにとって伝説的存在となりました。
青野氏追悼の意を込めて、ザラブ星人の魅力を紹介します。


ザラブ星人は最初、友好的な宇宙人として人間の前に現れました。
地球人より遥かに進んだ科学力をもって、東京を襲っていた危機から救い、人々の信頼を得ます。
彼にとって地球人は兄弟、かわいい弟のような存在だというのです。

しかし、それは人間を欺く仮の姿でした。
彼に狙われた星の人々は、その狡猾な策略によってお互いの信頼を失い、
争い、戦って滅んでいったのです。
彼はそうする為に生れてきた、それが自分の仕事であるというのです。

ザラブ星人は、ウルトラマンが科学特捜隊のハヤタ隊員と一心同体であることも知っていました。
彼はハヤタを拉致してウルトラマンを封じ込めると、自らウルトラマンの姿となり破壊活動を行います。
いわゆる、ニセウルトラマンの登場です。

そしてウルトラマンが人類の的であることを喧伝し、
ウルトラマンと緊密な科学特捜隊もまた、その同類であると主張しました。
ウルトラマンも科学特捜隊も人類の敵、
頼れるのはザラブ星人だけ、
この恐ろしい作略は地球に大きな危機をもたらしたのです・・・。


もちろん、最後はハッピーエンドです。
科学特捜隊のマスコット的存在であるホシノ少年の活躍により、
ハヤタは脱出に成功、ウルトラマンとなってザラブを倒します。

しかし、ザラブ星人はこのように狡知に長けた特異な宇宙人でした。
そして、青野氏の声の印象は圧倒的で今も耳に残っています。
スーツアクターまで引き受けた青野氏の熱演により、
強烈な存在感を吹き込まれたからこそ、
ザラブ星人はウルトラシリーズの伝説となったのだと思います。

2012年3月 4日 (日)

【特撮】『pen+』「ウルトラマン大研究」 黒部進、森次晃嗣、桜井浩子座談会/由利ちゃんのお気に入りは「クモ男爵」

2月29日に発売された雑誌『pen+』
アート関係の特集でもなじみ深い『pen』の別冊ですが、テーマは、
「完全保存版 円谷プロの魅力を探る ウルトラマン大研究」

Penultraman

表紙のウルトラマンのビジュアルはいわゆる“初代『ウルトラマン』”
放送当時のスチールです。
といっても、“初代『ウルトラマン』”の着ぐるみはA、B、Cの3タイプあり、
これは三番目のCタイプです。
実はもう少し細かくいうと色々あるのですが、マニアック過ぎるのでこの件はここまで。

内容はかなり多岐に渡りますが、この座談会に注目します。

座談会 3人の俳優が語る、あの日の「ウルトラ」
黒部進(『ウルトラマン』の科学特捜隊ハヤタ隊員)
森次晃嗣(森次浩司 『ウルトラセブン』のウルトラ警備隊モロボシ・ダン隊員)
桜井浩子(『ウルトラQ』のカメラマン江戸川由利子 『ウルトラマン』のフジ・アキコ隊員)

これぞ夢の顔合わせ! とはいっても、
1990年代以降、彼らはいくつも作品やその関連イベントで共演しており、
今更特に珍しい顔合わせともいえないかも知れません。
日本テレビの人気番組『ぶらり途中下車の旅』で、
黒部さんが旅人ととして、森次さんの経営するお店を訪れたこともありました。
http://www.ntv.co.jp/burari/020330/0330naiyou.html

しかし、誌面での座談会という形式はあまりなかったかも知れません。

『ウルトラマン』ハヤタの黒部さん、『ウルトラセブン』ダンの森次さん、
加えて『ウルトラマン』の紅一点フジ隊員であり、
先行する『ウルトラQ』でもヒロイン江戸川由利子を演じた桜井さん、
初期ウルトラシリーズのすべてを抑える夢の組み合わせです。

ウルトラQ 1966年1月2日 - 7月3日
ウルトラマン 1966年7月17日 - 1967年4月9日
ウルトラセブン 1967年10月1日 - 1968年9月8日

実は桜井さんは『ウルトラセブン』にも一度ゲスト出演しており、
3シリーズを制覇しているのですが、残念ながらその作品は欠番になっており、
観ることはできません。

座談会の内容も楽しく、興味深いものでした。
特に驚くような話もないかも知れませんが、
私が興味深かったのは、桜井さんが『ウルトラQ』第9話『クモ男爵』に、
強い思い入れを持っていることです。
主に豪華なセットに感嘆したとのことなのですが、それにより他の俳優さん共々、
高いテンションで演じたようです。

『ウルトラQ』は全28話、実にバラエティに富んだエピソードから成り立っていますが、
「クモ男爵」は古い洋館を舞台に、ゴシックホラーの雰囲気たっぷりに展開するお話です。

それはエドガー・アラン・ポーの世界、
映像作品でいうとアメリカの映画会社AIPが1960年代前半、
主にヴィンセント・プライスを主演として制作したシリーズを彷彿とさせます。
日本のテレビドラマ史上屈指のゴシックホラーとして私も好きな作品なので、
桜井さんが思い入れを語ってくれたのは嬉しかったです。


それはともかく、今回の『pen+』
マニアの方にとっては特に目新しいこのはないかも知れないですが、
改めての入門・復習本として貴重かと思います。

2010年10月 9日 (土)

仮面ライダー誕生超入門/藤岡弘氏の怪我と、1号・2号ライダー/本郷猛と一文字隼人

仮面ライダー
Kamen01
ウルトラマンと並び、現在も継続する、日本の人気ヒーローシリーズ。
第1作『仮面ライダー』の放映開始が1971年ですので、来年生誕40周年になります。

以前、『ウルトラマン』誕生時のエピソードについて書きましたが、
『仮面ライダー』は開始早々、『ウルトラマン』より遥かに厳しい困難に直面しました。
主演の藤岡弘氏(現在の芸名は「藤岡弘、」)が事故で重傷を負ったのです。
これは割と有名な話で、“秘話”と呼ぶほどでもないのですが、
今回はこの件を中心とした『仮面ライダー』誕生の超概略です。

『仮面ライダー』
1971年(昭和46年)4月3日~1973年(昭和48年)2月10日放映 全98話

『仮面ライダー』は東映により、ニュータイプのヒーローとして企画されました。
原作はSF漫画の巨匠石森章太郎氏(後に石ノ森章太郎と改名)ですが、
元々『仮面ライダー』という漫画があったわけでなく、テレビ化を前提に企画された、いわゆるメディアミックスです。

主演に決定したのは、藤岡弘氏。
藤岡氏は松竹映画のニューフェイス、つまりスター候補生としてデビュー、
主演級の役柄もあったのですが、映画産業事態が衰退期だったこともあり、
大きな活躍は出来ず、この当時の知名度は高くはありませんでした。
そんな時に『仮面ライダー』の主役「本郷猛」に決まり、勇躍撮影に臨んだのです。

『仮面ライダー』基本設定
本郷猛は青年科学者でオートレーサー。優秀な頭脳と運動能力の持ち主である。
その本郷を世界征服を企む悪の秘密結社ショッカーが拉致した。
改造人間として世界征服の尖兵にしようとしたのだ。
しかし、肉体の改造が終わり、脳手術を受ける寸前で本郷は脱出。
本郷は正義の仮面ライダーとして、ショッカーとの闘いを開始した。


さて、放送開始を直前に控え、撮影は第9.10話まで進んでいました。
その撮影中に藤岡氏がバイクで転倒し、左大腿部を複雑骨折の重傷を負ってしまうのです。
(事故は第1話の放送より後との説もありましたが、近刊の出版物でも藤岡氏は病院のベッドで第1話を観たとの記述があります。
日付は3月30日、4月1日、初回放送当日の4月3日など、資料により諸説あり。)

撮影に当たっては、藤岡氏自身も過激なアクションに取り組んでいたようです。
仮面ライダーの着ぐるみでのアクションもやっていたとのこと。
これはすべてのシーンではなく、スタントも併用されていたようですが。
問題の転倒した場面はライダー姿ではなく、本郷猛としてのシーンでした。


さて、藤岡氏の負傷は大変重く、撮影復帰のメドは立たない状況でした。
そこで当面、藤岡氏抜きで撮影が続行される事になりました。

第9.10話は前後編で途中まで撮影は進んでいたのでなんとか完成させました。
音声は後で収録する、いわゆるアフレコだったようですが、これは声優さんが務めたそうです。

では、藤岡氏不在でクランクインする第11話以降はどうしたか?
変身後のライダーはスタントの人がやればいいので問題ありません。
後は他の俳優よって話を進める合間に、以前撮影された本郷の映像を差し込んだのです。

例えばこんな感じです。

怪事件発生後、本郷の仲間達の会話。
「あれ、本郷はいないの?」
「もうとっくに飛び出していったよ!」
画面が切り替わってバイクで疾走する本郷の姿(これは以前の回で撮影された映像)
そこに「この事件はショッカーの仕業に違いない!」といった本郷の独白が流れる。(これは声優さんによるアフレコ)


病室にカメラを持ち込み、藤岡氏のアップのみ撮影する案も、別の作品で実績がある為、
検討したようですが、断念されました。


このように苦心の撮影で13話まで撮り終えますが、藤岡氏の回復の見込みは立たず、
代役・代演を検討せざるを得なくなります。
そうなると、まず考えられるのは二通りです。

①本郷猛を別の俳優に演じさせる。
②本郷は死んだ事とし、別の俳優による別キャラクターを登場させ主役とする。

どちらを選ぶにしろ、藤岡氏が回復しても、復帰は難しくなります。
スタッフにはなんとか藤岡氏の復帰の道を残したいという思いがあったようです。
もっとも、それ以前の問題として、②は子ども向け番組として相応しくないと面もありました。

そこで、スタッフが選んだのは、②のバリエーション案です。
元々ショッカーは世界征服を企んでいる設定なのだから、外国でも活動している筈です。
「本郷猛は外国に渡ってショッカーと闘い、日本は別キャラに任せる。」というストーリーにしたのです。
これなら藤岡氏が回復すれば復帰も可能です。

仮面ライダー2号登場

Kamen02
新ヒーロー登場に関わる劇中での説明は以下の通りです。
ショッカーはカメラマンで優れた格闘能力を持つ一文字隼人を拉致し、
第2の仮面ライダーに改造するが、脳手術を受ける前に本郷ライダーに救出された。
そして、一文字は仮面ライダー2号としてショッカーと闘う決意をする。
本郷はその一文字に日本を託し、ショッカーと闘う為ヨーロッパに渡った。


この展開については一文字の口から語られるだけで、実際にはほとんど描かれていません。
2号が登場したので、便宜上本郷ライダーは1号という事になりました。

一文字隼人に配役されたのは佐々木剛(たけし)氏。
佐々木氏は主演スターとまではいえませんが、主にテレビドラマの分野で
売れっ子といえる俳優でした。
佐々木氏は元々藤岡氏とは面識があり、藤岡氏の回復後の復帰を前提とした出演は
佐々木氏の希望でもありました。


仮面ライダー大ブーム
さて、今と違ってそんな裏事情は一般にはほとんど知られません。
4月に開始された番組ですが、当初はあまり注目されておらず、
視聴率8.1%からのスタートでしたが、除々に数字を上げていました。

しかし、制作側では内容の問題点も指摘されていたました。
元々、本郷は改造されて普通の人間ではなくなってしまったという悲しみを背負って闘うという面があります。
また敵役のショッカーも怪奇色の強い組織として描かれてました。
その為、番組自体、やや暗めでハードな印象が強かったのです。
子ども番組にしては相応しくないのではないかとの声も上がってました。

そこで、2号ライダーの登場が第2クール冒頭の14話(7月3日)という事もあり、
これを機会にドラマのスタイルも一部リニューアルが行われました。
レギュラー陣も一部入替・追加を行い、明るく、少しコミカルなイメージを打ち出したのです。
仮面ライダーの名物となる変身ポーズもこの時に誕生しました。

このイメージチェンジは功を奏しました。
『仮面ライダー』はこの2号ライダーの時代、子ども達に大ブームを巻き起こしたのです。

さて、事故から約半年が経過しました。
藤岡氏の傷も癒えて、復帰方法が探られる事になりました。
しかしまだ藤岡氏も完調ではなく、完全復帰は無理ですし、
そもそも一文字ライダーが大ブームを巻き起こしているのだから、
急な完全交代はあり得ません。
そこで本郷が一時帰国し、一文字と共闘する事にしたのです。

ダブルライダー共演Kamen03
二人の仮面ライダーの共闘、元々大ブームのところに、更に拍車をかける大イベントです。
藤岡氏の怪我に起因する、思わぬ副産物でした。
桜島ロケを敢行したダブルライダー編は1972年1月1日と8日、前後編で放映されました。
元旦はさすがに競合番組も多かった為か、視聴率も今ひとつでしたが、
8日は初の30%越えを果たしました。
当時の子ども達にとってはビッグなお年玉プレゼントとなったのです。

その後、本郷は再び欧州に戻り、しばらく一文字単独の回が続きますが、
3月に再び共闘編が3本放映された後、今度は一文字がメキシコに渡り、
4月から遂に本郷が日本に完全復帰しました。

本郷猛本格復帰 新1号ライダー登場 Kamen04_2
本郷の復帰にあたり、1号ライダーは外観を一部リニューアルしました。
その為、これ以降を「新1号」、これより前を「旧1号」とするようなりました。
(ただ、マスクだけでは1号と2号が区別できなくなってしまいましたが。)

この後、番組は好評のうち約1年、翌1973年2月まで、ショッカーをリニューアルした悪の新組織ゲルショッカーを登場させるなど、新機軸を織り込みながら続きました。
本郷が主役で、一文字が時々一時帰国して登場するという、以前とは逆のパターンとなりました。
最終回でも二人のライダーは共演しています。

そして『仮面ライダー』終了後、後番組として『仮面ライダーV3』がスタートします。51ik0ciykwl__sl500_aa300_
『V3』は『仮面ライダー』の完全な続編で、第1話に本郷と一文字も登場、その後も顔を見せました。
その後シリーズは継続し、現代まで続く長寿シリーズなっていったのです。

以上、藤岡氏の怪我を巡っての『仮面ライダー』誕生概略でした。

詳しい方からすればあれも抜けてる、これも・・という面もあるでしょう。
「変身ポーズの詳細」、「ライダーの外観変更の詳細」、そして個性的な脇役達の事など。
しかし、あれもこれも書くとわけが分からなくなるので、今回はこのあたりにします。

最後にひとつだけ・・・

もし、藤岡氏の怪我による降板がなかったら、ライダーブームは起きなかったか?
ネット上では、起きなかったとする意見も多いようです。
藤岡氏の一時降板に伴う、イメージチェンジがあったから大ブームになったと、
それがなければ、大きな成功には至らなかったという見方です。

これは何を言ってもタラレバ論であり、正しい答えはないのですが、
敢えて私見をいえば、藤岡氏の事故がなくても、ライダーブームは起きていたと思います。
仮に藤岡氏の怪我がなくても、明るいイメージへの路線転換は行われていたでしょう。
たしかにそれは、2号ライダー登場時に行われたほど、明確なものではなかったかも知れません。

しかし、8.2%でスタートした『ライダー』の視聴率は、旧1号編の最終となる第13話では18%まで伸びています。
それを考慮すれば、リニューアルが必要だったかどうかさえ、断定は難しいのです。
そもそも、仮面ライダーが子どもの間で大ブームになった最大の要因はなにか。
それは、それまでの子ども物にはなかった、リアルで本格的な格闘&バイクアクションです。

これが当時の子ども、特に男の子達の心を捉えたです。
東映とすればアクション映画やテレビ『キイハンター』などでの得意分野ですが、
それを子ども物に本格導入して成功したのです。
この魅力は開始時から変わらないのだから、本郷ライダーのままでもブームは起きていたと思います。

評判が良ければシリーズ化するというのも『ウルトラマン』の先例があるのだから、
ライダーもたぶんシリーズ化されていたでしょう。
ただ、現在まで続いたかといえば、歴史が長すぎて検証が難しいですね。

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