ゴッホと宮沢賢治の相似/37歳早世、生前無名~没後有名に、理想郷としてのアルルとイーハトーブ
久しぶりに美術展のことを書いたら、意外と多くのアクセスをもらいました。
【美術展】ゴッホ展「家族がつないだ画家の夢」とは? 上野から名古屋へ
今回、ゴッホと家族の軌跡を辿って改めて思いました。
以前から指摘されていることですが、宮沢賢治との相似点が目に付きます。
前回ブログでゴッホについて記した点だけでも、
・共に37歳の若さで亡くなっていること
・生前は画家、作家として無名で、没後に名が高まったこと
・有名になるにあたっては遺族の力が大きかったこと
などがすぐに目を引くポイントです。
ただ、共に若くして亡くなったとはいっても、
社会性に乏しく、精神を患い、遂には自ら命を絶ったゴッホに対し、
変わり者ではあったでしょうが、人間関係も広く、多方面で精力的に活動し、
結果的に身体を壊して早世した賢治とでは生涯の軌跡はかなり違います。
そこは気を付けなければいけません。
ですが、それはそうとしても、他にも
宗教との関わり、理想郷・ユートピアの創設の意向など共通点が多いのも事実です。
弟
ゴッホと賢治、没後にその名を高めるのに最も貢献したのは、遺族の中でも誰か?
キーワードは「弟」です。
前回のブログに書いた通り、ゴッホの弟テオは生前の兄を物心両面で支えました。
しかしテオは兄を追うように早世し、コッホの絵を世に広めたのはテオの妻ヨーでした。
一方、賢治の8歳年下の実弟、宮澤清六氏は賢治の死後まもなく最初の全集発行を実現し、
その後も長く賢治文学を世に知らしめることに貢献しました。
アルルとイーハトーブ
宗教のことはおいておくとしまして、理想郷についてです。
ゴッホが理想郷としようとしたのは南仏のアルル。
晩年近い1888年にこの地に転居し、代表的な作品を多く描きます。
ゴッホは意外にもアルルに浮世絵等で知った日本のイメージを投影しています。
そして自分だけの理想郷ではなく、
実際に志を同じく芸術家が集って創作する場にしようとしました。
それに応じて来訪したのがゴーギャンなのですが、残念ながらゴッホの夢は破綻してしまいます。
賢治の理想郷といえば有名な「イーハトーブ」(表記は色々あり)。
これについて論じだしたらキリがありませんが、
賢治自身によると推察される文章からイーハトーブとは何かを抜粋すれば。
「賢治の心象中に実在したドリームランドとしての日本岩手県」
奇しくもゴッホと賢治、二人にとっての理想郷のイメージモデルは日本なのです。
といっても、ゴッホにとっての日本は絵画からイメージしたあこがれであり、
賢治にとっての日本岩手県は生まれ育った愛着の地で、成り立ちは全然違うのですが。
Old Fashioned Club 月野景史


