« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

2019年3月27日 (水)

「スーパーカップ 大盛りいか焼そば」が生産終了/平成と共に生まれ、去る

エースコックの「スーパーカップ 大盛りいか焼そば」の販売が
3月末の生産分をもって終了するとのことてす。
https://mainichi.jp/articles/20190327/k00/00m/040/174000c


Ika_



私にとって思い入れの強い商品なので残念に感じています。
といっても今、他のカップ焼きそば、例えば「ペヤングソースやきそば」などと食べ比べて、
特に美味しい、絶対これだ! と思っているわけでもありません。

ニュースによるとエースコックは1981年から発売していた「いか焼きそば」を、
1988年に「大盛りいか焼そば」としてリニューアル発売のしたとのこと。

1988年・・・私はこの年から一人ぐらしを始めたので、
ボリュームがあって安いこの商品をよく買ったものでした。
つまりこの商品への思い入れは、このような自分の思い出によるものです。
翌年には昭和が終わり、平成が始まるというような時期でした。
そういう意味ではほぼ平成と共に生まれ、また平成と共に消えるということになります

「大盛り」と名乗るように量は多い。
発売当時ではおそらく断然のボリュームだったのではないかと思います。
普通のカップラーメンの分野でも、スーパーカップシリーズのボリュームは魅力的でした。

今はペヤングも超大盛、
日清焼そばU.F.O.も大盛、
他にも量の多いカップ焼きそばはあります。

「大盛りいか焼そば」は最近も復刻版を出すなど、
まだまだ人気商品だと思っていたのですが、
シビアな見方をすれば、色々仕掛けてはみたけれども、
ライバルとの競争に負けたということなのでしょう。

平成の終わりに、ちょっと残念な、でも仕方ないかな・・・
といった感想を抱いたニュースでした。

Old Fashioned Club  月野景史

以下、毎日新聞のサイトより引用
https://mainichi.jp/articles/20190327/k00/00m/040/174000c
☆☆☆
2019年3月27日 14時59分(最終更新 3月27日 15時23分)
エースコック(大阪府吹田市)は1988年から発売してきたカップ焼きそば「スーパーカップ 大盛りいか焼そば」(税抜き200円)の販売を、3月末の生産分で終了すると発表した。同社は毎日新聞の取材に対し、「人件費や物流費、原材料費の高騰など昨今の市場環境の変化を受け、誠に勝手ながら販売を終了することになりました。長期間にわたり、ご愛顧いただきまして誠にありがとうございました」とコメントした。

エースコックは81年2月、カップ焼そばで初めて具材に「いか」を採用した商品を発売。88年2月に「カップ麺でおなかいっぱいになりたい」という若年層のニーズに応えるため増量した「大盛りいか焼そば」にリニューアルした。その後、大盛りのカップ麺「スーパーカップ」シリーズの一つに加えた。90年代にSMAPを起用したCMも話題となり、ロングセラー商品となった。

エースコックは一昨年、新ブランドのカップ焼きそば「モッチッチ」を発売。今月11日にはスーパーカップシリーズの焼きそば新商品「太麺濃い旨スパイシー焼そば」を発売しており、両商品は今後も販売を継続する。【大村健一/統合デジタル取材センター】
★★★

 

2019年3月26日 (火)

【科捜研の女】の基礎知識/20年の歴史をシーズンごとに辿る

【テレビ朝日の長寿警察ドラマ『科捜研の女』。
1999年10月のスタートですから丸20年を超え、
今年2019年は4月からシーズン19が、1年4クール連続での放送と発表されています。

通年での放送とは、このドラマとしても初めてですが、
近年の民放の連続ドラマとしても、極めてまれなことです。

それだけ安定した人気を誇るドラマなわけですが、
一方で地味な印象があり、大きな話題になることは少なかったと思います。

例えば同じテレビ朝日・東映制作の『相棒』と比べれば一目瞭然。
今まで映画化もスピンオフ作品制作もなく、DVD発売もシーズン7だけで他はなく、
20年の間にはまったく放送のなかった年も2回ありました。
長時間スペシャルも近年はたいぶ増えましたが、以前は多くありませんでした。
このようにあまり注目を集めることもなく、地味に淡々と続いてきて、
気がつけば大変な長寿ドラマになっていという印象です。

しかしそんなこのドラマも今年は1年間放送、
そして初の専門書となる『科捜研の女 コンプリートBOOK』も発売されます。

今回は『科捜研の女』20年の歴史を振り返える超入門・特別編です。
この本とも対照しつつ、少し時間をかけて構築していきます。


01-1999 
記念すべき『科捜研の女』ファーストシーズンのポスター


木曜ミステリーで1999年10月スタート
『科捜研の女』はテレビ朝日木曜20時の「木曜ミステリー」枠での放送。
この時間帯では元々東映京都撮影所制作の時代劇ドラマを放送していましたが、
時代劇の退潮に伴い、同撮影所で現代物の犯罪捜査系サスペンスドラマを作ることになりました。
そうしてできたのが木曜ミステリー(木ミス)なのです。

1999年1月スタートの木ミス第一作がこれも長寿作となる橋爪功さん主演の『京都迷宮案内』。
以降、1クール3ヶ月ずつ新作を放送、10月スタートの第4作が『科捜研の女』だったのです。
しかし視聴率は9.3%と不調。
今でもこの数字で続編が作られるとは考え難いし、
当時は今よりテレビ番組全般に視聴率が高かったので、尚更続編など考えられません。

ただ、『科捜研』と『迷宮案内』以外の2本はそれより悪く9%に届きませんでした。
そもそもこの枠は、伝統ある東映京都撮影所を存続させる為に作られたようなものなので、
まだ数字のましだった2本を継続することになったのだと思います。
しかし、数字が悪いのに続けようというのだから、内容はテコ入れせねばなりません。
視聴率的には失敗したシーズン1とは、そもそもどんな内容だったのか?


シーズン1(1999年)
第1作の主演は今と変わらず榊マリコ(沢口靖子)。
立場もまったく同じ京都府警本部科学捜査研究所の法医学担当研究員でした。
科捜研のレギュラーキャストもマリコを含め男3人、女2人で、今とまったく同じ構成。
その中には現在まで長く日野所長役を務めている斉藤暁さんが演じた榎戸という別人の研究員も含まれていました。
初代所長役は佐土井けん太さん。

ただし、今の科捜研には5人以外の人員はいないと思われますが、
最初はレギュラーの5人以外の名もない、いわゆるモブキャラの研究員たちが多数存在していました。
現実の科捜研は5人などということはなく、もっと多いようなので、当時の方が実情に即していたようです。
この状況はシーズン7頃まで続きました。

一方、現在は準主役格の土門薫刑事(内藤剛志)のいる刑事部捜査一課には
木場警部役の小林稔侍さん、部下の伊藤裕子さんらがいる体制でした。
そして刑事部長でマリコの元夫というポジションで、渡辺いっけいさんが出演していました。

主役の榊マリコはマイペースな変人であることは今も変わりませんが、
当時はもっとエキセントリックで、周囲を引っ張り回すキャラだったと思います。 


シーズン2(2000年)
シーズン1の低視聴率を受け、2000年の第2期は大幅なリニューアルが行なわれました
マリコ以外の科捜研メンバー4人は全員退場。
斉藤暁さんも降板してしまいます。

一方、刑事役の小林稔侍さんと伊藤裕子さんは留任。
小林さんは1の最後で退職したのですが、復職の設定での残留でした。

そしてこのシーズンから内藤剛志さんがレギュラーに加わります。
役柄は土門刑事ではなく、プロファイラーの武藤要としてで、科捜研のメンバーでした。

このシーズンは唯一所長が不在で、マリコが主任として所長代行を務めました。
マリコのキャラは更にエキセントリックになり、バディポジションの伊藤裕子さんがだいぶ被害を受けました。
科捜研のメンバーは4人で、プロファイラーや解剖医がメンバーに連なる異色の顔ぶれ。

この思い切ったテコ入れにも関わらず視聴率はわずか0.1ポイントながら更に落として9.2%。
第2期もこの数字ではさすがに終了だろうと思うのですが、
またまた大幅なリニューアルをして続くことになります。


シーズン3(2001年)
再びマリコ以外の科捜研スタッフは全員入れ替え。
ただし、内藤さんの武藤要は退職して作家に転身した設定で残留。
毎回マリコが熱帯植物園のような武藤の自宅を訪ね、事件解決のヒントをもらうシーンのみの登場となりました。
また、マリコの主任設定はなくなり、新所長で山崎一さんが登場しました。

科捜研メンバーは5人に戻りましたが、1人は事務職なので、研究員としては4人。
刑事部の方は小林さんは残留しますが、伊藤裕子さんは降板で男性刑事が登場。

このシーズンは夏の間に撮影した8本を11月-12月に放送したようで、
12月に夏休みの学校の怪談話が放送されるという、
刑事物・警察物の連続ドラマとしては珍しい、なげやりとも取れるやり方でしたが、
視聴率は12.3%と、前2期から約3ポイント急進します。

それも徐々に上げたのではなく、初回から12.2%と高い。
それまでの2期で11%台すら一度もなかったので、この急進はちょっと謎です。


シーズン4(2002年)
数字が伸びたのだから当然ですが、続編がほぼ同じメンバーで作られます。(一部入替あり)
内藤剛志さんも同様のポジですが、直木賞を受賞して人気作家になった設定で、その遊興先をマリコが訪ねるのが定番になりました。

しかし、今度はまた10.2%と急落。
1期・2期よりは良く、なんとか二桁は確保しましたが、当時のドラマとしては残念な数字です。
こうなると、なぜ3期だけ数字がよかったのか、よけい不思議です。

このシーズンの最終回で木場警部が殉職。
番組もしばらく休眠期間に入ります。

※このブログは書きかけです

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月22日 (金)

【相棒】杉下右京と冠城亘 四代目バディ4期目終了/安定感あるがコンビの妙味には欠けるか

『相棒season17』も3月20日の放送で無事(?)終了。
四代目相棒の冠城亘(反町隆史)にとっては4シーズン目を終えたことになります。

初代相棒の亀山薫(寺脇康文)は6シーズン半務めましたが、
二代目の神戸尊(及川光博)、三代目の甲斐享(成宮寛貴)が実質的に丸3シーズンだったので、
冠城期はそれを上回り、亀山期にせまる安定時代となっています。

1710003


この四代目コンビ。
過去の相棒たちと比べても冠城はなかなか優秀、
杉下右京(水谷豊)とも対等に近い関係で、安心して観てられます。

元々反町隆史さんが過去の相棒役俳優と比べ、
初登場時点での俳優としての実績も年齢も上で、
また冠城の設定も法務省のエリート官僚なので、優秀なのも当然ともいえます。

ただ、初登場時の冠城は法務省からの出向の立場で警察官ではなく、
しかも“押しかけ相棒”のような形だったので結構無理のあるコンビだったし、
冠城が正式に警察官になった後も、2シーズン目くらいまでは色々軋轢もありました。

しかしやがてそれも払拭され、
シーズンを重ねるごとにこのバディは安定感を増しています。
最近は二人が別行動でそれぞれ動き、
結果としてうまく事件を解決する展開が目につくように思えます。


ただその分、コンビとしての“妙”に欠ける面はあるようにも感じます。

例えば、初代バディである杉下右京(水谷豊)は亀山薫は対称的な二人の組み合わせ。
王道ともいえる凸凹コンビ(身長もですが、キャラクターとしても)でした。

二代目の神戸尊とは一見似たようなエリートタイプですが、
天才型と秀才タイプの対照により、絶妙なコンビとなりました。

三代目の甲斐享(カイト)とは危うさを持つ若い相棒と大人の右京との組み合わせ。
ストーリー上はカイトの危うさを右京が制御できず、悲劇的な結末を招いてしまいました。


対して四代目の現状は二人とも優秀で安定感あり。
ただそれゆえにコンビとしての面白味についてはやや物足りない。

そうなるとストーリー作成上も二人で動かすより、
別行動させた方がストーリーを展開させやすい・・・ということで、
そういう話が増えているではないのかと思います。

別に二人の掛け合いがまったく面白くないとはいいません。
お互いに有能で達観した者同士の余裕あるやりとりだと思います。

しかし過去のコンビに比べると面白味に欠けるのは否めないかと思います。
とはいえ、右京と亀山の関係にしても、年を重ねるごとに亀山は落ち着きを増し、
また右京はやや角が取れ、変化していった面もありました。

現コンビも少しずつ変化を続け、今の安定に至っているともいえます。

最終回のラスで二人は、花の里に代わる新たなサロンを見つけることで意見が一致しました。
バディとしての円熟ぶりを感じさせるシーンでした。
四代目コンビはまだまだ続きそうです。

とはいえ、そういう予想を裏切るのも『相棒』。
何が起こるかは分かりませんが。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月20日 (水)

【プロレス】3/27発売の『Gスピリッツvol.51』でジョニー・パワーズのインタビュー掲載

3月27日に発売される『Gスピリッツvol.51』の第1特集は
「初期の新日本プロレス 1972-1975」で
アントニオ猪木とジョニー・パワーズのインタビューが掲載されるようです。


Gs-jp


アントニオ猪木は時々『Gスピリッツ』に登場しますが、
注目すべきはジョニー・パワーズです。
日本のプロレスマスコミにインタビューが掲載されるのは
おそらく1990年に猪木の30周年記念イベントで来日して以来かと思います。


ジョニー・パワーズ
(1943年3月20日~)

カナダ出身でアメリカ及びカナダ活躍したプロレスラー・プロモーター。
とにかく色々な意味で伝説的な人です。

特に初期新日本プロレスと猪木との関わりは深い。
猪木のライバル・宿敵として数々の熱闘を繰り広げた栄光から、
散々に戦績を落としたレスラーとしての晩年、
その後もメディアで人格やレスリングセンスを酷評されるなど、
波乱に満ちた足跡を残しました。
それは本国である米国マットでも同じ。

私は全盛期のファイトを詳しく知っているわけではないのですが、
なぜか思い入れがあり、気になるレスラーです。
このブログでもパワーズについて書こうと思っていたのですが、
何から手をつけていいか迷うほど語りどころが多い。

今回はインタビューはテーマが決まっているので、
その興味深いキャリアの全貌を掘り下げるわけにもいかないでしょうが、
初期の新日本プロレスと、猪木や坂口征二とパワーズの関係、
そして彼が運営していたプロレス団体NWFと新日本プロレスの関わりについて
どのように語るのか、大変興味深い。
記事を読んで後、改めてパワーズについて取り上げます。


Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月15日 (金)

【相棒17】月本幸子(鈴木杏樹)退場で花の里はどうなる?

『相棒season17』前回(3/6)と今回(3/13)は前後編で、花の里ニ代目女将・月本幸子(鈴木杏樹)回。
予告では番組からの卒業も匂わせていましたが、まさかと思っていました。
が、本当に退場・降板となってしまいました。

幸子については以前にこのブログに書いたこともありました。
この1週間でアクセスがだいぶ伸びました。

1701901

しかしこの退場はちょっと意外でした。
花の里は『相棒』にとっては番組開始以来の長年の重要コンテンツだし、
幸子が女将で特に問題があるとも思えない。
幸子がやめて、誰かが三代目の女将になるというのもちょっと無理があるように思えます。

鈴木杏樹さんはこの3月で週一回出演していた朝の情報番組『ZIP』も降板するので、
杏樹さん側の事情か?
そんな事情があるような報道も見当たりません。

ともかく、前後編の立派な退場回が作られたわけではありますが、
私はちょっと違和感を覚えました。
元々幸子がいなくても成立する話に、
幸子を無理やり絡めたようにも思えるのです。
このあたりの事情はまったくわからないけど。

そしてシーズン17は次回で最終回。
そこで後任の女将が決まる可能性は低いでしょう。

おそらく今年の秋にスタートするシーズン18以降で、
後任により(女将とは限りませんが)花の里が存続するのか、
あるいは花の里という場そのものが退場となり、
それに替わるような“サロン”が登場するのか?
あるいは特に何もないのか?
しばらく答えは出ないかと思います。

追記:3月20日放送された最終回のラストでは、
杉下右京と冠城亘が花の里に替わる新たなサロンとなる場を見つけるということで、
合意したような会話をしていました。
次のシーズンで新しく二人の行き付けとなる飲食店が登場するのでしょうか。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月12日 (火)

【芸能】灘康次とモダンカンカンのリーダー灘康次死去/ボーイズ芸の大御所

訃報 ボーイズグループ「灘康次とモダンカンカン」のリーダー灘康次さんが死去しました。89歳


Photo
灘康次(なだ こうじ) ※写真中央 1929年3月7日-2019年3月5日
この写真は1980年代頃のメンバー
右から2人目の方はおそらく90年頃に抜け、残ったメンバーはその後も長く活動しましたが
現在存命なのは左から2人目の川田恋さんだけです


モダンカンカンはいわゆるコミックバンドで、
その意味では初期のザ・ドリフターズなどとも同じですが、
あきれたぼういずを始祖とし、そのメンバーであった川田晴久(旧名 川田義雄)の直弟子であり、
ボーイズ芸という系譜の後継者になります。

そして早世した師匠・川田晴久の

♪地球の上に朝が来る
   その裏側は夜だろう

などいわゆる“川田節”の継承者として長く活躍しました。
ボーイズバラエティ協会会長、後に名誉会長となり、亡くなるまでその座にありました。
ボーイズ芸の象徴的な存在だったといえるでしょう。

グループとしてのモダンカンカンは1958年結成。
灘さん以外のメンバーは入れ替わりつつ
灘さんが体調不良でセミリタイヤする2010年代初頭まで50年以上活動していました。
メンバーや周囲からは“親方”と呼ばれていたようです。



1995年のテレビ出演時
結成から40近く経ており、既に大御所の頃ですが、ネットに残る映像としては古い方・・・というか、
だいたいこの時期、1990年代半ばのものが何本か残っています。

私が子どもの頃に演芸番組で観た記憶があるのは1970年代末から80年代初頭くらいなので、
上の映像よりだいぶ前なのですが、子ども心に古いタイプのレトロな芸能だと感じていました。
子どもの頃はネタの部分をいいけれど、音楽の部分は楽しく感じませんでしたが、
今聴くと歌や演奏に味があっていいです。
年をとったということなのでしょう。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月10日 (日)

【プロレス】ザ・デストロイヤー死去/力道山、馬場、猪木と因縁深い日本で最も有名な外国人覆面レスラー

訃報 プロレスラーのザ・デストロイヤーが亡くなりました。88歳。


The_destroyer_2

ザ・デストロイヤー
(The Destroyer、1930年7月11日 - 2019年3月7日)

本名リチャード・ジョン・ベイヤー(Richard John Beyer)通称ディック・ベイヤー(Dick Beyer)
ニューヨーク州バッファロー出身のドイツ系アメリカ人。

白覆面の魔王と呼ばれました。
日本でも大変知名度の高い外国人レスラー。
特に覆面レスラーの中では一番有名な人でしょう。


初来日は1963年の日本プロレス
覆面の悪役レスラーとして、最晩年の力道山との死闘はテレビ視聴率64%を記録。
これは現在まで残る日本のテレビ史上、歴代4位の数字です。

力道山亡き後、日本プロレスがジャイアント馬場のエース時代になると、
今度は馬場の強敵として立ちふさがります。
トップレスラーとしては身長は低い方でしょうし、
それほど体格がごついわけでもないですが、
それを感じさせない存在感で、あの長身の馬場と互角に戦い、ライバルの一人となりました。


長期滞在でお茶の間の人気者に
そして1972年にその馬場が全日本プロレスを設立すると、
今度は全日本に入団して日本陣営で馬場のパートナーとなり、
初期の全日本を支えました。
覆面10番勝負、ミル・マスカラスやアブドーラ・ザ・ブッチャーとの戦いが印象的。
日本滞在は1973年3月から1979年6月まで6年以上に及びました。

この時期には試合だけではなく、
日本テレビのバラエティ番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』にも出演、
コミカルな活躍ぶりでタレントとしても人気を博しました。
まぁこの点は堅いプロレスファンからは批判も受けましたが。

アメリカに帰国後も全日本には脇役として度々来日しました。
近年も力道山と馬場絡みで日本のマスコミへの登場機会も多かったです。


アントニオ猪木とも
このように力道山、馬場との関係が深いデストロイヤーですが、
日本マットのもう一人のレジェンド、アントニオ猪木とも因縁があります。

日本の試合で思い浮かぶのは1971年ワールドリーグ戦での
優勝戦進出者決定戦での引き分けくらいですが、
実はそれ以前、1964年から65年にかけての猪木の米国修行時代に、
ロサンゼルス、ワシントン、テキサスと猪木の行く先々に現れ、
数多くの試合を行なった記録が残っています。

考えてみれば体格的にも、また覆面のヒールとはいえ、
そのファイトスタイルはアマチュアレスリングをベースとした俊敏な技巧派であり、
猪木と最も手があったのかも知れません。


必殺 足4の字固め
そして必殺技の足4の字固めは彼の代名詞として定着しました。
それどころか、この技自体が、絞め技・関節技系のプロレス技の代名詞になったのです。

実はこの技の最も代表的な使い手は20世紀米マットのレジェンドたるバディ・ロジャースなのですが、
一度も来日がなかったので、日本ではデストロイヤーの必殺技として定着した面もあります。


ともかく日本と、日本人レスラーと縁の深い昭和プロレスの名レスラー。
謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

2019年3月 4日 (月)

[テレビ】『ZIP!』の人気コーナー 「MOCO'Sキッチン」が終了

日本テレビ朝の情報番組『ZIP!』の名物コーナーである
「MOCO'Sキッチン」が3月末で終了するとのこと。

2011年4月の番組スタート以来の人気コーナー。
イケメン俳優の速水もこみちさんが視聴者のリクエストに応じて
手際よく料理をするのが基本的なスタイル。
料理の上手さ、レパートリーの広さ、ちょっとおしゃれな出来上がり
そして大胆なオリーブオイル使いなどが話題を呼びました。

私もこの人、なんでこんなに料理が上手いのかと感心して観ていました。

番組自体は短時間で手軽、手早くという印象ですが、
食材や調味料、香辛料などは凝ったものが多く、結構贅沢な場合もあり、
冷蔵庫の余り物で簡単に・・・といった感じではなかったです。


近年は縮小傾向
ただ、近年は圧縮傾向にあったと思います。
以前はもこみちさん自身が視聴者のリクエストを読み上げていたのを、
簡単なナレーションに差替え、
出来上がった料理をもこみちさん自身が試食するシーンもカットされました。
これらから、人気に陰りが見えているのかなとは感じていました。

更に昨年秋には「もてなしMOCO」という
ゲストに食事を作って振舞うというスタイルに変更され、
年末はミニドラマの放送でしばらく休止になったりもしました。


元のスタイルに戻り終焉か
終了公表後の3月4日からは「MOCO'sキッチン おまかせレシピ」として、
リクエストに応えるスタイルではないものの、
ほぼ元のスタイルに戻り放送されています。

最後の最後では何かスペシャルなことをやるかも知れませんが、
とりあえず原点に帰ってラスト一ヶ月を過ごすということでしょう。


Old Fashioned Club  月野景史

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ