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2025年12月

2025年12月16日 (火)

ゴッホと宮沢賢治の相似/37歳早世、生前無名~没後有名に、理想郷としてのアルルとイーハトーブ

久しぶりに美術展のことを書いたら、意外と多くのアクセスをもらいました。
【美術展】ゴッホ展「家族がつないだ画家の夢」とは? 上野から名古屋へ
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今回、ゴッホと家族の軌跡を辿って改めて思いました。
以前から指摘されていることですが、宮沢賢治との相似点が目に付きます。
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前回ブログでゴッホについて記した点だけでも、
・共に37歳の若さで亡くなっていること
・生前は画家、作家として無名で、没後に名が高まったこと
・有名になるにあたっては遺族の力が大きかったこと

などがすぐに目を引くポイントです。

ただ、共に若くして亡くなったとはいっても、
社会性に乏しく、精神を患い、遂には自ら命を絶ったゴッホに対し、
変わり者ではあったでしょうが、人間関係も広く、多方面で精力的に活動し、
結果的に身体を壊して早世した賢治とでは生涯の軌跡はかなり違います。
そこは気を付けなければいけません。

ですが、それはそうとしても、他にも
宗教との関わり、理想郷・ユートピアの創設の意向など共通点が多いのも事実です。



ゴッホと賢治、没後にその名を高めるのに最も貢献したのは、遺族の中でも誰か?
キーワードは「弟」です。

前回のブログに書いた通り、ゴッホの弟テオは生前の兄を物心両面で支えました。
しかしテオは兄を追うように早世し、コッホの絵を世に広めたのはテオの妻ヨーでした。

一方、賢治の8歳年下の実弟、宮澤清六氏は賢治の死後まもなく最初の全集発行を実現し、
その後も長く賢治文学を世に知らしめることに貢献しました。


アルルとイーハトーブ
宗教のことはおいておくとしまして、理想郷についてです。

ゴッホが理想郷としようとしたのは南仏のアルル。
晩年近い1888年にこの地に転居し、代表的な作品を多く描きます。
ゴッホは意外にもアルルに浮世絵等で知った日本のイメージを投影しています。

そして自分だけの理想郷ではなく、
実際に志を同じく芸術家が集って創作する場にしようとしました。
それに応じて来訪したのがゴーギャンなのですが、残念ながらゴッホの夢は破綻してしまいます。


賢治の理想郷といえば有名な「イーハトーブ」(表記は色々あり)。
これについて論じだしたらキリがありませんが、
賢治自身によると推察される文章からイーハトーブとは何かを抜粋すれば。
「賢治の心象中に実在したドリームランドとしての日本岩手県」

奇しくもゴッホと賢治、二人にとっての理想郷のイメージモデルは日本なのです。
といっても、ゴッホにとっての日本は絵画からイメージしたあこがれであり、
賢治にとっての日本岩手県は生まれ育った愛着の地で、成り立ちは全然違うのですが。


Old Fashioned Club 月野景史

2025年12月11日 (木)

【美術展】ゴッホ展「家族がつないだ画家の夢」とは? 上野から名古屋へ

上野の東京都美術館で『ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢』が12月21日まで開催中。
その後は新年1月3日より名古屋の愛知県美術館で3月23日まで開催されます。


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ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢
2025年9月12日(金)—12月21日(日)/東京都美術館
2026年1月3日(土)-3月23日(月)/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)


さて、展覧会のタイトルにある「家族がつないだ画家の夢」とはどういうことか。
まずはこの点に絞って簡潔に説明します。

世界でもっとも有名な画家の一人である
フィンセント・ファン・ゴッホ
Vincent van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日 37歳没

ゴッホは生前画家としてほとんど評価されず、
若くして不遇の死を遂げたものの、没後に評価が高まり、
上述のように「世界でもっとも有名な画家の一人」になった芸術家です。

その不遇だった生前のゴッホを経済的にも精神的にも支えたのが
画商であった4歳下の実弟のテオでした。


弟が画商!
では、テオが頑張って兄が残した絵を売り、ゴッホの名声を広めたのか!
当然そう思ってしまいそうですが、少し違うのです。

実はテオはゴッホの死から約半年で兄を追うように病死してしまいます。
まだ33歳の若さでした。
そのテオの意志を継いでゴッホの名を高めたのは、テオの妻ヨーだったのです。
といっても、ヨ―は元々絵画関係の仕事をしていたわけではなく、
しかもテオと結婚してから日も浅く、29歳の若さでした。

またテオは画商といっても経営者ではなく、大きな画商グループ「グーピル商会」の勤め人で、
ヨーはそのテオと結婚しただけなので、絵画ビジネスにはほとんど関わってなかったと思われます。
その状況でヨーがゴッホの名を世界的に高めたのは、まさに奇跡といえます。
その仕事は父が亡くなった際にはまだ幼子だったテオとヨーの息子、更に子孫に引き継がれます。

本展の出品作の多くはアムステルダムの「ファン・ゴッホ美術館」の所蔵品です。
この美術館の設立にはゴッホの遺族も深く関わっており、
所蔵品の多くは最後までゴッホ一族の手元に残った作品なのです。

というような理由で本展は、
志半ばで亡くなったフィンセント・ファン・ゴッホ自身の生涯と、
その夢を継いでゴッホの名を高めた家族たちの系譜を俯瞰する展覧会なのです。
その軌跡は是非展覧会でご覧ください。


実はゴッホも元画商だった!
さて、ここまでかけ足でゴッホと家族について書いてきました。
この簡素な文章からでもなんとなく察せられると思いますが、
ゴッホは社会性に乏しく、人付き合いに難があり、実務にもあまり向かない人でした。
ビジネスマンであった弟テオの支援のおかげで画業に専念できたというのが、兄弟の構図です。

となると、テオかたまたま画商だったのはゴッホにとって幸運だった、
と思ってしまいそうですが、これは「たまたま」ではないのです。
実はゴッホ自身が元々グーピル商会の社員で、テオは兄を追って入社したのです。
つまり、ゴッホも元々は画商であり、同じグループの先輩だったのです。
そもそもゴッホ一族にビーグル商会の関係者がおり、その縁だったようです。

しかし社会性のないゴッホは商会を解雇されてしまい、
父と同じ宗教家の道に進もうとしますが、これも上手くいかず、画家になるのです。

以上、画家以前のゴッホについても簡単に記しました。

Old Fashioned Club 月野景史

関連MyBlog
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2025年12月 6日 (土)

通算アクセス580万件

本日、12月6日で等ブログの通算アクセス数が580万件を超えました。
細々ですが、まだ続けさせてもらいます。

Old Fashioned Club 月野景史

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