37.芸能 テレビ バラエティ

2020年9月16日 (水)

【訃報】岸部四郎さん 波乱の芸能履歴

訃報の話題ばかりですが・・・。
長い闘病生活の末、岸部四郎さんが亡くなりました。

どちらかといえば岸部シローの名の方になじみがあります。
公私ともに波乱に満ちた生涯の人。
そして、その「私」の部分も公にしてきた人でもありました。

その芸能人としての足跡も独特で、ちょっとわかり難い面があります。
今日はそのあたりを少し書いてみます。



タイガースに途中加入
岸部四郎さんは沢田研二さんのいたザ・タイガースのメンバーだったと紹介されます。
タイガースは1960年代後半のグループサウンズブーム(つまりバンドブーム)を牽引した
一番人気のグループでした。

しかし画像検索しても、岸部さんが載っている写真はあまり多くありません。
実兄の岸部一徳さんは必ず載っていますが。

一徳さんは最初からのメンバー。
今や大物ベテラン俳優の一徳さんは屈指のミュージシャン、ベーシストでもあるのです。
弟の四郎さんはその縁での途中加入でした。

といっても一徳さんの後釜ではなく、
リードギターでサブボーカルの人気メンバーだった加橋かつみさん脱退による後任。
ただ、楽器のできない岸部さんはほぼ今でいうエアギターの状態だったようですが。

以前、四郎さんは当時のことを「飛ぶ鳥落とす勢いのタイガースに入団した」と語っていましたが、
ピークを少し過ぎた頃だったかと思います。
だから、四郎さんが入っているタイガースの写真があまり見つからないのです。


俳優へ
1971年にタイガースは解散。
四郎さんは俳優としてドラマに出るようになります。
一徳さんの方はしばらくミュージシャンを続けたので、
本格的に俳優活動を始めるのは少し後になります。

ある年代以下の人には意外でしょうし、
そもそも四郎さんに俳優のイメージがないでしょうが、
四郎さんの方が一徳さんより俳優のキャリアが古いのです。

この時代の代表作が『西遊記』シリーズ(1978-80年)の沙悟浄役でしょうか。

そして1981年にはタイガースの一時的な再結成(同窓会)に参加。
この時は大きな話題になりました。


ルックルックこんにちは
1984年、日本テレビの朝の情報番組『ルックルックこんにちは』の司会に就任。
1998年まで長く務めました。

実はこの時も“後任”でした。
番組開始から司会だった沢田亜矢子さんの降板によるもので、
結果的には沢田さんよりはるかに長く務めました。

ここまでは「波乱万丈」どころか「順風満帆」のタレント人生だったと思いますが、
借金絡みのスキャンダルで降板。

更に病気もありながら、
その「波乱」を売りにする形でメディアにも登場しました。
日本の芸能史においても、特異に位置づけの人といえるかも知れません。

Old Fashioned Club 月野景史

2020年3月31日 (火)

【芸能】荒井注さんから志村けんさんの交代 昭和後期~平成のコント王の誕生

志村けんさんが新型コロナウィルスによる肺炎のため亡くなりました。

昭和後期~平成にかけてのお笑い王の一人。
特に「コント」の分野では間違いなくNo.1でした。

いうまてもなく、志村さんは荒井注さんとの交代でザ・ドリフターズに入ったのですが、
入れ替わりの時系列について、ネット上でもあやふやなようです。
当時『8時だョ!全員集合』のコアな視聴者だった私が、記憶を辿ってみます。


荒井注さんのドリフ卒業は1974年3月30日の放送の『全員集合』です。

もちろん事前に卒業の告知がされましたが、
その前から志村さんは『全員集合』に登場するようになっていました。
大雑把な時系列は以下の通りです。


志村さんが全員集合に登場
(しばし時間経過)
荒井さんの卒業告知
(しばし時間経過)
荒井さん卒業


ドリフ見習いとして志村さん登場
志村さんの登場が荒井さん卒業のどれほど前だったかははっきり憶えていません。
半年ほど前ではないかと思いますが。

主に前半のコントの途中に登場、
「ザ・ドリフターズ見習い 志村けん」と毎回クレジットされるようになり、
それがしばらく続きました。
この段階で、特にはっきりした紹介はされてない。


荒井さんの卒業告知
その日の前半のコントは学校編だったと思いますが、いつになく荒井さんが目立っていました。
いつもは加藤茶さんが事実上の主役でしたが、この日は荒井さんが主役だったと記憶しています。

そして後半のショートコントの最終ネタも荒井さんがオチを担い、
その直後にいかりや長介さんがメンバーを呼び集める形で告知がされました。

この時点で荒井さんはあくまで「お休み」をいただくという扱い。
そして、志村さんが呼び込まれ、荒井さんの代わりを務めることが報告されました。




この動画はダイジェスト版です。
完全版もYoutubeにありますが、他の回と動画とまとめられています。
ただ、この時は卒業回ではなく予告で、しばらく志村さんと共に出演することが告知されています。
この回が1974年3月30日のように書かれている場合もありますが、これは違うと思います。

さて、予告通りに翌週から何事もなかったように荒井さんは登場。
志村さんの方は前週までと同じような出方のこともあり、
他のメンバーと同様に最初から参加することも両方あったように思いますが、
ここは定かではないです。


卒業回
そうして向かえた1974年3月30日の放送。
冒頭では特に言及無し。
ただ前半のコントは会社ネタだったと思いますが、
加藤さんが荒井さんに「今日退職する人!」と揶揄し、
荒井さんが「うるせぇ、退職なんかしねえぞ!」という応酬がありました。

これは二つの意味がありました。
ひとつは「3月末で区切りもいいし、やはり今日までなのか」というのと、
「お休みと言ってるけど、実際には脱退なのだな」ということ。

そして後半のコントは最終は学校の卒業ネタで荒井さんが先生だったと思います。
オチがついた後でいかりやさんが登場し、
「というわけで、しばらくお休みをいただきます」というような感じで告知しました。

いかりやさんは後半のコーナーではMC役なので、最後を締めるのはいつもと同じ。
改めて荒井さんや他のメンバーからの挨拶はなく、あっさりした退場シーンでした。
この動画はネット上に見当たりませんでした。


そして新喜劇王、志村けんの誕生となったのです。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年11月18日 (月)

【ドラマ】沢尻エリカ容疑者逮捕で2020大河ドラマ『麒麟がくる』はどうなる?/NHKの緩さ・危うさも

沢尻エリカ容疑者の麻薬取締法違反での逮捕(11月16日)については

「やっぱりな」というのが正直な感想です。


ワイドショーを賑わせた「別に」発言(2007年)で物議を醸して後も

映画のドタキャン騒動や前事務所との軋轢など、トラブルの多い印象があります。

だいぶ前になりますが、沢尻さんのトラブルについてこのブログで何度か書いたこともありました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-058f.html
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-ada0.html

そして、これはうわさレベルの話でしたが、薬物疑惑も囁かれていました。

Sayaka2
今年の9月に12年ぶりに『ヤングジャンプ』グラビアに登場した際の沢尻エリカさん
たしかにきれいで雰囲気がある。
もちろん、女優としてそれなりの魅力があるのはわかりますが、
それにしてもテレビ番組も企業CMもこのリスクの高い人をよく使うものだと思っていました。


今回は来年1月にスタートするNHKの2020年大河ドラマ『麒麟がくる』が引っかかりました。
これは大河史上でも最大級のトラブルということになるかも知れません。

大河ドラマは放送スパンも制作スパンも非常に長く、
かつ早いタイミングで制作に取り掛かることが知られています。

2020年1月スタートの『麒麟がくる』は放送開始の半年以上も前、
今年の6月3日にクランクインしています。

この主役はあの明智光秀。長谷川博己さんが演じます。
沢尻さんの役は帰蝶(濃姫)。

帰蝶は光秀にとって元の主君である斎藤道三の娘で、
後に主君となる織田信長の正室です。
少し前に本木雅弘さんのドラマ出演が少ないことを嘆くブログを書きましたが、
このドラマでは本木さんが道三を務めます。

物語はその斎藤家を舞台にスタートするようで、
沢尻さんもクランクインから撮影に参加しています。

帰蝶の後半生ついては実はよくわかっていません。
フィクションの世界では本能寺の変で信長と共に戦死するように描かれることも多いですが、
実はそのような記録はありません。
かといって、それ以外の時期に亡くなったとか、離縁されたという記録もありません。
不明なのです。

『麒麟がくる』での帰蝶は光秀とも恋愛めいた関係に描かれるようです。
信長も含めて三角関係?
かなり重要な役なのでしょう。
となると、おそらくこのドラマでは本能寺まで登場する予定ではないかと。

中盤には光秀の正室役として木村文乃さんも登場するようですが、
おそらく帰蝶は全編を通してのメインヒロインということになるのでしょう。


これは一大事
大河ドラマではかつて『勝海舟』(1974年)で主演の渡哲也さんが病気で降板するという大事件がありました。
ただ、これは不祥事ではないので、渡さんが演じたところまでは放送して、
その後に代演の松方弘樹さんと入れ替わるという流れになりました

しかし、今回は沢尻さんを出演させるわけにはいかないでしょう。
放送開始まではまだ1ヵ月半あるとはいえ、
既に5ヵ月以上撮り進んでしまっているとは。

第10話まで撮り終えているともいいますが、
きっちり1話ずつ、順番にまとめて撮るわけでもないでしょうし、
5ヵ月以上経っているなら、実際にはもう少し先の分まで撮り進んでいるようにも思います。
完全に全編撮り終えているのが10話までというところか?
帰蝶の出演部分をカットし、撮り直して再編集とは、おいそれといくわけもない。


そもそも、まず誰が代演するのかという問題があります。
大河ドラマのヒロインが務まるクラスの女優で、
すぐに撮影に取り掛かれて、ある程度先までスケジュールが空いている人を見つけないと。

とはいえ、だいたい沢尻さんと同格以上の女優なら、
スケジュール的に余裕があったとしても、この代役はなかなか引き受けないでしょうし。
ネットではなにかと話題の剛力彩芽さんとか、
出演の途絶えている、のん(能年玲奈)さんなどの名が無責任が挙がっていますが。


NHKの緩さ
それにしても、お堅いイメージのあるNHKが
なぜこのようなキャスティングをしたかも気になりますが、
実はNHKはこういう問題は案外と緩いのです。

例えば、恐喝騒動などのスキャンダルで長く表舞台から遠ざかっていた故萩原健一さんを
騒動後、最初にドラマに起用したのもNHKです。
これはおそらく、民放と違ってスポンサーを気にする必要がないからでしょう。
意外と好き勝手に冒険ができる。

放送中の2019大河『いだてん』でもピエール瀧さんの薬物での不祥事がありましたが、
この緩さが更にとんでもない大凶を招いてしまったと言えるのかも。

さて、この危機をどう乗り越えていくのか。

Old Fashioned Club  月野景史

 

2019年7月25日 (木)

【芸能】元SMAP3人の出演圧力で公取がジャニーズ注意/これを機に草彅剛ドラマ復帰『スペシャリスト』復活希望

元SMAPのメンバーで、解散後にジャニーズ事務所を退所している
稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの「新しい地図」の3人を出演させないよう、
民放テレビ局に圧力をかけたことが独占禁止法違反(不正な取引方法)につながる恐れがあるとして、
公正取引委員会がジャニーズ事務所を注意したと伝えられています。
https://www.news-postseven.com/archives/20190725_1418808.html

ニュースとしての真偽はともかく、この問題は本当に不可解です。
3人ともCMではよく見かけるので、テレビから完全に干されているわけではありません。
有名な大手企業のCMに複数出ています。

Photo_20190725151201
宝くじ「ロト&ナンバーズ」のサイトより


しかし、バラエティ系もドラマも、テレビ番組では本当に見かけません。
メジャー企業が複数CMに起用しているのだから、
本来民放テレビ局が最も気を使う筈のスポンサー受けは悪くないのだし、
また企業側とすれば、視聴者・消費者の受けがいいと判断するから使うのでしょう。
でも番組には出れない。
不思議な現象です。

まさか彼ら自身が出演を避けている筈もないだろうし、
やはりテレビ局はジャニーズの影響で3人を使わないとしか考え難い。
明確で具体的な圧力があるのか、
局側の忖度(こういう時に使い易い言葉が定着したものです)なのかはわかりませんが。


以前からジャニーズ事務所についてはテレビ局に様々な面で影響を与え、
所属タレントを特別扱いさせているという話はありました。

私の得意分野でいえば、ドラマ再放送の制限。
テレビ朝日では『相棒』、『科捜研の女』の二大長寿警察ドラマを1年中、
毎週、時には毎日のように午後にランダムで再放送しています。

ただ、この二作と並ぶ長寿警察ドラマの『警視庁捜査一課9係』(現在は『特捜9』)は、
新シーズン開始直前に前シーズン分が放送される以外は一切ありません。
これはジャニーズ所属のV6の井ノ原快彦さんが出演しているからでは? と推測してしまいます。

それはともかく、元スマップの3人については、
このようなことが問題として提起されたのはよかった思います。


俳優・草彅剛
さて、これを契機に3人のテレビ番組登場の可能性が生じるならば、
私が最も期待するのは俳優としての草彅剛さんです。

同じ元スマップの木村拓哉さんには及ばないかも知れませんが、
草彅さんのドラマ主演俳優としての実績も凄い。

元々スマップの中でも一番地味だった草彅さんは
スマップが時代の寵児となった後もしばらく主演作はありませんでしたが、
徐々に注目を集め、1997年に連続ドラマ初主演となった『いいひと』は20.4%を獲得。
以後20年間、コンスタントに主演ドラマをこなし、ほとんどの作品で二桁視聴率をとってきました。

しかし、その草彅さんも最後の連ドラ出演が2017年1月期の『嘘の戦争』。
前年の2016年末にスマップを解散した直後ですが、まだジャニーズ離脱前でした。
そして同年9月で退所。

その後は2018年1月にNHKで1本出ていますが、
これは『NHKスペシャル』内で放送されるドキュメンタリーと融合した
再現ドラマのような特殊なスタイルでした。

とにかく、退所後に出たドラマに分類される仕事はこれだけです。
確実に好視聴率を稼いできた俳優なのに、もったいない。



『スペシャリスト』
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草彅さんの近年の代表的なドラマだとテレビ朝日の『スペシャリスト』があります。
無実の罪で10年間の服役という特殊な経験を持つ警察官・宅間善人を演じました。
共演は南果歩、芦名星、平岡祐太ら。

当初は東映京都撮影所での制作で、京都府警を舞台とした警察ドラマでした。
2013年に単発のスペシャルドラマとして制作されて19.4%の高視聴率を獲得。
2015年まで4本が作られました。

そして2016年1月期に撮影所を東京に、
舞台も東京の警視庁に移して連続ドラマ化され、視聴率も好調。
『科捜研の女』とのコラボでも話題を呼びました。

ただ、まったく私の推測ですが、この東京へ舞台を移したのも
事務所側の意向が働いていたようにも感じます。

京都制作で連ドラにするなら『科捜研の女』と同じ「木曜ミステリー」枠になるのが自然です。
当時の木ミスは『科捜研』以外のドラマが低迷しており、
テレ朝としては『スペシャリスト』を木ミスでやりたかったろうと思います。

しかし、ジャニーズタレントが木ミスに出演したことはたぶんありません。
たしかにちょっとレトロなタイプの高齢者向けドラマの枠のイメージがあり、
ジャニーズとは合わないと判断しているのかな、などと感じました。

それはともかく、この2016年にジャニーズとスマップの内紛問題が公になりました。
すると、正確な時期は記憶していませんが、テレ朝の『スペシャリスト』公式サイトが
かなり早い時点で削除されてしまいました。

他のテレ朝ドラマのサイトに比べても随分早いように感じました。
まして『スペシャリスト』は単発ドラマから連ドラと4年の継続期間があり、良い数字を残しています。
テレビ朝日は好視聴率の警察ドラマは続編を作ることが多く、
『スペシャリスト』もペースは続けて当然なのに、早々と続編無しと宣言したようなものです。
これもちょっと不可解でした。

『スペシャリスト』復活してほしいです。
いっそのこと、舞台を京都に戻してもいいのでは。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年7月23日 (火)

【芸能】俄かに話題の吉本興業と岡本社長 藤原副社長/ダウンタウンとの関係など

にわかに企業としての吉本興業があまりよくない意味で話題になり、
同社の岡本昭彦社長が時の人となってしまいました。
急遽開いた記者会見は不評で、所属芸人・タレントからもバッシングの嵐となっています。


あの藤原さんより前のマネージャー
この岡本社長、以前はダウンタウンのマネージャーでした。
ダウンタウンの元マネージャーというと、藤原寛氏が思い浮かびます。

大晦日の『ガキの使いやあらへんで!!』の特番「笑ってはいけないシリーズ」に毎年必ず登場、
それ以外でも『ガキ使』に時々顔を出す、もう結構長年のおなじみキャラ。
岡本氏はその藤原氏の少し先輩にあたります。


岡本氏も『ガキ使』の出演していた!
そして岡本氏もまた、1900年代前半から半ばにかけての『ガキの使い』に
個性派マネージャーとして時々出演、一時期は名物キャラだったこともあります。

ただ、後輩の藤原さんがどちらかといえば、いじられキャラであるのに対し、
ブリーフ一丁で猫を抱いたスタイルがトレードマークだった岡本さんは
山崎邦正(月亭方正)さんとビンタの張り合い、日テレのプロデューサーだった菅賢治氏にもビンタをかますなど、
かなりアグレッシブで無茶をやるイメージのキャラクターでした。




岡本社長 1995年の勇姿


そして近年、岡本さんは社長になってからも一度『ガキ使』に出演しています。
その回には何の因果か今回の騒動の当事者である宮迫博之さんも出ていました。

この時はまさに社長の権威をかさに着てのパワハラキャラを演じ、
宮迫さんら中堅どころを罵倒しまくり、代表して方正さんにマジビンタを入れまくっていました。
宮迫さんを殴るシーンはありませんでしたが。
あそこは昔の再現で、方正さんもやり返すような演出でにすべきではないかと思ったのですが、

それにしても、今回の件ですっかりパワハラ社長のイメージがついてしまった岡本さんですが、
この時点でそのままをキャラを演じてしまっている感があります。




社長として久々『ガキ使』に登場した際の強圧的なパワハラキャラ
まるで宮迫さん、ロンブーの亮さんの会見から受ける印象そのまま
なんとも皮肉な話になってしまいました


藤原さんが吉本の社長ではないの?

ところで、近年の『ガキ使』でも時々紹介されていましたが、
吉本の社長には藤原寛さんが就任していたのではないでしょうか?
藤原さん、随分偉くなったんだなと話題にもなっていました。
そこはどうなっているのか?

実は吉本グループはこの6月に組織の改変がありました。
少し遡りますが、吉本グループは2007年に吉本興業を持株会社とし、
事業会社としては「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」を設立、
すべてのタレントはそちらに所属するようになりました。
一般的にイメージされる芸人が所属し、番組制作やイベントを行なう「吉本」は
この「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」になったのです。

この会社は岡本さんが社長をしていた時期もあったし、
その後に藤原さんが社長に就任しました。
岡本さんの方はこれも名前の出ている大崎洋さんと共に、
持株会社の吉本興業の共同社長という立場。
今年の初めまではこの体制でした。


たまたま組織改変が重なった?
それが吉本グループはこの6月に組織変更を行い、
持株会社「吉本興業」は「吉本興業ホールディングス」に商号変更。
大崎さんが会長、岡本さんが会長になりました。

タレントが所属する企画制作を実際に行なう事業会社の
「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」が「吉本興業株式会社」になり、
岡本さんが社長、藤原さんが副社長ということになりました。
ただ、岡本さんの社長就任はこれより少し前、4月の段階だったようですが。

この組織改変の意味はちょっとよくわかりませんが、
ともかく現在、岡本氏は持株会社の「吉本興業ホールディングス」と、
実事業を行なう「吉本興業」両方の社長になっています。

藤原さんの方は吉本興業の副社長の立場で、
昨日の会見にも同席・・・並んで座ってはないですが、同室内にいました。
しゃべりがあまり上手くない岡本さんをフォローしていたとの好評価もありますが、
発言内容の真偽への疑問も呈されています。

これによってちょっとややこしい誤解も生じています。
今朝の番組で真矢ミキさんが岡本さんのことを「4月に社長になったばかりの人」
というに言っていましたが、それはちょっとニュアンスが違ってしまいますね。
もっと前から事業会社、持株会社の社長を歴任していて、現職に着いたのが4月ということです。

ただ、今回の騒動がもし3月以前に起こっていたら。
芸人が所属する「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の社長は藤原さんだったので、
藤原さんが会見していたかも知れませんが。


大崎洋 岡本昭彦 藤原寛
大崎洋(吉本HD)会長もダウンタウンの元マネージャーのように言われることもありますが、
松本人志さん、浜田雅功さんよりも10歳年上で、現場マネージャーであったことはないようです。
NSC出身で芸人の師匠のいない二人にとって、NSC設立にかかわった大崎さんは
統括マネージャー的な立場で、師匠に近い存在だったようです。


岡本さんはダウンタウンより3歳ほど年下。
既に若手トップだった二人のマネージャーに着いたという感じでしょう。
藤原さんはその更に2歳下。
もう少し離れているのかと思っていましたが、そうでもありませんでした。

今回、松本さんが社長である岡本さんに上から目線でものをいうのに驚いた人もいるようですが、
元からそういう関係なのです。
岡本さんが社長になったからといっても、立場が逆転したわけではありません。
芸能プロにおける社長とタレントの関係は、
普通の会社の社長と社員(部下)とは違いますから。


今回の社長会見は松本さんの強い進言によるものといわれます。
もちろん、少しでも早く責任ある立場の人間が出てしっかり話すべき。
それは当然で、基本的には松本さんの考えは間違ってはいません。

しかし会見はグタグタで、マイナスの結果を招いてしまいました。
これは前日にワイドナショーにVTR出演した岡本さんを見た時点で予想はできました。
そこはさすがの松本さんも読み違えたか。

準備不足の面もあったでしょう。
しかし、そもそもの問題が発生してからだいぶ時間が経っており、準備不足もないのですが。
要するにまずい対応をしてしまったので、言いつくろいができなかった、そう捉えざるを得ません。

とにかく日本最大の芸能プロとしては、あまりにお粗末な展開になっています
今後、どこが落としどころになるのか。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年7月12日 (金)

【アイドル】ジャニーズ王国前史/70年代 最初の全盛期から低迷の時代、80年代の大躍進へ

生前ほとんど…というか、
少なくとも1980年代以降はまったく自らが前面に立つことはないどころか、
写真の公表すらなかったにも関わらず、
ジャニーズ王国の領袖・ジャニー喜多川氏の訃報は大きな話題を集めています。

日本の芸能界で男性アイドルといえばジャニーズ。
ほぼ一強。
まさにジャニーズ王国

この体制になったのはキリ良く1980年からだと思います。
それまではどうだったのか?

もちろんその前からジャニーズ事務所はありました。
かなり良い時期もあったし、低迷期もありました。
今日はその時代について少し書きます。

ジャニーズ事務所として存在していた時代の話なので、
「ジャニーズ前史」では語弊があります。
あえていえば、“ジャニーズ王国の前史”。


元祖ジャニーズ
ジャニー喜多川氏がプロデュースした最初のグループは文字通りの「ジャニーズ」。

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この名がそのまま事務所の名前にもなるのですが、
「ジャニー氏の事務所」ともとれます。

歌って踊る美少年たちの4人組。
後のジャニーズアイドルのスタイルは基本的にこの初代から引き継がれています。

結成は1962年ですが、レコードデビューは1964年12月。
解散は1967年11月なので、レコード歌手としての活動は3年ほど。
この結成からレコードデビューまで間隔があるというのは、
後にジャニーズの伝統のようになりました。

元祖ジャニーズは『太陽のあいつ』などのヒット曲もあり、
紅白歌合戦にも出場するなど、それなりの人気を博したようですが、
レコードデビュー後にも半年ほどアメリカに留学したりと、
日本での活動の密度はあまり濃くなかったようです。

そしてグループサウンズ旋風(つまりバンドブーム)が吹き荒れる中、解散しました。


フォーリーブスの登場~全盛期へ
フォーリーブスは元祖ジャニーズの弟分的ポジションで1967年結成。
1968年9月にレコードデビューしました。

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時代はグループサウンズ(GS)ブームの最中でしたが、そろそろ退潮に向かう頃。
それと入れ替わるようにフォーリーブスは人気を上げていき、
1970年にはプロマイド売上げのトップになり、紅白歌合戦に初出場。
1971年にはレコード売上げ面でも人気のピークを迎えます。

といっても最高でオリコン10位なので、レコードセールスではそれほど大きな記録は残していません。
ただ歌とダンスのレベルも高く、歌って踊るアイドルのスタイルを確立し、熱烈なファンを多く抱え
テレビバラエティではMCポジションでレギュラーも持つ、男性アイドルの典型像を作りました。
紅白にも1976年まで7年連続で出場、当時としては息の長い70年代を代表する男性アイドルグループとなりました。

そして1972年、フォーリーブスの弟分として郷ひろみさんがデビューします。
デビュー曲はそれまでのフォーリーブスのどの曲をも上回る大ヒット。
ジャニーズから更なるトップアイドルが生まれました。
ここがジャニーズにとっての最初の全盛期といえるでしょう。
ファーリーブスとしては一気に抜かれたので、衝撃的だったでしょうけど。

といっても、当時は男性アイドル市場をジャニーズが独占していたわけではありません。
郷さんと合わせて“新御三家”と呼ばれた野口五郎さん、西城秀樹さんは別のプロダクションだし、
1973年-74年に大ブームを巻き起こしたフィンガー5もそうです。


郷ひろみ離脱~低迷期へ
1975年、アイドルとして絶頂期を迎えていた郷さんがジャニーズを離脱するという大事件が起きます。
頼みのフォーリーブスも平均23歳くらいになり、今なら全然若く感じますが、
当時としてはアイドルの限界を迎えており、人気も下降していました。
もちろん他にも若い歌手をデビューさせてはいるのですが、トップクラスまではいきません。

1977年にはジャニーズから14歳の川崎麻世さんがデビュー。
プロマイド売上げはトップになりましたが、ヒット曲は出せませんでした。
また、そこそこの人気のあった豊川誕さんが退所するなど、どうもよくないイメージもあり。

そして1978年8月にはフォーリーブスが解散。
レコードセールス的には数千枚のレベルにまで落ちていましたが、
全国ツアーも行い、それなりにテレビにも出て、一応有終の美を飾りました。
しかし、解散と同時に退所していた北公次さんに覚醒剤疑惑が持ち上がり、翌年逮捕。
なんとなくフォーリーブスについて語るのもタブーといった雰囲気となります。

後輩アイドルも育たず、70年代後半は低迷期、冬の時代でした。


たのきんトリオで大躍進
1980年、突如ジャーニーズ旋風が巻き起こります。
田原俊彦さん、次いで近藤真彦さんがレコードデビューし大ヒットを連発するのです。

田原さん、近藤さん、野村義男さんの、後に“たのきんトリオ”と呼ばれるようになる3人は
前年10月からこの年の3月まで、『3年B組金八先生』に生徒役で出演していました。

このドラマ、スタート時はそれほど注目されていなかったと思います。
TBSの金曜夜8時の枠ですが、この時間帯は日本テレビの『太陽にほえろ!』が強く、
TBSは往年の名作ドラマ『七人の刑事』を復活させてぶつけていたのですがあえなく敗退。
万策尽きたようなイメージで始まったのが『金八先生』でした。

もちろん田原さんたちもこの時点ではまったく無名。
ところが、番組は話題を呼び、田原さんたちにも注目が集まります。
そしてレコードデビュー→大ヒットと繋がりました。

実は1970年代後半はジャニーズに限らず、男性アイドル全般に冬の時代でした。
新御三家の人気は根強かったのですが、後の世代が出てこなかったのです。
その閉塞状態を一気に突き破り、世代交代となりました。

※このジュニーズ大爆発の影で、ちょっと気の毒だったのが川崎麻世さんでした。
麻世さんはたのきんトリオと同世代(田原さんより下で近藤さんより上)。
長身で容姿に恵まれていたので早いデビューになったのかと思うのですが、
たのきんがブレイクした時点で旧世代のようなイメージになり、取り残されてしまいました。
田原さんより年下なのに。


ともかくこの後、やはり金八シリーズの後継作への出演を経て、しぶガキ隊、少年隊と立て続けにデビューし、
ジャニーズ事務所は芸能界を席巻します。
まさに「ジャニーズにあらずんば男性アイドルにあらず」という王国を築き上げ、
それは平成、そして21世紀へと続きます。
光ゲンジ、スマップ、トキオ、V6、嵐、
特にスマップ以降は、アイドル・タレントとしての寿命も飛躍的に長くなりました。

この極端な寡占状態の是非は別として・・・・。
70年代後半の低迷期から、1980年を境にしたジャニーズ独占への大転回はあまりに鮮やかでした。
他に力のある芸能プロダクションはいくらでもあったろうに、この大躍進は今でも不思議に感じるところです。

色々言われてもきましたが、亡くなったジャニー喜多川氏のプロデュース力は
やはり凄かったということなのでしょう。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年6月19日 (水)

【芸能】「闇営業」の問題点/昔は「ショクナイ」と呼ばれていた

「闇営業」(もしくは裏営業)という聞きなれない怪しげな言葉がにわかに話題になりました。
芸能界における隠語、業界用語といったところ。

意味としては、
芸能人・タレントが所属する芸能事務所を通さず直接受ける仕事のこと。
当然ながらテレビなど公共性の強いメディアが絡まない仕事がほとんどです。

ニュースになっているケースはカラテカの入江慎也さんが直接の窓口となり、
宮迫博之さんやロンブー田村亮さんら芸人たちに仕事を斡旋した形です。

「闇営業」という言葉は随分とおどろおどろしく、犯罪をイメージしてしまいますが
上に書いた意味なので、問題があるとすればタレントと所属事務所との契約上のことで、
テレビ局や視聴者、ファンには関係ありません。
契約違反等の民事上の問題が発生する可能性はありますが、犯罪とはいえません。

今回問題になったのはその闇営業で行った先が、
反社会組織である詐欺グループの忘年会だったこと。
これはまずかった。

まるで反社会勢力のような犯罪性のある場での仕事が「闇営業」かのような印象になり、
この言葉のおどろおどろしさに輪をかけてしまいました。


後の焦点は宮迫さんらが相手が詐欺グループと知っていたか否か。
ギャラは本来受け取るのが当然ですが、
一度受け取っていないと言っているので、これも焦点になっています。


ところでこの「闇営業」
昔は「ショクナイ」と呼ばれていました。

といっても主にビートたけしさんがラジオのオールナイトニッポン等で使っていたもので、
業界でどの程度一般的だったのはかわかりません。

事務所を通して受ける正規の仕事(本業)に対して非正規の「内職」。
その「内職」を芸能界風にひっくり返して「職内」→「ショクナイ」となったのでしょう。

「闇営業」よりはこちらの方がしっくりくるでしょうか。
ただ、今回の入江さんのように斡旋・仲介する人物がいて関わる人間も増えてとなると、
「内職」というこじんまりしたイメージではなくなりますが。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月12日 (火)

【芸能】灘康次とモダンカンカンのリーダー灘康次死去/ボーイズ芸の大御所

訃報 ボーイズグループ「灘康次とモダンカンカン」のリーダー灘康次さんが死去しました。89歳


Photo
灘康次(なだ こうじ) ※写真中央 1929年3月7日-2019年3月5日
この写真は1980年代頃のメンバー
右から2人目の方はおそらく90年頃に抜け、残ったメンバーはその後も長く活動しましたが
現在存命なのは左から2人目の川田恋さんだけです


モダンカンカンはいわゆるコミックバンドで、
その意味では初期のザ・ドリフターズなどとも同じですが、
あきれたぼういずを始祖とし、そのメンバーであった川田晴久(旧名 川田義雄)の直弟子であり、
ボーイズ芸という系譜の後継者になります。

そして早世した師匠・川田晴久の

♪地球の上に朝が来る
   その裏側は夜だろう

などいわゆる“川田節”の継承者として長く活躍しました。
ボーイズバラエティ協会会長、後に名誉会長となり、亡くなるまでその座にありました。
ボーイズ芸の象徴的な存在だったといえるでしょう。

グループとしてのモダンカンカンは1958年結成。
灘さん以外のメンバーは入れ替わりつつ
灘さんが体調不良でセミリタイヤする2010年代初頭まで50年以上活動していました。
メンバーや周囲からは“親方”と呼ばれていたようです。



1995年のテレビ出演時
結成から40近く経ており、既に大御所の頃ですが、ネットに残る映像としては古い方・・・というか、
だいたいこの時期、1990年代半ばのものが何本か残っています。

私が子どもの頃に演芸番組で観た記憶があるのは1970年代末から80年代初頭くらいなので、
上の映像よりだいぶ前なのですが、子ども心に古いタイプのレトロな芸能だと感じていました。
子どもの頃はネタの部分をいいけれど、音楽の部分は楽しく感じませんでしたが、
今聴くと歌や演奏に味があっていいです。
年をとったということなのでしょう。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月 4日 (月)

[テレビ】『ZIP!』の人気コーナー 「MOCO'Sキッチン」が終了

日本テレビ朝の情報番組『ZIP!』の名物コーナーである
「MOCO'Sキッチン」が3月末で終了するとのこと。

2011年4月の番組スタート以来の人気コーナー。
イケメン俳優の速水もこみちさんが視聴者のリクエストに応じて
手際よく料理をするのが基本的なスタイル。
料理の上手さ、レパートリーの広さ、ちょっとおしゃれな出来上がり
そして大胆なオリーブオイル使いなどが話題を呼びました。

私もこの人、なんでこんなに料理が上手いのかと感心して観ていました。

番組自体は短時間で手軽、手早くという印象ですが、
食材や調味料、香辛料などは凝ったものが多く、結構贅沢な場合もあり、
冷蔵庫の余り物で簡単に・・・といった感じではなかったです。


近年は縮小傾向
ただ、近年は圧縮傾向にあったと思います。
以前はもこみちさん自身が視聴者のリクエストを読み上げていたのを、
簡単なナレーションに差替え、
出来上がった料理をもこみちさん自身が試食するシーンもカットされました。
これらから、人気に陰りが見えているのかなとは感じていました。

更に昨年秋には「もてなしMOCO」という
ゲストに食事を作って振舞うというスタイルに変更され、
年末はミニドラマの放送でしばらく休止になったりもしました。


元のスタイルに戻り終焉か
終了公表後の3月4日からは「MOCO'sキッチン おまかせレシピ」として、
リクエストに応えるスタイルではないものの、
ほぼ元のスタイルに戻り放送されています。

最後の最後では何かスペシャルなことをやるかも知れませんが、
とりあえず原点に帰ってラスト一ヶ月を過ごすということでしょう。


Old Fashioned Club  月野景史

2018年7月 4日 (水)

【落語芸術協会】桂歌丸会長死去で後任は小遊三か昇太か/いずれにしろ『笑点』ではいいネタに

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7月2日の落語家の桂歌丸さん死去(没年81歳)に伴い、
昨日のブログでは歌丸さんと『笑点』について記しました。
ただ、歌丸さんは2016年に『笑点』を降板しており、
番組の今後については問題ありません。
どのような追悼企画が組まれるかが注目されるくらいです。

今後が気になるとしたら落語芸術協会の会長職の後任でしょう。


既に小遊三が会長代行に就任
もっとも、こちらも大して問題があるとは思えません。
現在の副会長は歌丸さんと同様に『笑点』でお馴染みの三遊亭小遊三さんが単独で務めており、
「便所でお尻を拭く(副)会長」などとネタにしているので、一般にもよく知られています。

そして実は歌丸さんが亡くなる前の6月15日の時点で、
歌丸さんの療養を理由に小遊三さんが会長代行の座についているのです。

1936年生まれで、82歳直前でなくなった歌丸さんに対し、
小遊三さんは11年下の1947年生まれで今年71歳。
若くはないですが、歌丸さんからの引き継ぎなら充分世代交代といえます。

ですから次期会長は小遊三さんでまったく問題ないように思えます・・・が、
そうとも言い切れない事情もあるのです。

では誰の可能性があるのか?
歌丸さんの後任として『笑点』司会を務め、協会理事である春風亭昇太さんです。


ライバル団体が既に若返り
昇太さんでは一気に世代交代し過ぎではないかと思うかも知れません。
しかし、そうとも言えないのです。
競合団体で、規模も大きい落語協会が既に大幅な若返りを果たしているから。

昇太さんは1959年生まれで今年59歳。
落語協会現会長の柳亭市馬さんは昇太さんより2歳下、1961年生まれで今年57歳なのです。

ちなみに副会長の林家正蔵さんは更にひとつ下の1962年生まれで今年56歳。
正・副会長とも昇太さんより若いのです。

落語協会は2014年からこの体制。
その前の会長は歌丸さんより3歳下でほぼ同世代の柳家小三治さんでしたから、
既に4年前に大きな世代交代を断行しているのです。


別に落語協会の真似をする必要もないのですが、
ライバルに比べて世代交代が大きく遅れているとのイメージは歓迎し難いところ。
それに改めて考えると、今の小遊三さんは歌丸さんの会長就任時(68歳)より年上だし、
昇太さんの59歳という年齢も、いくら伝統芸能の世界とはいえ、決して若くはありません。
会長などまだまだという歳ではないでしょう。
思い切って若返りを決行するのもありです。

そう考えると、最近の小遊三さんの『笑点』での振る舞いも気になります。
ことさら下ネタを連発しているように思えるのです。

それは元からの番組におけるキャラで、協会とは関係ないといわれるかも知れませんが、
特に最近、下ネタ率が上がっているように思えます。
まるで「自分はこういうキャラだから会長の柄ではないよ」とアピールしているように感じる。


いずれは昇太会長
仮に今回はこのまま小遊三さんが代行から正式な会長に就任したとしても、
いずれも昇太さんが昇格することはまず間違いないでしょう。

実は自分は2年前の歌丸さんの『笑点』降板時にある読み違えをしました。
司会の後任を6代目三遊亭円楽さんと予想したのです。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/6-d783.html 

これは読みが甘かった。
政治的事情を見落としていました。

『笑点』の司会は知名度・認知度という点では落語界の顔であることを意味します。
特に落語協会に対して規模で劣る芸術協会としては是が非でも抑えたいところ。
当時57歳だった昇太さんが司会となり、やがて会長となれば、協会もあと20年安泰です。
もちろん番組が続けばの話ですが、50年続いた番組ですし、
今後も長期的な高齢化が進むとなれば、続くと考えて当然というか、そう考えて戦略を練るべき。

ということで歌丸さんはじめ芸協側も昇太さんを強く推し、
日本テレビ側もそれで支障なしと判断したのでしょう。
(先代が長年務めたとはいえ、基盤の弱い円楽一門に司会を託す事に不安を感じたのかも知れません。)


とはいえ、今回は順番通りに小遊三会長という可能性も高いと思います。
昇太さんに会長も『笑点』司会もとなると、あまりにおんぶにだっこ感が強くなるし。

小遊三さんが会長なら、大喜利内でのねじれ現象が更に明確になります。
昇太さんは協会No.1である会長相手に、座布団をあげたり取ったりするのだから。

役職の組み合わせも色々なパターンが考えられますが、
・小遊三会長 昇太理事(留任)
・小遊三会長 昇太副会長
・昇太会長 小遊三副会長(留任)
・昇太会長 小遊三相談役

いずれにしろ大喜利で大いにネタにするでしょう。
これは協会のPRにもなりますし。


Old Fashioned Club  月野景史

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