【昭和プロレス】ジョニー・パワーズ死去/アントニオ猪木のライバル “死神”と呼ばれた男
カナダ出身でアメリカで活躍した元プロレスラーのジョニー・パワーズが亡くなりました。
私にとって、思い入れのあるレスラーでした。
ジョニー・パワーズ
(Johnny Powers、本名:Dennis Waters)
1943年3月20日 - 2022年12月30日 79歳没 カナダ・オンタリオ州ハミルトン出身
パワーズはやはり昨年亡くなったアントニオ猪木の全盛期といえる1973年~70年代末頃にライバル関係にあったレスラーです。
整った容貌、恵まれた体格からは鋼鉄男と、執拗に足を痛めつけ、必殺のパワーズロック(いわゆる足4の字固め、日本では8の字固めとも呼ばれた)でギブアップを奪う試合スタイルからは、“死神”の異名も持ちました。
外国人レスラーでは、猪木にとってタイガー・ジェット・シン、スタン・ハンセン、アンドレ・ザ・ジャイアントと並ぶ
4大ライバルといっていいかと思います。
この時代の外国人レスラーの訃報は、さほど有名ではなくても、スポーツ新聞のニュースサイト等で伝えられるのですが、
パワーズは亡くなったのが年末の慌ただしい12月30日とあってか、猪木のライバルとして日本ても充分な実績がありながら、マスコミ系サイトでは伝えられませんでした。
この人は日本のレトロファンにとって、日本での戦績や評価の点でも、なかなか波乱に満ちた特異な存在です。
初来日は1966年、若き日の猪木が参画し、社長を務めていた東京プロレスでした。
そして1973年、旗揚げから1年半ほどの新日本プロレスに、NWF世界ヘビー級チャンピオンとして登場しますが、
猪木の挑戦を受けて敗れ、王座を奪われてしまいました。
その後、猪木はこのNWF王座を賭けて幾多の名勝負を残し、猪木を象徴するベルトとなりました。
パワーズ自身も、団体としてのNWFの存亡をかけて王座奪回を目指し、
1977年まで、蔵前国技館等の大舞台で再三挑戦しましたが、果たせませんでした。
その後は戦績を落とし、レスラーとしての晩年にあたる1979年と80年にも幾度か来日しますが、
かつての大看板とは思えない散々な結果を残し、日本からは消えていきました。
チャンピオンとして絶頂期にあった時に猪木に敗れ、レスラー人生が暗転した、とドラマチックな語られ方もしました。
後から思えば、プロレスの世界ですので、これらはもちろんビジネスとして行なわれたことです。
パワーズは若い頃から猪木と同様に事業欲が旺盛で、NWFもパワーズ自身が運営していた団体です。
猪木に王座を取られたのも、当時既にNWFの経営は苦しくなっており、新日本に王座を譲渡・売却した、というのが今の定説です。
パワーズは海外でも1982年を最後に、プロレスビジネスからはリタイヤしましたが、実業家としては成功したようで、
1990年の猪木のレスラー生活30周年イベントには、レジェンドレスラーたちと共に来日を果たしました。
一方で、日本マットから離れた1980年代以降、あまり良くないレッテルを貼られた面があります。
・プロレスが下手
・性格が悪く、プロモーターとしての仕事が綺麗でなく、レスラーや関係者から嫌われていた
・アメリカではマイナーなローカルレスラー
当たっている面もあるのかもしれませんが、ちょっと言われ過ぎのようにも思います。
特に三番目については、更に時代進むと、ネットで古い試合記録を見ることが出来るようになり、
若い頃は広範なメジャーマットで活躍していたことがわかるようになりました。
1960年代後半、30歳くらいになると、プロモート業の比重が多くなり、活動圏は自分のテリトリーである五大湖地区中心になりますが、
そこにも大物レスラーが多く参戦しており、その顔ぶれからすれば、NWFは決してマイナー団体ではありませんでした。
ただ、もっと後、1970年代後半には、インディー団体を運営していた時期もあります。
とにかく、ジョニー・パワーズについては簡単には語りつくせません。
また書きたいと思います。
Old Fashioned Club 月野景史
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