【映画】『グスコーブドリの伝記』(宮沢賢治原作)観賞記/魅力もあるが難点も
映画『グスコーブドリの伝記』を観賞しました。
グスコーブドリの伝記
原作 宮沢賢治
監督 脚本 杉井ギサブロー
製作会社 「グスコーブドリの伝記」製作委員会
制作 手塚プロダクション
配給 ワーナー・ブラザース映画
公開 2012年7月7日 / 上映時間 108分
http://wwws.warnerbros.co.jp/budori/
私は大学の卒業論文のテーマが宮沢賢治童話でしたので、
もちろん公開前から興味を持っていましたが、
一方で、難しい題材を選んだものだとも感じていました。
しかし、短編の多い賢治作品で長編映画になるような作品は限られているのも事実です。
公開は7月初旬からでしたが、危惧した通りネット等での評判はよくありません。
少し気が重かったですが、ようやく観賞しました。
率直な感想としては、部分的には良い面もあり、面白く観たところもありましたが、
やはりそうでないところ、首をかしげるところも多かったですね。
いくつか焦点を絞って、感想など記していきます。
猫
監督・脚本の杉井ギサプロ―氏は1985年に同じ賢治の『銀河鉄道の夜』を映画化しています。
キャラクターを猫の姿で描いたことでも話題を呼びました。
今回も前作同様、キャラクターはみな猫の姿で描かれています。
まず、この点の是非も難しいですね。
猫好きな人はわかるものかも知れないですが、猫って普通に見ても、
性別や年齢はわかり難いですよね。
しかし、本作には個性の強い大人の男が数多く出てきます。
それをそれらしく描こうとすると、とても猫には見えません。
かえって違和感なく観れる部分もありますが、それなら猫にする必要があるのか、疑問でもあります。
原作童話『グスコーブドリの伝記』
現在、宮沢賢治の童話として知られる多くは生前未発表の作品です。
『銀河鉄道の夜』も『風の又三郎』も『セロ弾きのゴーシュ』もです。
しかし、『グスコーブドリの伝記』は生前、それも晩年近くに雑誌掲載された作品です。
その点では、映画化にあたっても、原作が未完成であるが故の深慮遠謀をせずに、
ストレートに映画化できる利点が、本来はあります。
一方でこの作品、誰が考えても子ども向け作品としての映画化が難しい点があります。
有名作で、今更ネタバレもないでしょうから書きますが、
結末が主人公の自己犠牲により、多くの人に幸せを与える物語なのです。
この点には古くから様々な見解・意見もありますが、
ストレートに解釈すれば、自己犠牲の賛美だと捉えられます。
そこを映画化にあたってどう描くか、最も難しいところです。
今回の映画についても色々と意見が分かれています。
私の観たところ、今回の描き方については、基本的な改変はしていないが、
原作にないキャラクターを絡ませて、あえて明確にせず、解り難く描いた、というところでしょうか。
この点については難しいところなので、賞賛もしませんが、否定もしません。
映像
これは素晴らしかったです。
ただ、私は最近のアニメ映画を劇場で観ることはまずないので、
他の作品と比べてもレベルが高いといえるのかはわかりません。
しかし、ネット上でもこの点については好評価が多いようですが。
声優
劇場用アニメ映画ではいわゆる「声優」さん達を使わず、
普段あまり声優経験のない有名俳優を使うことが多いようです。
この映画もキャスト全員ではないですが、主要な役はそうでした。
私は最近の声優さんに詳しくはありませんが、
アニメや吹き替え映画を観ても、本当に上手いと思います。
やはり適材適所、特にこういう難しい作品にはプロの声優さんを配役すべきと考えます。
といっても人によりけりで、ブドリ役の小栗旬さんなどは良かったと思います。
ただ、聴いていて「この人下手だなぁ、誰だろう?」と思うこともありました。
クレジットで確認すると、その人は元々俳優でもない方だったので、仕方ないですが。
冒頭
なんといっても映画は冒頭部分の、つかみが大事です。
『ブドリの伝記』の冒頭は飢饉によりブドリの家庭が崩壊する悲しいシーンです。
しかし、原作では短くあっさりめに記されています。
しかし、長編映画にする場合、ここはじっくりやらざるを得ないのでしょう。
それはわかるし、実際そうしてましたが、やはり難しいかったですね。
子ども達があんなにしっかり…というか、普通にしているのに、親が頼りなさすぎます。
賢治が生きた時代、親が子を手放すのにはな様々事情があったのでしょう。
賢治はそこは細かく描かず、後でブドリやネリが屈託なく両親を弔えるようにしたのかと思います。
(原作にはそういう描写があります。)
しかし、じっくり描くと色々と矛盾が出てきてしまいます。
それはわかるのですが、どうもつかみには失敗したように感じます。
引き続いてのてぐす工場のシーンもわかり難かったですね。
中盤
ブドリが山師の男とオリザ作りに励むシーンは原作を膨らませてますが、
上手くいっていて面白いと思います。
そのあとのイーハトーブの大学から火山局での物語も楽しく観れました。
このあたりは、ブドリの才能が開花して成果を上げていくところなので、
おもしろいのは当然なのですが、農村や都市部の映像もそれなりに魅力的で、
上手く描けていると思います。
ただ、前述のようにラストは難しかったですが。
マニア受け?
この映画で主人公のグスコーブドリブドリは眠りに落ちると、
不思議なばけもの達が跋扈する世界に迷い混みます。
その世界には謎の男に連れ去られたブドリの妹ネリがいるようです。
ブドリはその世界でいきなり裁判にかけられたりします。
つまり、現実と幻想が交錯するような作品構造なっているのです。
しかし、これらは原作にはまったくない描写です。
一体何なのか?
実はこれ、あえていえばマニアネタです。
賢治で“マニア”というのも変かも知れませんが、賢治作品に詳しい人ならわかるのです。
『グスコーブドリの伝記』には、
『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』という先駆作品があるのです。
まさに「ばけもの世界」が舞台の作品で、生前未発表です。
賢治は『ネネムの伝記』のストーリーの骨格だけを残して、
『ブドリの伝記』に改変したのです。
そのため、原作の『ブドリ』には『ネネム』の人外境的雰囲気が少し残っています。
しかし、具体的な「ばけもの世界」の描写はありません。
先駆形たる『ネネム』の世界を、今回の映画『ブドリ』に織り込んだのですね。
気になるのは、私のようなマニア(?)の端くれはいいですが、
そうでない人が観たらどう感じるのでしょうか。
映画を観る人は『ブドリ』は読んでても『ネネム』は知らない人、
あるいは『ブドリ』すら読んでない人、この二種の人達が大部分でしょうから。
ネット上で見ると、わけがわからないという感想がありました。当然でしょう。
別に原作になくとも、劇中で説明されていればいいですが、そうではないですからね。
しかし、なぜこのようなことをしたのでしょう。
私の推測ですが、マニア受けを狙ったというよりは、
『ネネム』を絡ませることによって、スタジオジブリの作品の雰囲気、
より具体的にいえば『千と千尋の神隠し』を盛り込むもうとしたのかと思います。
あくまで私のイメージですが、この映画で描かれた「ばけもの世界」は、
『ネネム』よりも『千と千尋』に近いように感じました。『
ネネム』の「ばけもの世界」あまりドロドロしていず、ポップな感じです。
といった感じで魅力もあるけど、難点も多い、というところでしょう。
強く批判もしませんが、共感し難い部分もあります。
なにより、昨年の東日本大震災と、それによる原発事故で日本が、
特に賢治の故郷である東北が、いまだ困難に直面している状況があります。
だからこそ今、という考えもあるでしょうが、どうしても重ね合わせて見てしまいますね。
難しいテーマを、難しい時期の選んだものだな、と感じます。
Old Fashioned Club 月野景史
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