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2013年1月20日 (日)

【相撲】元横綱大鵬死去/戦後高度成長期のヒーローの栄光と波乱の生涯

大相撲の戦後の大横綱、大鵬幸喜こと納谷幸喜氏が1月19日、
心室頻拍のため亡くなりました。72歳。
http://mainichi.jp/select/news/20130120ddm001060051000c.html

この訃報にさきがけて、大鵬の出身である二所ノ関部屋の初場所後の閉鎖も発表されており、
相撲界のひとつの時代の終焉を感じさせる出来事でもありました。


大鵬幸喜
(たいほう こうき、1940年(昭和15年)5月29日 - 2013年(平成25年)1月19日)


私は横綱大鵬の現役時代の記憶はありませんが、少年時代に熱心な相撲ファンだった時期があります。
当時所有していた子ども向けの『相撲入門』に載っていた大鵬の半世紀を読み、感銘したものです。
昭和の大横綱、戦後のヒーロー、大鵬幸喜。
今回は大鵬の後半生を含め、その波乱の生涯をごく簡単に振り返ります。


生い立ち~横綱へ
大鵬こと納谷幸喜氏は北海道出身。
母子家庭で極貧の中、吹雪の中で納豆売りをして家計を支えた逸話が知られています、

1956年、スカウトされて高校を中退し二所ノ関部屋入門、9月場所で初土俵。
元々身長は高かったようですが、当時はガリガリといっていい細さだったといいます。
しかし、猛稽古で身体もどんどん大きくなり、一気の躍進が始まりました。

1959年5月場所新十両、その時点でまだ18歳、関取まで3年かからないスピード出世でした。
この時、師匠の二所ノ関親方により、中国の古典に登場する鳥の名から「大鵬」のしこ名が付けられました。

翌1960年1月場所に19歳で新入幕。
1961年1月場所新大関。同年11月場所に第48代横綱昇進。当時21歳、史上最年少でした。
相撲に詳しくない方はピンとこないでしょうが、とにかく凄い勢いの出世です。

同時に横綱に昇進した、二歳年上の柏戸と共に、相撲界は「柏鵬時代」の到来と言われました。
これはその前の時代、栃錦と若乃花が「栃若時代」と呼ばれたので、それに続く位置付けでした。
小兵で出世も早くはなく、共に30歳の年に横綱昇進、「小よく大を制す」が魅力だった栃若に対し、
若くて大きい柏鵬は、高度経済成長の60年代を迎え、新しい時代の象徴となったのです。


高度成長期の英雄(ヒーロー)
当時、野球は長嶋茂雄王貞治が登場する時代。
やがて、「巨人 大鵬 卵焼き」などといわれるようになります。
プロレスは、1960年はまだ力道山が日本のエースでしたが、まもなくその急死に伴い、
ジャイアント馬場アントニオ猪木が台頭する、そんな時代でした。

※参考
長嶋(1936年生まれ)
柏戸(1938年生まれ)
馬場(1938年生まれ)
大鵬(1940年生まれ)
王  (1940年生まれ)
猪木(1943年生まれ)

大鵬、ONと並び、プロレスでは力道山が戦後スポーツのヒーローと称されることも多いですが、
力道山は1924年生まれ、やはり大鵬とは馬場と猪木の“BI”が同世代ですね。
大鵬は特に馬場と全盛期が重なります。
力道山の同世代はやはり栃錦(1925年生まれ)、若乃花(1928年生まれ)です。


しかし、柏戸と大鵬は二人の対決では 互角に近い名勝負を続けますが、
柏戸は怪我が多く、角界は実質には大鵬の独走時代となります。
その大鵬にしても、怪我や病気での長期休場もあったのですが、
1971年5月場所の引退まで、積み重ねた優勝は32回、いまだ破られぬ記録です。

それ以前、戦前の大横綱双葉山は優勝12回。
これは年二場所の時代なので比較はできませんが、
戦後の名横綱栃若は共に10回ずつ。大鵬の記録がいかに破格かわかります。
(但し、年六場所制の定着は栃若の晩年なので、こちらも単純比較はできません。)

一方で、大鵬の全盛期を相撲人気の全盛期とするような言い方もされますが、これは少し語弊があります。
判官贔屓といわれますが、大きくて無敵の大鵬の独走時代、相撲人気はやや低迷しました。
人気という面では「小よく大を制す」の栃若時代が戦後の黄金期だったと思います。

大横綱となった大鵬の最後の相撲は、新進の貴ノ花相手の敗戦でした。
時代の変革期を象徴する出来事として、これも伝説的です。


引退後
大鵬はその功績により、いわゆる年寄株を必要としない一代年寄の資格を得ていました。
(後の横綱では北の湖、貴乃花が同様です。千代の富士は辞退)

引退後は二所ノ関部屋から独立して大鵬部屋を創立、後進の指導に当たりました。
部屋は弟子数40人の大所帯だったと思います。順風満帆のスタートでした。
…が、この後は波乱の多い人生となりました。

1975年、恩師の恩師の二所ノ関親方(元大関佐賀ノ花)が急死します。
大鵬は一代年寄の返上を念頭に、本家である二所ノ関部屋継承の意志を表明しますが、
事態が混乱の様相を示したため、早い段階で身を引きました。
この継承問題はいわゆる「押尾川騒動」の混乱を生み、後々まで禍根を残しました。
今回の二所ノ関部屋閉鎖も、元はといえばこの件が遠因といえるかと思います。
直接的な原因とするには、時間が経ち過ぎていますが。

プロレスラー天龍源一郎誕生の原因ともなりました。
これはプロレス界にとってみれば良かったのですが。

しかし、大鵬親方自身はこの継承問題に深く関わらなかったので、
大鵬部屋への直接的な影響はありませんでした。
1976年には35歳の若さで相撲協会の役員待遇に昇進。
系統でいうと、協会内では出世し難い一門なのですが、そこは実績も違いますし、
順調にいけば理事長まで進んだ可能性も高かったと思います。

しかし、1977年に脳梗塞で倒れました。
以降はその後遺症との闘いの日々となりました。
リハビリに励みながら、協会幹部としての仕事と部屋経営を務め、
大鵬部屋からは何人もの関取が育ちました。
しかし、三役以上は現役時代からの内弟子だった関脇巨砲のみで、
残念ながら横綱・大関は生まれませんでした。

2005年の定年退職後、大鵬部屋は娘婿の元貴闘力の大嶽親方が
「大鵬道場 大嶽部屋」として継承しました。
しかし2010年の貴乃花理事選立候補問題で、大嶽部屋は貴乃花に付き、事実上二所一問から破門、
更に同年、貴闘力は野球賭博問題で相撲協会から解雇され、
部屋は大鵬の弟子であった元大竜が大嶽部屋として継承しました。


大鵬氏はもちろん、引退後も定年まで師匠として、協会役員としての重責を務め上げ、
定年後も相撲博物館館長に就くなど、立派な足跡を残したのですが、
病気や部屋周辺の問題等、波乱の多い後半生でもありました。

現役横綱の白鵬は一門も違いますが、大鵬を父と慕っていたそうですね。
このネットの時代でも、昔の相撲を色々と観ることは難しく、大鵬の相撲ぶりもよくはわかりませんが、
おそらく白鵬と似たタイプだったのではないかと思います。
朝青龍、あるいは北の湖のようにパワーで圧倒するのではなく、
どっしり構えて絶対負けない、格違いの強さを見せるような相撲だったのではないかと。


謹んで哀悼の意を表します。


Old Fashioned Club  月野景史


毎日jpより引用
☆☆☆
訃報:納谷幸喜さん 72歳=大相撲元横綱・大鵬
毎日新聞 2013年01月20日 東京朝刊
大相撲史上最多の幕内優勝32回を記録、柏戸とともに「柏鵬(はくほう)時代」を築いた第48代横綱・大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)さんが19日午後3時15分、心室頻拍(しんしつひんぱく)のため東京都内の病院で死去した。72歳。葬儀の日程、喪主などは未定。

北海道弟子屈(てしかが)町出身。自伝によればウクライナ系ロシア人の父と日本人の母の間に樺太(現ロシア・サハリン)で生まれ、終戦直後に北海道に移り住んだ。中学卒業後に営林署に勤めていたところをスカウトされて二所ノ関部屋に入門し、1956年秋場所初土俵。59年春場所後に18歳10カ月で新十両、60年初場所には19歳7カ月で新入幕。その場所で12勝を挙げて敢闘賞を受賞した。

入幕4場所目に新三役の小結になると、三役3場所目の60年九州場所で初優勝し20歳5カ月で大関へ。大関5場所目の61年秋場所には、柏戸との優勝決定戦を制して柏戸とともに横綱に昇進した。新入幕から所要11場所での横綱昇進は歴代最速で、21歳3カ月は北の湖(現日本相撲協会理事長)の21歳2カ月に次ぐ史上2位。

横綱昇進時で身長187センチ、体重133キロというバランスの取れた体と、右、左どちらの四つでも取れる攻め手の豊富さで優勝を重ね、横綱5場所目の62年名古屋から63年夏場所まで6連覇、さらに66年春場所からも6連覇を達成。全勝優勝も8回記録した。その強さと人気から、子供の好きなものとして「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が生まれた。68年秋場所から69年春場所にかけては45連勝も記録した。

71年初場所で32回目の優勝。その翌々場所の同年夏場所5日目に貴ノ花(元二子山親方・故人)に敗れて引退、一代年寄「大鵬」を襲名し、大鵬部屋を起こした。77年に脳梗塞(こうそく)で倒れたが、再起して関脇・巨砲(おおづつ)らを育てた。80年2月から96年1月まで日本相撲協会理事。05年5月に協会を定年退職後は相撲博物館長を務めた。09年には相撲界で初めて文化功労者に選ばれた。【上鵜瀬浄】http://mainichi.jp/select/news/20130120ddm001060051000c.html
★★★

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