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2020年6月

2020年6月22日 (月)

【美術展】「特別展 超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」文化村ミュージアム/コロナを乗り越え再開

東京渋谷の文化村ミュージアムで6月29日(月)まで、
「特別展 超写実絵画の襲来 ホキ美術館所蔵」が開催中です。


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特別展 超写実絵画の襲来
ーホキ美術館所蔵
2020年6月11日(木)~6月29日(月) 
10:00-18:00 (最終入館17:30)※変更の可能性あり
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
主催:Bunkamura、読売新聞社
特別協力:ホキ美術館
後援:TOKYO FM
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_choshajitsu/

新型コロナウイルスの影響により、多くの美術館が休館を余儀なくされました。
まだ再開していない美術館もあります。
そして、期待されていながら惜しくも中止になった展覧会もあります。

この展覧会は3月から5月の開催予定で開幕したのですが、
4月6日で休止となっていました。
その間に本来の閉幕日は過ぎてしまったのですが、
6月11日からなんとか再開となりました。


超写実絵画
ごく簡単に言ってしまえば、写真のような精緻な絵画ということになります。

20世紀の西洋絵画、近代絵画は抽象画の時代であったといえるかも知れません。
ただ、日本で開催される西洋絵画の展覧会を見ると、抽象画はあまり人気がないようにも思えます。
より古典的な解り易い美しさを持つルネサンス、バロック、印象派などの人気が高い。

今回は抽象画の対極に立つ、写実を極めた絵の展覧会。
展示されるのは写実絵画の殿堂とも呼ばれるホキ美術館所蔵作。
日本の現代の写実絵画を代表する画家達の作品です。


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『森へ還る』小木曽誠
この絵だけは写真撮影可。

Old Fashioned Club 月野景史

2020年6月17日 (水)

横溝正史が金田一耕助以前に生み出した忘れられた名探偵・由利麟太郎 令和にまさかの復活

6月16日(火)からフジテレビ系(カンテレ制作)のドラマ、
『探偵・由利麟太郎』がスタートしました。

由利麟太郎とは?
知っている人は少ないでしょう。
あの金田一耕助シリーズで知られる日本の推理小説・探偵小説の巨匠・横溝正史が
金田一より先に生み出した、もう一人の名探偵。



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ドラマ第1話の原作『花髑髏』(角川文庫版)


由利麟太郎シリーズは元警視庁捜査課長で私立探偵の由利先生と、
新日報社の新聞記者、三津木俊助とのコンビ物・バディ物として認識されています。
今回は由利麟太郎&三津木俊助シリーズの超入門です。


金田一耕助と由利麟太郎
金田一と由利、両者は活躍した時代がずれています。
由利は1933年に初登場、最後の登場が1950年。
一方の金田一は1946年が初登場で、1980年まで描き続けられました。
大雑把に言えば、横溝正史にとって戦前の代表作が由利麟太郎&三津木俊助シリーズ。
それと入れ替わった戦後の代表作が金田一耕助シリーズということになります。

時代的には由利シリーズの方が古いのですが、
地方の旧家を舞台にした土俗的な作品のイメージが強い金田一シリーズに比べると、
由利シリーズは都会的でスマートな印象がありました。

しかし、金田一耕助が日本の名探偵の代名詞と呼んでいいビッグネームになったのに対し、
由利&三津木は忘れられた存在といっていいでしょう。


もっとも、その金田一シリーズの道のりも平坦ではありませんでした。
戦後登場した金田一物は一躍人気シリーズとなり、
1940年代から1950年代には片岡千恵蔵らが演じて映画も多く作られました。
(その風貌は原作と違うスマートなスーツ姿が主流でしたが)
しかし、1960年代には過去のものになり、横溝の創作そのものも減っていきました。

それが1970年代に入り復権して大きなブームが起き、映画やドラマも数多く作られました。
この時期、角川文庫の横溝シリーズはその刺激的な表紙装丁も合わせて大人気となりました。

実は由利&三津木シリーズも角川文庫で多く刊行されており、
それなりの数の人々が読んだと思います。
私もその頃、由利作品にも親しんだのですが、
こちらが話題になることはほとんどありませんでした。

由利シリーズの作品が映像化されるとしても、原作通りに作られるのは僅かで、
探偵役が金田一に挿げ替えられることが多かったです。

その由利麟太郎と三津木俊助のバディが令和に連続ドラマで蘇るとは!


ドラマ『探偵・由利麟太郎』
原作は戦前の昭和の話ですが、今回は令和の現代に時代を移しています。
とはいえ、レトロな雰囲気を醸し出していましたが。

そして、舞台は東京から京都に変更。
これは何故でしょう?

制作が関西のカンテレだからか?
カンテレ制作だからといって関西舞台とは限らないですが、
今回は敢えて設定を変えたようです。
実際の制作に当たるのは『科捜研の女』などの東映京都撮影所。
舞台を京都にした方が、原作のレトロ感が出るという意味もあるのかも知れません。

由利先生役は吉川晃司、三津木役は志尊淳。
キャラクター設定も原作とはちょっと違うように感じます。
特に原作の三津木は新聞社の花形記者ですが、ドラマではミステリ作家志望の青年。
ここはそもそも原作の由利&三津木があまり知られていないので、
キャラを変えても面白いドラマになれば、あまり問題ないかも知れませんが。

その初回「花髑髏」を観ての感想ですが、
まず被害者・加害者側の人間関係を原作以上におどろおどろしくしてしまった面があるかと思います。
いかにも横溝作品らしいと誤解している人もいるようですが、原作通りではありません。

個人的には好きなタイプのドラマなのですが、
少々無理も感じました。


連続ドラマといっても全5話の短期集中型。
コロナ禍の前に撮影を終えていたのでしょう。
元々、オリンピックと重なる7月クールの放送予定だったとも聞きます。
あと4話、どんな世界を観せてくれるのか。

Old Fashioned Club 月野景史

2020年6月 9日 (火)

【特撮】昭和ウルトラシリーズ慨史② 『ウルトラマン』の誕生/分かり易く解説

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昭和、平成、令和と続く「ウルトラシリーズ」(ウルトラマンシリーズ)
その金字塔である初代の『ウルトラマン』の誕生ヒストリーをどこよりもわかり易く解説します。
前ブログ「『ウルトラQ』の誕生」の続編。
簡潔にするために仔細は極力省略します。


ウルトラQからウルトラマンへ
1966年1月から放送された『ウルトラQ』は日本中に怪獣ブームを巻き起こしました。
円谷プロダクションとTBSは『Q』の反省も踏まえ、次作の構想に取り掛かります。
『Q』の放送は1966年1月からですが、前年中に全28本を撮り終えており、準備の時間は充分ありました。

そして『ウルトラQ』の終了後すぐにスタートすることになる『ウルトラマン』は
『Q』からの正常進化の枠を飛び越えた驚異の、奇跡の作品となりました。
以下、その進化の経緯を中心に記していきます。



対怪獣専門チーム「科学特捜隊」の誕生
『ウルトラQ』の主人公三人は民間人でした。
このうち、紅一点の桜井浩子さんの役は新聞社の女性カメラマンなのでまだわかりますが、
佐原健二さんと西條康彦さんはセスナ機やヘリコプターで荷物の輸送等を行なう小さい航空会社のパイロットで、
この三人が毎回大事件に遭遇し、解決に重要な働きをするのは無理があり、ストーリーも作り難い。

ただ、この主人公が民間人というのは東宝特撮映画の伝統でもありました。
多くの東宝の怪獣映画では自衛隊に類する組織(防衛隊と呼ばれることが多い)が登場し、
怪獣と戦いますが、防衛隊員が主役となることはありません。
だいたいいつも、主役はたまたま事件に深く関わってしまう民間人でした。

しかし、基本的に単発ストーリーの映画ならそれでよくても、
毎回の主人公が固定されている連続ドラマでは無理があります。
それで怪獣が関わる事件を専門に対処するチームを登場させることになりました。
これも、当初はトップ屋集団なども構想されていたようですが、
実際に武器を持って怪獣や侵略宇宙人と戦うチームが設定されました。

いうまでもありません。
科学特捜隊の誕生です。

「パリに本部を置く国際科学警察機構の日本支部に科学特捜隊と呼ばれる5人の隊員たちがあった。
彼らは怪事件や異変を専門に捜査し、宇宙からのあらゆる侵略から地球を防衛する重大な任務を持っていた。」
第1話冒頭ナレーションより

この設定があれば、例えば『ウルトラQ』で起きたようなどんな怪事件でも、
科学特捜隊が真っ先に捜査に乗り出せます。
これだけでも充分な正常進化で、科学特捜隊をタイトルロールとして新番組を作ってもよかった思います。
しかし、企画はますます進化を続けます。


宇宙人との共闘
前ブログで記したように、『ウルトラQ』に先行して、
フジテレビと円谷プロダクションとの間で進行していた『Woo(ウー)』という企画がありました。
不定型の宇宙生物が地球人と協力して事件を解決するというユニークな話でしたが、
残念ながら実現には至りませんでした。

この宇宙生物を登場させて人間と協調、というプロットが生かされることになります。
企画が進むうちに宇宙生物の設定は不定型から、怪獣に近い外見の「ベムラー」、
人間型のヒーローに近い「レッドマン」と進み、「ウルトラマン」へと繋がっていきました。

既に東宝特撮映画では、かつては人類の恐るべき敵であったゴジラが、
強大な宇宙怪獣キングギドラと、地球を守るために戦うヒーローに転換しつつありましたが、
「ウルトラマン」はそこから一歩進んだ、友好的な人間型でありながら巨大、超絶な能力を持つ、
世界のSF・娯楽作品にもおそらく例のないスーパーヒーローの誕生でした。


一心同体の変身ヒーロー
更にまだ別の進化ポイントがあります。
“変身ヒーロー”スタイルの融合です。
今となれば、ウルトラマンは変身するのが当たり前なので、何を大げさなと思うかかも知れませんが、
これもまた画期的なアイデアでした。

変身ヒーロー自体は、アメリカではスーパーマン、バットマン、
日本のテレビ作品でも月光仮面をはじめ、無数にありました。
時代劇の鞍馬天狗、怪傑黒頭巾等も同様です。

しかし、これらはみな基本的には同じ人間が、
覆面などで変装して正体を隠して戦うのが基本パターンです。

それに対して『ウルトラマン』では地球人と宇宙人が故あって一心同体となり、
状況に応じて宇宙人の姿になり、怪獣や侵略宇宙人と戦うという、斬新なアイデア。
これにより、人間が変身により巨大な怪獣と互角以上に戦えるとこになったのです。

以上、三つ新機軸の結晶により、『ウルトラマン』は誕生したのです。



Old Fashioned Club 月野景史



2020年6月 7日 (日)

【特撮】昭和ウルトラシリーズ慨史① 『ウルトラQ』の誕生/分かり易く解説

昭和、平成、令和と続く「ウルトラシリーズ」(ウルトラマンシリーズ)
その原点である『ウルトラQ』の誕生について、どこよりもわかり易く解説します。
簡潔にするために仔細は極力省略します。


Q


★原流はゴジラ
1954年(昭和29年)に東宝が制作した特撮怪獣映画の金字塔『ゴジラ』は大ヒットを記録。
以降、昭和30年代、東宝は数々の特撮映画を送り出します。
ゴジラの他にもラドン、モスラ、キングギドラなど人気怪獣を生み出しました。


この特撮ブームの裏方の立役者の一人が円谷英二氏。
ほとんどの作品で特技監督として、特撮部分の製作を仕切りました。
その英二氏が自ら社長となり「円谷プロダクション」を設立。
新しいメディアであるテレビでの特撮作品制作に、東宝の協力も得て乗り出すのです。
昭和30年代のテレビは『月光仮面』をはじめとする変身ヒーロー物が百花繚乱。
しかし、本格的な特撮の技術はほとんど導入されていませんでした。


★テレビで本格特撮ドラマを
円谷プロの最初の企画として知られるのは1962年頃、フジテレビで話の進んだ『Woo(ウー)』。
不定形の宇宙人が地球人と協力して様々の事件を解決するユニークなストーリー。
しかし、実現には至りませんでした。

『Woo』に遅れて1963年頃、TBSとの間で企画が持ち上がります。
その名は『UNBALANCE(アンバランス)』
これが『ウルトラQ』の前身となるのです。

地球の、自然界の、保たれている均衡(バランス)が崩れることにより起こる様々な事件がテーマ。
アメリカのテレビドラマ『トワイライトゾーン」(邦題『ミステリーゾーン』)を意識した内容。
宇宙生物が登場するような話も予定されてはいましたが、
怪獣物というわけでもなく、超自然現象を扱うSFドラマです。
この制作が遂に決定しました。



★放映時期を決めずに制作開始
『アンバランス』の撮影は1964年9月に放送時期未定のままクランクインします。
民間の小規模の航空会社のパイロットの男性二人と新聞社の女性カメラマンが
毎回怪事件や異変に遭遇し、解決していくストーリー。
主演は多くの東宝特撮映画に主役、準主役、脇役で出演してきた佐原健二。
他の二人も西條康彦、桜井浩子と、東宝の俳優が起用されました。

実際の現場での製作は若手スタッフが担い、円谷英二社長は監修として関わりました。
制作第1話は古代の植物ジュランが都心に巨大な花を咲かせる「マンモスフラワー」。
植物怪獣ではなく、あくまで純粋な植物です。


こうして制作のスタートした『アンバランス』ですが、開始早々にTBSサイドから、
やはり円谷英二の会社が作るなら、怪獣を登場させてほしいとの希望が出ます。
まぁ当然のリクエストに思えます。


★怪獣路線に転換~ウルトラQへ
そうして制作第4話から、怪獣路線への転換が図られました。
タイトルも『ウルトラQ』と変更されます。
このネーミングは1963年の東京オリンピックで話題になった体操の技「ウルトラC」に由来します。

制作2クール目に入る頃からは怪獣の造詣スタッフも強化され、
本格怪獣ドラマ作りの体制を整えながらの撮影が続きました。
そして1年以上かけ、約2クール28本が完成しました。
放送開始は1966年1月と決定しました。

制作順にそのまま放送すると、SF路線から怪獣路線へと変わっていく流れになります。
しかし、最初から本格怪獣テレビ映画として売りたいのだから、これは有り得ません。
怪獣物を前面に出しつつ、SF物も織り交ぜた順番で放送されることになりました。


★1966年1月2日(日)19時 初回放送
28本の中から放送第1話に選ばれたのは「ゴメスを倒せ!」。
凶暴な怪獣ゴメスを、人間に友好的な原始怪鳥リトラが自らを犠牲にして倒す話。
まさに東宝怪獣映画の代表作『モスラ対ゴジラ』のようなストーリー。
当時の子ども達は映画館でしか観れなかった本格怪獣映画を毎週テレビで観る権利を得たのです。

第1話の視聴率は32.2%。
その後、同年7月まで27本の放送(1話のみ本放送欠番、再放送で放映)はほとんどの回で30%を超え、
『ウルトラQ』は日本中に怪獣ブームを巻き起こしました。
そして怪獣路線をより本格化させた『ウルトラマン』へと続くのです。


以上、番組の内容にはほとんどふれず、誕生の経緯を駆け足で紹介しました。
後のウルトラシリーズ各作品とは違い「ウルトラQ」というヒーローが登場するわけではありません。
おそらく、劇中で「ウルトラQ」という言葉が発せられたことすら一度もないと思います。
民間人である主人公達が様々な怪異に遭遇し、工夫を凝らして解決するストーリー。
怪獣物の枠を越えた、SFドラマの傑作です。

ただ連続ドラマとしては、毎回民間人が怪事件に遭遇するのは無理があります。
そりあたりの反省も踏まえ、次作の構想に取り掛かっていくのです。


Old Fashioned Club 月野景史



2020年6月 5日 (金)

【昭和特撮】ウルトラセブンはなぜ「ウルトラマンセブン」ではないのか?/分かり易く解説

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ウルトラセブン 

ウルトラマンシリーズのヒーローたちはみな「ウルトラマン○○○」という名前なのに、
なぜウルトラセブンだけ「ウルトラマンセブン」ではないのか?
どうして「マン」がつかないのか?

この疑問、ネットでも見かけますし、リアルで訊ねられたこともあります。
今回はこの問題をできるだけ簡単に解説しますが、先に結論を書いておきます。
「ウルトラセブン」とネーミングされた事情に不自然な点はまったくありません。
むしろその後で「ウルトラマン○○○」と名付けられるようになった事情の方が特殊なのです。
そのあたりの経緯を説明していきます。


★ウルトラセブンの命名まで
一番最初の『ウルトラマン』は1966年7月に放送開始され、大ブームとなりました。
ヒーローはもちろん、ウルトラマンです。


ウルトラマン(初代)

『ウルトラマン』は1967年4月、大人気の内に終了、
半年置いて同年10月から新番組『ウルトラセブン』が始まります。

 
ウルトラマンとウルトラセブンは同タイプのヒーローですが、外見は似ていません。
劇中で二人の関係については説明もされないし、そもそも同一世界の物語なのかも不明です。
ただ、二人ともM78星雲出身らしいので、同郷ではあるようです。

劇中での二人のネーミングについてですが、
ウルトラマンは一心同体となった科学特捜隊のハヤタ隊員の命名です。
ウルトラセブンは脚本上ではウルトラ警備隊員による命名のようですが、
完成した本編にはそのようなシーンはなく、命名経緯は不明です。

この流れを見ると、同郷とはいえ関係性が不明で外見も違う新ヒーローが、
前ヒーローの名である「ウルトラマン」をそのまま使い、後ろに「セブン」と付けて『ウルトラマンセブン」では不自然でしょう。
ここまでの経緯なら「ウルトラセブン」でおかしいことは何もありません。
「ウルトラ」を付けるのは番組枠が「ウルトラシリーズ」として路線化されていたので必然なのですが、
「ウルトラマンセブン」では不自然なのです。


だから、むしろ問題はこの後、なぜ「ウルトラマン○○○」と名付けられるようになったかなのです。
以降はその経緯を説明します。



★二人のウルトラマン
『ウルトラセブン』終了から約2年半後の1971年4月、新シリーズがスタートとします。
タイトルは『帰ってきたウルトラマン』

企画当初はタイトル通り初代のウルトラマンが帰ってくる予定だったのですが、
結局別人という設定になり、しかしタイトルはそのまま開始されました。
外観は細部に違いがありますが、よく似ています。顔はほぼ同じ。

視聴者からすると、番組スタート当初はそのあたりの設定はよくわからなかったのですが、
やがて雑誌等が先行する形で、二人は別人で、兄弟分的な関係であることが明かされます。
初代の最終回に登場したゾフィーにウルトラマン、ウルトラセブン、
そして新しいウルトラマンを加えて、“ウルトラ4兄弟”の設定の誕生。
実の兄弟ではないが、宇宙の平和を守る信念と信頼で結ばれた義兄弟的関係です。


ただこうなると二人のウルトラマン、同じ顔で同じ名前はややこしい。
この問題は後々まで尾を引くことになりますが、それは置いておき、いよいよ本題です。


★ウルトラマンAの命名トラブル
さて、『帰ってきたウルトラマン』は1年間の放送が終了。
新シリーズのスタートが雑誌等で公表されました。
ウルトラ兄弟の5番目、その名は『ウルトラA(ウルトラエース)』。
外見はセブンよりはウルトラマンに近いですが、明らかに区別できます。
このネーミングも特におかしくはないでしょう。

ところが、問題が発生しました。
世の中に「ウルトラエース」という商品が存在しており、
商標登録上の問題が出てきて、改名をせまられることになったのです。
しかし、「A(エース)」は公表されており、ここは変え難い。
放送開始はせまっており、急遽の苦肉の策として
『ウルトラマンA(ウルトラマンエース)』と変更されたのです。

当時の実感としては、そんな裏事情はわからず、
既に二人ウルトラマンがいてややこしいのに、更に面倒なことしなくてもいいのにと感じました。


しかし、このネーミングスタイルは翌年の『ウルトラマンタロウ」、
続く『ウルトラマンレオ』にも踏襲され、現代まで続くことになったのです。

結果として、「ウルトラマン」とつかないセブンだけが異質ということになってしまいました。
これが“マン”と付かない“ウルトラセブン”の経緯です。


私のような守旧派のファンからすると、
もちろん「ウルトラマン」の名がシリーズとして現在まで続いている嬉しいことなのですが、
やはり「ウルトラマン」といえば初代の『ウルトラマン』こそが唯一無二の存在であり、
「ウルトラマン」乱立はあまり歓迎しない面もあります。

また「ウルトラマンシリーズ」より、「ウルトラシリーズ」の呼び方の方が好きだったりします。


Old Fashioned Club 月野景史

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