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2018年12月 7日 (金)

【昭和プロレス】ダイナマイト・キッド死去/39年前、国際プロレスへの初来日の鮮烈

39年前の1979年(昭和54年)7月。
国際プロレスのビッグサマーシリーズ終盤戦。
20世紀・・・いや、プロレス史上屈指の巨漢の二大レスラー
アンドレ・ザ・ジャイアントとヘイスタック・カルホーンが同時に特別参加を果たした。

時を同じくして、無名の、若くて小さくて細くて、
しかしとびきり俊敏でカミソリのように切れがよく、
パワフルでアグレッシブなファイターがやってきた。
その若者、当時まだ弱冠二十歳。


Photo
ダイナマイト・キッド
(The Dynamite Kid、本名:Thomas Billington、
1958年12月5日 - 2018年12月5日 60歳の誕生日に逝く


初来日は国際プロレスが売り出し中であった
阿修羅・原のWWU世界ジュニアヘビー級王座への挑戦者として。
自身も英連邦ジュニアヘビー級王座(当時の報道)を保持していた。

イギリス出身の若手と聞いていたので、
前王者のミレ・ツルノと同様に欧州を主戦場とするレスラーかと思っていたら、
既に国際プロレスと繋がりのあるカナダのカルガリー地区に転戦しており、
そのルートでの初来日でした。

僅か6戦のみの特別参加ではあったが、
ラガーマンから転進して日も浅くアスリートの面影が強かった原や、
技巧派で中堅からベテランに差し掛かっていた寺西勇と激闘は鮮烈で、
将来も必ず活躍するだろうと思った。

実際、翌年から日本での闘いの場は新日本プロレスに移し、
藤波辰巳、そして1981年からは初代タイガーマスク(佐山サトル)と
WWFジュニアヘビー級王座を争って激闘を繰り広げた。

素晴らしい活躍・・・だが、ここまでは予想できた。
むしろ予想に違わぬ活躍と言っていいかも知れない。


しかし、とにかく細くて小さい。
その印象は初来日から3年ほど経ってもほとんど変わらなかった。
藤波だと体格的にやや見劣りする、
タイガーマスクこそ最も適したライバル!
そんなふうに感じていた。

だから、まさか大型レスラーがひしめくWWFで
キッドがヘビー級レスラーとしてトップを取ろうとは、
想像できなかった。

英国からカナダを経て、世界一の大都市ニューヨークで掴んだ
まさにアメリカンドリームだった。

しかし、薬物にも頼って身体を大きくし過ぎたのは無理があったのか。
やがて心身の調子を崩していった。
元々かなり破天荒な性格だったとも聞くが。


後年は全日本プロレスに日本での闘いの場を移しており、
1991年、33歳の若さで引退。
その後復帰をするのは体力の衰え・・・というよりも不調は隠しようもなかった。

近年もプロレス誌『Gスピリッツ』等で様子は伝えられていたが、
痛々しい限りではあった。


そして今回の訃報。
どうしても痛切な思いに駆られてしまうが、
若き日のマット上での輝きは永遠。
その雄姿を偲び、謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

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