38.アイドル

2018年5月17日 (木)

【訃報】西城秀樹死去/最後まで貫いた 熱くワイルドなスーパーアイドル像

訃報 歌手の西城秀樹さんが5月16日に亡くなりました。63歳
1970年代を代表する男性スーパーアイドルでした。


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西城秀樹
(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - 2018年5月16日)

1972年3月25日 シングルレコード『恋する季節』で歌手デビュー
キャッチコピーは「ワイルドな17歳」。


新御三家 圧倒的な存在
1970年代は“アイドル歌手”という文化が花開いた時代でした。
その中でも、こと男性アイドルについては野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹の“新御三家”が圧倒的な存在でした。
3人とも1970年代初頭にデビューし、その70年代が終わるまでトップの座を走り続けたのです。

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新御三家

「新」があるということは「元祖」の御三家があります。
橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さん。
1960年代半ばの歌謡界で人気を誇った3人です。
しかし、とかく移ろいやすい流行歌の分野で、
全盛期の長さでは新御三家が完全に上回りました。
ただ、旧御三家のお三方は健在。西城さんが先に逝ってしまいました。

新御三家の3人は学年でいうと1955年度(昭和30年)生まれの同期生。
(野口五郎さんは1956年の早生まれ)
デビューの順番では野口さんが一番早く1971年5月。
次が西城さんで1972年5月、郷さんが同年8月。

ただ、デビュー曲が大ヒットした郷さんに対し、
西城さんは最初は少し伸び悩みますが(あくまで郷さんに比べればですが)、
翌1973年5月発売の『情熱の嵐』がオリコン・ヒットチャートで初のベスト10入り(最高6位)を果たし、
大ヒットする頃には完全にトップスターの座をつかみ取りました。




『情熱の嵐』
数々のヒット曲、名曲を送り出した西城さんですが、マイベストはこれです。
最高6位と聞くとちょっと微妙に思うかも知れませんが、当時小学校低学年だった私の印象だと、
それこそ周りの子ども達すべてが口ずさんでいたと言えるほどの程の大ヒットでした。


激しくワイルドなアイドル
当時はまだ男性アイドルという概念がさほど根付いてなかったかも知れませんが、
その典型的なスタイルは郷ひろみさん、そして彼の先輩にあたるフォーリーブスのような
やや中世的な可愛らしさを持つ美少年であったと思います。

しかし、西城さんは明らかに違いました。
180cmを超える長身、男らしくワイルドでむしろ年齢よりも上に見えるルックス。
アクティブなステージもフォーリーブスのような綺麗な振り付け・ダンスというより、
それこそ嵐のように激しくダイナミック、まさにアクションでした。

元々、小学生の頃から故郷広島でお兄さんとロックバンドを組み、
ドラムを叩いていたという凄いキャリアを持つロックミュージシャンだったのです。
熱く激しいステージもロック少年だったと聞けば納得できます。

歌唱力は抜群で、当時の音源で聴いても大変上手なのですが、
その常識破りのダイナミックな歌唱、激しいステージスタイルはかなり異質に受け取られたか、
73年の時点で『情熱の嵐』に続く『ちぎれた愛』が新御三家初のオリコン1位を獲るなどの
大ヒットを連発しながら、紅白歌合戦出場は74年まで見送られました。
(野口さんは72年、郷さん73年より出場)




1974年 紅白初出場での『傷だらけのローラ』


70年代男性アイドル
秀樹さん達の後、当然多くの男性アイドル達がデビューしました。
一時的に人気を得ることはあっても多くは短命に終わり、
新御三家の牙城を崩すことはできませんでした。

他の1970年代の男性アイドルというと、
グループでは60年代末デビューで安定した人気のあったフォーリーブスが今に続くアイドルの典型という意を含めてと、
新御三家に少し遅れて爆発的な人気を呼んだフィンガー5が挙げられます。

ですので、新御三家にこの2組を加えたのが70年代男性アイドルトップ5だと思いますが、
この2組やその他のアイドルと比較しても、とにかく新御三家の人気・実績が抜けすぎていました。


その中でも西城さんは70年代を通じて失速せずにコンスタントにヒットを出し続け、
最後の年となる1979年には『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』がオリコン5週連続1位の大ヒット。
この歌はアメリカのヴィレッジ・ピープルのヒット曲のカバーで、
西城さん自身が見つけたきたという原曲は結構いわく付きなのですが、
日本では明るく健康的なイメージで、激動の70年代掉尾を飾る国民的ヒット歌謡となりました。
私は高校の運動会で1年生全員でこの歌で踊った記憶があります。




『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』
西城さんもこの大ヒットをもって、70年代をトップのままの走り抜けました。


では新御三家の中でトップは誰か?
難しいですが、70年代に限定すれば、やはり『ヤングマン』の存在が大きく、西城さんだと思います。


1980年代になるとたのきんトリオの田原俊彦さんと近藤真彦さん、更にシブがき隊らが台頭し、
さすがにアイドルとしてはトップの座を明け渡しますが、
大人の歌手として『ギャランドゥ』などのヒット曲を出し続けました。

ニュースで伝えられているように後年は2度の脳梗塞との闘病がありましたが、
最後まで歌手、アイドル、スーパースター西城秀樹であり続けた人だと思います。
謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

2017年12月31日 (日)

【芸能】ピンク・レディーがレコード大賞に出演/2018年はぜひ完全復活を!

Pl2017

昨日、2017年12月30日にTBSで放送された『第59回輝く!日本レコード大賞』に
ピンク・レディーが特別ゲストとして出演しました。

ピンク・レディーのヒット曲の多くを作詞し、10年前に亡くなった阿久悠氏の特別賞受賞を祝し、
特別ステージとしてヒット曲をメドレーで披露したのです。

ミーさん(未唯mie)とケイさん(増田恵子)。
2人は中学・高校の同級生で、ケイさんは1957年生まれで今年60歳になりました。
ミーさんは1958年の早生まれなので来年3月で60歳です。






『ペッパー警部』、『ウォンテッド』、『UFO』。いずれも阿久悠作詞、都倉俊一作曲。
司会の天海悠希さんはリアルタイムのファンなのでしょう。大変なノリ様です。


しかしどうですか、このパフォーマンス。
とても還暦ペアとは思えないビジュアル、スタイル、そして歌とダンス。
バックでは立派なオーケストラが演奏しているので、もちろん口パクではなく実歌唱でしょう。
(口パクと思われる歌手の場合は、演奏席が空席になっていました。)

ネットでも賛辞が圧倒的でしたが、
中には声が出なくなっているとの意見も若干ありますした。
しかし、そもそも若い歌手でも無理なほど激しく踊りながら歌っているのです。
多少は仕方ないでしょう。
それに、元々ケイちゃんはハスキーボイスで声量はあまりありません。

この点については、振付を若干おとなしくするという選択肢もなくはないと思いますが、
そうしないことが彼女達の矜持なのでしょう。
特に今回は阿久悠氏に捧げるステージですから。


2018年は是非本格復活を
ピンク・レディーは21世紀になっても、2011年頃までは何度か復活し、
ツアーを行い、テレビにも出演してきました。
2011年は54歳くらい。

しかし、その後は2人揃ってで見かけることはなくなったと思います。
ピンクとしてのライブの情報も聞きません。

最初の解散後は、ミーさんの方がソロでテレビの企画として
ピンク・レディー時代の曲を歌うシーンを時々見かけましたが、
最近はケイさんの方がそういう機会があるようです。

いずれにしろ、今回の出演でまだまだ“ピンク・レディー”として健在である事を証明しました。

しかし、いくら2人でも永遠に年齢に抗い続ける事はできません。
ここは是非、早期の本格復活を期待したいです。
2人とも60代となる2018年は節目の年ですし。
ベタの言い方ですが、高齢化社会の星です。

それにしても、紅白歌合戦はなぜ2人を出さないのでしょう。
2000年の出場が最後で、その後の2度の再結成では出場していません。
2000年だとまだ2人はアラフォーでした。
アラフィフ以降の出演で、あのパフォーマンスをやれば、
確実に話題になったのに、もったい話です。


Old Fashioned Club  月野景史

2017年11月15日 (水)

フォーリーブス Kouhaku Utagassen

Photo

フォーリーブス in 紅白歌合戦


1970 明日が生まれる

2:15頃から


1971 地球はひとつ



1972 夏のふれあい





1973 若いふたりに何が起る





1974 急げ! 若者






1975 ハッピーピープル






1976 踊り子



次の1977年にリリースしたのが最も有名な『ブルドッグ』
残念ながら落選
1978年8月に解散


関連Blog
フォーリーブス 1978.8.29  ビッグショー 永遠の夏

2017年3月 1日 (水)

春近くなればこの曲 『春一番』キャンディーズ(1976年3月)

春の名曲といえば・・・
実は4年前にも書いたのですが(http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-7bc8.html
何度でも言います。

なんといってもこの歌でしょう。




キャンディーズ『春一番』
作詞・作曲:穂口雄右
リリース:1976年3月1日


先日の『笑点』の大喜利のお題になっていました。


Old Fashioned Club  月野景史

2017年2月28日 (火)

天地真理『太陽がくれた季節』/青春ソングの最高峰を1970年代前半最高のアイドルが伸びやかに歌う

1970年代最高のアイドル・・・
といっても1人に絞り切るのは難しいですが、
1970年代前半で、“女性アイドル”となるとどうでしょう?

それならば、天地真理さんではないでしょうか。
ともかく、その後も色々あった人ですが、
だからといって、そのアイドル時代全盛期の輝きが色褪せるということもありません。

その天地真理さんが、青春ソングの名曲をカヴァーしていました。



『太陽がくれた季節』
作詞:山川啓介 作曲:いずみたく

元歌は「青い三角定規」により1972年2月25日のリリース。
日本テレビの青春ドラマ『飛び出せ!青春』(1972年2月~1973年2月)の主題歌です。

天地さん版は1972年9月21日に発売された3rdアルバム『虹をわたって』の収録なので、
カヴァーといっても、ドラマ放送中のリリースでした。
そして、真理さんのアイドル歌手としての最盛期でもあります。


天地真理さん。
太陽のような笑顔が最高のアイドルでした。
ただ、リアルタイムから、歌はあまり上手くないというような言われ方をしていたかと思います。

しかし、この青春歌謡の最高峰をいうべき歌を、実に伸びやかに、優しく爽やかに唱っています。
改めて・・・、いえ、真理さんによるこの歌自体は最近初めて聴きましたが、
なかなか良いです。魅了されています。


ただ、ひとつ気になる点があります。
オリジナルでは 「若い悲しみ “に” 濡れた瞳で」 と歌われているところを、
真理さんはハッキリ 「若い悲しみ “が” 濡れた瞳で」 と歌っています。

あえてオリジナルと少し歌詞を変える事もあり得るでしょうが、
これは・・・、どう好意的に解釈しようとしても、意味が通りません。
ライブなら間違いということもあるでしょうが、レコーディングした音源ですので、ちょっと不可解です。

Old Fashioned Club  月野景史

2016年2月 7日 (日)

【ドラマ】『スミカスミレ』 65歳の女性はずうとるび『みかん色の恋』を歌うか? 澄に相応しいアイドルは?

昨日2月6日からスタートしたテレビ朝日のドラマ『スミカスミレ』で、
思いがけず大学生達とカラオケに行くことになった65歳の女性主人公が
ずうとるびの『みかん色の恋』を歌うシーンがありました。
この選曲が妥当か否か、一部で論議を呼んでいます。
今回はこの件をちょっと考えてみます。

ドラマの内容に軽くふれておきます。
主人公如月澄(きさらぎ・すみ 松坂慶子)は一人で地味に生きてきた65歳の女性。
それが突然二十歳の身体に戻って如月すみれ(桐谷美玲)となり、大学に通うという、
まぁファンタジーな展開です。
それで、同期の娘たちとカラオケボックスに行き、ずうとるびの『みかん色の恋』(1974)を歌ったのです。

結論を先にいうと、澄がアイドル関係についてマニアックなヲ嗜好持っているなら別ですが、
映画好きではあるけれども、特にそのような傾向はなさそうです。
であるならば、この選曲は時代・年代から考えてまずあり得ません。


Photo_2
ずうとるび
長寿番組『笑点』の座布団運びでおなじみの山田隆夫さんが在籍していたグループ。
元々、『笑点』の「ちびっ子大喜利」という企画から誕生した男4人組のユニットで、
1974年にデビューすると、女子中高生を中心に結構なアイドル的人気を得ました。

『みかん色の恋』は同年11月にリリースした3枚目のシングル。
翌1975年にはNHK『紅白歌合戦』にも出演。歌ったのはこの曲ではありません。
まもなく山田君は脱退。
後任メンバーを入れてグループは1980年代始めまで一応存在しましたが、
人気アイドルとして活動していたといえるのは、1974年~76年、せいぜい77年頃まででした。

リアルタイムでの『みかん色の恋』の映像は見つかりません。
おそらく80年代に、山田君を含むオリジナルメンバーが揃った際の動画があるので貼っておきます。



この時は番組の企画で1日限りの復活だったのだろうと思います。


当時のアイドルは、今と比べてファンの年代層の幅が狭いです。
特に、ずうとるびはそうだったと思います。
1975年の時点でずうとるびメンバーの年齢は10代半ばから後半。
ファンは中学・高校、もしかしたら小学生も含む女の子が中心。

『スミカスミレ』の澄さんは現在65歳なら、当時は25歳くらい。
ずうとるびの熱心のファンだったかというと、ちょっと無理があります。
もちろん、変わった趣味・嗜好の人だということなら、なんでもありです。
特にそういった注釈もなく、時代や年代等からすんなり受け入れられるかというと、難しいということです。

例えば、近い時代のアイドルでもフィンガー5やピンク・レディーなら、
曲が社会現象といえるほど大ヒットしているので、熱心なファンでなくても歌えて不思議ではありません。
しかしずうとるびは、代表曲といえる『みかん色の恋』でも、オリコン最高14位。
女子中学生・高校を生中心に1975年頃、一時的に人気があっただけです。
澄さんが、何を置いてもまずこの一曲、となるのには無理があります。

とはいえ、コミカルな青春ソングとしてなかなか良い歌です。
山田さんは今でも、「紅白に出ました!」と言ってこの曲を歌います。
実際に紅白で歌ったのは、山田さんのソロの語りがメインの、もう少しシリアスな『初恋の絵日記』で、
これも良い歌ですが、やはりずうとるびと言えば、「みかん色の恋」なのでしょう。

それはそれとして、『スミカスミレ』の話に戻ります。


如月澄の中高校生時代のアイドルは?
それては、誰なら澄さんの少女時代のアイドルに相応しいか、ちょっと考えてみましょう。

澄さんは現在65歳ということなので、1950年生まれと仮定します。
だとすると、中学入学が1963年、高校入学が1966年、卒業が1969年ということになります。
これはアイドル歌謡史でいうと、御三家(橋幸夫 舟木一夫 西郷輝彦 )の時代から、
グループサウンズ(GS)への転換期にあたります。
御三家隆盛期の1966年にスパイダースの『夕陽が泣いている』がヒット、翌67年にタイガースなどがデビューし、GSブームとなります。
澄さんのアイドルは御三家周辺かGS、普通に考えるならばこのあたりでしょう。

ジャニーズ事務所の元祖ジャニーズ、その後輩のフォーリーブスも候補だと思いますが、
ドラマの中でジャニーズ系が今回のずうとるびのように扱われることはないでしょうね。
もちろん、アイドルとしての括りにこだわらず愛唱歌ということなら、
70年代のフォークソングなどにも広がりますが。

澄さんのアイドル第一候補は
ドラマとして、あそこで歌わせて視聴者受けがどうかは別として、
澄さんの年齢と印象から私が考える一番の候補は、
彼女より少し年上、あまり男臭くはなく、優しく美しく清潔なお兄さん、という感じで、
澄さんのアイドルには三田明さん(1947年生まれ)が相応しいかなと思います。


Photo_3
三田明
御三家に加えて「御三家プラスワン」、「四天王」などと呼ばれた美少年アイドルです。


ただ歌としては、今回のドラマの流れだと、『みかん色の恋』のような明るく弾けた歌が相応しいでしょう。
三田さんの代表曲となると『美しい十代』、ちょっと違います。
GSは意外とそういう歌が少ないのですが、ベターなのはタイガースの『シーサイド・バウンド』か。
そして、澄さんより少し年齢が下になりますが、歌として最適なのはフォーリーブスの『地球はひとつ』でしょう。
リリースは71年ですが、グループのデビューは68年なので、ファンとしてはギリギリ許容範囲。
でも前述の理由で、ドラマで取り上げられる可能性は低いでしょうけど。


Old Fashioned Club  月野景史

2013年3月 2日 (土)

【音楽】『春一番』 キャンディーズ/春のスタンダードナンバー 永遠の名曲

昨日3月1日、関東と中四国、九州北部で「春一番」が吹いたと、気象庁が発表したそうです。
昨日もですが、今日も朝から東京は凄い風です。


さて、「春一番」と聞くと…、
いや、聞かなくても、春が近づくこの時期になると思いだす歌、「春の名曲」があります。
いわずもがなですね、そのままのタイトルでもありますし。

Haru_ichiban
キャンディーズ『春一番』
1976年3月1日発売 CBSソニー  作詞・作曲 穂口雄右 

今から37年前の昨日の発売。
私が初めて自分で買ったシングルレコードのうちの一枚だったかと思います。
最初に聴いたのはおそらくキォンディーズがレギュラー出演していた
『8時だョ!全員集合』だと思いますが、その時からノリの良いメロディーが印象に残りました。

別に、私の個人的な思い入れは抜きにしても、
日本の“春の歌”として、スタンダードナンバーになっていますよね。
明るくボップ、それでいて、リリース当時からどこか郷愁を感じさせせる面もあるのです。




発売年の暮れ、1976年紅白より。



さて、次はちょっとレアな映像です。


音源は違いますが、映像は早い時期のものでしょう。
振付が一般に知られているものと少し違います。
「もうすぐ春ですね♪」で右手を上げたあと、
腕を横にして、胸の前に持ってくるポーズがありません。

↓このおなじみのポーズがないのです。
Haru_ichiban002




解散間際、1978年春頃の動画でしょう。
画質・音質はよくありませんが、貴重なピンク・レディーとのコラボ『春一番』です。


キャンディーズ
1973年9月レコードデビュー。
伊藤蘭さん、田中好子さん、藤村美樹さんの三人娘。
ランちゃん。スーちゃん、ミキちゃんの愛称で親しまれ、
1970年代中盤を代表する女性アイドルグルーブとなりました。

1978年の解散・引退後、メンバーはそれそれ芸能界に復帰しましたが、
ピンク・レディーとは違い、キォンディーズを再結成することはありませんでした。
そして、スーちゃんこと田中好子さんは一昨年2011年に亡くなりました。

元々この『春一番』は1975年4月リリースのアルバム『年下の男の子』に収録されていましたが、
ファンや本人たちの希望により、ゆく1年を経てシングルカットされたといいます。
三つ目に紹介した映像の音源は、まさにシングルカット前のライブ時のようですが、
ファンや本人達のノリが伝わります。

それにしても、本当に、よくシングルで出してくれたものです。
四季の国日本、中でも最も明るく、希望を感じさせる季節「春」
その春を象徴する、20世紀から21世紀を迎えても尚、歌い継がれる名曲を持たらしてくれたのですから。

関連My Blog
キャンディーズのスーちゃん、田中好子さん逝く/1970年代を代表する女性アイドルグループ
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/1970-fdd3.html

スーちゃん逝く② キャンディーズとその時代/ピンク・レディー、ミニスカート、レッツコーヤング
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-7807.html

スーちゃん逝く③ キャンディーズ名曲の旅/『春一番』『あなたに夢中』シングル全曲データ
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-55eb.html


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月25日 (火)

【音楽】秋の名曲『若葉のささやき』天地真理/「若葉」だけど、どう聴いても秋の歌

長く暑かった夏もどうにか終りに近づき、ようやく秋の気配です。
このブログでも、何度か「夏の名曲」をテーマにしましたが、
今日は「秋の歌」と聞いて、私が思い浮かべる一曲を紹介します。

Amachi_wakaba
天地真理さん『若葉のささやき』(1973年)

しっとりした美しいメロディー、
1970年代を代表する女性アイドルの一人、天地真理さんの忘れ得ぬ名曲です。
・・・って、なんで秋の歌で「若葉」なのか?
発売も3月だし、もちろん本当は春の歌です。
でも、リアルタイムで初めて聴いた時から、この曲は秋のイメージなのです。
あくまで個人の感覚ですが、しんみりしたメロディーは春よりは秋にように思えるし、
歌詞も、「若葉」以外は秋のがしっくりくるようにように感じます。

ともかく、どちらにしろ名曲中の名曲です。聴いてください。




若葉のささやき  1973年3月21日発売
作詞 山上路夫   作曲 森田公一   歌 天地真理
オリコン最高1位  1973年度年間9位

別に変えるべきと主張するわけでもありませんが、
あえていえば『落ち葉のささやき』でもいいように思います。

♪落ち葉が街に急に舞いだした・・・・

ここだけ変えれば、立派な秋の歌でしょう。
もちろん、若葉と若者を重ね合わせている面もあるのでしょうけど、
季節とメロディーのイメージも大事かと思います。


それはともかく…
当時の天地さんはデビュー3年目、アイドルとして全盛期。出すレコードはすべて1位。
この歌は7枚目のシングルですが、元気で明るいイメージの強い真理ちゃんが歌った、
初めてのスローな曲です。
この後が先日、夏の名曲として紹介した、思いっきり弾けた『恋する夏の日』でした。
この頃までがピークだったでしょう。

上で紹介した映像はTBSの『真理ちゃんとデイト』でしょうか?
私が初めてこの歌を聴いた番組なのです。違うかも知れませんが。

ネットでも『若葉のささやき』が好きという声は少なくないですが、
季節感については、みなさんどう感じているのでしょう?


天地真理…。
1970年代前半、太陽のように輝いた永遠のアイドル


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月18日 (火)

フォーリーブス 1978.8.29 永遠の夏

フォーリーブス 最初で最後の夜
1978年(昭和53年)8月29日 ビッグショー




オープニング~『急げ!  若者』




『オリビアの調べ』 『地球はひとつ』 『夏の誘惑』 『約束』 『新しい冒険』




北公次『ただひたすら』




青山孝『夢のかけら』




『ブルドッグ』




『THE END -思いがけず出会ったら-』~『若者は旅をつづける』


放送の二日後、8月31日をもってフォーリーブスは解散しました。

1978年8月  34年前  永遠の夏


関連Blog
フォーリーブス in 紅白歌合戦

2012年7月31日 (火)

【芸能】1970年代 男性アイドル歌手 女性アイドル歌手 各ベスト5

以前、某掲示板に1970年代アイドル歌手の男女各トップ5を選んで書き込んだことがあります。
5組の中では順番は付けず羅列しただけですが、意外と好評でした。

アイドルのベストを選ぶのは難しい面があります。
数字だけなら、レコード売上げ枚数を見ればいいのですが、
アイドルとなると、
「アイドルか否か」
「よりアイドル的か」
「いつまでアイドルだったといえるのか」
という要素が絡み、それに数字を自分の匙加減で加味して、選ぶことになります。

ですので、基本的に選者の主観になるのですね。
だから、万人に受け入れられるベストは難しいのですが、
私が選んだトップファイブは納まりがいいと、結構好評でした。
それは以下の通りです。


◇1970年代(1970年-79年) 男性アイドル ベストファイブ (デビュー順)
フォーリーブス
野口五郎
西城英樹
郷ひろみ
フィンガー5



◇1970年代(1970年-79年) 女性アイドル ベストファイブ (デビュー順)
天地真理
桜田淳子
山口百恵
キャンディーズ
ピンク・レディー


男女共、ソロ3人にグループ2組。
なかなか、まとまりが良くはないですか。

フィンガー5は5人の内1人は女性ですが、
女性ファンからの人気が圧倒的でしたし、男性アイドルに入れました。

ではそれぞれについて、もう少し詳しく見ていきます。


◇1970年代 男性アイド ルベスト5 (括弧内はレコードデビュー日)
フォーリーブス (1968年9月5日)
野口五郎 (1971年5月1日)
西城英樹 (1972年3月25日)
郷ひろみ (1972年8月1日)
フィンガー5 (1972年8月25日)


この選択の前提として、沢田研二さんはアイドルに含めていません。
沢田さんは70年代もアイドル的な人気は高かったですが、
一応60年代のアイドル、70年代は実力派歌手という認識で外しました。

70年代の男性アイドルといえば、ひろみ、秀樹、五郎の「新御三家」が圧倒的でした。
ハイレベルな人気を長期に渡って保ち、この3人には文句のつけようがありません。

後は大ヒットはないが活躍期間の長かったフォーリーブスと、
短期間ながら爆発的人気だったフィンガー5という好対照のグループ。

フィンガー5は短期爆発型といっても「一発屋」ではなく、
記憶にも記録にも残る、大ヒットした名曲が複数あります。

異論があるとすればフォーリーブスでしょうか。
今回選んだ10組のうち、フォーリーブス以外の9組はすべてオリコン1位を獲得していますが、
彼らの歌は最高10位。数字の面ではかなり劣ります。


Fl001
しかし、特に“1970年代”という点では、その幕開けとほぼ同時にトップに立ったこと、
そして彼らのスタイルが、「美少年たちが歌って踊って」という、
男性アイドルのイメージを具現化したようなものであること…、
というよりは、そのスタイルが彼らによって定着した面も大きく、外せないと考えました。
それに、彼らを押しのけて、入れなければならないような人達もいないでしょう。


◇1970年代 女性アイドル ベスト5 (デビュー順)
天地真理 (1971年10月1日)
桜田淳子 (1973年2月25日)
山口百恵 (1973年5月21日)
キャンディーズ (1973年9月1日)
ピンク・レディー (1976年8月25日


1970年代初頭のトップアイドルは天地真理さん。これは文句ないと思います。
彼女と並んで三人娘といわれたのが、小柳ルミ子さんと南沙織さん。
特に小柳さんの70年代通してのレコードセールスは立派なのですが、
早い段階で大人の実力派に転身していると思うので、アイドルのトップ5からは外しました。

70年代の男性アイドルが新御三家ならば、女性は百恵・淳子でしょう。
長期に渡って高い人気を保ちました。
特に80年の引退までトップを譲らなかった山口百恵さんは文句なし。
桜田淳子さんは70年代末にはやや失速しますが、
「アイドル」という点では百恵さんより淳子さんの方よりアイドル的でした。
(上に書いた通り、この点は私の主観です)

この二人と並んで中三トリオなどと呼ばれた森昌子さんは、
早い段階で実力派演歌歌手のイメージが強くなったと思います。
もう一人挙げるなら、優れた歌唱力でヒット曲を連発した岩崎宏美さんがいますが、
アイドルという点では、淳子さんでしょう。


Can_002
そしてテレビの寵児として数々のヒットを生み、
78年の解散フィーバーも凄まじかったキャンディーズ


Pin_0001
70年代後半に日本中を巻き込んで爆発的ブームを起こした、
生ける伝説、ピンク・レディー

この2組には異論はないと思います。

この5組より後のデビューとなると、榊原郁恵さん、石野真子さんなどでしょうが、
5組に割り込むのは難しいでしょう。


以上、1970年代アイドル歌手男女各ベスト5、いかがでしたか。
70年代は新御三家と百恵・淳子の時代が長く、後半~終盤に強力なアイドルが生まれませんでした。
1980年代を迎えて早々に、たのきんトリオと松田聖子さんがブレイクし、一気に代替わりしました。
ですので、70年代から80年代にまたがる強力なアイドルが少なく、選び易い面もありました。

さて、その1980年代となるとどうでしょうか?
この時代の芸能界は女性アイドル全盛時代と呼ばれます。
女性については、ベスト5などとても絞り切れないかと思ったのですが、
考えてみると、5組だとまたちょうどうまい具合ら絞れるようにも感じます。

男性の方はえげつない結果になりそうですが、こちらも5組でピッタリか。

80年代についてはまた改めて。


Old Fashioned Club  月野景史

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