« 【美術展】『拝啓 ルノワール先生 ―梅原龍三郎に息づく師の教え』三菱一号館美術館/国と年齢を越えた師弟関係 | トップページ | 【推奨ワイン】ケンダル・ジャクソン・シャルドネ/オバマ大統領も好むワイン »

2016年11月24日 (木)

【恐竜】“雷竜”ブロントサウルスはなぜ消えた?/20世紀の人気恐竜をめぐる様々な奇譚

子どもの頃、恐竜図鑑を夢中になって読みました。
今でも博物館での恐竜展は長蛇の列が出来るほど、恐竜は老若男女に人気があります。

その中でも人気・知名度トップ3を挙げるなら、昔ならば、
肉食恐竜の王、ティラノサウルス
背中に並ぶ“剣”(というより板か?)が特徴的なステゴサウルス
そして大型の “雷竜” ブロントサウルスでしょう。

01_2

ブロントサウルス (Brontosaurus) は象のようにどっしりしたボディと脚、
そして長い首を特徴とする竜盤目 竜脚形亜目 竜脚下目科、
通称“雷竜”(カミナリリュウ ライリュウ)を代表とする恐竜として知られていました。

そもそもブロントサウルスとは「雷の恐竜(トカゲ)」の意で、種目を象徴する恐竜だったのです。
同じ竜脚下目の仲間ではブラキオサウルス、ディプロドクスといったところが有名だったかと思います。
そういえば、昔は「サウルス」ではなく「ザウルス」、ブロントザウルスと表記されていました。
以前は竜脚下目は半水中生活を送っていたと考えられ、
上のような古いイラストでは沼地・湖を背景に、半身を水に浸して描かれる事が多かったです。
現在では半水中生活は否定されています。


消えたブロントサウルス
さて、今の恐竜図鑑には何故かブロントサウルスの名はありません。
ネットで「ブロントサウルス」と検索すると、Wikipediaの「アパトサウルス」の項目がトップにきます。
これはどういうことなのか?

実はこの問題、少し細かく知ろうとすると、結構ややこしいのです。
まず大雑把に事情を説明してから、その後でそのややこしい、奇譚ともいえる事を記します。


ブロントザウルスが消えた理由 超概略

19世紀は恐竜新発見の時代でした。
ブロントサウルスの骨の化石は19世紀末にアメリカで発見され、
この名が付けられて、前述のように大変有名な恐竜になりました。

ところが、後の研究によりブロントサウルスは先に発見されていた「アパトサウルス」と
同一種である事が判明したのです。
この場合、先に発表された名称が優先されます。

こうして、ブロントサウルスの名は消滅し、アパトサウルスが残ることになりました。
元々アパトサウルスの名はあまり知られていなかったこともあり、
子どもの頃から慣れ親しんだ恐竜が消えたみたいで残念にも感じますが、
この事情を聞けば仕方ないとも思います。

時系列というと、アパトの発表が1877年、ブロントの発表が1879年との記事がありますが、
ネット上では同一年との記載もあり、はっきりしません。

さて、概要としてはここまで書いた通りなのですが、この件にはいくつかややこしい付帯事情があります。
それらを記します。


02_1200x611_2
このイラストも古いものだと思いますが、やはり水辺で描かれています。
半水中生活は否定されても、飲み水は必要だから水辺にもいたでしょうが。


アパトとブロント 同じ人間が発見
前述の事情を聞けば、アパトサウルスとブロントサウルスの発見者は別の人物だと思うでしょう。普通は。
実は同一人物なのです。アメリカの古生物学者オスニエル・チャールズ・マーシュ。
しかも、前述のように極めて近い時期の発見・発表だったようです。

つまり同じ人物が、かなり近い時期に同じ恐竜の化石を発見し、
別の恐竜と勘違いして発表してしまったというのです。
研究環境も充分整っていなかった時代の事とはいえ、随分拙速に感じます。

この背景には、当時の恐竜発見競争の激化があるようです。
特にマーシュと、同じアメリカの古生物学者エドワード・ドリンカー・コープとの間で
行われた競争は化石戦争(Bone Wars)とまで呼ばれていました。
競争が激化すれば、功をあせってミスが生じる。解り易い話ではあります。


同一との判明は19世紀初頭
ブロントサウルスの名称は1970年代~80年代くらいは流布していたのだから、
アパトサウルスと同一だと判明したのはそれ以降、比較的最近である・・・と思いますよね。普通は。

ところが、実は1903年にシカゴのフィールド自然史博物館長エルマー・S・リグスが再検証により、
先に発見されていたアパトサウルスが、ブロントサウルスの若い個体であると発表していたのです。
この段階で、学名は Apatosaurus (アパトサウルス)に統一されました。
しかし、この事実はあまり知られず、ほぼ20世紀を通じてブロントサウルスの名が有名になってしまったのです。


頭部は別の恐竜
まだややこしい話があります。
そもそもブロントサウルスとして発見された恐竜の化石骨格は、
アパトサウルスの胴体にカマラサウルスの頭骨が載る等、
複数種の化石の混同によって復元されていた事が判明しています。
この判明がいつ頃なのか、よくわかりません。
この件はいずれ追記したいと思います。


2015年に流れたニュース
ブロントサウルスはいた!?

ところが昨年、2015年4月に、再検証の結果、アパトとブロントはやはり別種だっとする説が公表されました。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1504/08/news093.html

まったく、恐竜研究は一筋縄ではいきません。

Old Fashioned Club  月野景史

« 【美術展】『拝啓 ルノワール先生 ―梅原龍三郎に息づく師の教え』三菱一号館美術館/国と年齢を越えた師弟関係 | トップページ | 【推奨ワイン】ケンダル・ジャクソン・シャルドネ/オバマ大統領も好むワイン »

62.情報 雑学」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/562700/64538094

この記事へのトラックバック一覧です: 【恐竜】“雷竜”ブロントサウルスはなぜ消えた?/20世紀の人気恐竜をめぐる様々な奇譚:

« 【美術展】『拝啓 ルノワール先生 ―梅原龍三郎に息づく師の教え』三菱一号館美術館/国と年齢を越えた師弟関係 | トップページ | 【推奨ワイン】ケンダル・ジャクソン・シャルドネ/オバマ大統領も好むワイン »

フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ