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2018年5月17日 (木)

【訃報】西城秀樹死去/最後まで貫いた 熱くワイルドなスーパーアイドル像

訃報 歌手の西城秀樹さんが5月16日に亡くなりました。63歳
1970年代を代表する男性スーパーアイドルでした。



01
西城秀樹
(さいじょう ひでき、1955年4月13日 - 2018年5月16日)

1972年3月25日 シングルレコード『恋する季節』で歌手デビュー
キャッチコピーは「ワイルドな17歳」。


新御三家 圧倒的な存在
1970年代は“アイドル歌手”という文化が花開いた時代でした。
その中でも、こと男性アイドルについては野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹の“新御三家”が圧倒的な存在でした。
3人とも1970年代初頭にデビューし、その70年代が終わるまでトップの座を走り続けたのです。

002
新御三家

「新」があるということは「元祖」の御三家があります。
橋幸夫さん、舟木一夫さん、西郷輝彦さん。
1960年代半ばの歌謡界で人気を誇った3人です。
しかし、とかく移ろいやすい流行歌の分野で、
全盛期の長さでは新御三家が完全に上回りました。
ただ、旧御三家のお三方は健在。西城さんが先に逝ってしまいました。

新御三家の3人は学年でいうと1955年度(昭和30年)生まれの同期生。
(野口五郎さんは1956年の早生まれ)
デビューの順番では野口さんが一番早く1971年5月。
次が西城さんで1972年5月、郷さんが同年8月。

ただ、デビュー曲が大ヒットした郷さんに対し、
西城さんは最初は少し伸び悩みますが(あくまで郷さんに比べればですが)、
翌1973年5月発売の『情熱の嵐』がオリコン・ヒットチャートで初のベスト10入り(最高6位)を果たし、
大ヒットする頃には完全にトップスターの座をつかみ取りました。




『情熱の嵐』
数々のヒット曲、名曲を送り出した西城さんですが、マイベストはこれです。
最高6位と聞くとちょっと微妙に思うかも知れませんが、当時小学校低学年だった私の印象だと、
それこそ周りの子ども達すべてが口ずさんでいたと言えるほどの程の大ヒットでした。


激しくワイルドなアイドル
当時はまだ男性アイドルという概念がさほど根付いてなかったかも知れませんが、
その典型的なスタイルは郷ひろみさん、そして彼の先輩にあたるフォーリーブスのような
やや中世的な可愛らしさを持つ美少年であったと思います。

しかし、西城さんは明らかに違いました。
180cmを超える長身、男らしくワイルドでむしろ年齢よりも上に見えるルックス。
アクティブなステージもフォーリーブスのような綺麗な振り付け・ダンスというより、
それこそ嵐のように激しくダイナミック、まさにアクションでした。

元々、小学生の頃から故郷広島でお兄さんとロックバンドを組み、
ドラムを叩いていたという凄いキャリアを持つロックミュージシャンだったのです。
熱く激しいステージもロック少年だったと聞けば納得できます。

歌唱力は抜群で、当時の音源で聴いても大変上手なのですが、
その常識破りのダイナミックな歌唱、激しいステージスタイルはかなり異質に受け取られたか、
73年の時点で『情熱の嵐』に続く『ちぎれた愛』が新御三家初のオリコン1位を獲るなどの
大ヒットを連発しながら、紅白歌合戦出場は74年まで見送られました。
(野口さんは72年、郷さん73年より出場)




1974年 紅白初出場での『傷だらけのローラ』


70年代男性アイドル
秀樹さん達の後、当然多くの男性アイドル達がデビューしました。
一時的に人気を得ることはあっても多くは短命に終わり、
新御三家の牙城を崩すことはできませんでした。

他の1970年代の男性アイドルというと、
グループでは60年代末デビューで安定した人気のあったフォーリーブスが今に続くアイドルの典型という意を含めてと、
新御三家に少し遅れて爆発的な人気を呼んだフィンガー5が挙げられます。

ですので、新御三家にこの2組を加えたのが70年代男性アイドルトップ5だと思いますが、
この2組やその他のアイドルと比較しても、とにかく新御三家の人気・実績が抜けすぎていました。


その中でも西城さんは70年代を通じて失速せずにコンスタントにヒットを出し続け、
最後の年となる1979年には『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』がオリコン5週連続1位の大ヒット。
この歌はアメリカのヴィレッジ・ピープルのヒット曲のカバーで、
西城さん自身が見つけたきたという原曲は結構いわく付きなのですが、
日本では明るく健康的なイメージで、激動の70年代掉尾を飾る国民的ヒット歌謡となりました。
私は高校の運動会で1年生全員でこの歌で踊った記憶があります。




『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』
西城さんもこの大ヒットをもって、70年代をトップのままの走り抜けました。


では新御三家の中でトップは誰か?
難しいですが、70年代に限定すれば、やはり『ヤングマン』の存在が大きく、西城さんだと思います。


1980年代になるとたのきんトリオの田原俊彦さんと近藤真彦さん、更にシブがき隊らが台頭し、
さすがにアイドルとしてはトップの座を明け渡しますが、
大人の歌手として『ギャランドゥ』などのヒット曲を出し続けました。

ニュースで伝えられているように後年は2度の脳梗塞との闘病がありましたが、
最後まで歌手、アイドル、スーパースター西城秀樹であり続けた人だと思います。
謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

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