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2016年1月22日 (金)

【訃報】中村梅之助死去/『金さん』『伝七』『花神』 1970年代TV時代劇の主演スター

俳優の四代目中村梅之助さんが亡くなりました。85歳
http://www.oricon.co.jp/news/2065610/full/ 
長く劇団前進座の代表を務めた梅之助さんは、1970年代のテレビ時代劇の大スターでもありました。
このブログでは、テレビ時代劇の話を中心に記します。


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四代目 中村梅之助
(なかむら うめのすけ、1930年2月18日 - 2016年1月18日) 本名は三井 鐵男(みつい てつお)

歌舞伎劇団前進座を創設した三代目中村翫右衛門氏の息子。
俳優の二代目中村梅雀さんは長男(元前進座所属 現在は退座)。
1938年に初舞台を踏み、子役として活動。
1945年、前進座に入座。幹事長を経て、代表となる。


映画からテレビ時代劇の時代へ
昭和30年代まで、日本は映画の全盛期。時代劇映画も大量に作られていました。
それが30年代も後半になると退潮に向かい、特に時代劇映画は事実上、終焉を迎えます。

では、時代劇の需要はなくなったのかというと、そうでもなく、
昭和40年代にはテレビドラマとして多くの作品が作られるようになったのです。

40年代のテレビ時代劇を牽引した主演スターといえば、
例えば、三船敏郎さん、大川橋蔵さん、萬屋錦之助さん、近衛十四郎さん、里見浩太朗さんのように、
元々時代劇映画のスターだった人もいます。
高橋英樹さんのように、若手映画スターではあったけど、時代劇の経験は乏しかった人もいます。

そして、それまでは無名に近く、テレビ時代劇で抜擢されてスターになった人達もいます。
例えば、足跡はそれぞれですが、杉良太郎さん、栗塚旭さん、高橋幸治さん、山口崇さんなど。
中村梅之助さんもその一人といえるでしょう。

しかし、この中で梅之助さんは異色の存在でもありました。
テレビの時代に新たなスターとなった人達は、20代から30歳そこそこの若い世代の人たちがほとんどです。
しかし、梅之助さんが代表作にめぐりあってブレイクしたのは40歳になる年でした。
風貌も、年齢のせいもあるでしょうが、スマートな二枚目タイプの他の人達とは少し違うように感じられます。


遠山の金さん捕物帳(1970年7月-1973年9月 NET(現テレビ朝日))
梅之助さんの当たり役といえばこれ。
ご存じ北町奉行遠山金四郎。
映画では東映時代劇の御大、片岡千恵蔵が『いれずみ判官』シリーズとして当たり役としてきました。

梅之助さんは当時既に前進座の看板役者でしたが、映像作品への出演は数えるほどしかありませんでした。
ただ、『金さん』前年の1969年にはNHK大河ドラマ『天と地と』で北条氏康役を演じ、
また大作映画『風林火山』にも出演するなど、映像分野へに進出をはかっていた時期でもありました。

『遠山の金さん捕物帳』はお茶の間で大当たりし、3年間169回続きました。
梅之助さんの演技でテレビでも人気キャラクターとなった「遠山の金さん」は、
これ以降、テレ朝のシリーズは杉良太郎さん、高橋英樹さん、松方弘樹さんらへ引き継がれ、
TBSでは『江戸を斬る』シリーズとして西郷輝彦さん、里見浩太朗さんらが演じました。

だいぶ後の話ですが、ダウンタウンの番組で、金さんの人気投票をやっていました。
杉さん、高橋さん、松方さんらと比べられており、ダウンタウンの二人にとっては予想外だったようですが、
一番票を集めたのは梅之助さんでした。
やはり、テレビで金さんといえば、梅之助さんなのでしょう。


梅之助さんは3年間の『金さん』を終えると、すぐに舞台を日本テレビに移し、
『伝七捕物帖』(1973年10月-1977年10月)に黒門町の伝七役で主演します。
こちらも160回演じました。1979年にはテレビ朝日版も制作されています。
※放送期間が『金さん』より長いのに話数が少ないのは、日本テレビ火曜20時の枠なので、
4-9月は巨人戦中継で休止になることが多かったからです。

そして1977年、大河ドラマ『花神』に幕末の志士、大村益次郎役で主演を果たしました。

概して、飄々した奥行きと余裕を感じさせる役が多かったです。
もちろん、時代劇には様々タイプの役者が出演していますが、
主演ヒーローとしては、あまり他にないタイプでした。


1979年の『そば屋梅吉捕物帳』(-1980年3月 東京12チャンネル)がテレビの連続時代劇での最後の主役ですので、
まさに70年代のテレビ時代劇スターでした。

改めてそのキャリアを俯瞰すると、1970年代は本当に切れ目なしに、連続時代劇に出演し続けています。

1970年7月-1973年9月『遠山の金さん捕物帳』
1977年10月-1977年10月『伝七捕物帳』
(1977年1月-12月『花神』)
1977年10月-1978年5月『達磨大助事件帳』
1978年5月-1978年10月『若さま侍捕物帳』
1979年2月-9月『伝七捕物帳』(テレビ朝日版)
1979年10月-1980年3月『そば屋梅吉捕物帳』

『若さま侍捕物帳』は田村正和さん主演で、梅之助は奉行役で助演ですが、他はすべて主役。
驚くのは、大河ドラマに主演した1977年も10月まで『伝七』、
入れ替わって10月からは『達磨大助事件帳』に主演していることです。
こんなことやったの、梅之助さんくらいではないでしょうか。
その上で、前進座の舞台公演もある筈ですから、すごいです。
(さすがに、1977年は舞台は休んでいるかも知れませんが)


1980年以降は再び舞台を中心とし、テレビは寡作となりますが、それでもNHKを中心に少しずつは出演します。
『真田太平記』(1985年)の徳川家康役などは人気が高いです。
大河でもう一度、家康を観てみたかったです。

昭和の名優がまた一人逝きました。
謹んで哀悼の意を表し、追悼の辞を記させていただきました。

Old Fashioned Club  月野景史


以下、オリコンより引用
http://www.oricon.co.jp/news/2065610/full/ 
☆☆☆
中村梅之助さん肺炎のため死去 長男・梅雀「父を、誇りに思います」
2016-01-20 12:29

NHK大河ドラマ『花神』『遠山の金さん捕物帳』『伝七捕物帳』で知られる俳優の中村梅之助(本名:三井鐵男=みつい・てつお)さんが18日午前7時25分、肺炎のため死去した。85歳だった。梅之助さんが代表を務める「劇団前進座」が発表した。

梅之助さんは、1930年2月19日、前進座創立メンバー中村翫右衛門の長男として生まれる。東京都出身。38年に『蜂の巣長屋』で初舞台を踏み、翌39年『勧進帳』太刀持ちで4代目中村梅之助を名乗る。45年、前進座に入座し、以後、前進座幹事長を経て、代表となる。昨年の国立劇場公演『文七元結』の家主甚八が最後の舞台となった。主な舞台は『勧進帳』『魚屋宗五郎』『一本刀土俵入』『左の腕』。

また、同日に長男・中村梅雀(60)が「最後まで闘い続けた父を、誇りに思います」とコメントを発表した。
以下、コメント全文。
父・中村梅之助は、1月18日午前7時25分、肺炎で亡くなりました。85歳でした。
 今年の年賀状に、5月の劇団前進座の85周年の舞台に立つ熱い思いを綴っておりましたのに、無念だったと思います。
 数々の舞台に立ち、たくさんのテレビのヒット作品に主演し、何よりも劇団のために全力で尽くしてきた人生でした。
 60代を越えてからは、毎年のように入退院を繰り返し、身体のどこかを手術しながらも復帰して舞台に立ち、頑張って参りまし
 たが、既に身体はボロボロでした。
 私との共演は、劇団の舞台以外ではNHK『真田太平記』の家康と秀忠を、親子で親子役を演じたのみでした。
 私が劇団を辞めてからも度々共演のチャンスがあり、父も楽しみにしておりましたが、とうとう実現は出来ませんでした。
 劇団を守ろう、良い作品を作っていこう、お客様に喜んでもらおうと、最後まで闘い続けた父を、誇りに思います。
 そして、応援し、支えて下さった多くの皆様に、深く感謝いたします。

    中村梅雀
★★★ 

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