37.芸能 テレビ バラエティ

2019年7月25日 (木)

【芸能】元SMAP3人の出演圧力で公取がジャニーズ注意/これを機に草彅剛ドラマ復帰『スペシャリスト』復活希望

元SMAPのメンバーで、解散後にジャニーズ事務所を退所している
稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんの「新しい地図」の3人を出演させないよう、
民放テレビ局に圧力をかけたことが独占禁止法違反(不正な取引方法)につながる恐れがあるとして、
公正取引委員会がジャニーズ事務所を注意したと伝えられています。
https://www.news-postseven.com/archives/20190725_1418808.html

ニュースとしての真偽はともかく、この問題は本当に不可解です。
3人ともCMではよく見かけるので、テレビから完全に干されているわけではありません。
有名な大手企業のCMに複数出ています。

Photo_20190725151201
宝くじ「ロト&ナンバーズ」のサイトより


しかし、バラエティ系もドラマも、テレビ番組では本当に見かけません。
メジャー企業が複数CMに起用しているのだから、
本来民放テレビ局が最も気を使う筈のスポンサー受けは悪くないのだし、
また企業側とすれば、視聴者・消費者の受けがいいと判断するから使うのでしょう。
でも番組には出れない。
不思議な現象です。

まさか彼ら自身が出演を避けている筈もないだろうし、
やはりテレビ局はジャニーズの影響で3人を使わないとしか考え難い。
明確で具体的な圧力があるのか、
局側の忖度(こういう時に使い易い言葉が定着したものです)なのかはわかりませんが。


以前からジャニーズ事務所についてはテレビ局に様々な面で影響を与え、
所属タレントを特別扱いさせているという話はありました。

私の得意分野でいえば、ドラマ再放送の制限。
テレビ朝日では『相棒』、『科捜研の女』の二大長寿警察ドラマを1年中、
毎週、時には毎日のように午後にランダムで再放送しています。

ただ、この二作と並ぶ長寿警察ドラマの『警視庁捜査一課9係』(現在は『特捜9』)は、
新シーズン開始直前に前シーズン分が放送される以外は一切ありません。
これはジャニーズ所属のV6の井ノ原快彦さんが出演しているからでは? と推測してしまいます。

それはともかく、元スマップの3人については、
このようなことが問題として提起されたのはよかった思います。


俳優・草彅剛
さて、これを契機に3人のテレビ番組登場の可能性が生じるならば、
私が最も期待するのは俳優としての草彅剛さんです。

同じ元スマップの木村拓哉さんには及ばないかも知れませんが、
草彅さんのドラマ主演俳優としての実績も凄い。

元々スマップの中でも一番地味だった草彅さんは
スマップが時代の寵児となった後もしばらく主演作はありませんでしたが、
徐々に注目を集め、1997年に連続ドラマ初主演となった『いいひと』は20.4%を獲得。
以後20年間、コンスタントに主演ドラマをこなし、ほとんどの作品で二桁視聴率をとってきました。

しかし、その草彅さんも最後の連ドラ出演が2017年1月期の『嘘の戦争』。
前年の2016年末にスマップを解散した直後ですが、まだジャニーズ離脱前でした。
そして同年9月で退所。

その後は2018年1月にNHKで1本出ていますが、
これは『NHKスペシャル』内で放送されるドキュメンタリーと融合した
再現ドラマのような特殊なスタイルでした。

とにかく、退所後に出たドラマに分類される仕事はこれだけです。
確実に好視聴率を稼いできた俳優なのに、もったいない。



『スペシャリスト』
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草彅さんの近年の代表的なドラマだとテレビ朝日の『スペシャリスト』があります。
無実の罪で10年間の服役という特殊な経験を持つ警察官・宅間善人を演じました。
共演は南果歩、芦名星、平岡祐太ら。

当初は東映京都撮影所での制作で、京都府警を舞台とした警察ドラマでした。
2013年に単発のスペシャルドラマとして制作されて19.4%の高視聴率を獲得。
2015年まで4本が作られました。

そして2016年1月期に撮影所を東京に、
舞台も東京の警視庁に移して連続ドラマ化され、視聴率も好調。
『科捜研の女』とのコラボでも話題を呼びました。

ただ、まったく私の推測ですが、この東京へ舞台を移したのも
事務所側の意向が働いていたようにも感じます。

京都制作で連ドラにするなら『科捜研の女』と同じ「木曜ミステリー」枠になるのが自然です。
当時の木ミスは『科捜研』以外のドラマが低迷しており、
テレ朝としては『スペシャリスト』を木ミスでやりたかったろうと思います。

しかし、ジャニーズタレントが木ミスに出演したことはたぶんありません。
たしかにちょっとレトロなタイプの高齢者向けドラマの枠のイメージがあり、
ジャニーズとは合わないと判断しているのかな、などと感じました。

それはともかく、この2016年にジャニーズとスマップの内紛問題が公になりました。
すると、正確な時期は記憶していませんが、テレ朝の『スペシャリスト』公式サイトが
かなり早い時点で削除されてしまいました。

他のテレ朝ドラマのサイトに比べても随分早いように感じました。
まして『スペシャリスト』は単発ドラマから連ドラと4年の継続期間があり、良い数字を残しています。
テレビ朝日は好視聴率の警察ドラマは続編を作ることが多く、
『スペシャリスト』もペースは続けて当然なのに、早々と続編無しと宣言したようなものです。
これもちょっと不可解でした。

『スペシャリスト』復活してほしいです。
いっそのこと、舞台を京都に戻してもいいのでは。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年7月23日 (火)

【芸能】俄かに話題の吉本興業と岡本社長 藤原副社長/ダウンタウンとの関係など

にわかに企業としての吉本興業があまりよくない意味で話題になり、
同社の岡本昭彦社長が時の人となってしまいました。
急遽開いた記者会見は不評で、所属芸人・タレントからもバッシングの嵐となっています。


あの藤原さんより前のマネージャー
この岡本社長、以前はダウンタウンのマネージャーでした。
ダウンタウンの元マネージャーというと、藤原寛氏が思い浮かびます。

大晦日の『ガキの使いやあらへんで!!』の特番「笑ってはいけないシリーズ」に毎年必ず登場、
それ以外でも『ガキ使』に時々顔を出す、もう結構長年のおなじみキャラ。
岡本氏はその藤原氏の少し先輩にあたります。


岡本氏も『ガキ使』の出演していた!
そして岡本氏もまた、1900年代前半から半ばにかけての『ガキの使い』に
個性派マネージャーとして時々出演、一時期は名物キャラだったこともあります。

ただ、後輩の藤原さんがどちらかといえば、いじられキャラであるのに対し、
ブリーフ一丁で猫を抱いたスタイルがトレードマークだった岡本さんは
山崎邦正(月亭方正)さんとビンタの張り合い、日テレのプロデューサーだった菅賢治氏にもビンタをかますなど、
かなりアグレッシブで無茶をやるイメージのキャラクターでした。




岡本社長 1995年の勇姿


そして近年、岡本さんは社長になってからも一度『ガキ使』に出演しています。
その回には何の因果か今回の騒動の当事者である宮迫博之さんも出ていました。

この時はまさに社長の権威をかさに着てのパワハラキャラを演じ、
宮迫さんら中堅どころを罵倒しまくり、代表して方正さんにマジビンタを入れまくっていました。
宮迫さんを殴るシーンはありませんでしたが。
あそこは昔の再現で、方正さんもやり返すような演出でにすべきではないかと思ったのですが、

それにしても、今回の件ですっかりパワハラ社長のイメージがついてしまった岡本さんですが、
この時点でそのままをキャラを演じてしまっている感があります。




社長として久々『ガキ使』に登場した際の強圧的なパワハラキャラ
まるで宮迫さん、ロンブーの亮さんの会見から受ける印象そのまま
なんとも皮肉な話になってしまいました


藤原さんが吉本の社長ではないの?

ところで、近年の『ガキ使』でも時々紹介されていましたが、
吉本の社長には藤原寛さんが就任していたのではないでしょうか?
藤原さん、随分偉くなったんだなと話題にもなっていました。
そこはどうなっているのか?

実は吉本グループはこの6月に組織の改変がありました。
少し遡りますが、吉本グループは2007年に吉本興業を持株会社とし、
事業会社としては「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」を設立、
すべてのタレントはそちらに所属するようになりました。
一般的にイメージされる芸人が所属し、番組制作やイベントを行なう「吉本」は
この「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」になったのです。

この会社は岡本さんが社長をしていた時期もあったし、
その後に藤原さんが社長に就任しました。
岡本さんの方はこれも名前の出ている大崎洋さんと共に、
持株会社の吉本興業の共同社長という立場。
今年の初めまではこの体制でした。


たまたま組織改変が重なった?
それが吉本グループはこの6月に組織変更を行い、
持株会社「吉本興業」は「吉本興業ホールディングス」に商号変更。
大崎さんが会長、岡本さんが会長になりました。

タレントが所属する企画制作を実際に行なう事業会社の
「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」が「吉本興業株式会社」になり、
岡本さんが社長、藤原さんが副社長ということになりました。
ただ、岡本さんの社長就任はこれより少し前、4月の段階だったようですが。

この組織改変の意味はちょっとよくわかりませんが、
ともかく現在、岡本氏は持株会社の「吉本興業ホールディングス」と、
実事業を行なう「吉本興業」両方の社長になっています。

藤原さんの方は吉本興業の副社長の立場で、
昨日の会見にも同席・・・並んで座ってはないですが、同室内にいました。
しゃべりがあまり上手くない岡本さんをフォローしていたとの好評価もありますが、
発言内容の真偽への疑問も呈されています。

これによってちょっとややこしい誤解も生じています。
今朝の番組で真矢ミキさんが岡本さんのことを「4月に社長になったばかりの人」
というに言っていましたが、それはちょっとニュアンスが違ってしまいますね。
もっと前から事業会社、持株会社の社長を歴任していて、現職に着いたのが4月ということです。

ただ、今回の騒動がもし3月以前に起こっていたら。
芸人が所属する「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」の社長は藤原さんだったので、
藤原さんが会見していたかも知れませんが。


大崎洋 岡本昭彦 藤原寛
大崎洋(吉本HD)会長もダウンタウンの元マネージャーのように言われることもありますが、
松本人志さん、浜田雅功さんよりも10歳年上で、現場マネージャーであったことはないようです。
NSC出身で芸人の師匠のいない二人にとって、NSC設立にかかわった大崎さんは
統括マネージャー的な立場で、師匠に近い存在だったようです。


岡本さんはダウンタウンより3歳ほど年下。
既に若手トップだった二人のマネージャーに着いたという感じでしょう。
藤原さんはその更に2歳下。
もう少し離れているのかと思っていましたが、そうでもありませんでした。

今回、松本さんが社長である岡本さんに上から目線でものをいうのに驚いた人もいるようですが、
元からそういう関係なのです。
岡本さんが社長になったからといっても、立場が逆転したわけではありません。
芸能プロにおける社長とタレントの関係は、
普通の会社の社長と社員(部下)とは違いますから。


今回の社長会見は松本さんの強い進言によるものといわれます。
もちろん、少しでも早く責任ある立場の人間が出てしっかり話すべき。
それは当然で、基本的には松本さんの考えは間違ってはいません。

しかし会見はグタグタで、マイナスの結果を招いてしまいました。
これは前日にワイドナショーにVTR出演した岡本さんを見た時点で予想はできました。
そこはさすがの松本さんも読み違えたか。

準備不足の面もあったでしょう。
しかし、そもそもの問題が発生してからだいぶ時間が経っており、準備不足もないのですが。
要するにまずい対応をしてしまったので、言いつくろいができなかった、そう捉えざるを得ません。

とにかく日本最大の芸能プロとしては、あまりにお粗末な展開になっています
今後、どこが落としどころになるのか。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年7月12日 (金)

【アイドル】ジャニーズ王国前史/70年代 最初の全盛期から低迷の時代、80年代の大躍進へ

生前ほとんど…というか、
少なくとも1980年代以降はまったく自らが前面に立つことはないどころか、
写真の公表すらなかったにも関わらず、
ジャニーズ王国の領袖・ジャニー喜多川氏の訃報は大きな話題を集めています。

日本の芸能界で男性アイドルといえばジャニーズ。
ほぼ一強。
まさにジャニーズ王国

この体制になったのはキリ良く1980年からだと思います。
それまではどうだったのか?

もちろんその前からジャニーズ事務所はありました。
かなり良い時期もあったし、低迷期もありました。
今日はその時代について少し書きます。

ジャニーズ事務所として存在していた時代の話なので、
「ジャニーズ前史」では語弊があります。
あえていえば、“ジャニーズ王国の前史”。


元祖ジャニーズ
ジャニー喜多川氏がプロデュースした最初のグループは文字通りの「ジャニーズ」。

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この名がそのまま事務所の名前にもなるのですが、
「ジャニー氏の事務所」ともとれます。

歌って踊る美少年たちの4人組。
後のジャニーズアイドルのスタイルは基本的にこの初代から引き継がれています。

結成は1962年ですが、レコードデビューは1964年12月。
解散は1967年11月なので、レコード歌手としての活動は3年ほど。
この結成からレコードデビューまで間隔があるというのは、
後にジャニーズの伝統のようになりました。

元祖ジャニーズは『太陽のあいつ』などのヒット曲もあり、
紅白歌合戦にも出場するなど、それなりの人気を博したようですが、
レコードデビュー後にも半年ほどアメリカに留学したりと、
日本での活動の密度はあまり濃くなかったようです。

そしてグループサウンズ旋風(つまりバンドブーム)が吹き荒れる中、解散しました。


フォーリーブスの登場~全盛期へ
フォーリーブスは元祖ジャニーズの弟分的ポジションで1967年結成。
1968年9月にレコードデビューしました。

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時代はグループサウンズ(GS)ブームの最中でしたが、そろそろ退潮に向かう頃。
それと入れ替わるようにフォーリーブスは人気を上げていき、
1970年にはプロマイド売上げのトップになり、紅白歌合戦に初出場。
1971年にはレコード売上げ面でも人気のピークを迎えます。

といっても最高でオリコン10位なので、レコードセールスではそれほど大きな記録は残していません。
ただ歌とダンスのレベルも高く、歌って踊るアイドルのスタイルを確立し、熱烈なファンを多く抱え
テレビバラエティではMCポジションでレギュラーも持つ、男性アイドルの典型像を作りました。
紅白にも1976年まで7年連続で出場、当時としては息の長い70年代を代表する男性アイドルグループとなりました。

そして1972年、フォーリーブスの弟分として郷ひろみさんがデビューします。
デビュー曲はそれまでのフォーリーブスのどの曲をも上回る大ヒット。
ジャニーズから更なるトップアイドルが生まれました。
ここがジャニーズにとっての最初の全盛期といえるでしょう。
ファーリーブスとしては一気に抜かれたので、衝撃的だったでしょうけど。

といっても、当時は男性アイドル市場をジャニーズが独占していたわけではありません。
郷さんと合わせて“新御三家”と呼ばれた野口五郎さん、西城秀樹さんは別のプロダクションだし、
1973年-74年に大ブームを巻き起こしたフィンガー5もそうです。


郷ひろみ離脱~低迷期へ
1975年、アイドルとして絶頂期を迎えていた郷さんがジャニーズを離脱するという大事件が起きます。
頼みのフォーリーブスも平均23歳くらいになり、今なら全然若く感じますが、
当時としてはアイドルの限界を迎えており、人気も下降していました。
もちろん他にも若い歌手をデビューさせてはいるのですが、トップクラスまではいきません。

1977年にはジャニーズから14歳の川崎麻世さんがデビュー。
プロマイド売上げはトップになりましたが、ヒット曲は出せませんでした。
また、そこそこの人気のあった豊川誕さんが退所するなど、どうもよくないイメージもあり。

そして1978年8月にはフォーリーブスが解散。
レコードセールス的には数千枚のレベルにまで落ちていましたが、
全国ツアーも行い、それなりにテレビにも出て、一応有終の美を飾りました。
しかし、解散と同時に退所していた北公次さんに覚醒剤疑惑が持ち上がり、翌年逮捕。
なんとなくフォーリーブスについて語るのもタブーといった雰囲気となります。

後輩アイドルも育たず、70年代後半は低迷期、冬の時代でした。


たのきんトリオで大躍進
1980年、突如ジャーニーズ旋風が巻き起こります。
田原俊彦さん、次いで近藤真彦さんがレコードデビューし大ヒットを連発するのです。

田原さん、近藤さん、野村義男さんの、後に“たのきんトリオ”と呼ばれるようになる3人は
前年10月からこの年の3月まで、『3年B組金八先生』に生徒役で出演していました。

このドラマ、スタート時はそれほど注目されていなかったと思います。
TBSの金曜夜8時の枠ですが、この時間帯は日本テレビの『太陽にほえろ!』が強く、
TBSは往年の名作ドラマ『七人の刑事』を復活させてぶつけていたのですがあえなく敗退。
万策尽きたようなイメージで始まったのが『金八先生』でした。

もちろん田原さんたちもこの時点ではまったく無名。
ところが、番組は話題を呼び、田原さんたちにも注目が集まります。
そしてレコードデビュー→大ヒットと繋がりました。

実は1970年代後半はジャニーズに限らず、男性アイドル全般に冬の時代でした。
新御三家の人気は根強かったのですが、後の世代が出てこなかったのです。
その閉塞状態を一気に突き破り、世代交代となりました。

※このジュニーズ大爆発の影で、ちょっと気の毒だったのが川崎麻世さんでした。
麻世さんはたのきんトリオと同世代(田原さんより下で近藤さんより上)。
長身で容姿に恵まれていたので早いデビューになったのかと思うのですが、
たのきんがブレイクした時点で旧世代のようなイメージになり、取り残されてしまいました。
田原さんより年下なのに。


ともかくこの後、やはり金八シリーズの後継作への出演を経て、しぶガキ隊、少年隊と立て続けにデビューし、
ジャニーズ事務所は芸能界を席巻します。
まさに「ジャニーズにあらずんば男性アイドルにあらず」という王国を築き上げ、
それは平成、そして21世紀へと続きます。
光ゲンジ、スマップ、トキオ、V6、嵐、
特にスマップ以降は、アイドル・タレントとしての寿命も飛躍的に長くなりました。

この極端な寡占状態の是非は別として・・・・。
70年代後半の低迷期から、1980年を境にしたジャニーズ独占への大転回はあまりに鮮やかでした。
他に力のある芸能プロダクションはいくらでもあったろうに、この大躍進は今でも不思議に感じるところです。

色々言われてもきましたが、亡くなったジャニー喜多川氏のプロデュース力は
やはり凄かったということなのでしょう。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年6月19日 (水)

【芸能】「闇営業」の問題点/昔は「ショクナイ」と呼ばれていた

「闇営業」(もしくは裏営業)という聞きなれない怪しげな言葉がにわかに話題になりました。
芸能界における隠語、業界用語といったところ。

意味としては、
芸能人・タレントが所属する芸能事務所を通さず直接受ける仕事のこと。
当然ながらテレビなど公共性の強いメディアが絡まない仕事がほとんどです。

ニュースになっているケースはカラテカの入江慎也さんが直接の窓口となり、
宮迫博之さんやロンブー田村亮さんら芸人たちに仕事を斡旋した形です。

「闇営業」という言葉は随分とおどろおどろしく、犯罪をイメージしてしまいますが
上に書いた意味なので、問題があるとすればタレントと所属事務所との契約上のことで、
テレビ局や視聴者、ファンには関係ありません。
契約違反等の民事上の問題が発生する可能性はありますが、犯罪とはいえません。

今回問題になったのはその闇営業で行った先が、
反社会組織である詐欺グループの忘年会だったこと。
これはまずかった。

まるで反社会勢力のような犯罪性のある場での仕事が「闇営業」かのような印象になり、
この言葉のおどろおどろしさに輪をかけてしまいました。


後の焦点は宮迫さんらが相手が詐欺グループと知っていたか否か。
ギャラは本来受け取るのが当然ですが、
一度受け取っていないと言っているので、これも焦点になっています。


ところでこの「闇営業」
昔は「ショクナイ」と呼ばれていました。

といっても主にビートたけしさんがラジオのオールナイトニッポン等で使っていたもので、
業界でどの程度一般的だったのはかわかりません。

事務所を通して受ける正規の仕事(本業)に対して非正規の「内職」。
その「内職」を芸能界風にひっくり返して「職内」→「ショクナイ」となったのでしょう。

「闇営業」よりはこちらの方がしっくりくるでしょうか。
ただ、今回の入江さんのように斡旋・仲介する人物がいて関わる人間も増えてとなると、
「内職」というこじんまりしたイメージではなくなりますが。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月12日 (火)

【芸能】灘康次とモダンカンカンのリーダー灘康次死去/ボーイズ芸の大御所

訃報 ボーイズグループ「灘康次とモダンカンカン」のリーダー灘康次さんが死去しました。89歳


Photo
灘康次(なだ こうじ) ※写真中央 1929年3月7日-2019年3月5日
この写真は1980年代頃のメンバー
右から2人目の方はおそらく90年頃に抜け、残ったメンバーはその後も長く活動しましたが
現在存命なのは左から2人目の川田恋さんだけです


モダンカンカンはいわゆるコミックバンドで、
その意味では初期のザ・ドリフターズなどとも同じですが、
あきれたぼういずを始祖とし、そのメンバーであった川田晴久(旧名 川田義雄)の直弟子であり、
ボーイズ芸という系譜の後継者になります。

そして早世した師匠・川田晴久の

♪地球の上に朝が来る
   その裏側は夜だろう

などいわゆる“川田節”の継承者として長く活躍しました。
ボーイズバラエティ協会会長、後に名誉会長となり、亡くなるまでその座にありました。
ボーイズ芸の象徴的な存在だったといえるでしょう。

グループとしてのモダンカンカンは1958年結成。
灘さん以外のメンバーは入れ替わりつつ
灘さんが体調不良でセミリタイヤする2010年代初頭まで50年以上活動していました。
メンバーや周囲からは“親方”と呼ばれていたようです。



1995年のテレビ出演時
結成から40近く経ており、既に大御所の頃ですが、ネットに残る映像としては古い方・・・というか、
だいたいこの時期、1990年代半ばのものが何本か残っています。

私が子どもの頃に演芸番組で観た記憶があるのは1970年代末から80年代初頭くらいなので、
上の映像よりだいぶ前なのですが、子ども心に古いタイプのレトロな芸能だと感じていました。
子どもの頃はネタの部分をいいけれど、音楽の部分は楽しく感じませんでしたが、
今聴くと歌や演奏に味があっていいです。
年をとったということなのでしょう。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月 4日 (月)

[テレビ】『ZIP!』の人気コーナー 「MOCO'Sキッチン」が終了

日本テレビ朝の情報番組『ZIP!』の名物コーナーである
「MOCO'Sキッチン」が3月末で終了するとのこと。

2011年4月の番組スタート以来の人気コーナー。
イケメン俳優の速水もこみちさんが視聴者のリクエストに応じて
手際よく料理をするのが基本的なスタイル。
料理の上手さ、レパートリーの広さ、ちょっとおしゃれな出来上がり
そして大胆なオリーブオイル使いなどが話題を呼びました。

私もこの人、なんでこんなに料理が上手いのかと感心して観ていました。

番組自体は短時間で手軽、手早くという印象ですが、
食材や調味料、香辛料などは凝ったものが多く、結構贅沢な場合もあり、
冷蔵庫の余り物で簡単に・・・といった感じではなかったです。


近年は縮小傾向
ただ、近年は圧縮傾向にあったと思います。
以前はもこみちさん自身が視聴者のリクエストを読み上げていたのを、
簡単なナレーションに差替え、
出来上がった料理をもこみちさん自身が試食するシーンもカットされました。
これらから、人気に陰りが見えているのかなとは感じていました。

更に昨年秋には「もてなしMOCO」という
ゲストに食事を作って振舞うというスタイルに変更され、
年末はミニドラマの放送でしばらく休止になったりもしました。


元のスタイルに戻り終焉か
終了公表後の3月4日からは「MOCO'sキッチン おまかせレシピ」として、
リクエストに応えるスタイルではないものの、
ほぼ元のスタイルに戻り放送されています。

最後の最後では何かスペシャルなことをやるかも知れませんが、
とりあえず原点に帰ってラスト一ヶ月を過ごすということでしょう。


Old Fashioned Club  月野景史

2018年7月 4日 (水)

【落語芸術協会】桂歌丸会長死去で後任は小遊三か昇太か/いずれにしろ『笑点』ではいいネタに

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7月2日の落語家の桂歌丸さん死去(没年81歳)に伴い、
昨日のブログでは歌丸さんと『笑点』について記しました。
ただ、歌丸さんは2016年に『笑点』を降板しており、
番組の今後については問題ありません。
どのような追悼企画が組まれるかが注目されるくらいです。

今後が気になるとしたら落語芸術協会の会長職の後任でしょう。


既に小遊三が会長代行に就任
もっとも、こちらも大して問題があるとは思えません。
現在の副会長は歌丸さんと同様に『笑点』でお馴染みの三遊亭小遊三さんが単独で務めており、
「便所でお尻を拭く(副)会長」などとネタにしているので、一般にもよく知られています。

そして実は歌丸さんが亡くなる前の6月15日の時点で、
歌丸さんの療養を理由に小遊三さんが会長代行の座についているのです。

1936年生まれで、82歳直前でなくなった歌丸さんに対し、
小遊三さんは11年下の1947年生まれで今年71歳。
若くはないですが、歌丸さんからの引き継ぎなら充分世代交代といえます。

ですから次期会長は小遊三さんでまったく問題ないように思えます・・・が、
そうとも言い切れない事情もあるのです。

では誰の可能性があるのか?
歌丸さんの後任として『笑点』司会を務め、協会理事である春風亭昇太さんです。


ライバル団体が既に若返り
昇太さんでは一気に世代交代し過ぎではないかと思うかも知れません。
しかし、そうとも言えないのです。
競合団体で、規模も大きい落語協会が既に大幅な若返りを果たしているから。

昇太さんは1959年生まれで今年59歳。
落語協会現会長の柳亭市馬さんは昇太さんより2歳下、1961年生まれで今年57歳なのです。

ちなみに副会長の林家正蔵さんは更にひとつ下の1962年生まれで今年56歳。
正・副会長とも昇太さんより若いのです。

落語協会は2014年からこの体制。
その前の会長は歌丸さんより3歳下でほぼ同世代の柳家小三治さんでしたから、
既に4年前に大きな世代交代を断行しているのです。


別に落語協会の真似をする必要もないのですが、
ライバルに比べて世代交代が大きく遅れているとのイメージは歓迎し難いところ。
それに改めて考えると、今の小遊三さんは歌丸さんの会長就任時(68歳)より年上だし、
昇太さんの59歳という年齢も、いくら伝統芸能の世界とはいえ、決して若くはありません。
会長などまだまだという歳ではないでしょう。
思い切って若返りを決行するのもありです。

そう考えると、最近の小遊三さんの『笑点』での振る舞いも気になります。
ことさら下ネタを連発しているように思えるのです。

それは元からの番組におけるキャラで、協会とは関係ないといわれるかも知れませんが、
特に最近、下ネタ率が上がっているように思えます。
まるで「自分はこういうキャラだから会長の柄ではないよ」とアピールしているように感じる。


いずれは昇太会長
仮に今回はこのまま小遊三さんが代行から正式な会長に就任したとしても、
いずれも昇太さんが昇格することはまず間違いないでしょう。

実は自分は2年前の歌丸さんの『笑点』降板時にある読み違えをしました。
司会の後任を6代目三遊亭円楽さんと予想したのです。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/6-d783.html 

これは読みが甘かった。
政治的事情を見落としていました。

『笑点』の司会は知名度・認知度という点では落語界の顔であることを意味します。
特に落語協会に対して規模で劣る芸術協会としては是が非でも抑えたいところ。
当時57歳だった昇太さんが司会となり、やがて会長となれば、協会もあと20年安泰です。
もちろん番組が続けばの話ですが、50年続いた番組ですし、
今後も長期的な高齢化が進むとなれば、続くと考えて当然というか、そう考えて戦略を練るべき。

ということで歌丸さんはじめ芸協側も昇太さんを強く推し、
日本テレビ側もそれで支障なしと判断したのでしょう。
(先代が長年務めたとはいえ、基盤の弱い円楽一門に司会を託す事に不安を感じたのかも知れません。)


とはいえ、今回は順番通りに小遊三会長という可能性も高いと思います。
昇太さんに会長も『笑点』司会もとなると、あまりにおんぶにだっこ感が強くなるし。

小遊三さんが会長なら、大喜利内でのねじれ現象が更に明確になります。
昇太さんは協会No.1である会長相手に、座布団をあげたり取ったりするのだから。

役職の組み合わせも色々なパターンが考えられますが、
・小遊三会長 昇太理事(留任)
・小遊三会長 昇太副会長
・昇太会長 小遊三副会長(留任)
・昇太会長 小遊三相談役

いずれにしろ大喜利で大いにネタにするでしょう。
これは協会のPRにもなりますし。


Old Fashioned Club  月野景史

2018年7月 3日 (火)

【訃報】桂歌丸死去 長寿番組『笑点』の象徴的存在 その足跡を辿る

落語家の桂歌丸さんが亡くなりました。81歳。


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桂歌丸
かつら うたまる、1936年8月14日 - 2018年7月2日 本名 椎名巌(しいな いわお)
噺家 落語芸術協会 会長

1966年スタート、日本テレビ日曜夕方の大長寿番組『笑点』に
大喜利メンバーとして開始から2016年まで出演し、
終盤10年は司会を務めた事で知られます。

もちろん『笑点』だけの人ではありませんが、
番組との関わりの長さと深さは間違いなくNo.1。
「『笑点』の象徴的存在」と呼んでいいでしょう。
このブログでは『笑点』との関わりに絞り、その足跡を少し辿ってみます。


1966年
演芸番組『笑点』は1966年5月15日にスタート。
現在まで続く長寿番組ですが、
開始時からのレギュラーメンバーで2000年代以降も出演を続けていたのは、
5代目三遊亭円楽さん、歌丸さん、林家こん平さんだけでした。


波乱の日々
『笑点』は開始から3年ほどで初代司会者の立川談志さんとの路線をめぐる対立が起こり、
1969年3月に3人を含む大喜利メンバーが談志さんを残してすべて降板してしまいます。
談志さんのブラックユーモア志向に、他のメンバーが反発したからとされます。

そして同年暮れには談志さんが参院選出馬を理由に降板。
すると元のメンバーが順次復帰していきます。
この時も3人の中では歌丸さんの復帰が一番早かったのです。

※Wikipediaの『笑点』の項目は長大になり過ぎて、このあたりの経緯が解り難くなっています。


全盛期 小円遊との対立が名物に
さて、『笑点』は司会役に前田武彦さんを挟んで1970年12月より三波伸介さんが就任。
1972年までに円楽、歌丸、三遊亭小円遊、三遊亭円窓、こん平、林家木久扇(当時はもちろん木久蔵)が揃い、
全盛期と言われる時代を迎えました。

今では伝説となっていますが、歌丸さんは小円遊さんとライバル関係にあり、
このいがみ合い、罵り合いが番組最大の名物・売り物となっていきました。
もちろんこの対立関係は談志さんの時とは違い、番組の演出です。

しかし、円楽さんが1977年に落語専念を理由に卒業すると、
まもなく円楽さんの円生門下の弟弟子であった円窓さんも同様の理由で降板。
そして盟友・小円遊さんのまさかの死去。
それに伴って若手への交代等があり、番組も少しずつ様変わりをしていきます。

そして1982年暮れ、大黒柱の三波伸介さんの急死という非常事態を迎えます。
その後任司会者として、円楽さんが復帰するのです。


三波さん死去時の司会昇格はなかったか?
この当時の歌丸さんは46歳。
今のメンバーに比べるとかなり若いですが、当時は最年長だし、
円楽さんとも4歳しか違いません。

5年以上番組から離れており、落語協会からの独立で微妙な立場にあった円楽さんの復帰より、
歌丸さんの昇格があり得なかったのか?
今となるとそんな風にも感じます。
しかし、当時はその空気はほとんどなかったように思います。

理由を分析すればふたつ
ひとつは大人気タレントだった三波さんに比べ、
『笑点』では長いといえ、歌丸さんはタレントとしての認知度が失礼ながらかなり劣るように思えたこと。
この点は円楽さんの方が明らかに上でした。

ただ、それ以上の問題は、これは近年の司会交代時にも言われる事ですが、
歌丸さんが司会に昇格してしまうと、回答者が弱くなるという事情がありました。
当時、歌丸さんに次ぐベテランはこん平さんと木久扇さんですが、両方ともいわゆるおバカ系キャラ。
残りは若手ばかりで、それではなんとも軽くなってしまうと感じたものです。

この点は、もし小円遊さんが健在だったら、あるいは円窓さんが降板していなかったら、
この時点での歌丸さんの司会就任もあったかも知れません。


2000年代へ
ともかく、円楽さんの復帰で『笑点』も安定を取り戻しました。
大喜利メンバーも若手に僅かな出入りがあっただけで、20年以上安定状態が続き、
21世紀を迎えてもゆるぎない長寿番組となりました。

しかし2004年、歌丸さんより7歳若いこん平さんが体調不良の為に61歳で長期休養入り。
まもなく円楽さんも病気のためセミリタイヤ状態となり、
番組が40周年を迎えた2006年に正式に降板、歌丸さんが司会就任となりました。


50周年までの10年を司会として
この年歌丸さんは70歳。
既に所属する落語芸術協会会長の要職にありました。

実はこの時もネット等には歌丸さんが司会になると回答者が弱くなるとの声もありました。
しかし、この時点で内部昇格だろうと外部招聘であろうと、
歌丸さんを差し置いて司会の座につける人がいる筈ありません。
文句なしの昇格でした。

一方、70歳を越えても頭も口も回転なめらかな歌丸さんでしたが、
身体は病気だらけで入院を繰り返し、傍目にも辛い面はありました。

しかし2016年、50周年の節目まで務め上げての退場。
“『笑点』の象徴”としての立場を見事に全うしました。

謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

2017年12月31日 (日)

【芸能】ピンク・レディーがレコード大賞に出演/2018年はぜひ完全復活を!

Pl2017

昨日、2017年12月30日にTBSで放送された『第59回輝く!日本レコード大賞』に
ピンク・レディーが特別ゲストとして出演しました。

ピンク・レディーのヒット曲の多くを作詞し、10年前に亡くなった阿久悠氏の特別賞受賞を祝し、
特別ステージとしてヒット曲をメドレーで披露したのです。

ミーさん(未唯mie)とケイさん(増田恵子)。
2人は中学・高校の同級生で、ケイさんは1957年生まれで今年60歳になりました。
ミーさんは1958年の早生まれなので来年3月で60歳です。







『ペッパー警部』、『ウォンテッド』、『UFO』。いずれも阿久悠作詞、都倉俊一作曲。
司会の天海悠希さんはリアルタイムのファンなのでしょう。大変なノリ様です。


しかしどうですか、このパフォーマンス。
とても還暦ペアとは思えないビジュアル、スタイル、そして歌とダンス。
バックでは立派なオーケストラが演奏しているので、もちろん口パクではなく実歌唱でしょう。
(口パクと思われる歌手の場合は、演奏席が空席になっていました。)


ネットでも賛辞が圧倒的でしたが、
中には声が出なくなっているとの意見も若干ありますした。
しかし、そもそも若い歌手でも無理なほど激しく踊りながら歌っているのです。
多少は仕方ないでしょう。
それに、元々ケイちゃんはハスキーボイスで声量はあまりありません。

この点については、振付を若干おとなしくするという選択肢もなくはないと思いますが、
そうしないことが彼女達の矜持なのでしょう。
特に今回は阿久悠氏に捧げるステージですから。


2018年は是非本格復活を
ピンク・レディーは21世紀になっても、2011年頃までは何度か復活し、
ツアーを行い、テレビにも出演してきました。
2011年は54歳くらい。

しかし、その後は2人揃ってで見かけることはなくなったと思います。
ピンクとしてのライブの情報も聞きません。

最初の解散後は、ミーさんの方がソロでテレビの企画として
ピンク・レディー時代の曲を歌うシーンを時々見かけましたが、
最近はケイさんの方がそういう機会があるようです。

いずれにしろ、今回の出演でまだまだ“ピンク・レディー”として健在である事を証明しました。

しかし、いくら2人でも永遠に年齢に抗い続ける事はできません。
ここは是非、早期の本格復活を期待したいです。
2人とも60代となる2018年は節目の年ですし。
ベタの言い方ですが、高齢化社会の星です。


それにしても、紅白歌合戦はなぜ2人を出さないのでしょう。
2000年の出場が最後で、その後の2度の再結成では出場していません。
2000年だとまだ2人はアラフォーでした。
アラフィフ以降の出演で、あのパフォーマンスをやれば、
確実に話題になったのに、もったい話です。


Old Fashioned Club  月野景史

2017年12月 1日 (金)

【テレビ】卑弥呼陵? 奈良箸墓古墳の『池の水ぜんぶ抜く』はやはり中止/古墳調査規制の高い壁

テレビ東京は2018年1月2日に放送予定の番組
『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜きましておめでとう2018』で、
既に発表していた卑弥呼の墓との説もある奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳に
隣接する池の水抜き部分については放送を中止すると発表しました。


Photo
箸墓古墳は奈良県桜井市箸中にある前方後円墳

テレビ東京は中止に至った事情の詳細は明らかにしていませんが、
地元自治体の協力が得られなかったようです。


今年のヒット番組『池の水ぜんぶ抜く』シリーズ
この『池の水ぜんぶ抜く』シリーズは2017年1月から『日曜ビッグバラエティ』で
不定期に放送されているドキュメントバラエティ番組で
11月26日に早くも5回目がオンエアされ、大河ドラマ『おんな城主・直虎』の11.3%を上回る
12.8%の好視聴率を獲得する人気番組になっており、今年のテレ東のヒット作です。

そしてその第5回の放送で、来年の新春特番も告知されていました。

この番組自体、回ごとの当たり外れもあるものの、なかなか面白いです。
凶暴・巨大、怪獣ガメラみたいな外来種ワニガメを捕獲したり、
逆に貴重な絶滅危惧種である在来種ニホンイシガメを発見としたりと。

ただ、それとは別の意味で、次の箸墓古墳に隣接する池の水を抜くという予告には驚きました。
そんなこと、本当にやれるのかと。

そして、今回の中止の報道を聞いて、やはりと思いました。
なぜか?

このシリーズ全般を通してのテーマは上に挙げた例のように、外来生物の駆除、在来生物の保護がメインで、
それは生態系調査・保全にもなり、合わせて池の掃除も行うという良い事づくめの企画です。

しかし、次回については卑弥呼の墓との説もある古墳に隣接する池の調査ということで、
何かお宝が出てくる、つまり歴史的・考古学的発見があるかも、というような煽りをしていました。
これ自体は、バラエティ番組として当然といえばそうとも思えます。
しかし、ことはそう簡単にはにはいきません。


古墳調査の高い壁
箸墓古墳は纒向古墳群に属し、宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として
第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定されています。
この倭迹迹日百襲姫命が、あの邪馬台国の卑弥呼ではという説もあるのです。
卑弥呼はともかくとして・・・。

一般にはあまり知られていませんが、
国に天皇・皇族の墓と認定されている古墳は宮内庁が管理し、
考古学的調査・発掘が厳しく規制されています。
ほとんどできないと言ってもいいくらいです。

認定は江戸時代以前の古い文献を元に明治時代に為されており、
その状況は大きく時代が変化した大戦後も変わっていません。
つまり、皇族の墓を発掘するとは不敬であるという明治時代の認識がそのまま残っているようなもので、
皇族陵と認定されている古墳は近代的な学術調査がほとんどされていないのです。

今回は古墳そのものではなく、隣接する池の水抜きではありますが、
写真を見ればわかるように、文字通り“隣接”しています。

池の水抜き自体は毎年実施しているとのことですし、
企画が実行されたとして考古学的発見ある可能性は極めて低いとも思えますが、
とにかくガードの堅い古墳調査です。
テレビのバラエティ番組による、箸墓古墳周辺の探索が実現するとは驚きでしたが、
中止と聞いて、やはり無理だったかと思った次第です。

今回はテレ東の宣伝の仕方もまずかった。
あくまで池の清掃、生物保護ということだけにしておけばよかったかも知れません。

ただこの強い規制については保全の意味もあるでしょうが、
日本の考古学発展の妨げとなっている面もあります。
大幅な改革があってもいいとも感じます。

Old Fashioned Club  月野景史


以下、朝日新聞デジタルより引用
http://www.asahi.com/articles/ASKD16Q85KD1UCVL02D.html
☆☆☆
箸墓古墳隣接の「池の水抜く」放送中止 地元が協力断る
2017年12月1日22時08分
テレビ東京は1日、1月2日に放送予定の番組「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜きましておめでとう2018」で、既に発表していた卑弥呼の墓との説がある奈良県桜井市の箸墓(はしはか)古墳に隣接する池部分の放送を中止すると発表した。詳細は明らかにしていないが、地元自治体の意見が影響したとみられる。

この池での水抜きは、11月26日放送の「池の水ぜんぶ抜く大作戦5」内で予告された。桜井市はこの前に番組ディレクターに対し、「ため池の掃除が主体であり、宝探しのような企画内容はやめてほしい」と伝えていたという。だが番組では「出るのはお宝か、それとも未知なる生物か」「約1700年前のお宝が眠る!?」などと予告していた。

26日の放送後、奈良県を通じて文化庁から市に問い合わせがあったり、市の教育委員から「宝探しのような企画に協力するのはどうか」との声が寄せられたりした。1日、市はテレ東側に「協力できない」と伝えたという。テレ東が撮影に入る前だった。

箸墓古墳のため池を管理する地区の区長の杉本義衛さん(69)によると、池の水抜きは毎年実施しているという。「古墳の価値を広めるために番組に協力しようと思っていただけに残念だ。ただ、あの予告編を見れば、市が断るのも仕方がない」と話した。

 「池の水」シリーズは今年1月に初めて放送され、これまでに5回放送。水を抜いた池から外来魚のアリゲーターガーなどが次々と見つかり、人気番組となった。26日は視聴率12・8%で、大河ドラマの11・3%を上回った(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。(湊彬子、田中祐也)
★★★

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