【美術展】ゴッホ展「家族がつないだ画家の夢」とは? 上野から名古屋へ
上野の東京都美術館で『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』が12月21日まで開催中。
その後は新年1月3日より名古屋の愛知県美術館で3月23日まで開催されます。
ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
2025年9月12日(金)—12月21日(日)/東京都美術館
2026年1月3日(土)-3月23日(月)/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
さて、展覧会のタイトルにある「家族がつないだ画家の夢」とはどういうことか。
まずはこの点に絞って簡潔に説明します。
世界でもっとも有名な画家の一人である
フィンセント・ファン・ゴッホ
Vincent van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日 37歳没
ゴッホは生前画家としてほとんど評価されず、
若くして不遇の死を遂げたものの、没後に評価が高まり、
上述のように「世界でもっとも有名な画家の一人」になった芸術家です。
その不遇だった生前のゴッホを経済的にも精神的にも支えたのが
画商であった4歳下の実弟のテオでした。
弟が画商!
では、テオが頑張って兄が残した絵を売り、ゴッホの名声を広めたのか!
当然そう思ってしまいそうですが、少し違うのです。
実はテオはゴッホの死から約半年で兄を追うように病死してしまいます。
まだ33歳の若さでした。
そのテオの意志を継いでゴッホの名を高めたのは、テオの妻ヨーだったのです。
といっても、ヨ―は元々絵画関係の仕事をしていたわけではなく、
しかもテオと結婚してから日も浅く、29歳の若さでした。
またテオは画商といっても経営者ではなく、大きな画商グループ「グーピル商会」の勤め人で、
ヨーはそのテオと結婚しただけなので、絵画ビジネスにはほとんど関わってなかったと思われます。
その状況でヨーがゴッホの名を世界的に高めたのは、まさに奇跡といえます。
その仕事は父が亡くなった際にはまだ幼子だったテオとヨーの息子、更に子孫に引き継がれます。
本展の出品作の多くはアムステルダムの「ファン・ゴッホ美術館」の所蔵品です。
この美術館の設立にはゴッホの遺族も深く関わっており、
所蔵品の多くは最後までゴッホ一族の手元に残った作品なのです。
というような理由で本展は、
志半ばで亡くなったフィンセント・ファン・ゴッホ自身の生涯と、
その夢を継いでゴッホの名を高めた家族たちの系譜を俯瞰する展覧会なのです。
その軌跡は是非展覧会でご覧ください。
実はゴッホも元画商だった!
さて、ここまでかけ足でゴッホと家族について書いてきました。
この簡素な文章からでもなんとなく察せられると思いますが、
ゴッホは社会性に乏しく、人付き合いに難があり、実務にもあまり向かない人でした。
ビジネスマンであった弟テオの支援のおかげで画業に専念できたというのが、兄弟の構図です。
となると、テオかたまたま画商だったのはゴッホにとって幸運だった、
と思ってしまいそうですが、これは「たまたま」ではないのです。
実はゴッホ自身が元々グーピル商会の社員で、テオは兄を追って入社したのです。
つまり、ゴッホも元々は画商であり、同じグループの先輩だったのです。
そもそもゴッホ一族にビーグル商会の関係者がおり、その縁だったようです。
しかし社会性のないゴッホは商会を解雇されてしまい、
父と同じ宗教家の道に進もうとしますが、これも上手くいかず、画家になるのです。
以上、画家以前のゴッホについても簡単に記しました。
Old Fashioned Club 月野景史
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