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2019年8月 3日 (土)

【昭和プロレス】ハーリー・レイス死去/NWA世界ヘビー級王者として君臨

訃報 アメリカの元プロレスラー ハーリー・レイスが亡くなりました。76歳。


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ハーリー・レイス
(Harley Race、1943年4月11日 - 2019年8月1日)

かつてアメリカで、そして世界で最も権威があるとされたプロレス界のタイトル、
NWA(National Wrestling Alliance、全米レスリング同盟)が認定する世界ヘビー級王座に、
1970年後半から80年代初頭まで長く君臨し、その象徴であった大レスラー。

日本では全日本プロレスにおいてジャイアント馬場とNWA王座をめぐっての戦いを繰り広げ、
“ミスタープロレス”などと称されました。

もっとも、NWA世界チャンピオンが本当に権威があるとされたのはもっと昔、
鉄人ルー・テーズがチャンピオンだった時代です。

レイスの時代はその権威も薄れてきて、
またレイスは、汚い手を使ってなんとか王座を守る“ダーティチャンプ”などとも呼ばれました。

当時、日本では馬場の全日本プロレスとアントニオ猪木率いる新日本プロレスが凌ぎを削っていました。
新日本もNWAに加盟していたのですが、王座への挑戦はかなわず、全日本が独占していました。
馬場は短期間ながらレイスから日本で二度王座を奪取しています。
ただ、いずれもすぐに取り返され、王者として米マットが上がることはありませんでした。

そういう事情なので、全日本としては世界最高峰の王座に挑戦して奪取した
馬場全日本こそ日本最高の団体と宣伝するし、
新日本としては挑戦を受けないNWAにかつての権威はないという言い方をしていました。
(挑戦をまったく諦めたわけではないので、決定的に貶めはしませんでしだが)

ともかくレイスは王者として再三来日し、馬場やジャンボ鶴田、タイガー戸口ら日本陣営のみならず、
アブドーラ・ザ・ブッチャーやミル・マスカラスなどの人気外国人レスラーの挑戦も受けました。

馬場よりは5歳年下で、王者になる前はあまり戦ったことはないと思いますが、
王者となってからは“手の合う”関係だったと思います。
そして王座がレイスからリック・フレアーに移ると、馬場の挑戦はなくなりました。


NWA王者としては受身のレスリング中心だったレイスですが、
喧嘩が強く、なかなかの強面だったと思います。
むしろ王座から落ちてからの方がその片鱗がうかがえて、
私は好きだったりもします。


20世紀の大レスラーの一人に、
謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

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