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2012年9月

2012年9月30日 (日)

【ビール 祭り】横浜赤レンガ オクトーバーフェスト2012/国内最大のフェスト

神奈川県横浜の赤レンガ倉庫にて10月14日(日)まで、
「横浜オクトーバーフェスト 2012」が開催中です。

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横浜オクトーバーフェスト 2012  YOKOHAMA OKTOBERFEST 2012
2012年9月28日(金)-10月14日(日)
横浜 横浜赤レンガ倉庫 イベント広場
主催 横浜赤レンガ倉庫
後援 ドイツ連邦共和国大使館、ドイツ観光局、横浜市文化観光局
http://www.yokohama-akarenga.jp/oktoberfest2012/index.html


東京近辺で開催されるオクトーバーフェストを紹介してきましたが、
規模・日数・歴史等からしても、日本最大のフェストはこちらでしょう。
今回で11回目となります。

写真を撮ってきましたので、何点か紹介します。


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実は初めて行ってきました。
異国情緒のある横浜赤レンガ、
屋外でのビールには最高な、海沿いの解放感のあるロケーション、
オクトーバーフェストの開催地としては、やはり最適でしょう。
広い会場ですが、混み方も凄かったですが。


周辺のみなとみらい地区の写真も紹介します。
大都市は思えない、壮大な解放感がある街です。

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周辺のナビオス横浜内のレストラン&カフェ「イルドテラス」にて。
http://www.navios-ilede-terrasse.com/


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月29日 (土)

【美術展】「ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス」パナソニック汐留ミュージアム/10月6日に開幕

東京都心 、汐留の地にあるパナソニック汐留ミュージアムにて、
10月6日より「ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス」展が開催されます。

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ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス
2012年10月6日(土)~2012年12月16日(日)
パナソニック汐留ミュージアム

http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/12/121006/


パナソニック汐留ミュージアム
館名からして言うまでもありませんが、パナソニックグループ経営の美術館です。
汐留の同社東京ビル内にあります。2003年オープン。
以前は「パナソニック電工汐留ミュージアム」でしたが、
今年の1月に「電工」が取れました。


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ミュージアムが入居するパナソニック東京汐留ビル

本館は、20世紀フランスの画家ジョルジュ・ルオー(1871-1958)の油彩・版画作品
約200点をコレクションする、ルオーの専門美術館です。
このブログでも、2011年4月-7月に開催された「ルオーの風景」展を紹介しています。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/20-479f.html

とはいっても、展覧会についてはルオーオンリーというわけでもなく、
この9月23日までは美しいガラス美術を集めた「アール・デコ 光のエレガンス」展
が開催されていました。
そして次回はルオーの、テーマを絞り込んだ作品展です。


ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault 1871年5月27日-1958年2月13日)
フランス、パリの出身。
最初、ステンドグラス職人の道を歩むが、絵画をを志し、
官立の美術学校であるエコール・デ・ボザールに入学、
象徴派の巨匠ギュスターヴ・モローに師事します。

弧高の画家であったモローですが、ルオーやアンリ・マティスらを育てた名指導者としても名を残しました。
特にルオーとの親交は深く、ルオーはモロー美術館の初代館長に就任したほどです。

ルオーは館長業の傍ら創作を続け、宗教画や、娼婦、芸人等を描いた絵、また版画も制作しました。
フォーヴィスム(野獣派)に分類されますが、画壇とは距離を置き、
師匠同様に弧高の画家でもありました。


ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス
本展はルオーの「サーカス」をテーマにした作品を集めています。

上でルオーは芸人達を描いた作品が多いと書きましたが、
その中でもサーカスのテーマは全体の3分の1を占めています。
美術史上でも、一人の画業でサーカスがこれほど大きな割合で取り扱われたことはおそらくないでしょう。

ルオーは道化師を中心にサーカスにまつわる多様な人物像を描きました。
そして、優れた「道化師の画家」と呼ばれたのです。
他に同様のテーマを描いた画家というと、ロートレックやピカソなどの近代画家が思い浮かびます。
多くの画家がこの主題を取り上げるましたが、ルオーがこのテーマを追求した理由は彼らとは異なりました。
ルオーは場末の市にかかる安サーカスや、うら哀しい旅回りのサーカスに特別に心を寄せ、
その哀切さを通して、人間本来の姿を描き出そうとしたのです。

「われわれは皆、道化師なのです」
ルオーの言葉です。そこに込められた意味とは…。

本展では、パリのルオー財団の特別協力により、
サーカスを着想源にしてルオーが描いた初期から晩年までの重要な版画と絵画が一堂に集結します。
また、ルオーが実際に見たサーカスのポスターやプログラム、当時の新聞・雑誌記事や絵葉書などの
貴重な資料も初めて公開されるとのこと。
19世紀末から20世紀初頭のサーカスやキャバレー、興味深い異文化を追いながら、
ルオーがこのテーマを繰り返し描くことで何を表現したかったのか?
興味深い展覧会になるでしょう。


◆開催概要
「ジョルジュ・ルオー アイ・ラブ・サーカス」展
会期:2012年10月6日(土)~2012年12月16日(日)
開館時間:午前10時より午後6時まで(ご入館は午後5時30分まで)
休館日:毎週水曜日
入館料一般:800円 大学生:600円 中・高校生:200円 小学生以下:無料
会場:パナソニック汐留ミュージアム
東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階
公式サイト: http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/12/121006/


Old
Fashioned Club 月野景史

2012年9月28日 (金)

ハーバート・ロム死去/『ピンク・パンサー』ドレフュス主任警部を怪演した名優

ピーター・セラーズ演ずるクルーゾー警部が大活躍した、
20世紀後半を代表するコメディ映画のヒットシリーズ『ピンク・パンサー』。
このシリーズでクルーゾーの上司ドレフュス主任警部を演じた、
俳優のハーバート・ロム氏が亡くなりました。95歳。
http://www.cinematoday.jp/page/N0046382

残念な訃報です。私はこのシリーズの大ファンで、
Wikipediaのこのシリーズ20世紀版全8作の項目はすべて私が作りました。
シリーズ全般を指す『ピンク・パンサー』も作ったのは違いますが、大部分は私が書いてます。
そして、もちろんロムさんが演じたドレフュスの大ファンでもあります。

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ハーバート・ロム(Herbert Lom、1917年9月11日 - 2012年9月27日)
チェコスロヴァキアのプラハ生まれで、イギリスを中心に各国で活躍した俳優。
もちろんロム氏は『ピンク・パンサー』だけの人ではないでしょうが、
やはりこのシリーズが馴染み深いですね。

ニュースではドレフュス署長となってますが、
Chief Inspectorという肩書きの作品が多く、「主任警部」と訳されるのが一般的です。
ただ、初登場時はCommissionerで、これは署長と訳される場合もありました。

ドレフュスは1964年の第2作でクルーゾーの上司として登場しました。
クルーゾーの言動に悩まされ、精神を病んでいく役柄です。
その後、1978年の第5作まで4本でセラーズと共演しました。

そのセラーズは1980年に急死してしまうのですが、実はシリーズはその後も継続され、
ロム氏も1993年の最終第8作まで出演し、意外なハッピーエンドを迎えます。
最終作当時、ロム氏は76歳、少し太めにはなっていましたがまたまだ元気そうでした。
しかし、記録を見る限りこれが最後の映画出演のようです。
テレビはその後も僅かに記録がありますが。

ドレフュス中心に見れば、シリーズの中では特に第4作『ピンク・パンサー3』が印象深いですね。
それまでクレジット順でいうと4番手だったロム氏が2番手に昇格、
精神病院を脱走したドレフュスが、クルーゾー抹殺のために、
世界征服も狙えるような悪の大組織を作り上げて大暴れする、
ロム氏の大怪演・大活躍編、シリーズ屈指の人気作です。
そんな話、なんとなく思い出しませんか?

Wikipediaの『ピンク・パンサー3』の項目にも、ドレフュスをフィーチャーした作品である旨を書いたのですが、
なぜかその部分だけが徹底的に削除されてしまいました。

削除したのは、Wikiで削除や修正を専門に行っている人物らしく、
Wikiの中では一定の評価をされているようです(批判もあるようですが)。
私にいわせればWikipediaバカですが、私もWikiのルールに精通しているわけでもないので、
やりあう気もなく、放置していますか。

そして、私はオクトーバーフェストのことをよくこのブログに書いていますが、
このイベントについて初めて知ったのも、この『ピンク・パンサー3』なのです。

ともかく、ハーバート・ロム、ドレフュスとピンク・パンサーの軌跡、
簡単に書き切れるわけもありません。
近々に改めて詳しく書きたいと思っています。


以下、ニュースサイトから引用しておきます。

☆☆☆
『ピンク・パンサー』ドレフュス署長役のハーバート・ロムさん死去
2012年9月28日 10時58分 [シネマトゥデイ映画ニュース]
映画『ピンク・パンサー』シリーズのドレフュス署長役で知られる俳優のハーバート・ロムさんが、95歳で亡くなった。BBC Newsなど複数メディアが報じている。

ハーバートさんはチェコ生まれのロンドンを拠点に活躍してきた俳優。クルーゾー警部の上司であるドレフュス署長役として『ピンク・パンサー』シリーズに出演したほか、60年の俳優人生での出演作は『マダムと泥棒』『スパルタカス』など100作以上に上る。ハーバートさんの家族によると、現地時間27日眠ったまま静かに息を引き取ったという。(編集部・市川遥)
★★★


Old Fashioned Club 月野景史

2012年9月27日 (木)

ナチスがチベットで発見した仏像は、古代の隕石で作られていた!

大戦前、ナチスドイツがチベット発見した千年前の仏像が、
隕石で作られていたことが判明したそうです。

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ちょっとおもしろいというか、「えっ?」と思うニュースです。

隕石=宇宙、古代遺跡、ナチス…、
いわゆる「超古代文明」「超古代史」
そして太古宇宙人飛来説(宇宙考古学説)といった、
オカルト世界の妖しくも魅力的な香りがするキーワードを思い起してしまいます。

情報元のネットニュースを引用します。

☆☆☆
ナチス発見の仏像、隕石だった=大戦前夜、チベット探検-調査チーム
【パリAFP=時事】第2次世界大戦勃発前夜の1938年、秘境だったチベットに足を踏み入れたナチス・ドイツの探検隊が発見した約1000年前の仏像は、宇宙から飛来した隕石(いんせき)を彫刻して制作された極めて異色の作品だったことが分かった。ドイツの調査チームが鑑定結果を26日、学術誌に発表した。
この探検隊は、ナチス親衛隊(SS)長官ハインリヒ・ヒムラーの支援の下で派遣されたもので、「アーリア人の優越」というナチスの人種イデオロギーの裏付けを探るためにチベットに送られた。ヒムラーはアーリア人の起源はチベットにあり、その優越性の証拠が同地で見つかると信じていたとされる。
探検隊が持ち帰った仏像は毘沙門天の座像で、高さ24センチ、重さ10.6キロ。「鉄の男」と呼ばれていた。
化学的に分析したところ、約1万5000年前にシベリアとモンゴルの境界付近に落下したチンガー隕石の一部を加工研磨して作られたと断定された。ナチスのシンボルであるかぎ十字とは逆向きの「まんじ」が胸に描かれ、探検隊が興味を持ったと言われている。
時事ドットコム(2012/09/27-06:26)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2012092700069&rel=y&g=int
★★★


隕石は15000年ほど前に落下したもの。
仏像が彫られたのは遥か後の1000年前ですから、
彫刻した人は隕石だと知っていたかどうかもわかりません。

古代と書きましたが、隕石が落下したのは古いですが、
仏像が彫られたのは千年前だから、さほど古くもないですし、
実は、オカルト的な要素などありません。

しかし、胸に彫られた、仏教で吉祥を示す「卍(まんじ)」が、
ナチスの鍵十字と似ている(逆向き)ことも合わせて、
何か妖怪しげなことを感じてしまうニュースです。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月25日 (火)

【音楽】秋の名曲『若葉のささやき』天地真理/「若葉」だけど、どう聴いても秋の歌

長く暑かった夏もどうにか終りに近づき、ようやく秋の気配です。
このブログでも、何度か「夏の名曲」をテーマにしましたが、
今日は「秋の歌」と聞いて、私が思い浮かべる一曲を紹介します。

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天地真理さん『若葉のささやき』(1973年)

しっとりした美しいメロディー、
1970年代を代表する女性アイドルの一人、天地真理さんの忘れ得ぬ名曲です。
・・・って、なんで秋の歌で「若葉」なのか?
発売も3月だし、もちろん本当は春の歌です。
でも、リアルタイムで初めて聴いた時から、この曲は秋のイメージなのです。
あくまで個人の感覚ですが、しんみりしたメロディーは春よりは秋にように思えるし、
歌詞も、「若葉」以外は秋のがしっくりくるようにように感じます。

ともかく、どちらにしろ名曲中の名曲です。聴いてください。




若葉のささやき  1973年3月21日発売
作詞 山上路夫   作曲 森田公一   歌 天地真理
オリコン最高1位  1973年度年間9位

別に変えるべきと主張するわけでもありませんが、
あえていえば『落ち葉のささやき』でもいいように思います。

♪落ち葉が街に急に舞いだした・・・・

ここだけ変えれば、立派な秋の歌でしょう。
もちろん、若葉と若者を重ね合わせている面もあるのでしょうけど、
季節とメロディーのイメージも大事かと思います。


それはともかく…
当時の天地さんはデビュー3年目、アイドルとして全盛期。出すレコードはすべて1位。
この歌は7枚目のシングルですが、元気で明るいイメージの強い真理ちゃんが歌った、
初めてのスローな曲です。
この後が先日、夏の名曲として紹介した、思いっきり弾けた『恋する夏の日』でした。
この頃までがピークだったでしょう。

上で紹介した映像はTBSの『真理ちゃんとデイト』でしょうか?
私が初めてこの歌を聴いた番組なのです。違うかも知れませんが。

ネットでも『若葉のささやき』が好きという声は少なくないですが、
季節感については、みなさんどう感じているのでしょう?


天地真理…。
1970年代前半、太陽のように輝いた永遠のアイドル


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月23日 (日)

【ダンス】2012ジャパンオープンダンス選手権速報グラフ/グランドプリンス新高輪 飛天

今日、グランドプリンスホテル新高輪「飛天」で開催された、
ボールルームダンス(社交ダンス)の熱く華やかな闘いのグラフです。

2012 東京都知事杯 JNCPD公認 ジャパンオープンダンス選手権大会
主催 日本ダンス議会(JDC)
2012年9月23日

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プロオープンラテンアメリカン
優勝 Alessandro Camerotto & Nancy Berti



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プロオープンボールルーム(スタンダード)
優勝 Angelo Madonia & Antonella Decarolis



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大会結果
プロオープンラテンアメリカン
1位  Alessandro Camerotto & Nancy Berti
2位  Delyen Terziev & Boriana Deltcheva
3位  Sven Ninnemann & Nina Uszkureit
4位  瀬古薫希&知愛
5位  松本光祐&加藤希望
6位  Charles Wang & Janet Haiso

プロオープンボールルーム(スタンダード)
1位  Angelo Madonia & Antonella Decarolis
2位  Aleksander Zhiratkov & Irina Novozhilova
3位  Kristjan Kuusk & Anri Kokkonen
4位  中川雄大&久美子
5位  Jim & Anita Chen
6位  亀川隆史&高橋ひとみ
7位  小木戸太一&七田ユカ
8位  西尾浩一&下田藍

ライジングスターラテンアメリカン
総合優勝 高橋顕史&千田郁子

ライシングスターボールルーム
総合優勝 王野振稔&亜紀

アマチュアラテンアメリカン
優勝 Artem Klimenov & Giulia Nuzio

アマチュアボールルーム
優勝 David Moretti & Francesca Sfascia


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月22日 (土)

スペイン教会画修復騒動続報/修復女性が教会を提訴!?

少し前に、イエス・キリストを描いたスペインの教会画を、
近所の女性が修復して、オリジナルとは似ても似つかぬものになってしまった、
というニュースが流れ、このブログでも取り上げました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-0966.html


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左がオリジナル、中央が痛みが目立つ「修復」前、右が老婦人による「修復」後。


この件の続報が配信されています。
「スペインのフレスコ画「無断修復」の女性、著作権料を求めて訴訟準備」

え、教会ではなくて、修復した女性が訴訟を!? なぜ?

実は今回の騒動でこの絵が広く知られ、見物客が押し寄せるようになったのです。
そこで教会は入場料を取るようにしたとのこと。
女性側はその一部を“著作権料”として要求しようとしているようなのです。
なんともまぁ…、といったところです。


ニュース記事を「ねとらぼ」から引用しておます。

☆☆☆
キリストを描いた19世紀のフレスコ画を近所の女性が無断で修復して、サルのようになってしまったという事件が8月に話題になりました。このフレスコ画をめぐって女性が訴訟の準備をしていると報じられています。

フレスコ画はスペインの北東部にあるボルハの教会の壁に描かれたもの。8月中旬に、近くに住むセシリア・ヒメネスさんによる「修復」で、元の絵とは似ても似つかぬものになってしまいました。この出来事にショックを受けた人がいた一方で、この絵はネットで反響を呼び、コラ画像が多数作られるなどの人気ぶりに。この絵を見るために教会を訪れる人も増えたそうです。

教会は9月15日から入場料を取るようになり、4日間で2万ユーロを得たとか。ヒメネスさんと家族はその収入から著作権料を受け取る権利があると主張し、弁護士を雇って訴訟の準備をしていると地元メディアは報じています。これに対して、ネットでは協会側はフレスコ画を台無しにした損害賠償を求めて反訴するべきといった批判的な声も上がっていますが、「ヒメネスさんの修復がなければ有名にならなかった」という意見もあり賛否両論です。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1209/21/news131.html
★★★

Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月21日 (金)

暗いBarでのカクテル撮影は…

昨日紹介した黄金桃のカクテルの写真、「暗いのによく撮れてるね」という声をもらいました。

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「よく撮れてる」のレベルはともかく、たしかに暗い場所で写真を撮るのは難しいし、
私の写真はとりあえず何が写っているのかわかる程度には撮れてますね。
バーの営業時間内だから、もちろん、フラッシュは使ってません。
少しだけ、こういう撮影のヒントを書いてみます。

*いうまでもありませんが、店内での撮影を嫌がるお店もあるし、他のお客さんもいます。
その点は慎重に。

このバーはかなり照明が暗めです。
まず普通に撮ろうとしても、シャッターがなかなか切れません。
どうにか撮れても、ボケボケの写真になってしまいます。
なぜか?

今のカメラはみなオートフォーカス(自動ピント合わせ)です。
シャッターボタンを押すとカメラが自動的にピント合わせをしてくれて、
ピントが合うとシャッターが切れるのです。

しかし、カメラの能力にも限界はあります。
暗過ぎるとピントを合わせられない、ピントが合わないとシャッターが切れないのです。

そして、なんとかピントが合って撮れても、写真はぼけぼけです。
ピンボケ? でも写真が撮れたということは、ピントはどこかには合ってる筈です。

実は、暗いところで撮ろうとすると、カメラは充分な明るさを確保するために、
シャッタースピ―ドを遅くするのです。カメラの判断で。
しかし、シャッタースピードが遅くなると手ブレをしてしまいます。
ぼけるのは主に手ブレのためです。
さて、なんとなくわかりましたか?

ではどうすればいいかというと、フラッシュを使えない以上、
カメラの設定をいじることによって、手ブレしないシャッタースピードでも
撮れるだけの明るさを確保しなければなりません。
レンズ交換式カメラなら、明るく撮れるレンズを付けるという手もあります。

これ以上は更に色々とややこしくなるので、今は言及しません。
しかし、実は今回の写真はそんな苦労はしていないのです。
若干は設定をいじっていますが、ほぼカメラまかせです。
かなり暗いバーなのになぜそれで大丈夫だったのか?

要するに、バー全体が暗くても、メインの被写体が明るければいいのです。

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この写真を見ればわかると思いますが、カウンターの上の一部だけ、
スポットライトのように強い照明が当たっています。
たまたまそこにカクテルが置かれたので、苦労なく撮れたのです。
カメラはデジタル一眼の入門機、レンズも最も廉価なタイプです。
同じカウンター上でも、照明の当たっていないところでは、それこそなかなかシャッターも切れません。

「なんだそんなことか。」と思われるかも知れませんね。
でも、いろんなことのヒントにもなりますよ。
たとえば逆に、日中の窓が大きくて充分に明るく思える室内なのに、
なぜか人の顔が暗く写ってしまうなんて経験はないですか?
根っこは同じなのです。

Old Fashioned Club 月野景史

2012年9月20日 (木)

【此の夜のカクテル】黄金桃のマティーニ/新宿 Bar CAVA CAVA

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黄金桃のマティーニ


旬のフルーツを使ったカクテルもバーの楽しみのひとつです。
まして普段、果物との縁があまりない人間とっては尚更です。

此の夜のカクテルは黄金桃のマティーニ。
「黄金桃」というと、「最高の桃」という意味なのかと思ってしまいますが、
黄色味の強い種類の桃のようです。
もちろん、高価な種のようではありますが。

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桃のカクテルというと、シャンパン、スパークリングワインを使った、
「ベリーニ」が思い浮かびます。
かのヴェネチアルネサンスの大画家、ジョヴァンニ・ベリーニの名を冠したカクテルです。
しかし、ジンとの相性も抜群でした。
良い甘さだった・・・。


此の夜は久々訪問の新宿三丁目のバー「CAVA CAVA(サヴァサヴァ)」にて。
http://www.bar-cavacava.com/pc/

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Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月19日 (水)

マーライオンの真実/世界三大がっかり? 新旧マーライオンを写真で比較 シンガポール名所移転の秘密

シンガポールの名物、象徴たるマーライオン(Merlion) 。
一方で、世界三大がっかりスポットなどという失礼な言われ方をします。

「世界三大がっかり」とは、日本人観光客をガッカリさせる世界3カ所の観光名所を指す言葉で、
他のふたつは「コペンハーゲンの人魚姫の像」、「ブリュッセルの小便小僧」が挙げられます。
世界的に有名で観光名所の割には、スケール感に乏しく、期待を裏切るとされる場所の代表例ということです。


2005年に当地を訪れた時に撮った、マーライオンの写真です。
廉価なコンデジで撮ったものですが…。

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写真の出来はともかく、期待し過ぎれば「なんだぁ」となるかも知れませんが、
別に悪くもないですよね。
解放感のある海辺で水を吹くマーライオン、爽快なイメージです。

そして、夜は夜で、ライトアップされて綺麗なようです。

Merlionnight
ネットにあった画像です。
写真の良さもあるでしょうが、これで「ガッカリ」はないでしょう。
なんでそんな言われ方をするのか?


実はマーライオン、2002年に引っ越しをしているのです。

上の私が撮った写真は2005年なので、移転後、現在地のマーライオンです。
夜景の写真も、間違いなく同じ場所でしょう。
その2002年の引っ越し前のマーライオンこそが、「がっかり」といわれていたのだと思います。


実は、私は1991年にも当地を訪れており、その時にもマーライオンを観た記憶があります。
少し離れた場所からちょっと見た…程度の記憶しかないのですが、
たしかに2005年の時とは違う場所だったと思います。
そして、たしかに「がっかり」の名に恥じないものだったと記憶しています。

印象では大きさも違ったので、作り直したのかとも思ったのですが、移設とのこと。
タイトルを「新旧のマーライオン」としましたが、場所が変わっただけで、像は同じもののようです。


マーライオンの歴史

マーライオン像は、1972年に作られました。
当初は水を常時吹き出していたのですが、ポンプの故障で水が出なくなり、
また近くに橋が架けられて、景観が悪化してしまったようです。

つまり、古くなり、周囲の環境変化など色々あって、寂れ果てていたのですね。
そこで、2002年5月、海際に新設されたマーライオン・ピアに移転され、
修理も施されて、再び水を吹くようになったということです。


旧マーライオンの写真
さて、ネットでマーライオンを画像検索してみたのですが、出てくるのは移転後の写真ばかりです。
2002年といえば、まだデジカメが本格普及する以前です。
古いマーライオンの画像が、ネット上に少ないのは当然ですね。
そこで、貴重な昔のマーライオンの画像をネット上で集め、引用させていただきました。

実は、今回はあくまで本家本元のマーライオンの事を書いてますが、
シンガポールにはマーライオンの像は他にもいくつかあり、
それと混同しないようにせねばなりません。

下に貼った4点の画像は、おそらく移転前の“本家マーライオン”に間違いないと思います。
横からのアングルが2点、正面からが2点です。


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側面やや後方からの写真。



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側面やや前方から。


 
Merlion_005
正面やや下方から。



Merlion_004
正面やや上方から。



どうですか?
まず、旧マーライオンは、土手の先端部のような所にあるのが、
見分けるにあたっての特徴ですね。
この土手の老朽具合が悪景観の大きな要因のように思えます。

それでも正面から観た写真は、それほど悪くないようにも感じます。
ところが、周辺の環境変化で、正面からの鑑賞自体が難しくなっしまった、という記述もみられます。

そして、横からの景観はたしかによくないですね。
私の記憶にあるのは、ちょうど二番目の写真のような、横斜め前からの光景です。


「がっかり」は旧マーライオンの老朽化と周囲の環境悪化によるもの、
移設された現在では、立派な観光名所である、と一応結論付けておきましょう。


ただ旧マーライオンは、そもそも作られたのが1972年なので、それほど古いものではなく、
かなり早い時点で、「がっかり」と評されていたようにも思います。
「がっかり」が老朽化のせいなのか、元々なのかという疑問は残ります。
本当は作られた1972年に近い時代の写真と比べたいところですね。
気長に探してみます。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月18日 (火)

フォーリーブス 1978.8.29 永遠の夏

フォーリーブス 最初で最後の夜
1978年(昭和53年)8月29日 ビッグショー




『急げ!  若者』




『オリビアの調べ』 『地球はひとつ』 『夏の誘惑』 『約束』 『新しい冒険』




北公次『ただひたすら』




青山孝『夢のかけら』




『ブルドッグ』




『THE END -思いがけず出会ったら-』~『若者は旅をつづける』


放送の二日後、8月31日をもってフォーリーブスは解散しました。

1978年8月  34年前  永遠の夏

2012年9月17日 (月)

【美術】『サモトラケのニケ』9/15放送『美の巨人たち』/永い眠りから醒めた顔のない勝利の女神

一昨日、9月15日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』テーマ作品は、
パリ、ルーヴル美術館所蔵の彫像『サモトラケのニケ』でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120915/index.html

Nike
『サモトラケのニケ』(紀元前220-185年頃)

「サモトラケのニケ」とはなんでしょう?
「ニケ」はギリシア神話に登場する女神の名。
「サモトラケ」はこの像が発見された島の名。サモトラケ島です。
つまり、『ミロのヴィーナス』(ミロス島のヴィーナス像)と同様のネーミングです。

ニケ(ニーケー 古典ギリシア語: Νίκη, Nīkē) は勝利の女神。
天使のような羽を持っています。

英語だと「Nike」。そう、あの超有名企業の社名の由来です。
ローマ神話ではヴィクトーリア (Victōria) 。victory=勝利ですね。
しかし、ヴィーナスと違って、この女神を描いた絵画はあまり思い浮かびませんね。


サモトラケ島はギリシャ北東に位置する小島。
『サモトラケのニケ』は1863年、この地で考古学マニアだったフランス人外交官により発見しました。
しかし最初に見つかったのは胸から下の胴体と左の翼、それに幾つかの破片だけでした。
つまり頭部がなかったのです。

これは単に埋もれた遺跡だから見つからなかった、というわけではありません。
古代ギリシア時代が終わり、ローマ帝国の時代になってキリスト教が広まると、
異教となったギリシャ神殿は破壊、神々の像は顔を削られ、首や手を切り落とされてしまいました。
サモトラケ島のニケ像も同様だったのです。

しかし、そのような姿であっても、人々を魅了する優美さを失っていません。
凄いことです。

とはいえ、やはり気になるのは本来のニケの姿です。
番組ではニケの実像を求めての歴史が振り返られました。


今回の番組でひとつ感じたことがあります。
長いこと土に埋もれ、近世になって発見された、いわば古代の遺物にしては、
随分その来歴が定かのように思えました。

記録が残っているのかと思ったのですが、
Wikipediaによれば、この像について記された文献は現存しないそうです。
考古学的検証からの推論のようです。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月16日 (日)

【ダンス】ワールドダンスフェスティバル2012/ギャラクシーマスターズ速報グラフ

今日、2012年9月16日、日本武道館で開催された、
ボールルームダンスの激しい闘いと華やかなショーが交錯するイベントのグラフです。

第10回記念ワールドダンスフェスティバル 日英親善チームマッチ
第12回ギャラクシーマスターズダンス選手権
会場 日本武道館
主催 NPO法人 日本プロフェッショナルダンス競技連盟 東部総局


☆第12回ギャラクシーマスターズダンス選手権

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プロボールルーム
1位 アルーナス・ビゾカス&カチューシャ・デミドヴァ
2位 Craig & Evgeniya Shaw
3位 庄司浩太&名美

プロラテンアメリカン
1位 マイケル・マリト―スキー&ジョアンナ・ルーニス
2位 Gregor Rebulaz & Racheal Heron
3位 瀬古薫希&知愛



☆石原正三&渋谷透子引退セレモニー

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☆WORLD DANCE FESTIVAL

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◇日英親善チームマッチ
イギリス、ロンドンオリンピックの年に相応しい、初めての企画。

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英国大使夫妻も来場。


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◇世界チャンピオンデモンストレーション


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マイケル・マリト―スキー&ジョアンナ・ルーニス



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アルーナス・ビゾカス&カチューシャ・デミドヴァ


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月15日 (土)

【ビール 祭り】「恵比寿麦酒祭」恵比寿ガーデンプレイスにて9月17日まで

恵比寿ガーデンプレイスにて連休最終日の9月17日まで、
第4回ビヤフェスティバル「恵比寿麦酒祭」が開催中です。

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第4回ビヤフェスティバル「恵比寿麦酒祭」(ヱビスビールまつり)
2012年9月14日(金)~17日(月・祝)の4日間
恵比寿ガーデンプレイス
主催 サッポログループ各社
http://www.sapporobeer.jp/area/shutoken/yebisubeerfes/


オクトーバーフェスト情報の外伝、というわけでもないですが、
行く夏を惜しんで、ビールの祭りの紹介です。


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さすがに連休中とあって盛況でした。
場内は混み合っており、あっさりあきらめてガーデンプレイスのサッポロライオンへ。


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まぁビールは同じ恵比寿ビール、サッポロビールですし。


同じく、ガーデンプレイス内のYEBISU OYSTERBAR。


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牡蠣には白ワイン、牡蠣にはシャブリ…、
昔からよく聞きます。

このワインの銘柄は確認しませんでしたが、
最近はこのようなオイスターバーが増えました。

YEBISU OYSTERBAR
http://r.gnavi.co.jp/a077131/


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月13日 (木)

【芸能】横森良造氏死去/どんな曲でも即興で演奏する「歌の百科辞典」

アコーディオン奏者の横森良造さんが亡くなりました。79歳。
また一人、昭和の懐かしい方の訃報です…という言い方も失礼かもしれません。
最近まで現役で活躍されていたようですから。

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☆☆☆
アコーディオン奏者・横森良造さん死去…79歳・心不全
日本を代表するアコーディオン奏者として知られる横森良造(よこもり・りょうぞう)さんが
8月27日に心不全で亡くなっていたことが12日、分かった。79歳だった。葬儀は近親者で済ませた。
横森さんは神奈川県出身。1960年代から80年代にかけてテレビなどで活躍。
TBS系「お笑い頭の体操」、日本テレビ系「スター誕生!」などに出演し、テンポのいい伴奏をお茶の間に届けた。
最近はトークショーを行うなど公演を中心に活動。今年4月には、ももいろクローバーZの横浜アリーナ公演で
「素人のど自慢コーナー」に出演、メンバーと共演していた。
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120913-OHT1T00007.htm
★★★

さて、私はこの訃報記事や、あるいはWikipediaを読んでも、違和感があります。

もちろん、「日本を代表するアコーディオン奏者」という肩書は本当でしょうけど、
昭和の時代、横森氏がテレビに登場する際の、一番のセールスポイントだった点が、
ちゃんと書かれてないように思うのです。

それはどういうことかというと…。


私が横森さんを知ったのは、1970年代、NHKの公開放送の歌番組でした。
横森さんはこの番組の1コーナーのレギュラーで「横森良造トリオ」として出演、
アコーディオンではなく、ピアノを担当していました。
「横森良造トリオ」が番組限定ユニットなのか、他でも活動していたのかはわかりません。

この番組は紅白などと同様にビッグバンドが出演していました。
でも、そのコーナーだけは横森トリオが演奏を担当したのです。
なぜか…?

横森さんが出演したのがリクエストコーナーだからです。
その日のゲストが会場からのリクエスト曲(自分の持ち歌以外だったと思います)を歌うのです。

そこでの横森さんの役割とは…、
つまり、どんな曲をいきなりリクエストされても、即興で演奏することです。
当然、譜面もなしで。
カラオケなどない時代、いわば「歌の百科事典」!
それこそが横森良造さんだったと思うのですが、違うでしょうか。

『スター誕生』ではどうだったか、よく憶えていないのですが、
まったくの即興か、事前に曲名がわかっていたのか、いずれにしろ、譜面なしには違いなかったでしょう。

他の訃報記事には「どんな歌い手にも合わせて伴奏できる。」というような記述はあります。
それもそうでしょうが、それ以前に「どんな曲でも即興で演奏する」を忘れてほしくないですね。
子どもごころに、凄い人がいるものだと思ったものです。

そして、とにかく歌について物知りでなければいけないのだから、
歌謡界の生き字引のような、かなりのベテランだと思ってました。
私が憶えているNHKの歌番組は「歌のゴールデンステージ」だと思います。
だとすれば1973年スタートのようなので、横森さんは40歳になったばかりだったのですね。

この比類なき技量に加えて、柔和で親しみ易い笑顔のおじさん…というイメージ。
懐かしいです。
謹んで哀悼の意を表します。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月12日 (水)

【アイドル】週刊文春が元AKB48の前田敦子さんのスクープ(?)掲載

先日、AKB48を卒業、大きな話題を呼んだ前田敦子さんのスクープが、
今日9月12日(水)発売の週刊文春9月20日号に掲載されています。
まぁ、スクープというのか・・・? という疑問もありますけど。

しかし、週刊文春はまた話題性の強いスクープですね。最近飛ばしています。
今週は同日発売の週刊新潮にも自殺した松下忠洋金融相の愛人問題が掲載されており、
スクープ合戦となりました。


前田さんの記事の概要を週刊文春WEBから引用します。

☆☆☆
前田敦子 恋愛解禁直後の仰天スクープ撮
2012.09.11 18:00   
マエアツ号泣の理由は?
8月末にAKB48を卒業したばかりの前田敦子(21)が9月4日、秘密の合コンに出かけていたのを週刊文春がスクープした。写真には、泥酔、号泣のあげく、お姫様抱っこをされて“お持ち帰り”されるという、国民的アイドルの乱れた一夜が写し出されている。

同日夕方、東京・新宿にてフォトブックの発売記念イベントに登場した前田は、記者からの質問に答え、「恋したいです」と、きっぱり“恋愛解禁宣言”。秘密の合コンは、この日の夜に行われた。

合コンメンバーはマエアツと大島優子(23)、仲川遥香(20)。かつてAKBのセンターを争ったライバル2人が参加していたのだ。お相手は俳優の佐藤健(23)ら3人。映画「るろうに剣心」のヒットでがぜん注目を集める若手俳優である。

佐藤の所属事務所は「合コンではない。前田さんの卒業を祝う会で、彼女が具合が悪くなったため、介抱して、ご自宅まで送ってあげただけです。交際の事実はありません」と回答。

前田の所属事務所も同様に交際の事実はなく「友人の一人」とした。現役AKBメンバーでチームKのキャプテンでもある大島が合コンに参加したことについて、運営サイドは「合コンではなかった」と強調。「事前に許可をとった卒業祝いのカラオケパーティなので」問題ないという。
文「週刊文春」編集部
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1783
★★★

まず、登場人物が凄いですね。
AKBで前田さんと並ぶツートップ、前田さんの抜けた今は完全トップの大島優子さん、
そして若手人気俳優の佐藤健さん(「けん」ではなく「たける」です)。
前田さんと佐藤さんはドラマで共演したことがあります。

週刊文春には佐藤さんに「お姫様抱っこ」…というよりは、失礼ながら荷物みたいに運ばれている、
前田さんのお尻丸出しの、あられもない写真が掲載されています。

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紹介したWEB記事では解り難いので、週刊文春本誌からこの夜の解散・帰宅の流れを簡単にまとめると、
カラオケ店からはまず前田さんが酔って一人でタクシーで帰り、次いで大島さんと仲川さんが帰った後、
前田さんがなぜか戻ってきて、佐藤さんが前田さんの自宅までタクシーで送り届けたとのことです。
上の写真はタクシーを降りた後のものですね。


さて、AKB48といえば今や社会現象ともいえる超人気アイドル。
老若男女幅広いマニアがいる中で、トップどころの顔の区別もつかない私が、
何か書くのもおこがましいのですが、
1970年代-80年年代アイドル研究者の端っくれ(?)として、少しだけ書かせてもらいます。

あくまでAKBに詳しくない人間の感想ですが、前田敦子さんという人はどうも微妙に思えます。
魅力があるのはわかります。ハッとするような写真もありますね。
しかし、その時代のトップアイドルというほどのルックスなのか、オーラがあるのか、
そこまでは思えない。
ただ、「AKB48のセンター」というポジションにはピッタリはまったのかな? などと感じていました。


では、今回の記事についてです。
前田さんと佐藤さんの関係はよくわかりませんし、興味もありませんが、
基本的には、21歳の女の子が泥酔してハメをはずしちゃったということですね。
私も二浪したので大学入ったのが21歳の時、酔っ払って失敗繰り返してました。

しかし、どこぞの馬鹿学生と比較しても仕方ありません。
若くてもその分野のトップに立つ人にはそれなりのものが求められます。
大相撲でも横綱となれば、20歳そこそこでも「品格」が求められますし。

昔の女性アイドルはどうだったでしょう。

山口百恵さん。
彼女はそれこそ二十歳そこそこで、アイドルどころか芸能界の頂点という感じでしたね。
百恵さんはこんなことはあり得なかったでしょう。

でも、その後の世代の中森明菜さんなどは色々ありました。
昔のトップアイドルは皆しっかりしていた…とも言い難いですね。

しかし、前田さんの場合はAKB48という大グループの明確な頂点にいたので、
ソロのアイドルとは責任の重さが違う面もあります。
卒業によりその重圧から逃れたので、ハメをはずしちゃったのかも知れませんが、
今しばらくは慎重にした方がよかったですね。

というよりも、いくら若気の至りとはいえ悪酔いし過ぎです、
いわゆる「酒に飲まれる」というイメージですね。
有名人でなくても、特に若い女子がこれでは色々危険なので、改めた方がいいですね。


上で、前田さんはAKBのセンターだったから輝いていたのでは? みたいなこと書きましたが、
もちろんそんなこと断じられるほど、私は前田さんのこと知りません。
今後の活躍に注目します。


◆雑感
・誰しもが思うところでしょうが、恋愛禁止のAKBを卒業して「恋愛解禁宣言」した前田さんよりも、
メンバーである大島さんと仲川さんの立場は大丈夫なのか、と心配になりますね。
彼女らは「卒業を祝う会」に許可を得て参加していただけとのこと。
とりあえず大丈夫そうです。
しかし、合コンだったらNGだったのでしょうか。「合コン」か否かの定義とは?

・引用した記事だと、佐藤さんが前田さんを「お持ち帰り」したようにもとれますが、
前田さんの自宅マンションに送り届けて、エントランスで待っていた仲川さんに引き渡し、
仲川さんが前田さんをおぶって階段を上っていく写真が掲載されています。

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仲川さんは大島さんと一緒に帰った筈だったのですが、
なんらかの形で連絡を受けて前田さん宅でまっていたのでしょうか?
随分面倒見がいいな、友だち思いだなと感心してしまいました。
AKBの人間関係はわかりませんし、友だちとしての行為なのかはわかりませんが。
本誌の記事よると、最近仲川さんは前田さんとは懇意で、前田さん宅に入り浸っているそうですが。

・最近の女子は超ミニのワンピースかと思うと、ほとんどホットパンツを履いてますが、
前田さんはそういうファッションではないのでしょうか?
まくれ上がっているだけで、元々さほど短くもないのかも知れませんが。

・ところで、WEB記事中に二度も「マエアツ」とありますが、前田さんはそう呼ばれているのでしょうか?
「あっちゃん」とはよく聞きますが、「マエアツ」って、あまりセンスの良いニックネームではないような…。

*写真画像は週刊文春9月20日号より引用。

2012年9月11日 (火)

【昭和プロレス】金髪の一匹狼 上田馬之助の自伝的著書『金狼の遺言 完全版』

昨年12月亡くなったプロレスラー上田馬之助さんの自伝的著書
『金狼の遺言 完全版』を読みました。

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金狼の遺言 完全版(G SPIRITS BOOK)
2012年8月20日発行 辰巳出版


上田さん訃報にあたって記したブログはこちら。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-f0d6.html


(以下敬称略)

上田馬之助
(うえだ うまのすけ 本名上田裕司 1940年6月20日-2012年12月21日 72歳没)


昭和のプロレス界において稀大の 悪役レスラー、ヒールとして活躍し、
まだら狼、金髪の一匹狼などと異名とった上田馬之助。
彼は1996年に遭った交通事故の為、晩年はリハビリ生活を続けてきました。

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本書は上田が信頼を寄せていたプロレス記者、トシ倉森が上田の語る半生を口述筆記し、
東京スポーツ紙に連載(2007年1月~5月)した記事に大幅な加筆・修正を加え、単行本化したものです。

なんといっても、言葉を発するのも大変な状況で行われた後述筆記ですから、
言葉足らずになるのは当然だろうから、それは加味して読まねばなりません。

その上で、これは筆記者の技量によるところも大きいでしょうが、大変おもしろく読みました。
ただ、プロレス史の証言としては、そのまま受け入れていいかは、難しくも思えます。


本書には全編を通して、印象的な二つの特徴があります。

①「セメント」へのこだわり
セメント…つまりガチンコ、真剣勝負で闘って強いということですね。

本書では上田自身がセメントで最強であるかのように書かれていると同時に、
他のレスラーに対する評価も、セメントに強いかどうかに重きが置かれています。

たしかに上田はセメントに強いという言われ方をしてきたレスラーです。
しかし、最晩年である昨年発売されたDVD収録のインタビューでも、
ヒールへのこだわりの強さは感じますが、セメントという言葉は使ってません。
(前田日明への言及で「ガチンコ」とは言ってますが)
これは質問内容や編集で変わってくることなので、
DVDでは語ってないからおかしいということもありませんが、
本書でのセメントへの強い執着には若干違和感も感じました。

しかし、とにかく一貫していますし、それによって書かれているエピソードが引き立つ面もあります。


②アントニオ猪木の追慕
もうひとつはアントニオ猪木に対する強い思い。
まるで全編が猪木へのラブレターのようです。

ここでも「セメント」が出てきます。
猪木と上田はほぼ同期の入門、力道山道場での厳しい修練に耐え、
ともにセメント最強を目指して競い合った盟友という関係で語られています。

ただ、猪木の追慕・賛辞が多いので必然なのですが、
ジャイアント馬場には批判的な発言が多くなっています。
このあたりが、プロレス史の証言としてはそのまま受け取り難い部分です。
もちろん上田は、馬場が既に亡くなっているから勝手なことを言っているのではなく、
すべて真実だと主張していますが。


猪木クーデター・追放事件の真相
さて、上田馬之助がその人生を語るとなると、プロレス事件史的な意味で最も注目されるのは、
1971年、日本プロレスで起こったアントニオ猪木クーデター未遂~追放に関わる事件でしょう。
上田は猪木を裏切って密告、追放に至らしめた超本人とされてきました。
その後の新日本プロレスでの抗争では、皮肉にもこれが恰好のアングルになったのですが。

この件も当然、猪木寄り、アンチ馬場的な発言になっています。
まだ発売されてさほど時を経ていない書籍なので、あまり詳しく書くのは控えます。

印象としては…そうですねぇ、ひとついえるのは、
従来語られている説に比べて、上田の語った“真相”は比較的シンプルといえるかも知れません。
ちょっと読むと、聞き慣れない登場人物がいて、ややこしかったりもするのですが、
構造自体はだいぶ単純です。
ただ、それも体の状態による言葉足らずの可能性もあるので、判断は難しいですが。


親猪木 反馬場の理由
私は昭和プロレスファンで、平成以降のプロレス界の事情には疎いのですが、
上田が事故による負傷でリハビリ生活に入った後、
中心になって支援したのは新日本プロレスだったと思います。

事故の翌年、1997年に後楽園ホールで行われ、上田もテレビ電話で参加した、
「上田馬之助君を激励するプロレス大会」には猪木も登場してエールを送ったし、
1998年に熊本で行われ、上田自身も来場した「上田馬之助引退記念試合」には、
坂口征二を初め多くの新日のレスラーが参加しています。
他にもWAR、大日本プロレス、藤原組が協力しているようですが、
全日本プロレスの名は見当たりません。

普通に考えれば、上田の論調が猪木寄りになるのも当然かも知れません。
ただ、口述筆記がされた2007年頃となると、猪木は新日本から離れている筈ですし、
本書おける親猪木のスタンスが、事故後の新日への恩義からのみ出ているとも
考え難い面があります。
この点については私が疎いだけで、詳しい人ならわかるのかも知れませんか。


本書には賛否両論あるようですが、もちろん日本のプロレス界の事情ばかりでなく、
アメリカでの数々のエピソード、また武勇伝もあって面白いし、
上田のプロレス、あるいは人生についての考え方にも共感できる点も多かったです。

昭和プロレスファン、特に上田馬之助ファンなら、
当たり前ですが、必携の一冊だと思います。

Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月10日 (月)

【美術展】「奈良美智 君や僕にちょっと似ている」横浜美術館/気鋭の現代アーティストの本格個展は結構面白い

横浜美術館で9月23日まで、
「奈良美智 君や僕にちょっと似ている」展が開催中です。

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奈良美智 君や 僕に ちょっと似ている
2012年7月14日(土)-9月23日(日)
横浜美術館

主催 横浜美術館(横浜市芸術文化振興財団・相鉄エージェンシー・三菱地所ビルマネジメント 共同事業体)

「なら みち」さんという女性かと勘違いしてしまいそうですが、
「なら よしとも」さんという男性、気鋭の現代アーティストです。


奈良 美智(なら よしとも、1959年12月5日 - )
青森県弘前市出身の画家・彫刻家。世界的に評価されているポップアート作家です。
ニューヨーク近代美術館やロサンゼルス現代美術館に作品が所蔵されるなど、
日本の現代美術の第二世代を代表するひとり。
にらみつけるような目の女の子をモチーフにしたドローイングやアクリル絵具による絵画で知られます。

現代アート、絵画といっても、抽象画ではなく、
いってしまえばマンガに近いイメージです。
前回のブログにも書いた通り、たまたま仕事で横浜行ったついでの鑑賞だったのですが、
さすが、若くして世界に認められる芸術家には、やはり魅力があるものだと思いました。
なかなかおもしろかったです。


タイトル「君や僕にちょっと似ている」は、ビートルズの「Nowhereman」の歌詞に登場するフレーズ。
それは作家と作品の関係、さらに観客と作品の関係性を示しているとのことです。
絶え間ない変化を続ける世の中で、共感を呼び、長く残り、語り継がれるもの、
それは「君」や「僕」に「ちょっと似ている」、普遍性を持つ存在であるとのメッセージです。

本展は、作家にとって初の挑戦となる大型のブロンズ彫刻をはじめ、
絵画やドローイングなどの新作により構成されます。
2001年に開催した国内初の大規模な個展以来、横浜美術館では11年ぶりの個展開催となり、
その後、青森、熊本へ巡回する予定です。


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『夜まで待てない』2012年 アクリル・カンヴァス
パンフレット等で使用されている看板作品。
まさに「にらみつけるような目の女の子」の絵ですが、
なにやら意味深にも思えるタイトルの意図、わかります。
女の子の口に小さい牙が…。
そう、夜だけ活動する吸血鬼、ドラキュラのイメージですね。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月 9日 (日)

横浜桜木町-みなとみらい.2012.9.9/フォトジェニックな街

自社主催イベントで久々に横浜へ。
半年ぶりくらいでしょうか。
絵になる…というか、下手な写真でも撮りたくなる街です。


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横浜は「DanceDanceDance @ YOKOHAMA2012」というイベントの最中で、
この日も国際盆踊り大会開催中。
写真はマテ茶のサンバチームです。



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建設工事のクレーンも色とりどりで、おしゃれというかで。



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横浜美術館で開催中の「奈良美智 君や僕にちょっと似ている」展



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中央下部の明るくなってるいるところではアイドルグループ(?)の握手会をやってました。
賑わい盛り沢山の街です。



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国際都市らしく大道芸も。
日本の人でしたけど。



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Old Fashioned Club 月野景史

2012年9月 7日 (金)

幻の女子更衣室

私が勤めるオフィスは元専門学校だったビルで、各階同じ場所に男女のトイレがあります。
特に珍しいこともないですね。

そのビルにオフィスが移転して、2-3ヶ月ほど経った頃のことです。
帰りがけにたまたま他のフロアの部署に用事があって寄り、
その後、そのフロアの男子トイレに入ろうと扉を開けたところ、トイレではないのです。
なんとなく雑然とした、微妙に生活臭を感じさせる、会社内とも思い難い…空間。
ここは一体?

そう、私は知らなかったのですが、
男子トイレだったところを外観はそのまま、女子社員の更衣室に改造していたのです。
元々学校の大人数に合わせて、トイレが作られているので、
一箇所くらい男子トイレを潰しても、たしかになんの支障もありません。

幸い、遅い時間だったこともあり、中に人はいませんでした。
まずはそれがなによりよかったのですが、
その瞬間は結構びっくりしました。
いきなり異次元、異空間にタイムスリップ…というより、どこでもドアを開けたかのように思えたのです。


それから早や10年以上が経ち…
今日、こんな話を聞きました。

「女子更衣室を一つ潰して一箇所にして、潰した方は倉庫として使うみたいですよ。」
まぁ、合理化の一端ということです。しかし…、

私「一箇所潰すって、もう一箇所はどこにあるの?」
「え…、2階の男女のトイレの場所ですよ、両方とも更衣室です。知らなかったのですか?」

私はてっきり男子トイレだけをを更衣室に改造して、
女子の方はそのままトイレとして使っていると思っていたのですが、
両方とも更衣室になっていたのです。

女子トイレにしろ、女子更衣室にしろ、男が絶対開ける場所ではないので、
10年以上知らなくても仕方ないし、問題もないでしょう。
でもちょっと変な気分。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月 5日 (水)

【美術】『民衆を導く自由の女神』9/1放送『美の巨人たち』/革命画に託した芸術の革命

前回、2012年9月1日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』テーマ作品「今週の一枚」は
ウジェーヌ・ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』(1830年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120901/index.html

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この番組としては少し久しぶりに西洋絵画がテーマ、それも超大作が登場しました。
19世紀前半のフランス画壇、ロマン派を代表するドラクロワの代表作として、
誰でも一度は目にしたことがある、といっていい有名作でしょう。
しかし、革命がテーマであることは想像できますが、よく解らない点もある絵です。


その革命ですが、あまり西洋史に詳しくない人間としては、
当然フランス革命(1789年~)がテーマだと誤解してしまうのですが、
そあではなく、1830年のフランス7月革命が題材です。
歴史画のような雰囲気がありますが、リアルタイムの出来事がテーマなのですね。

そして、フランス革命からさほど経っていないのに、また革命?
などとも思ってしまいます。
西洋史に詳しくないと、解り難いです。
フランス7月革命は、1815年に復活した王制が、圧政に怒る市民により再び打倒された革命なのです。


ウジェーヌ・ドラクロワ
(Eugène Delacroix、1798年4月26日 - 1863年8月13日)

フランスの19世紀ロマン主義を代表する画家。

次回予告からある程度予想できましたが、
今回の番組の視点は、ドラクロワが描いた7月革命と、
ドラクロワ自身による絵画界の革命を重ね合わせるものでした。

夭折したテオドール・ジェリコーの影響を受け、ロマン主義を継承したドラクロワ。

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ドラクロワが感銘を受けたという、
ジェリコーの『メデューズ号の筏』(1818年-19年)


ドラクロワの描く絵が持つ劇的な画面構成や華麗な色彩表現は、
当時のフランス絵画の主流であった新古典主義、アカデミズム絵画からは受け入れ難いものでした。
しかし、ドラクロワはひるむことなく、自ら信じる道を邁進、
ついには画壇の権威、アカデミー・デ・ボザールの会員として認められます。


『民衆を導く自由の女神』
導くとはありますが、多くの民衆はこの圧倒的な存在感の女神を見ていません。
そう、彼女は革命の象徴であり、人々の目に見える存在ではないのです。

その中で、ただ一人女神を見ているように思える人間。
彼女の足元にひざまづく青い服の男。
この男が、画家が自分自身を託した姿である、というのが番組の解釈でした。
(この説には異論もあります。)


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月 4日 (火)

プロレス記者・評論家 菊池孝氏死去/昭和のプロレス中継の名解説者

プロレス記者、評論家、テレビのプロレス中継の解説者としても活躍した、
菊池孝さんが9月1日に亡くなりました。79歳。
80歳の誕生日を目前にしての訃報でした。


菊池孝(きくち たかし、1932年9月13日-2012年9月1日)
キャリア50年以上、存命のプロレス評論家としては「最古参」と呼ばれていました。

体調の問題は抱えていたようですが、
近年もオールドプロレスのDVDにコメンテーターとして出演するなど、
生涯現役を貫いた人でした。

神奈川県横須賀市出身。1956年、室蘭民報に入社して社会部記者に。
野球雑誌の記者を経て、1960年に夕刊新大阪でプロレス記者となり、
その後、1968年にフリーとなりました。

同時代のプロレス記者、解説者で名を知られた方は何人かいます。
山田隆氏、桜井康雄氏、門馬忠雄氏、鈴木庄一氏、
そして、少し年代は下ですが、やはり今年亡くなった竹内宏介氏…、
菊池氏はその中でも、早くからフリーとして活動された人です。

さて、半世紀以上のキャリアを誇る記者としての菊池さんについては、多くの方が書くでしょうから、
私はテレビのプロレス放送の解説者としての菊池さんに絞って記します。


昭和の時代、プロレスの実況中継の解説者としての菊池さんのキャリアはさほど長くはありません。
平成以降、多チャンネル化の時代を迎えてからも解説を務めたことはあるようですが、
昭和では、東京12チャンネル(現テレビ東京)が1974年~1981年に放送していた
『国際プロレスアワー』の後期のみだと思います。

Wikipediaには1977年からとありますが、77年か78年からの登場で、
放送が終了し、団体としての国際プロレスも終焉を迎える81年までの3~4年ほどです。
(その後、同じテレビ東京が放映した『世界のプロレス』にも出演したかと思いますが、
これは実況中継ではなく、映像を見ながらの解説でした。)


名解説者
私の知る中で、菊池氏は一番の名プロレス解説者だったと思います。
近年、菊池氏が解説を担当した時代の国際プロレスアワーの映像が、
DVDとして多く発売されました。
それらを再見して、その評価が間違いでないことを確認しました。


Kokusai_pro
菊池氏がコメンテーターとして出演したDVD『国際プロレスクロニクル 上巻』(2010年)
1980年前後の菊池氏の名解説が多く収録されています。


何をもって名解説者といえるか?
まずは、しゃべりが上手いというのは大前提です。
プロレスの解説者というと、元レスラーか、新聞・雑誌の記者がほとんどなので、
そもそも、おしゃべりが得意な人ばかりではありません。
(正直いうと、今DVD等で聞いても、音を消したくなるような場合もあります。)
しかし、菊池さんは上手かった。トップクラスだと思います。

とはいえ、もちろん大事なのはしゃべる内容ですね。

昭和の時代のプロレスは、各団体が年6-7回程度開催するシリーズごとに、
外人レスラーが入れ替わり来日し、日本勢と闘うのが基本的なスタイルでした。
ですから、まずはその外人レスラーについて、わかり易く説明してくれるのが第一です。

菊池さんの解説は、その外人レスラーのキャリア、
最近の本国(だいたいアメリカかカナダ、時にヨーロッパ、メキシコ等)での活躍ぶり、
過去に来日経験のあるレスラーなら、その時の実績、
(国際プロレスの場合も、他団体の場合もあるので、そこもわかり易く)
日本人レスラーとは、どのような因縁があるのか、
そして、今回の来日にあたり、どんな発言をしているのか、
一緒に来日した、他の外人レスラーとの関係は?

このような点を、実によどみなく解説してくれるのです。
プロレス中継の解説とはかくあるべきでしょう。
もちろん、日本人レスラーについても同様です。

当時の国際プロレス放送のメインアナウンサーは12チャンネルの杉浦滋男氏。
スポーツ中継のベテランで、知識も豊富なのですが、
それ故かどうか、解説者に対して結構難しい質問をすることもありました。
先日亡くなった竹内宏介氏も、後に杉浦アナは少し苦手だったと語っていました。

しかし、菊池さんとは名コンビだったと思います。
試合の展開についてのやりとりも的確で、わかり易かったです。


今回の訃報を受けての追悼記事を見ていると、
記者・評論家としての菊池さんんを評して「辛口」という言葉が目につきます。
たしかに大御所として、歯に衣着せぬ発言。
また、特に後年はレスラーや団体に対してもスタンスを明確にしていたようですね。

ただ、テレビの解説者としの印象は、とにかくソフトで解り易かったです。

昭和のプロレス名解説者、菊池孝さん。
謹んで哀悼の意を表します。

Old Fashioned Club  月野景史


以下、東スポWEBの記事より引用します。
☆☆☆
「日本最古参のプロレス評論家」菊池孝さん逝く
2012年09月04日 14時00分

「日本最古参のプロレス評論家」として、半世紀以上にわたって活躍したプロレス評論家の菊池孝さんが1日、入院中の東京都内の病院で誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため死去した。3日に遺族が発表した。79歳だった。

菊池さんは神奈川・横須賀市出身。1956年に北海道・室蘭民報の社会部で記者としてのキャリアをスタートさせた。その後、大阪新夕刊のプロレス担当を経てフリーに転向。本紙でも長くコラムを連載した。東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞選考委員も長年務め、ご意見番的存在だった。

現役記者では、ただひとり全盛期の力道山を取材。また“世界の16文”故ジャイアント馬場さんを「馬場ちゃん」と呼び、馬場さんからの信頼も厚かった。
亡くなる1か月前まで会場に足を運ぶ“現場主義”を貫き、選手や関係者からの信頼度も抜群だった。

【坂口征二新日本プロレス相談役の話】
オレが業界に入った時(1967年日本プロレス入団)から辛口な評論をされてた。普通はヨイショしたりするのに、毒舌でね。でもだからこそ信頼できた。プロレスのことをよく分かってくれてた。新日本として7日の後楽園大会で10カウントゴングを鳴らすことを決定しました。ご冥福をお祈りします。
http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/36219/
★★★

2012年9月 3日 (月)

「アートアクアリウム展2012~江戸・金魚の涼~」/金魚と光のコラボ

このブログでは、2012年のイベントを紹介しています。2013年展はこちら

日本橋の三井ホールで9月24日まで、
「アートアクアリウム展2012~江戸・金魚の涼~」 が開催中です。

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「アートアクアリウム展2012~江戸・金魚の涼~」
2012年8月17日(金)~9月24日(月)

日本橋三井ホール
東京都中央区日本橋室町2-2-1 コレド室町5F
http://h-i-d.co.jp/art/

古き良き江戸情緒と現代のテクノロジーと金魚のコラボレーションによる、全く新しい企画展。

ネット上の知人にも評判がいいので、鑑賞してきました。
私が行ったのはは夜の部「ナイトアクアリウム」です。

これは…たしかに綺麗、夢のように美しい、といっていいほどです。

1,000匹を超える金魚が舞うように泳ぐ、巨大金魚鉢『花魁』。
鯉が泳ぐ水槽にプロジェクションマッピングした『水中四季絵巻』。
花や鳥などのモーショングラフィックス映像に金魚の影が映し出された屏風水槽(ビョウブリウム)など。
様々にデザインされた水槽と金魚がコラボレーションする、
全く新しいアクアリウムアートが織りなす特別な世界です。


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特に夜の部の特徴かも知れませんが、光の変化による演出が凄いですね。
唯一の懸念は、金魚にとってストレスにならないのか、ということだけですが。
今の時代、そこは充分考慮されているのでは…とは思いますが。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月 2日 (日)

【美術展】「藤田嗣治と愛書都市パリ」松濤美術館/藤田とエコール・ド・パリの画家達の挿画集

東京渋谷区の松濤美術館において9月9日まで、
「藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀-」展が開催中です。

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藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀-
Tsuguharu Foujita and Illustrated Books in 20 Century Paris
2012年7月31日(火)-9月9日(日)
渋谷区立松濤美術館

会期も残り一週間ほどとなりました。


藤田嗣治  レオナール・フジタ
(ふじた つぐはる、Léonard Foujita 1886年11月27日 – 1968年1月29日)

エコール・ド・パリの画家。
芸術の都、フランスはパリで大きな成功を収めた日本人画家。

乳白色の美しい裸身で描かれた女性像の印象が最も強いでしょうが、それだけではありません。
6月には藤田が秋田の生活と祭りを描いた大作『秋田の行事』が、
テレビ東京系『美の巨人たち』で取り上げられ、このブログでも紹介しました

また、つい先日はNHKの『日曜美術館』で藤田の戦争画が取り上げられました。
戦争画に邁進する画家の姿は、乳白色のイメージとは異なるものでした。

長い画業で、そんないくつもの顔を持つ藤田嗣治。
本展はその挿画にスポットを当てています。


ヨーロッパにおける挿絵本の歴史は古く、書物としての価値だけでなく、
芸術作品として一つのジャンルを形成しています。
各時代、画家が本の内容に自らの解釈とイメージによる挿絵を描き、
文字と一体化した美しい挿絵本を生み出してきました。

藤田嗣治がパリに渡った1913年は、こうした挿絵本興隆の時代のさなかにありました。
パリ画壇で頭角を現し始めた藤田は、サロン・ドートンヌの会員に推挙された1919年、
最初の挿絵本《詩数篇》を手がけます。
後に「すばらしき乳白色の地」と絶賛される画風により一躍パリ画壇で揺るぎない地位を確立すると共に、
挿絵本制作にも精力的に取り組み始めます。
1920年代には30点以上の挿絵本を手がけました。
あのピカソでさえその半数に及ばなかったといいます。

本展では藤田のその時代のものだけでなく、後年の作品も合わせた挿画に加えて、
油彩画なども展示されています。

更に実は本展は藤田の作品だけの展示ではありません。
同時代の画家達の挿画や、一部油彩画も展示されています。
シャガール、パスキン、キスリング、ローランサン、
藤田と同じエコール・ド・パリの画家たちが中心ですが、
それ以外の画家の作品もあります。

なかなか多彩な展覧会です。
入場料300円、コストパフォーマンスも高し。

しかし、前にも同じようなことを書いたのですが、
この美術館は展覧会のタイトルのつけ方がどうもよくないです。

「藤田嗣治と愛書都市パリ -花ひらく挿絵本の世紀-」
おしゃれで素敵な感じはするのですが、
これだと藤田の作品のみ、それも色彩感の乏しい挿絵だけの、
資料的な展示のイメージを与えてしまうように思います。
実際はそうではないだけに残念です。

アンケート箱があったので、そのあたりを指摘させてもらおうと思ったのですが、
用紙切れでした。
名刺の裏に書いて入れてきましたが(笑)


Old Fashioned Club  月野景史

2012年9月 1日 (土)

【ビール 祭り】豊洲オクトーバーフェスト2012/ウォーターフロントのビアフェスト

このブログでは2012年の豊洲フェストを紹介しています。2013年フェストは7/19-28開催中です

東京江東区の豊洲公園にて9月9日まで、
豊洲オクトーバーフェスト2012が開催中です。

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豊洲オクトーバーフェスト2012
2012年8月31日(金)~9月9日(日)
平日16:00~22:00  土日11:00~22:00 (L.O. 21:30)
江東区立豊洲公園、東京都立春海橋公園
主催 オクトーバーフェスト実行委員会
後援 ドイツ大使館/ドイツ観光局/バイエルン州駐日代表部/東京都/江東区
http://www.oktober-fest.jp/2012toyosu/index.html


この場所では昨年に続いての開催。
ここは本当のウォーターフロント、海沿いでのフェスト。
海を眺めながらのフェストは、少なくとも関東近辺ではここだけではないでしょうか。
今年はGWお台場でも開催され、10月にも行われるようですが、
海が直接見える会場ではありませんでした。

本場ドイツのフェストとは雰囲気が違うかも知れませんが、
やはり海辺でのビールは応えられません。

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二日目、9月1日の様子。晴れたり、強めのにわか雨が降ったりと、落ち着かない天気でした。



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最も海沿いの席



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ウォーターフロントらしい光景。雲が厚い。


Old Fashioned Club  月野景史

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