34.特撮 ヒーロー

2020年6月 9日 (火)

【特撮】昭和ウルトラシリーズ慨史② 『ウルトラマン』の誕生/分かり易く解説

Ultraman

昭和、平成、令和と続く「ウルトラシリーズ」(ウルトラマンシリーズ)
その金字塔である初代の『ウルトラマン』の誕生ヒストリーをどこよりもわかり易く解説します。
前ブログ「『ウルトラQ』の誕生」の続編。
簡潔にするために仔細は極力省略します。


ウルトラQからウルトラマンへ
1966年1月から放送された『ウルトラQ』は日本中に怪獣ブームを巻き起こしました。
円谷プロダクションとTBSは『Q』の反省も踏まえ、次作の構想に取り掛かります。
『Q』の放送は1966年1月からですが、前年中に全28本を撮り終えており、準備の時間は充分ありました。

そして『ウルトラQ』の終了後すぐにスタートすることになる『ウルトラマン』は
『Q』からの正常進化の枠を飛び越えた驚異の、奇跡の作品となりました。
以下、その進化の経緯を中心に記していきます。



対怪獣専門チーム「科学特捜隊」の誕生
『ウルトラQ』の主人公三人は民間人でした。
このうち、紅一点の桜井浩子さんの役は新聞社の女性カメラマンなのでまだわかりますが、
佐原健二さんと西條康彦さんはセスナ機やヘリコプターで荷物の輸送等を行なう小さい航空会社のパイロットで、
この三人が毎回大事件に遭遇し、解決に重要な働きをするのは無理があり、ストーリーも作り難い。

ただ、この主人公が民間人というのは東宝特撮映画の伝統でもありました。
多くの東宝の怪獣映画では自衛隊に類する組織(防衛隊と呼ばれることが多い)が登場し、
怪獣と戦いますが、防衛隊員が主役となることはありません。
だいたいいつも、主役はたまたま事件に深く関わってしまう民間人でした。

しかし、基本的に単発ストーリーの映画ならそれでよくても、
毎回の主人公が固定されている連続ドラマでは無理があります。
それで怪獣が関わる事件を専門に対処するチームを登場させることになりました。
これも、当初はトップ屋集団なども構想されていたようですが、
実際に武器を持って怪獣や侵略宇宙人と戦うチームが設定されました。

いうまでもありません。
科学特捜隊の誕生です。

「パリに本部を置く国際科学警察機構の日本支部に科学特捜隊と呼ばれる5人の隊員たちがあった。
彼らは怪事件や異変を専門に捜査し、宇宙からのあらゆる侵略から地球を防衛する重大な任務を持っていた。」
第1話冒頭ナレーションより

この設定があれば、例えば『ウルトラQ』で起きたようなどんな怪事件でも、
科学特捜隊が真っ先に捜査に乗り出せます。
これだけでも充分な正常進化で、科学特捜隊をタイトルロールとして新番組を作ってもよかった思います。
しかし、企画はますます進化を続けます。


宇宙人との共闘
前ブログで記したように、『ウルトラQ』に先行して、
フジテレビと円谷プロダクションとの間で進行していた『Woo(ウー)』という企画がありました。
不定型の宇宙生物が地球人と協力して事件を解決するというユニークな話でしたが、
残念ながら実現には至りませんでした。

この宇宙生物を登場させて人間と協調、というプロットが生かされることになります。
企画が進むうちに宇宙生物の設定は不定型から、怪獣に近い外見の「ベムラー」、
人間型のヒーローに近い「レッドマン」と進み、「ウルトラマン」へと繋がっていきました。

既に東宝特撮映画では、かつては人類の恐るべき敵であったゴジラが、
強大な宇宙怪獣キングギドラと、地球を守るために戦うヒーローに転換しつつありましたが、
「ウルトラマン」はそこから一歩進んだ、友好的な人間型でありながら巨大、超絶な能力を持つ、
世界のSF・娯楽作品にもおそらく例のないスーパーヒーローの誕生でした。


一心同体の変身ヒーロー
更にまだ別の進化ポイントがあります。
“変身ヒーロー”スタイルの融合です。
今となれば、ウルトラマンは変身するのが当たり前なので、何を大げさなと思うかかも知れませんが、
これもまた画期的なアイデアでした。

変身ヒーロー自体は、アメリカではスーパーマン、バットマン、
日本のテレビ作品でも月光仮面をはじめ、無数にありました。
時代劇の鞍馬天狗、怪傑黒頭巾等も同様です。

しかし、これらはみな基本的には同じ人間が、
覆面などで変装して正体を隠して戦うのが基本パターンです。

それに対して『ウルトラマン』では地球人と宇宙人が故あって一心同体となり、
状況に応じて宇宙人の姿になり、怪獣や侵略宇宙人と戦うという、斬新なアイデア。
これにより、人間が変身により巨大な怪獣と互角以上に戦えるとこになったのです。

以上、三つ新機軸の結晶により、『ウルトラマン』は誕生したのです。



Old Fashioned Club 月野景史



2020年6月 7日 (日)

【特撮】昭和ウルトラシリーズ慨史① 『ウルトラQ』の誕生/分かり易く解説

昭和、平成、令和と続く「ウルトラシリーズ」(ウルトラマンシリーズ)
その原点である『ウルトラQ』の誕生について、どこよりもわかり易く解説します。
簡潔にするために仔細は極力省略します。


Q


★原流はゴジラ
1954年(昭和29年)に東宝が制作した特撮怪獣映画の金字塔『ゴジラ』は大ヒットを記録。
以降、昭和30年代、東宝は数々の特撮映画を送り出します。
ゴジラの他にもラドン、モスラ、キングギドラなど人気怪獣を生み出しました。


この特撮ブームの裏方の立役者の一人が円谷英二氏。
ほとんどの作品で特技監督として、特撮部分の製作を仕切りました。
その英二氏が自ら社長となり「円谷プロダクション」を設立。
新しいメディアであるテレビでの特撮作品制作に、東宝の協力も得て乗り出すのです。
昭和30年代のテレビは『月光仮面』をはじめとする変身ヒーロー物が百花繚乱。
しかし、本格的な特撮の技術はほとんど導入されていませんでした。


★テレビで本格特撮ドラマを
円谷プロの最初の企画として知られるのは1962年頃、フジテレビで話の進んだ『Woo(ウー)』。
不定形の宇宙人が地球人と協力して様々の事件を解決するユニークなストーリー。
しかし、実現には至りませんでした。

『Woo』に遅れて1963年頃、TBSとの間で企画が持ち上がります。
その名は『UNBALANCE(アンバランス)』
これが『ウルトラQ』の前身となるのです。

地球の、自然界の、保たれている均衡(バランス)が崩れることにより起こる様々な事件がテーマ。
アメリカのテレビドラマ『トワイライトゾーン」(邦題『ミステリーゾーン』)を意識した内容。
宇宙生物が登場するような話も予定されてはいましたが、
怪獣物というわけでもなく、超自然現象を扱うSFドラマです。
この制作が遂に決定しました。



★放映時期を決めずに制作開始
『アンバランス』の撮影は1964年9月に放送時期未定のままクランクインします。
民間の小規模の航空会社のパイロットの男性二人と新聞社の女性カメラマンが
毎回怪事件や異変に遭遇し、解決していくストーリー。
主演は多くの東宝特撮映画に主役、準主役、脇役で出演してきた佐原健二。
他の二人も西條康彦、桜井浩子と、東宝の俳優が起用されました。

実際の現場での製作は若手スタッフが担い、円谷英二社長は監修として関わりました。
制作第1話は古代の植物ジュランが都心に巨大な花を咲かせる「マンモスフラワー」。
植物怪獣ではなく、あくまで純粋な植物です。


こうして制作のスタートした『アンバランス』ですが、開始早々にTBSサイドから、
やはり円谷英二の会社が作るなら、怪獣を登場させてほしいとの希望が出ます。
まぁ当然のリクエストに思えます。


★怪獣路線に転換~ウルトラQへ
そうして制作第4話から、怪獣路線への転換が図られました。
タイトルも『ウルトラQ』と変更されます。
このネーミングは1963年の東京オリンピックで話題になった体操の技「ウルトラC」に由来します。

制作2クール目に入る頃からは怪獣の造詣スタッフも強化され、
本格怪獣ドラマ作りの体制を整えながらの撮影が続きました。
そして1年以上かけ、約2クール28本が完成しました。
放送開始は1966年1月と決定しました。

制作順にそのまま放送すると、SF路線から怪獣路線へと変わっていく流れになります。
しかし、最初から本格怪獣テレビ映画として売りたいのだから、これは有り得ません。
怪獣物を前面に出しつつ、SF物も織り交ぜた順番で放送されることになりました。


★1966年1月2日(日)19時 初回放送
28本の中から放送第1話に選ばれたのは「ゴメスを倒せ!」。
凶暴な怪獣ゴメスを、人間に友好的な原始怪鳥リトラが自らを犠牲にして倒す話。
まさに東宝怪獣映画の代表作『モスラ対ゴジラ』のようなストーリー。
当時の子ども達は映画館でしか観れなかった本格怪獣映画を毎週テレビで観る権利を得たのです。

第1話の視聴率は32.2%。
その後、同年7月まで27本の放送(1話のみ本放送欠番、再放送で放映)はほとんどの回で30%を超え、
『ウルトラQ』は日本中に怪獣ブームを巻き起こしました。
そして怪獣路線をより本格化させた『ウルトラマン』へと続くのです。


以上、番組の内容にはほとんどふれず、誕生の経緯を駆け足で紹介しました。
後のウルトラシリーズ各作品とは違い「ウルトラQ」というヒーローが登場するわけではありません。
おそらく、劇中で「ウルトラQ」という言葉が発せられたことすら一度もないと思います。
民間人である主人公達が様々な怪異に遭遇し、工夫を凝らして解決するストーリー。
怪獣物の枠を越えた、SFドラマの傑作です。

ただ連続ドラマとしては、毎回民間人が怪事件に遭遇するのは無理があります。
そりあたりの反省も踏まえ、次作の構想に取り掛かっていくのです。


Old Fashioned Club 月野景史



2020年6月 5日 (金)

【昭和特撮】ウルトラセブンはなぜ「ウルトラマンセブン」ではないのか?/分かり易く解説

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ウルトラセブン 

ウルトラマンシリーズのヒーローたちはみな「ウルトラマン○○○」という名前なのに、
なぜウルトラセブンだけ「ウルトラマンセブン」ではないのか?
どうして「マン」がつかないのか?

この疑問、ネットでも見かけますし、リアルで訊ねられたこともあります。
今回はこの問題をできるだけ簡単に解説しますが、先に結論を書いておきます。
「ウルトラセブン」とネーミングされた事情に不自然な点はまったくありません。
むしろその後で「ウルトラマン○○○」と名付けられるようになった事情の方が特殊なのです。
そのあたりの経緯を説明していきます。


★ウルトラセブンの命名まで
一番最初の『ウルトラマン』は1966年7月に放送開始され、大ブームとなりました。
ヒーローはもちろん、ウルトラマンです。


ウルトラマン(初代)

『ウルトラマン』は1967年4月、大人気の内に終了、
半年置いて同年10月から新番組『ウルトラセブン』が始まります。

 
ウルトラマンとウルトラセブンは同タイプのヒーローですが、外見は似ていません。
劇中で二人の関係については説明もされないし、そもそも同一世界の物語なのかも不明です。
ただ、二人ともM78星雲出身らしいので、同郷ではあるようです。

劇中での二人のネーミングについてですが、
ウルトラマンは一心同体となった科学特捜隊のハヤタ隊員の命名です。
ウルトラセブンは脚本上ではウルトラ警備隊員による命名のようですが、
完成した本編にはそのようなシーンはなく、命名経緯は不明です。

この流れを見ると、同郷とはいえ関係性が不明で外見も違う新ヒーローが、
前ヒーローの名である「ウルトラマン」をそのまま使い、後ろに「セブン」と付けて『ウルトラマンセブン」では不自然でしょう。
ここまでの経緯なら「ウルトラセブン」でおかしいことは何もありません。
「ウルトラ」を付けるのは番組枠が「ウルトラシリーズ」として路線化されていたので必然なのですが、
「ウルトラマンセブン」では不自然なのです。


だから、むしろ問題はこの後、なぜ「ウルトラマン○○○」と名付けられるようになったかなのです。
以降はその経緯を説明します。



★二人のウルトラマン
『ウルトラセブン』終了から約2年半後の1971年4月、新シリーズがスタートとします。
タイトルは『帰ってきたウルトラマン』

企画当初はタイトル通り初代のウルトラマンが帰ってくる予定だったのですが、
結局別人という設定になり、しかしタイトルはそのまま開始されました。
外観は細部に違いがありますが、よく似ています。顔はほぼ同じ。

視聴者からすると、番組スタート当初はそのあたりの設定はよくわからなかったのですが、
やがて雑誌等が先行する形で、二人は別人で、兄弟分的な関係であることが明かされます。
初代の最終回に登場したゾフィーにウルトラマン、ウルトラセブン、
そして新しいウルトラマンを加えて、“ウルトラ4兄弟”の設定の誕生。
実の兄弟ではないが、宇宙の平和を守る信念と信頼で結ばれた義兄弟的関係です。


ただこうなると二人のウルトラマン、同じ顔で同じ名前はややこしい。
この問題は後々まで尾を引くことになりますが、それは置いておき、いよいよ本題です。


★ウルトラマンAの命名トラブル
さて、『帰ってきたウルトラマン』は1年間の放送が終了。
新シリーズのスタートが雑誌等で公表されました。
ウルトラ兄弟の5番目、その名は『ウルトラA(ウルトラエース)』。
外見はセブンよりはウルトラマンに近いですが、明らかに区別できます。
このネーミングも特におかしくはないでしょう。

ところが、問題が発生しました。
世の中に「ウルトラエース」という商品が存在しており、
商標登録上の問題が出てきて、改名をせまられることになったのです。
しかし、「A(エース)」は公表されており、ここは変え難い。
放送開始はせまっており、急遽の苦肉の策として
『ウルトラマンA(ウルトラマンエース)』と変更されたのです。

当時の実感としては、そんな裏事情はわからず、
既に二人ウルトラマンがいてややこしいのに、更に面倒ことしなくてもいいのにと感じました。


しかし、このネーミングスタイルは翌年の『ウルトラマンタロウ」、
続く『ウルトラマンレオ』にも踏襲され、現代まで続くことになったのです。

結果として、「ウルトラマン」とつかないセブンだけが異質ということになってしまいました。
これが“マン”と付かない“ウルトラセブン”の経緯です。


私のような守旧派のファンからすると、
もちろん「ウルトラマン」の名がシリーズとして現在まで続いている嬉しいことなのですが、
やはり「ウルトラマン」といえば初代の『ウルトラマン』こそが唯一無二の存在であり、
「ウルトラマン」乱立はあまり歓迎しない面もあります。

また「ウルトラマンシリーズ」より、「ウルトラシリーズ」の呼び方の方が好きだったりします。


Old Fashioned Club 月野景史

2018年6月30日 (土)

【昭和特撮】 ハヤタ隊員、モロボシ・ダン、郷秀樹 若きヒーローのスリーショット写真

バンダイナムコエンターテインメントから、
『ウルトラマン』科学特捜隊のハヤタ隊員役の黒部進氏(右)、
『ウルトラセブン』ウルトラ警備隊モロボシ・ダン役の森次晃嗣氏(左、当時は森次浩司)、
『帰ってきたウルトラマン(ウルトラマンジャック)』MATの郷秀樹役の団時朗氏(中央、当時は団次郎)の
3大ヒーローの役名を含む直筆サイン入り3ショット写真が発売(予約受付中)されています。


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今回は団時朗氏メインの企画であるフォトフレームパネル
「ウルトラヒーローメモリアルSV『帰ってきたウルトラマン』」に同梱されるおまけ的な位置づけのようです。
商品詳細は以下のサイトを参照してください。
https://hobby.dengeki.com/news/582286/ 



『帰ってきたウルトラマン』放送中の写真
さて3人はそれぞれ現役時代の防衛チームの制服を着ていますが、この写真はいつ撮られたのか?

これは『帰ってきたウルトラマン』第38話「ウルトラの星光る時」(1971年12月24日放送)の制作時に、
黒部さんと森次さんがゲスト出演し、主演の団さんを囲んで撮った、いわゆるスチール写真です。
ですので撮影は1971年の秋から初冬頃になるかと思います。

既に初代『ウルトラマン』放送終了(1967年4月)からは4年半ほど経過しており、
1939年生まれのハヤタ隊員の黒部進さんは32歳頃。
やや太めになっており、若干薄くなりかけた頭部をちょっと長めにカムフラージュしたような髪型で、
失礼ながらハヤタのイメージからは少しずれてしまっています。
ただ、黒部さんという人はちょっと太めになったり絞ったりということがあり、
この後にもう少し若々しい時期もあったりします。


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『ウルトラマン』でのハヤタ隊員
やはりだいぶ若く感じます。


一方『ウルトラセブン』終了(1968年9月)からはちょうど3年ほどで、
1943年生まれの森次晃嗣さんは28歳。こちらはまだモロボシ・ダンそのまま。
そして現役ウルトラマンだった団時朗さんは21歳の若さでした。


幻の3ショット
しかし、実は劇中にはこの3人の共演シーンはありません。
下の写真のように、宇宙空間のセットでハヤタとダンが一瞬だけ共演しています。


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しかも2人の顔が同時に正面から確認できる瞬間はなし。
この後すぐに2人はウルトラマンとセブンに変身してしまいます。
というより、ストーリー上2人がハヤタとダンの姿になる必然性がなく、
これ自体がサービスシーンともいえるのですが。


つまり、上の郷を交えた3ショットは劇中にはまったくない記念写真的なオフショットなのです。
今回商品化された写真とまったく同じカットは私は初めて見ると思いますが、
この撮影時には他にも多くのカットが撮られていて、当時の少年誌等に載った写真もあるし、
ネット上でも見ることができます。



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3人に帰マンの着ぐるみ俳優であるきくち英一氏を加えた4ショット。



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これはもう無防備な雑談中のスナップという感じ
並び順や背景の車からして、この写真の直前か直後に今回サイン入りで発売された写真が撮られたのでしょう。
下で紹介する現在の写真と比べるとよくわかりますが、団さんは他の2人と比べてかなり長身です。
車のボンネットに腰掛けることによって、身長が同じくらいに見えます。


そして、上に紹介したサイトには今回の発売にあたりサインのために集まった3人の写真も載っています。
もちろん、最近撮られたものでしょう。
団さんは時折ドラマで見かけますが、黒部さんと森次さんは出演が少なくなりました。
これも大変貴重なスリーショットなので引用させてもらいます。


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右=黒部さん78歳 左=森次さん75歳 中央=団さん69歳


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最年長の黒部さん、身体も絞れているようで健康そうです。
もしかしたら一番若く見えるか?

Old Fashioned Club  月野景史

2018年5月19日 (土)

【特撮】『仮面ライダー』 藤岡弘負傷回前後編を東映YouTubeが配信 ~5/26まで

先日のブログでも記したように『仮面ライダーシリーズ』の原点である
第1作『仮面ライダー』の東映特撮YouTube Officialでの配信が始まっています。
本日5月19日に第9話と第10話がアップされました。

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主人公本郷猛役の藤岡弘さん

この2話分こそ、藤岡さんが撮影中に負傷したいわく付きの回です。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLPtUVm4GBlyJZcIyQaO854RAiPJTDK9Wv
※5月26日には次の第11.12話に更新されると思います。


異色の前後編
第9話「恐怖コブラ男」
第10話「よみがえるコブラ男」
タイトル通り怪人コブラ男が登場する前後編です。
といっても、特撮物でよくある、ヒーローがピンチに陥り、
さてどうなるかというところで次回に続くパターンではありません。

前編でコブラ男は倒され、事件解決、ストーリーも一旦完結した上で、
後編ではそのコブラ男が再改造されてよみがえり、新たな事件を起こすという流れ。

コブラ男の復活・最登場以外はストーリーの継続性は希薄で、
第10話は後編というよりは続編、後日談といったイメージ。
少し間を空けて放送されてもよかったくらい。
とはいっても、撮影は2話同時進行で行われていたようです。

ビジュアルを若干変えてよみがえったコブラ男より、
そのコブラ男に再改造を施した人間体の女性幹部・綾小路律子の方がインパクトあったりします。


Photo
恐怖コブラ男


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綾小路律子(新井茂子) ショッカーの協力者 綾小路生物研究所


その9話.10話撮影中に主演の藤岡さんがバイクの転倒事故で負傷してしまったのです。
『仮面ライダー』の放送開始は1971年(昭和46年)4月3日。
撮影は第9.10話まで進んでいましたが、まだ放送開始直前というタイミングでした。
左大腿部複雑骨折という重傷で、復帰のメドは立ちません。
そこで当面、藤岡氏抜きで撮影が続行される事になりました。

※藤岡氏負傷の詳細は以下を参照
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-dd2d.html


第9.10話については撮影済の映像をベースになんとか完成させました。
この作品では変身後のライダーによるアクションも基本的に藤岡さんが演じていましたが、
ここはスタントの人にまかせれば問題ありません。
後は未撮影の部分をなんとかやりくりしたのです。

ドラマの撮影は、今も昔もそうですが、ストーリーの順番通りに撮るわけではありません。
この前後編については、後編のラストであるスナック・アミーゴのシーンは撮影済でした。
観てもらえばわかりますが、前後編としての締めはきっちり本郷が出演して行っています。

一方、前編のラストであるペットの墓のシーンは仮面ライダーが登場していますが、
本来は本郷の姿で出る筈だったのでしょう。


そして、初めて観た人は本郷猛の声に違和感を覚えるでしょう。
『仮面ライダー』の音声は撮影終了後まとめて収録するアフレコ方式の為、
撮影中に負傷・入院した藤岡さんはこれに参加できません。
ですので、声優の納谷六朗氏が代演しています。
納谷六朗氏はショッカーや後続の悪の軍団の首領を長く務めることになる納谷悟朗氏の弟。
クレジットはされていません。

藤岡さんの声は太くて特徴的なので、どうしても違和感がありますが、
当時の藤岡さんはまだ子ども達の認知度がそれほど高くはなかったし、
家庭用ビデオなどない時代で、前週と聞き比べることもてきないので、
それほど問題なかったかも知れません。


藤岡氏の転倒事故直前のシーンも放送されています。

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第10話のラスト、本郷のアップになる前の、この疾走シーンの直後だとされています。


さて、次回5月26日に更新されるであろう第11.12話は藤岡さん完全不在で撮影されています。
むちろん無理があるのですが、
苦境における制作スタッフの工夫も垣間見えます。

Old Fashioned Club  月野景史

2018年4月28日 (土)

【特撮】『仮面ライダー』第1作 東映公式YouTubeで配信開始/伝説の原点をこの機会に

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今に続く仮面ライダーシリーズの原点である第1作『仮面ライダー』。
この伝説の特撮アクションドラマの、東映特撮YouTube Officialでの配信が始まっています。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLPtUVm4GBlyJZcIyQaO854RAiPJTDK9Wv


今までのところ、4月21日(土)に第1話と2話がアップ。
今日28日(土)に第2話が削除され、第3話と4話がアップされました。
おそらく第1話のみを残し、毎週土曜日に2回分ずつ更新していくのだと思います。



『仮面ライダー』
1971年(昭和46年)4月3日~1973年(昭和48年)2月10日放映 全98話 


記念すべき第1話は「怪奇蜘蛛男」。
これが仮面ライダーすべての原点になります。


私はまさにリアルタイム世代ですが、この番組の人気は凄かった。
開始早々に主演の藤岡弘さんが重傷を負うという大アクシデントがありながら、
それを乗り越え、当時の子ども達を夢中にし大ブームを巻き起こしました。

その経緯については以前詳しく記しました。
↓このブログの安定した人気ページのひとつです。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-dd2d.html 


今後、最終話まで同ペースで更新するなら、
全98話あるので、49週続くことになります。
約1年弱、先は長いです。

しかし、本郷猛役の藤岡弘さんが撮影中の事故による大ケガで一度降板する前の
旧仮面ライダー第1号が登場する回は僅かしかありません。


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初期の本郷猛はジャケット(ブレザー)・ネクタイ姿が定番


一応、「旧1号ライダー編」は1クール分全13話ということになりますが、
藤岡さんは最後の方は入院しているため、実際には撮影に参加していません。
だいたい以下のような流れです。

◆第1-8話 
事故前に撮影済

◆第9・10話(前後編)
撮影途中で事故、半分は主演者不在の状態でなんとか完成。
音声はアフレコの為、声優の納谷六朗氏が代演。

◆第11-13話
藤岡さん完全不在により、
オートバイ運転シーンなどの本郷猛の過去映像を僅かに入れつつ、
他の俳優、スタントにより制作。

つまり藤岡さんがまともに出演しているのは8回分だけ。
大変貴重です。
そして、藤岡さん抜きで苦心しながら撮っていることが観ていてわかる第9-13話も
この伝説的番組の原点として貴重といえるかも知れません。

もちろんDVDでも普通に観れますが、
せっかく容易に視聴できるチャンスなので、
未見の方、あるいは昔観たけれども久しぶりにという方も
この機会に観てほしいと思います。

とにかく次々と新しい展開があるドラマなので、
配信中はこのブログでも追いかけていくつもりです。


Old Fashioned Club  月野景史

2016年7月17日 (日)

【特撮】ウルトラマン誕生(1966年7月17日)50周年/放送開始1週延期と前夜祭

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本日、2016年7月17日(日)は『ウルトラマン』誕生50周年の記念日でした。

『ウルトラマン』の第1話「ウルトラ作戦第1号」は今からちょうど50年前、
1966年(昭和41年)7月17(日)、19:30よりTBSテレビで放送されました。
曜日まで一緒ですね。

いまや「ウルトラマン」といっても星の数ほどいますが、
いうまでもなく50周年を迎えたウルトラマンとは、いわゆる“初代”『ウルトラマン』。
科学特捜隊のハヤタ隊員が変身する『ウルトラマン』です。



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ハヤタ隊員(黒部進) ウルトラマンとは“一心同体”


誕生は7月10日(日)?

ところで、テレビであるタレントさんが1週間の7月10日を『ウルトラマン』誕生の日と言っていました。
これ、まったくの誤りとも言い難いのです。

この7月10日という日は初回放送を1週間後に控え、
「ウルトラマン前夜祭・ウルトラマン誕生!」と銘打った前宣伝番組が放送されたのです。
旧・杉並公会堂での公開録画で、科学特捜隊の隊員達レギュラー俳優や多くの怪獣達、
円谷プロダクション社長で“特撮の神様”と称された円谷英二監督まで登場する豪華版でした。

しかし、これはあくまで宣伝のためのバラエティ番組で、
『ウルトラマン』としての第1話の放送は翌週の7月17日。
やはりウルトラマンの誕生日は1966年7月17日(日)が正しいです。

それにしても、初回放送の前に公開録画までして宣伝番組を作るとは、
よほど力が入っていたのかと思いますが、実はそういう事情でもなくて、
むしろ窮余の策だったようなのです。
そのあたりの事情を説明しましょう。


本当は7月10日が初回放予定だった?
実は当初は7月10日が『ウルトラマン』第1話放送予定日だったのです。

このTBS夜7時30分の枠では、7月3日まで『ウルトラマン』の前身ともいえる『ウルトラQ』が放送されていました。
『ウルトラQ』こそ、テレビにおける本格怪獣ドラマの元祖です。
ただ、ウルトラマンのような巨大超人ヒーローや、科学特捜隊のような対怪獣・宇宙人専門チームは登場しません。
後のウルトラシリーズとはタイプの異なるドラマです。


『ウルトラQ』は前年の1965年までに全28話の撮影が終了した後、
1966年1月2日より放送が開始され、一躍怪獣ブームを引き起こしました。
『ウルトラマン』はその後番組として企画されたのです。

『ウルトラQ』は撮影・編集済の全28話を放送すると、7月10日が最終回となります。
しかし、そのうちの1本「あけてくれ!」という話が子ども番組としてはストーリーが難解で
放送が見送られることになりました。

というわけで『ウルトラQ』は7月3日が最終回、
『ウルトラマン』は7月10日スタートというスケジュールが決定したのです。


『ウルトラマン』の制作が遅れる
さて、前番組の『ウルトラQ』は放送開始前に全話制作が終わっていたのだから、
次の『ウルトラマン』は余裕を持って準備できたのではないかと思えます。
しかし、色々と新機軸を取り入れた『ウルトラマン』の制作は遅れ込みます。

実は第1話から順番に撮影せず、第2話以降を先に撮り始め、
慣れたところで第1話の撮影に始めるというスケジュールを組んでおり、
これが災いしたともいえます。


窮余の策で前夜祭放送
とにかく7月10日の初回放送が厳しくなってきたのです。
そこで、急遽差し込んだのが「ウルトラマン前夜祭・ウルトラマン誕生!」だった、というわけ。
これは当時の関係者の証言によりたしかな“定説”です。

ただ、ちょっとおかしい気もしますね。
制作スケジュールがひっ迫した為の窮余の策にしては、
レギュラー俳優すべて揃えて公開録画は、手間をかけ過ぎのように思えます。
もっといくらでも簡単にできたでしょうに。
実際、公開収録の現場は混乱を極めたいいます。


例えば、『ウルトラQ』の放送開始前にも『ウルトラQは怪獣の世界』という宣伝番組が放送された記録が残っています。
映像は現存しないのですが、漫才コンビの晴乃チック・タックが進行役を務め、
撮影済の怪獣達の映像をダイジェストで流したようです。
もちろん、公開録画ではありません。
『ウルトラマン』もこんな感じでもよかったろうに。

その時点で全話撮影が終わっていた『Q』と違って、『ウルトラマン』は撮影済のストックは少なかったでしょうが、
それならば『ウルトラQ』の総集編+『ウルトラマン』の予告としてもよかった筈です。
そもそも『ウルトラマン』は “『ウルトラQ』の新シリーズ” としての位置づけであり、
当初は『Q』の怪獣が多く再登場する予定でしたので。
(実際にはメインでの再登場は1体だけ、カメオ的な登場がもう1体
着ぐるみの改造例はたくさんありますが)

更に言えば、最も楽な方法としては、
前述のように放送取りやめの決定をした『Q』の「あけてくれ!」を放送してしまうという手もありました。
悪い作品ではない・・・というか、むしろ傑作です。
子ども向けとしては難解ですが。


ともかく、産みの苦しみで始まった『ウルトラマン』は『ウルトラQ』を上回る超人気番組となりました。
それは50年を経た現在でもです。
いったい『ウルトラマン』の魅力は何なのか?
また書かせてもらいます。


Old Fashioned Club  月野景史

2016年1月 3日 (日)

『ウルトラマン』ハヤタ隊員の黒部進さんが故郷富山県黒部市のポスターに登場

新春のJR新宿駅に掲示されていた富山県黒部市の大型ポスター。
『ウルトラマン』(1966年)の科学特捜隊ハヤタ隊員役で知られる黒部進さんが怪獣達と共に登場しています。
黒部さんは当地の出身で、「黒部進」という芸名もこれに由来します。

Dsc07053_2_1400x750_2「黒部へシュワッチ★」「ウルトラ旅行記in黒部」とあります。
昨年の北陸新幹線開通で、東京⇔黒部宇奈月温泉間が2時間14分になったのですね。


私は初代『ウルトラマン』ハヤタ隊員のファン、そして黒部進さんのファンです。


Hayata0103001jpg
黒部 進(くろべ すすむ、1939年10月22日 - ) 本名:吉本 隆志 富山県黒部市出身

『ウルトラマン』は1966年スタートなので、今年50周年ですね。
黒部さんは東宝映画のニューフェイスとして映画界入り。
東宝と関係の深い円谷プロダクション制作の『ウルトラマン』に主演しました。
『ウルトラマン』の後まもなく東宝を退社、1970~80年代は主にテレビの刑事ドラマや時代劇の悪役として活躍。
90年代以降はウルトラブームの再燃もあり、特撮関連番組への出演も増えると共に、一般ドラマでの役柄も広がりました。
しかし、年齢も70代半ばになり、この1~2年は出演も少なくなったように感じていたので、
このポスターへの登場は嬉しい事です。


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ジャミラと渓流で。



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ダダと温泉で



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バルタン星人と夕食



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みんなで記念撮影



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おなじみの、ベーターカプセルを掲げての変身ポーズ

あれ? ウルトラマンがいませんね。
ウルトラマンとハヤタは一心同体なので、二人が一緒に登場しないのは当然といえばそうなのですが、
そんな堅いことは言わず、二人のツーショットもあればよかったのに。

それはともかく、黒部さんもお元気そうでなによりです。
ただ、黒部市の公式サイトを見ると、黒部さんの料理レシピのページはあるようですが、
全体として黒部さんや怪獣達が打ち出されてはいません。
http://www.city.kurobe.toyama.jp/

こんな立派なポスターを作ったのだから、同じビジュアルを使ってもっとホームページでも大々的にやればいいのにと、
ちょっともったいなく感じています。

Old Fashioned Club  月野景史

2013年10月24日 (木)

【特撮】初代『ウルトラマン』のNG映像60分発見/映像解説と謎

『ウルトラマン』の未公開NGシーンが発見!
NHKがニュースとして放送し、ネットでも続々情報がUPされています。

この『ウルトラマン』は本当の元祖、いわゆる“初代ウルトララマン”。
1966年-67年に放送された、科学特捜隊のハヤタ隊員が変身するウルトラマンです。

Ultraman1
『ウルトラマン』
1966年(昭和41年)7月17日-1967年(昭和42年)4月9日
TBS系 毎週日曜日19:00-19:30放映 全39話  制作:円谷プロダクション

NHKのサイトでニュース映像が観れます。
NG映像も一部公開されています。





記事を引用させていただきます。
☆☆☆
世界的にも知られる日本の特撮技術が生み出したヒーロー「ウルトラマン」の撮影で、40年以上前のいわゆるNGシーンのフィルムが大量に見つかり、専門家は「日本が発展させてきた特撮技術の舞台裏を知ることのできる貴重な映像だ」としています。

特撮はウルトラマンと怪獣の格闘など架空のシーンをミニチュアや合成を使って現実のように撮影する技術で、今回見つかったのは、その撮影の過程で失敗したいわゆるNGシーンなどのフィルムおよそ1時間分です。ウルトラマンを製作した「円谷プロダクション」の関係者の自宅に、40年以上、保管されていました。

このうち、ウルトラマンが怪獣を持ち上げて投げ飛ばすシーンでは、誤ってセットの木まで抜いてしまい、撮り直しとなっています。しかし、その木には根が付いていて、当時、背景に本物の木を1本1本植えていた様子が分かります。
また、炎による攻撃がまったく効かないという設定の怪獣の撮影では、誤って着ぐるみが燃えてしまい、スタッフがあわてて消火する姿が写っています。製作チームがあえて合成ではなく、実際の火を使うことでより現実的な映像に仕上げようとした様子が分かります。

特撮番組などに詳しい、評論家の氷川竜介さんは「当時の撮影現場を記録した動画はほとんど無く、日本が独自に発展させてきた特撮技術の舞台裏を知ることができる貴重な映像だ」と話しています。
★★★


見つかったNG映像は約60分とのこと。
ニュース動画と記事を見る限り、ウルトラマンや怪獣が登場する特撮シーンしか紹介されていません。
ムラマツキャップやハヤタ隊員達による本編部分はないのでしょうか?

それと、ちょっと疑問に思う点もあるのですが、それは後回しにして、
ニュースで放送されたNG映像を順番に解説しましょう。

◆第1話「ウルトラ作戦第一号」よりベムラーとの格闘シーン。
記念すべき第1話のクライマックス。
記事では、ウルトラマンがベムラーを持ち上げて投げ飛ばすシーンで、
誤ってセットの木まで抜いてしまったことがNGの理由のように書かれていますが、
ニュースで語られているように、ウルトラマンがよろけて転倒してしまった方が問題でしょう。
プロレスのジャイアントスイングのような豪快な投げ。
ベムラーの着ぐるみの中には、人は入っていないようです。

◆第31話「来たのは誰だ」より  セットに躓き、よろけるケロニア
シリーズ屈指の知性派怪獣も形無しです。

◆第17話「遊星から来た兄弟」より  ビルを壊せなかったにせウルトラマン
凶悪宇宙人ザラブ星人が化けた、にせウルトラマン。
豪快にビルを壊す筈が、叩く位置を間違えて、煙は出れどビルは崩れず。

◆第27話「怪獣殿下 後編」より  ウルトラマンとゴモラの対決
※これはNGシーンではありません。二週に渡った闘いの最後なので、ゴモラぼろぼろです。

◆第23話「故郷は地球」より  着ぐるみに引火してしまうジャミラ。
火に強く、火炎放射を受けても全然平気な筈のジャミラですが、着ぐるみが燃え出してはたまりません。
スタッフが慌てて消火しています。

以上、ニュースで放送された映像解説でした。


ところで、ニュースでは本来棄てられる筈のフィルムが偶然残っていた、と語られていますが、
見たところ、関係者の自宅に残っていたというのは一巻のフィルムです。

その中に第1話から、少なくとも第31話まで収められているのだから、
これは記録として編集されたものでしょう。
資料として残そうとしたのか、ドキュメンタリーとして放送の構想があったのか、わかりませんが。

誰により編集されたのか?
他にはどんな映像があるのか?
私は初代ウルトラマンフリークですが、フィギュア等にはあまり興味がありません。
映像や、出版物等の文献資料には、少しこだわりがあります。
この映像は観たいですね。

別のニュースソースによると、このNG映像は2014年1月発売の
『ウルトラマンBlue-ray BOX III』にも収録が予定されているそうです。

Old Fashioned Club  月野景史

2013年3月12日 (火)

【訃報】声優納谷悟朗氏死去/銭形警部は永遠に ショッカー首領の声も

俳優・声優の納谷悟朗さんが3月5日亡くなりました。83歳。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/130311/ent13031112110004-n1.htm


Naya_gorou
納谷悟朗

(なや ごろう 1929年11月17日-2013年3月5日)
北海道函館市出身。テアトル・エコー所属。
弟は俳優・声優の納谷六朗氏。妻は女優・声優の火野カチ子氏。
声優として知られていますが、同世代の多くの声優さんと同様に本来は舞台俳優です。

声優としては、なんといっても『ルパン三世』シリーズの銭形幸一警部役が有名でしょう。
1971年9月のテレビファーストシリーズスタートから、
2010年2月の『ルパン三世 the Last Job』まで、39年間演じました。

これはもしかしたらご存じない方もいるかも知れませんが、
この『ルパン三世 the Last Job』を最後に、納谷さんは銭形役を引退しています。
翌2011年の『ルパン三世 血の刻印 〜永遠のMermaid〜』では、山寺宏一さんが引き継ぎました。

同じタイミングで、石川五エ門の井上真樹夫氏、峰不二子の増山江威子氏も降板しています。
この配役交代については、当ブログでも詳しく書きました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-ec90.html

ただ、井上氏と増山氏はTV第2シリーズからの出演なので、
TV第1シリーズから出ているのは、今も現役の次元大介役の小林清氏と、納谷氏だけだったのです。

銭形役の最後の頃は、さすがに少し苦しいように感じていました。
渋い抑えめの演技の多い次元や五エ門はあまり気にならないのですが、
テンションの高い場面の多い銭形は大変なのだろう、と思っていました。
しかし、降板の時点で81歳、ライフワークとして演じ切ったといっていいでしょう。

納谷氏なくして銭形警部なく、銭形なくして『ルパン三世』もあり得なかった、と思います。


もちろん、銭形警部以外にも納谷さんは多くの役を演じています。
洋画ではクラーク・ゲーブル、チャールトン・ヘストン、ジョン・ウェインの吹替え
アニメでは『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長などが知られますが、
私が印象深いのは、『仮面ライダー』のショッカー首領の声です。


仮面ライダー(第1シリーズ)
1971年4月3日 - 1973年2月10日(全98話)
ショッカーは世界征服を企む悪の秘密結社。
納谷さん演じる首領は姿は現さず、
声で世界各国支部の幹部や怪人達に指示を与える役がらです。

命令される幹部役には、有名な死神博士役の天本英世さんをはじめ、
丹羽又三郎さん、宮口二朗さん、潮健児さんら錚々たる個性派俳優がいたのですが、
彼らを相手に首領の納谷さんは抜群の貫禄・存在感でした。

『仮面ライダー』でショッカー、及び組織再編したゲルショッカーの首領を演じた後、
続く『仮面ライダーV3』でも悪の組織デストロンの首領を演じました。
このショッカー首領とデストロン首領は実は同一キャラです。
『仮面ライダー』最終話でライダー達に倒されたと思った首領は、実は生きていたという設定でした。

大ヒット作『仮面ライダー』で、2年かけてやっと首領を倒し、感動の大団円!
と思ったら、実は首領は生きていて、翌週から始まる次作でも悪の指揮を取る。
なにやら拍子抜けするような展開ですが、それだけ納谷さんの首領のインパクトが強く、
ライダーシリーズの悪のトップとして、納谷さん以外は考えられなかったのだと思います。
納谷氏なくして『仮面ライダー』もなし、だったのです。

謹んで哀悼の意を表します。


以下、MSN産経ニュースより引用
☆☆☆
アニメ「ルパン三世」の銭形警部役で知られる俳優で声優の納谷悟朗(なや・ごろう)さんが5日午前3時、慢性呼吸不全のため千葉市内の自宅で死去した。83歳。葬儀・告別式は近親者のみで行った。喪主は妻で俳優、火野カチ子(ひの・かちこ、本名・納谷捷子=なや・かちこ)さん。後日お別れの会を開く予定。

昭和34年に劇団「テアトル・エコー」に入り、中心的俳優として活躍。声優としては46年の「ルパン三世」シリーズ開始以来、40年近くにわたって銭形警部役を務め、低いだみ声で人気を集めた。「宇宙戦艦ヤマト」の沖田十三艦長や、洋画ではクラーク・ゲーブル、チャールトン・ヘストン、ジョン・ウェインの吹き替えを担当した。
★★★

Old Fashioned Club  月野景史

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