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2015年6月

2015年6月22日 (月)

【ドラマ】大島優子主演『ヤメゴク』終了/おもしろかったのに…残念だったドラマ

20154月期のドラマ『ヤメゴク〜ヤクザやめて頂きます〜』全10話が終了しました。
ちょっと残念だったなぁ~というのが正直な感想です。


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実は第1話を観た時、これはなかなかおもしろい、期待できると思いました。
このブログにも書こうとしたのですが、1話と2話が前後編だったので、
とりあえず2話が終わってから、と思っていたら、その2話で足払いかけられたような感じでした()


難しいテーマ

AKB48の大島優子さん演じる主人公・永光麦秋は
警視庁 暴力団離脱者電話相談室(足抜けコール)勤務。
つまり組織からの離脱を希望する暴力団構成員の手助けが仕事。
初回はキャストの軽妙なやりとりも面白く、テンポのよい展開。大島さんのアクションも見事。
これはなかなかいけると思ったのです。

一方で、初回は内容をよく分からず見た人もいる筈。
ヤクザが庶民を虐めるシーンがあるようなドラマは無条件にNGという人は確実にいます。

21世紀以降も『ごくせん』や『任侠ヘルパー』のようなドラマはありましたが、
警察の暴力団専門部署が主役の連ドラはかなりレアです。
もしかしたら、あの『大都会』シリーズの第1作『闘いの日々』(大都会)まで遡るかも知れません。

まして、第1話はまさにヤクザの横暴シーンで「次回につづく」で終わりました。
これは当面、視聴率は確実に苦戦すると思いました。
そうでなくとも、裏にキムタクさんの『アイムホーム』があるのですから。
それでも、この面白さなら、ある程度挽回できるかもと思ったのです。


主人公黒過ぎ

ところが続く第2話では、ヤクザ以上に麦秋の黒さが露呈しました。
どうも麦秋はヤクザを足抜けさせることより、特定のヤクザに対して恨みを持っているようで、
それを晴らすのが目的で、足抜け援助はその手段としか考えてないようなのです。
しかも、目的の為には善良な庶民まで脅すし、足抜け希望者の就職先を組事務所に密告するという、
とんでもない違法行為まで、平気でやってしまう。


更に麦秋の矛先はヤクザに利益供与をする一般人にも向かうですが、
利益供与といっても、例えば自分の店舗の駐車場にヤクザの車を止められて
文句を言えなかったような人まできつく攻め立てるのだから、明らかにやり過ぎです。

主役がこのキャラでは、さすがにきつい。視聴者も感情移入できません。

なにしろ大島さん自身が、公式サイト掲載のクランクイン直後のインタビューで、
共感できる部分がまったくないと言っているくらいですから。

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伏線張り過ぎ

このドラマのもうひとつの特徴は、登場人物の過去や人間関係に謎めいた振りが多いことです。
『相棒13』の最終話の影響で「伏線」という言葉が定着しましたが、
『ヤメゴク』はやたら伏線めいたものを張り散らかし過ぎて、わけがわからなくなりました。

特に警察物、事件捜査物は、例えばシリーズを通したテーマがあっても、
各話で事件を解決する一話完結タイプがほとんどで、『ヤメゴク」もそうなのですが、
あれだけは色々張り散らかすと、その回のストーリーに集中できず、脱落者も多くなるし、
初めて観た人が続きません。
そしてやはり、張り散らした伏線は回収し切れずに終わったように感じました。

視聴率も初回9.1%から2話は6.7%に急落。
その後もジリジリ下げ、7話で5.2%まで落としましたが、そこでなんとか踏みとどまり、
ラスト2回は6.2%、平均6.5%という結果でした。
最終回まで右肩下がりでいかなかったのは、私のようにそれでも面白いと感じて、
最後まで観た人もいたのでしょう。


別に、私が指摘したようなことがなければ視聴率が上がっていたかなど判りませんが、
大島さん初め、俳優さん達は好演だったし、残念に思うドラマではありました。

Old Fashioned Club  月野景史

2015年6月14日 (日)

【訃報】クリストファー・リー死去/ドラキュラ・怪奇映画の大スター 8か国語を操る国際俳優

イギリスの俳優、クリストファー・リーが6月7日、亡くなりました。93歳。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG11H9D_R10C15A6CZ8000/

Christopher_lee_01

戦後のクラシックホラー映画(怪奇映画)の大スター。
特に吸血鬼ドラキュラ役で高名。
私が特に敬愛するピーター・カッシングとは、怪奇の名コンビとして知られます。

・・・といっても、それは主に1950年代末から1970年代半ば頃までの話で、
その後も長く世界を舞台に活躍した国際的名優ですので、怪奇俳優との呼び方は失礼かも知れません。
ではありますが、この分野のファンとして、やはり敬意を込め、
このブログでは怪奇名優として、追悼の辞を書かせていただきます。


クリストファー・フランク・カランディーニ・リー
(Sir Christopher Frank Carandini Lee, CBE、1922年5月27日 - 2015年6月7日)
英国出身ですが、母親は名門貴族の家系を継ぐ家の生まれ。
しかし俳優としては、193cmの身長を持て余し、1950年代半ばまではあまり役に恵まれませんでした。


ゴシックホラー映画
主に19世紀以前を舞台とし、ドラキュラやフランケンシュタイン、
狼男やミイラ男が跋扈する、恐ろしくも優雅で魅惑的な世界。
戦前、アメリカのユニバーサル映画が多くの名作を送り出しましたが、戦後は廃れていました。

その復興に乗り出したのが、英国のハマ―・フィルム・プロダクション。
第1弾として、『フランケンシュタイン』のリメイクにとりかかります。


最初は“フランケンシュタインの怪物”から
紆余曲折を経て、ハマーの『フランケンシュタインの逆襲』(1957年公開)は
怪物の創造者であるフランケンシュタイン男爵を主役とすることとなり、
英国のテレビドラマのトップスターだったピーター・カッシングの起用が決まりました。

怪物の方は、戦前の怪奇スター、ボリス・カーロフが扮した有名なユニバーサルタイプの
デザインは採用せず、
オリジナルでいくことになり、配役されたのがリーだったのです。


The_curse_of_frankenstein_01_3
リーが扮した“フランケンシュタインの怪物”

古典ホラ―の復活は歓迎され、映画は世界的大ヒットしました。
ただ、定着していたユニバーサル版モンスターのイメージとは違うリーの怪物の評価は高くはありませんでした。
少しグロテスク過ぎた面もありました。


ドラキュラ役で怪奇の大スターへ
さて、フランケンシュタインで当てたハマ―は、次はドラキュラにとりかかります。
主演はもちろん、一躍世界的怪奇スターとなったカッシング。
ただ、ドラキュラではなく、正義のヒーローであるヴァン・ヘルシングを演じることになりました。
そして、リ―がドラキュラに起用されたのです。

Christopher_lee_dracula_01

同じ怪物とはいえ、言葉もしゃべれずヨタヨタ歩くグロテスクなモンスターに比べ、ドラキュラ伯爵は貴族です。
よく配役されたものですが、これがピッタリはまりました。
公開されたハマーの『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)は前作を上回る世界的大ヒット。
そして長身、貴族の血をひく風格ある佇まい、圧倒的迫力、力のある美声、
リ―はユニバーサルのベラ・ルゴシと並ぶドラキュラ俳優としての名声を得ました。

以降、リーはカッシングと共に怪奇映画の大スターとして、多くの映画に出演していきます。
「ピーター・カッシング&クリストファー・リー」は怪奇映画の代名詞となりました。
ただ、ドラキュラ役については、イメージの固定化を嫌い、ハマーに懇願されて再演するまで8年間演じませんでした。
せっかく掴んだ当たり役なのに、それに固執しないあたり、元々大物なのですね。


Horror_of_dracula
『吸血鬼ドラキュラ』(1958年) 英国版ポスター

ピーター・カッシングとは怪奇の名コンビとして22本の映画で共演。(非ホラ―含む)
ドラキュラはハマーのシリーズでは1973年まで7本で演じました。(その内、カッシングとの共演は3本)
また、怪奇分野の戦後のアメリカの大スター、ヴィンセント・プライスとの共演も実現しました。

70年代半ば。ハマー・フィルムは活動を停止し、60歳を過ぎたカッシングも出演が減少していきますが、
50代そこそこだったリ―は活躍の場を世界に、そして様々な分野の作品に広げていきます。


8か国語を操る、真の国際俳優
リ―は語学能力に長け、英語以外に7か国語(フランス語、イタリア語、スペイン語、
ドイツ語、スウェーデン語、ロシア語及びギリシャ語)を自在に語ると言われており、
実際にドイツ語、フランス語をしゃべって出演した作品も多数あります。

国際的スターなどと言われる人は多いですが、リーは本当の国際俳優ですね
スティーヴン・スピルバーグ監督の『1941』(1979年)では、
ドイツ軍の大佐として三船敏郎と共演していますが、少しだけ日本語も話しています。

21世紀を迎え、80代になっても『ロード・オブ・ザ・リング』や、『スター・ウォーズ』シリーズなど世界的な話題作に出演。
特に盟友カッシングが『スター・ウォーズ』第1作(1977年)にターキン総督役で出演していた事もあり(カッシングは1994年死去)
2002年にドゥークー伯爵を演じたリーとは、時空を超えた競演として話題になりました。

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『スター・ウォーズ』シリーズでのリー(左)とピーター・カッシング


出演作は250本以上にも上り(インターネット・ムービー・データベースでは278本)、
世界で最も多くの映画に出演した俳優としてギネスブックに記載されています。

戦後の怪奇映画の大スター。そして息の長い国際派の名優。
本当にこの人はドラキュラ伯爵と同様、不死身なのではと思っていました。

謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史

2015年6月 8日 (月)

【美術】ゴッホ『星月夜』 6/6『美の巨人たち』より/語られなかったもうひとつの「星月夜」

2015年6月6日放送のテレビ年京系『KIRIN~美の巨人たち~』テーマ作品「今週の一枚」は
フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』(1889年)でした。

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ニューヨーク近代美術館所蔵の作品。
番組を見て、ああこっちか!と思った人も少なくないでしょう。
ゴッホにはもうひとつ、「星月夜」と名付けられた傑作があるからです。


Photo_2
『ローヌ川の星月夜』(1888年)
こちらはパリのオルセー美術館所蔵。
2010年に国立新美術館で開催された「オルセー美術館展」に来日しました。
その時のタイトルは『星降る夜』のだったと思います。

この2点、描かれた年も1年しか違いません。
しかし・・・、ゴッホを語る上で、この1年の差は大変大きいのです。
番組ではこの絵の画像も出てきましたが、具体的に論じられはしませんでした。


フィンセント・ファン・ゴッホ
Vincent Willem van Gogh、1853年3月30日 - 1890年7月29日)

オランダ出身のゴッホは紆余曲折を経て、1886年パリへ、
そして1888年2月、芸術家の理想郷作りを目指し、南仏プロヴァンスのアルルを移住します。
すべて後年の評価ですが、このアルル時代が画家ゴッホの全盛期となります。
『ローヌ川の星月夜』はその年、9月頃に描かれた作品です。

ゴッホの作品の中でも一際美しい。
タイトルは「星月夜」ですが、街の灯りらしきものも描かれており、
“夜景”を描いた絵画の元祖でしょうし、一大傑作だと思います。

さて、その1888年10月、ゴッホの理想郷作りの呼びかけに応じ、ゴーギャンがアルルにやってきます。
しかし、二人の関係はまもなく破綻。ゴッホは精神を病んでしまいます。

1989年5月、ゴッホはアルルから約20キロ離れたサン・レミの病院に入院します。
それから間もない6月頃に描かれたのが、今回のテーマ作『星月夜』でした。
この時期の作品の見られる、精神の不安定さ感じさせる渦巻き状が特徴です。

ゴッホは日本美術、特に浮世絵に強く影響を受けた画家です。
番組では葛飾北斎の傑作『神奈川沖浪裏』(1831年頃)の構図からの影響について解題されました。
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今回の番組ではアルル、サン・レミから終焉の地となったオーヴェールと取材し、
ゴッホの足跡を追いました。
大変良い企画でしたが、30分で、しかも浮世絵との比較をメインにしてしまったのは、
少々もったいなく感じます。せっかくなら前後編か拡大版でじっくりやってほしかったですね。

Old Fashioned Club  月野景史

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