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2012年7月

2012年7月31日 (火)

【芸能】1970年代 男性アイドル歌手 女性アイドル歌手 各ベスト5

以前、某掲示板に1970年代アイドル歌手の男女各トップ5を選んで書き込んだことがあります。
5組の中では順番は付けず羅列しただけですが、意外と好評でした。

アイドルのベストを選ぶのは難しい面があります。
数字だけなら、レコード売上げ枚数を見ればいいのですが、
アイドルとなると、
「アイドルか否か」
「よりアイドル的か」
「いつまでアイドルだったといえるのか」
という要素が絡み、それに数字を自分の匙加減で加味して、選ぶことになります。

ですので、基本的に選者の主観になるのですね。
だから、万人に受け入れられるベストは難しいのですが、
私が選んだトップファイブは納まりがいいと、結構好評でした。
それは以下の通りです。


◇1970年代(1970年-79年) 男性アイドル ベストファイブ (デビュー順)
フォーリーブス
野口五郎
西城英樹
郷ひろみ
フィンガー5



◇1970年代(1970年-79年) 女性アイドル ベストファイブ (デビュー順)
天地真理
桜田淳子
山口百恵
キャンディーズ
ピンク・レディー


男女共、ソロ3人にグループ2組。
なかなか、まとまりが良くはないですか。

フィンガー5は5人の内1人は女性ですが、
女性ファンからの人気が圧倒的でしたし、男性アイドルに入れました。

ではそれぞれについて、もう少し詳しく見ていきます。


◇1970年代 男性アイド ルベスト5 (括弧内はレコードデビュー日)
フォーリーブス (1968年9月5日)
野口五郎 (1971年5月1日)
西城英樹 (1972年3月25日)
郷ひろみ (1972年8月1日)
フィンガー5 (1972年8月25日)


この選択の前提として、沢田研二さんはアイドルに含めていません。
沢田さんは70年代もアイドル的な人気は高かったですが、
一応60年代のアイドル、70年代は実力派歌手という認識で外しました。

70年代の男性アイドルといえば、ひろみ、秀樹、五郎の「新御三家」が圧倒的でした。
ハイレベルな人気を長期に渡って保ち、この3人には文句のつけようがありません。

後は大ヒットはないが活躍期間の長かったフォーリーブスと、
短期間ながら爆発的人気だったフィンガー5という好対照のグループ。

フィンガー5は短期爆発型といっても「一発屋」ではなく、
記憶にも記録にも残る、大ヒットした名曲が複数あります。

異論があるとすればフォーリーブスでしょうか。
今回選んだ10組のうち、フォーリーブス以外の9組はすべてオリコン1位を獲得していますが、
彼らの歌は最高10位。数字の面ではかなり劣ります。


Fl001
しかし、特に“1970年代”という点では、その幕開けとほぼ同時にトップに立ったこと、
そして彼らのスタイルが、「美少年たちが歌って踊って」という、
男性アイドルのイメージを具現化したようなものであること…、
というよりは、そのスタイルが彼らによって定着した面も大きく、外せないと考えました。
それに、彼らを押しのけて、入れなければならないような人達もいないでしょう。


◇1970年代 女性アイドル ベスト5 (デビュー順)
天地真理 (1971年10月1日)
桜田淳子 (1973年2月25日)
山口百恵 (1973年5月21日)
キャンディーズ (1973年9月1日)
ピンク・レディー (1976年8月25日


1970年代初頭のトップアイドルは天地真理さん。これは文句ないと思います。
彼女と並んで三人娘といわれたのが、小柳ルミ子さんと南沙織さん。
特に小柳さんの70年代通してのレコードセールスは立派なのですが、
早い段階で大人の実力派に転身していると思うので、アイドルのトップ5からは外しました。

70年代の男性アイドルが新御三家ならば、女性は百恵・淳子でしょう。
長期に渡って高い人気を保ちました。
特に80年の引退までトップを譲らなかった山口百恵さんは文句なし。
桜田淳子さんは70年代末にはやや失速しますが、
「アイドル」という点では百恵さんより淳子さんの方よりアイドル的でした。
(上に書いた通り、この点は私の主観です)

この二人と並んで中三トリオなどと呼ばれた森昌子さんは、
早い段階で実力派演歌歌手のイメージが強くなったと思います。
もう一人挙げるなら、優れた歌唱力でヒット曲を連発した岩崎宏美さんがいますが、
アイドルという点では、淳子さんでしょう。


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そしてテレビの寵児として数々のヒットを生み、
78年の解散フィーバーも凄まじかったキャンディーズ


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70年代後半に日本中を巻き込んで爆発的ブームを起こした、
生ける伝説、ピンク・レディー

この2組には異論はないと思います。

この5組より後のデビューとなると、榊原郁恵さん、石野真子さんなどでしょうが、
5組に割り込むのは難しいでしょう。


以上、1970年代アイドル歌手男女各ベスト5、いかがでしたか。
70年代は新御三家と百恵・淳子の時代が長く、後半~終盤に強力なアイドルが生まれませんでした。
1980年代を迎えて早々に、たのきんトリオと松田聖子さんがブレイクし、一気に代替わりしました。
ですので、70年代から80年代にまたがる強力なアイドルが少なく、選び易い面もありました。

さて、その1980年代となるとどうでしょうか?
この時代の芸能界は女性アイドル全盛時代と呼ばれます。
女性については、ベスト5などとても絞り切れないかと思ったのですが、
考えてみると、5組だとまたちょうどうまい具合ら絞れるようにも感じます。

男性の方はえげつない結果になりそうですが、こちらも5組でピッタリか。

80年代についてはまた改めて。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月30日 (月)

【美術】7/28放送『美の巨人たち』小磯良平作『斉唱』/開戦前夜の美しき歌声

7月28日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は、
小磯良平作『斉唱』(1941年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin//backnumber/120728/index.html


Seishow_2

小磯良平
(こいそ りょうへい、1903年7月25日 - 1988年12月16日)

東京美術学校在学中から天才として注目を浴びてきた画家です。

在学中の作品が当時最も権威のあった「帝展」で見事特選の快挙。
さらに、学校の卒業制作でも史上最高得点を獲得し、首席で卒業。
その後は芸術の都パリに留学、巨匠たちの名画を研究し、西洋美術の神髄を学びます。
帰国後、小磯は同志と共に新制作派を立ち上げ、日本の洋画壇を牽引していきました。

『斉唱』はその小磯が38歳の円熟期に描いた代表作。
描かれているのは黒い制服に身を包んだ9人の女学生。
涼やかな合唱の歌声を響かせています。

しかし、この絵が描かれたのは、激動渦巻く太平洋戦争開戦前夜のことでした。
ですが、この作品からは戦火の不安も世相の混沌も全く伺うことが出来ません。
あるのは、ただひたすらに少女たちが歌う姿のみです。

ただ気になるのは、この少女たちの表情です。
どの顔も不思議なほど似通っていいます。
画家はなぜ少女たちを同じ顔に描いたのでしょうか?
画家がこの絵で表現したかったものとは…?


…というのが、今回の番組の切り口でした。

この絵の制作に先立つ1937年、
小磯は日中戦争に、戦意高揚の国策の元、従軍画家として戦地に赴きます。
西洋絵画でも戦争を描いた歴史画は制作されてきました。
小磯は歴史の浅い日本洋画に進歩にとって、
戦争画の制作はプラスになると考えたようです。

結果として戦意高揚に加担してしまったことを、後年小磯は後悔していたといいます。
番組で紹介された小磯の絵は、戦争を美化したようなものではありませんでしたが。

番組では、その後悔を籠めて描いたのが『斉唱』であるとの捉え方でした。
一方で、『斉唱』を描いたのと同じ1941年、
更に翌1942年に描いた戦争画も紹介されており、
そのあたりの関係はちょっと解り難かったですが。

もうひとつ、取り上げられたのは描かれた少女達の並び方です。
斉唱をしている筈なのに、バラバラの方向を向いて立っているのです。

『斉唱』のモデルとなったとされている神戸の松蔭高等学校の女子学生達です。
番組では同校の現役コーラス部員の生徒達に、絵と同じように並んでもらって検証していましたが、
やはり、実際には結構無理のある並び方のようです。


Seishow_001jpg
松蔭高等学校の現役コーラス部員たち(番組公式サイトより)
残念ながら、『斉唱』と同じように並んだ写真は掲載されてません。


小磯は一人ないし二人のモデルに様々の方向を向かせて写生し、
それを組み合わせるように描き上げたともいいます。
だから、女子学生達が似た顔をしているのですね。

音楽を絵で表現するのは難しい。
小磯の工夫が色々と籠められているようです。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月28日 (土)

【音楽】夏の名曲 松田聖子集/1980年代最大のアイドルは夏女

先日、このブログで「夏の名曲 1970年代女性アイドル編」を書きました。
続いて、1980年代編をと思ったですが、
この時代の女性アイドルとなるとまずは松田聖子さん、
彼女の夏の名曲は…、とても1曲に絞れないほど、夏の歌が多いのです。

もちろん、当時の聖子さんはコンスタントに大ヒットを飛ばしており、
当然夏の時期に出した歌もヒットしているのですが、
それにしても明確に夏がテーマの曲が多い。

聖子さん自身にそれほど夏のイメージがあるとも思えないので、少し意外です。

それでは、夏の名曲をピックアップ。
なるべくリリース当時リアルタイムの映像を集めてみました。




裸足の季節 1980年4月1日

デビュー曲。1980年代の幕開け。
4月1日発売なので、夏というには時期的に早過ぎるのですが、
これほど夏をイメージさせるタイトルはないですね。

この歌は資生堂の若者向けの洗顔フォーム「エクボ」のCMソングでした。
その映像も紹介します。



おそらく、これが一番最初のバージョンだと思います。
出演しているのは山田由起子さん。
聖子さんは歌だけの担当でした。




青い珊瑚礁 1980年7月1日
デビュー2作目の大ブレイク曲




夏の扉 1981年4月21日

黄色のミニドレスでノリノリ。
最も夏の歌のイメージが強いのはこれでしょうか。
しかし、この歌も4月の発売なのですね。




白いパラソル 1981年7月21日
少ししっとり。




渚のバルコニー  1982年4月21日
この歌も4月発売!




小麦色のマーメイド 1982年7月21日
更にしっとりと大人っぽく。


こうしてみると、デビューから3年間、
毎年2曲ずつ夏の歌をリリースしてるのですね。
まさに夏女。
これだけの、記録にも記憶にも残る名曲を続けて残すのも凄いことです。


松田 聖子 (1962年3月10日 - )
最近も三度目の結婚が話題になった聖子さん。
しかも略奪婚とか…?
ともかく、輝き続けています。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月27日 (金)

【美術】ブリューゲル一族超入門/ピーテル、ヤン、(父)、(子)…フランドル絵画の名門

ブリューゲル
西洋絵画の分野でよく聞く名前です。
実は16世紀から17世紀のフランドルで、多くの著名画家を輩出した一族の姓名なのです。

現在、上野の東京都美術館で開催中の
マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」にも、
一族の一人、ヤン・ブリューゲル(父)の傑作2点が来日中です。

ただこの一族、ヤンもそうですが、(父)とか(子)とかついてややこしいのです。
これはつまり、一族の画家の中で、大リーガーのケン・グリフィー・ジュニアのように、
父と息子が同名のケースが二つあるのです。
だから、(父)とか(子)つけて、区別しないといけないのです。

では、一族を世代別に整理してみます。

◆太祖
ピーテル・ブリューゲル (父) (Pieter Brueghel the Elder, 1525年頃 - 1569年)

◆ピーテル(父)の子
ピーテル・ブリューゲル (子) (Pieter Brueghel the Younger, 1564年 - 1638年)
ヤン・ブリューゲル (父) (Jan Brueghel the Elder, 1568年 - 1625年)

◆ヤン(父)の子
ヤン・ブリューゲル (子) (Jan Brueghel the Younger, 1601年 - 1678年)
アンブロシウス・ブリューゲル (Ambrosius Brueghel, 1617年 - 1675年)

◆ヤン(子)の子
アブラハム・ブリューゲル (Abraham Brueghel, 1631年 - 1690年)

他にもいるのですが、とりあえず四世代の代表的な画家を挙げました。


名声でいえば圧倒的に太祖たるピーテル(父)が高いです 。
北方ルネサンスを代表する大画家。
次いで、彼の下の息子のヤン(父)ということになるでしょう。

では、それぞれもう少し詳しく見ていきましょう。


ピーテル・ブリューゲル (父)
(Pieter Brueghel the Elder, 1525年頃 - 1569年)

ネーデルラントの大画家。

諺や寓話をテーマとした作品から、やがて農民を描いた風俗画を多く手がけ、
農民画家のブリューゲル」と呼ばれました。

その絵には様々な寓意が籠められているように思われるのですが、
なかなか解釈が難しい場合も多いです。
ひとつには、画家の人物像が伝わっていない為でもあるのですが、
そのような謎めいた点も興味を集め、人気の高い画家です。


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ピーテル・ブリューゲル (父) 『ネーデルラントの諺』 (1559年)

息子たちをはじめ、後進の多くの画家を彼の模作を描きました。

二人の息子も著名な画家となりましたが、
上の子が5歳、下の子が1歳の時に亡くなっており、
息子たちに直接絵の指導をすることはありませんでした。
(上の子には、お遊び程度に教えたかも知れませんが)


ピーテル・ブリューゲル (子)
(Pieter Brueghel the Younger, 1564年 - 1638年)

ピーテル(父)と同名の上の息子
自身の作品としては、宗教画や幻想的な絵画が多く、
地獄の風景が得意で「地獄のブリューゲル」という凄いニックネームがありますが、
画業の多くを父の作品の模写に費やしており、
オリジナルの画家としての名声は、弟に劣ります。


ヤン・ブリューゲル (父)
(Jan Brueghel the Elder, 1568年 - 1625年)

ピーテル(父)の下の息子
その色調から「ビロードのブリューゲル」、
静物画や植物描写を得意としたことから「花のブリューゲル」とも呼ばれます。
「花の」で覚えるのがいいと思います。

他の画家の共同制作も多く、人物を他の画家が、
ヤンが背景の植物などを描くパターンが主でした。
「マウリッツハイス美術館展」に来日中の二点の内のこの作品もその例です。


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『四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪』(1621-22年頃)
ヤン・ブリューゲル(父)とヘンドリック・ファン・パーレン(共同制作)


共作相手のファン・バーレンは神話画を得意とする画家です。
画題のケレスとは、ローマ神話の豊穣神、つまり農業などを司る女神。
ファン・バーレンによる美しい女神や精たちと、ヤンの描く瑞々しい果実たち、
最高の組み合わせです。


ヤン・ブリューゲル (子) (Jan Brueghel the Younger, 1601年 - 1678年)
ヤン(父)の同名の子
父親の元で修業し、父親と同じようなスタイルの作品を制作しました。
弟のアンブロシウス(Ambrosius Brueghel, 1617年 - 1675年)と共に、
細部まで描写した風景画や寓意画を描いた他、父の模作も手がけました。


アブラハム・ブリューゲル (Abraham Brueghel, 1631年 - 1690年)
ヤン(子)の子
父親の元で修業し、花を描いた静物画で知られます。


この一族、あえていえばピラミッド型で、世代が上の方が名声が高い、
と覚えておけば、我々素人はとりあえず良いと思います。
実際はそう短絡的に言い切れるものではないでしょうから、
興味が沸いたら探究してみてください。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月26日 (木)

【美術】『モナ・リザ』のモデル女性の遺骨発見!?/そもそもモデルは特定されているのか?

ネットで美術関連のニュースが流れました。
あの『モナリザ』のモデル女性の遺骨を発見か、という話です。

Mona_lisa
『モナ・リザ』(1503-06年頃)
ルネサンス期イタリアの大芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチによる油彩画。

来日中の超人気作、フェルメールの『真珠の首飾りの少女』もこの絵には敵いません。
世界でも最も有名な絵画でしょう。
そのモデルとなった女性の遺骨が発見されたというのです。

なぜ、それが大発見か?
モナ・リザのモデルの第一候補とされる女性はいるのですが、
確定的ではなく、多くの異説があり、美術史上最大級のミステリーとされてきました。

モデルは男性だとか、レオナルド自身だとか、聞いたことがあるでしょう。
もちろん、他の実在の女性だという説も色々ありますが、
母親との縁が薄かったレオナルドが、理想の母のイメージを投影させたなどともいわれます。

さて、今回発掘された遺骨は、その第一候補の女性らしいということなので、
遺骨を調べれば『モナ・リザ』のモデルが確定される可能性がある、というわけです。
といっても、なかなか難しいことだとは思いますが。

『モナ・リザ』については色々な説があり、
ネットを見てても訳がわからなくなります。
例によってこのブログでは、本当の概略のみ記します、


モデル第一候補の女性
日本で『モナ・リザ』と呼ばれる絵の英語名は同じ『Mona Lisa』ですが、
レオナルドの母国イタリア語では『La Gioconda』、
そして、この絵があるフランス語では『La Joconde』と呼ばれます。

ジョコンド(Joconde)とは誰か?
イタリアのフィレンツェの貴族で裕福な絹商人だった
フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リザ・ゲラルディーニのことです。
ジョコンド夫人ということですね。
「モナ」は婦人の意味なのでリザ婦人ということ、つまり『モナ・リザ」も『ジョコンド』も同じ人を指しています。

『モナ・リザ」はレオナルドがジョコンド夫妻の依頼により、1503~06年頃に描いたとされます。
しかし、依頼されて描いた肖像画なら、依頼主である夫妻の手に渡る筈ですが、
そうはなりませんでした。この絵は生涯レオナルドの手元に置かれます。
レオナルドはイタリアの人ですが、晩年はフランソワ一世に招かれてフランスに移ります。
『モナ・リザ』には、そこで亡くなるまで手を加え続けたといいます。

だからこの絵はそのままフランスに留まり、フォンテーヌブロー宮殿を経て、
ルーブル美術館に収められ、フランスの至宝となったのです。


ジョコンド説の根拠
ではモデルがリザ=ジョコンドであるとの説の根拠はなにか?
レオナルドの遺稿の中に、それを示す記録は残っていませんでした。
レオナルドの死後、16世紀半ばに記された書物が出典元です。

自ら画家であり、芸術家を扱った伝記作家でもあるジョルジョ・ヴァザーリにより、
1550年に刊行された『画家・彫刻家・建築家列伝』の中で、
当時フォンテーヌブロー宮殿にあった『モナ・リザ』について、
モデルがフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であると言及されているのです。

しかし、ヴァザーリは1511年の生まれで、レオナルドにもリザにも会っているとは思われず、
ヴァザーリが何を典拠、今風にいえばソースにしたのかがわかりません。
レオナルド自身も『モナ・リザ』に関する確たる記録を残しておらず、
その為に様々な説が生まれたのです。

そもそもこの絵の制作年代とされる「1503~06年頃」にしても、
もしフィレンツェ在住のリザがモデルだとすれば、
リザの結婚後で、レオナルドがフィレンツェにいたのがこの時期しかないからです。
傍証であり、逆算ともいえます。

ところが、2008年になって、古書の欄外に記された、
「レオナルドは今、リザ・デル・ジョコンドの肖像を描いている」
という書き込みの発見が公表されました。

この書き込みは1503年10月になされたものとされ、時期的にも合致します。
これにより『モナ・リザ』=リザ・ゲラルディーニ説の信憑性が高まりました。
もちろん、それならばなぜ依頼主に渡さなかったのか? という疑問は残るのですが。

このような状況における今回の発見、
さて、どのような調査かなされ、何が分かりますか。
そこまでする必要があるのか? という疑問も感じますが。

Old Fashioned Club  月野景史


では長くなりますが、最後にこのニュースの全文を引用しておきます。

☆☆☆
「モナリザ」の遺骨を発見か、イタリア修道院で発掘調査
2012年07月25日 11:37 発信地:フィレンツェ/イタリア

世界一謎めいたほほ笑みで人びとを魅了する女性、「モナリザ(Mona Lisa)」。ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)が描いたこの有名な肖像画のモデルとなった女性の人骨を発見したかもしれないと、イタリアの考古学チームが24日発表した。名画の謎解明に大きな前進となるのではと期待が高まっている。

現在仏パリ(Paris)のルーブル美術館(Louvre Museum)に展示されている「モナリザ」は、1503~06年に制作された。モデルとしては、証拠はほとんどないものの、伊フィレンツェ(Florence)の貴族で裕福な絹商人フランチェスコ・デルジョコンド(Francesco del Giocondo)の妻だったリザ・ゲラルディーニ(Lisa Gherardini)が最有力候補との見方が、美術史家の間では一般的だ。夫のデルジョコンドが制作を依頼したと考えられている。

ゲラルディーニについては前年、新たな文献から夫の死後、娘2人が修道女となっていたフィレンツェの聖ウルスラ女子修道院(Convent of Saint Ursula)で暮らした後、同地に埋葬されたことが判明。後世に作られたコンクリート床を掘り起こして発掘調査が行われていた。

美術品をめぐる謎の解明を専門とするシルバノ・ビンチェティ(Silvano Vinceti)氏率いる調査チームは、これまでにも数体の遺体を発見しているが、今回見つかった人骨は非常に状態が良く、頭蓋骨も無傷で残っている点が特に重要だという。フランシスコ会の祭壇近くに埋葬されていて、埋葬時期もゲラルディーニものと一致するという。

人骨は今後鑑定へ回されるが、ゲラルディーニのものと断定されれば頭蓋骨から生前の顔を復元し、モナリザの特徴と比較したいと調査チームは話している。

ただ、これまで見つかった他の遺体と同じく無関係との鑑定結果が出る可能性もある。その場合、祭壇の反対側にあるより大きな墓に眠っているとみられる他の遺体の発掘作業が9月に開始される予定だ。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2891439/9288831
★★★

2012年7月25日 (水)

【音楽】夏の名曲 1970年代女性アイドル大ヒット曲編/真理 沙織 淳子 百恵 ピンク

夏というのは不思議な季節で、今を謳歌する享楽的なイメージがありながら、
妙にノスタルジックな気分にもなるものです。

そこで、もうたいぶ古い時代になりましたが、1970年代女性アイドルによる夏の名曲選です。
今回は知られざる名曲ではなく、トップアイドルによる時代を代表するビッグヒットを並べてみます。
リリース順ではなく、ほぼデビュー順(ちょっただけ違うけど)

そして、一曲を除き、現在本人達によるライブでの歌唱を聴くのは難しい歌たちです。



天地真理 『恋する夏の日』 1973年7月1日

太陽のような笑顔。
誰がなんといおうと、この人は最高のアイドルでした。




南沙織 『17才』 1971年6月1日

南から来た少女。
爽やかな風のように、70年代駆けぬけた人。




桜田淳子 『夏にご用心』 1976年5月25日

弾ける若さ、これぞアイドル。
誰がなんといおうと、この人は最高のアイドルでした…、

しかし、天地さんといい、この人といい、
こんな言い方をせねばならないのが悲しいですが。




山口百恵  『ひと夏の経験』 1974年6月1日

いわずと知れた生きた伝説。
しかし、この歌を15歳の少女が歌い、10歳に満たない子どもたちが口ずさんでいたとは。




ピンク・レディー 『ペッパー警部』 1976年8月25日

一転してパワフル。
しかし、ピンク・レディーで夏の歌なら『渚のシンドバット』では?という声もあるでしょうが、
私はこちらを推します。

「都会の空では奇跡のような 星空広がる夏の夜 あぁ夢みたい」
すばらしいフレーズ。

ところで、4曲目までは現在ライブで聴くのは難しい歌ですが、
ピンク・レディーは現役ですね。

せっかくだから最後に21世紀バージョンを。




ノスタルジーとはいわせないわよ!!


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月24日 (火)

【美術展】「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」/『真珠の耳飾りの少女』以外にも傑作多数

東京上野の東京都美術館で9月17日まで、
「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」が開催中です。

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東京都美術館 リニューアルオープン記念
マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝
2012年6月30日(土)-年9月17日(月・祝)

会場:東京都美術館
主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)、朝日新聞社、フジテレビジョン
後援:オランダ王国大使館
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/
(*本展閉幕後は、神戸市立博物館開館30年記念特別展として、9月29日-2013年1月6日に開催されます。)


改装なってオープンの東京都美術館初の大型企画展。
人気のフェルメールの超人気作『真珠の耳飾りの少女』が来日とあって、
6月30日の開幕以来連日大盛況、13日目で来場者が10万を突破したそうです。
一説によると、ディズニーランドの人気アトラクション並みの行列とか、
まったく恐るべしフェルメール人気。

この状況に対し、さすがに美術館側も動きました。
7月21日~8月30日まで、開室時間が通常の17:30から18:30まで延長されたのです。
それを受けて私も、22日の日曜日、本来の閉館時間に近い17:20頃に入館しました。
結果は…予想以上にゆっくり観賞することができました。

観賞してアピールしたいポイントは2点。
看板作の『真珠の耳飾りの少女』は予想以上によかったこと。
そして、この絵以外にも推奨したい良い絵がいくつもあったことです。

そのあたりを軸に、本展を簡単に紹介します。
まずは大元の美術館について


マウリッツハイス美術館
フェルメールやレンブラントの母国であるオランダ第3の都市ハーグの中心地にある美術館。
所蔵作品は約800点と小規模ですが、選りすぐりの名品を所蔵し、
「王立絵画館」の呼称で親しまれています。

なかでも、世界にわずか三十数点しか現存しないフェルメール作品を3点所有するなど、
17世紀オランダ・フランドル絵画の質の高さは比類ありません。

しかし、僅か800点の所蔵品から本展にどれほどの美術品を貸してくれるのか、不安に感じますが、
実は同館では大規模な増改築工事がスタートする為(2014年頃までの予定)、
その合間をぬって約50点の名品が来日するのです。


どうしても『真珠の耳飾りの少女』ばかりに注目が集まってしまいますが、
他にフェルメールは最初期の作品で神話がテーマの『ディアナとニンフたち』。
そしてフェルメールと並ぶオランダ絵画のスーパースター、レンブラントの作品が6点。
更にフランス・ハルス、ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)、ヤン・ステーンら、
主に17世紀バロック期のオランダ・フランドル絵画の巨匠達の名作が来日を果たしました。
私見ですが、思っていた以上に良い絵画が多かったです。


本展の展示構成は以下の通り。

第1章 美術館の歴史
第2章 風景画
第3章 歴史画(物語画)
第4章 肖像画と「トローニー」
第5章 静物画
第6章 風俗画

西洋絵画の主要ジャンルごとの章設定。
時代は17世紀バロック、地域もオランダ・フランドルにほぼ絞られており、
統一感を感じられる展示です。
『真珠の耳飾りの少女』は第4章に展示。
この絵を観賞する為の特別行列スペースが設けられています。


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『真珠の耳飾りの少女』(青いターバンの少女  1665年頃) ヨハネス・フェルメール

この絵は先日、テレビ東京の『美の巨人たち』に取り上げられた際にも、
このブログで色々記してますので、今回はあまり書きませんが、
実物も観た印象としては、予想以上でした。
少女の顔が明るくきれいなのです。
いわばポートレートなので、顔の肌色の美しさは重用なポイントです。


それでは、他の作品からいくつか紹介します。


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『四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪』(1621-22年頃)
ヤン・ブリューゲル(父)とヘンドリック・ファン・パーレン(共同制作)


名高きブリューゲル一族は(父)とか(子)とか、色々ややこしいのですが、
ヤン・ブリューゲル(父)は、かのピーテル・ブリューゲル(父)の下の息子で、
父に次ぐ有名画家です。

「花のブリューゲル」と呼ばれた植物・果実などを描く名手で、
本展には花を描いた単独の静物画も来ていますが、本項ではこの作品を取り上げます。
この人は共同制作も多く、他の画家が人物を、ヤンが花など植物を、
という組み合わせが主なのですが、まさにその一品です。

共作相手のファン・バーレンは神話画を得意とする画家です。
画題のケレスとは、ローマ神話の豊穣神、つまり農業などを司る女神。
ファン・バーレンによる美しい女神や精たちと、ヤンの描く瑞々しい果実たち、
最高の組み合わせです。

ブリューゲル一族についてはこちら


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スザンナ』(1636年) レンブラント・ファン・レイン

6点が来日しているレンブラントはあえてこの作品を取り上げます。
レンブラントの裸婦といえば、『ダナエ』と『バト・シェバ』が有名です。
スザンナも含めた3人ともヌードの画題になることが多いですが、
ダナエがギリシア神話なのに対し、バト・シェバとスザンナは旧約聖書の登場人物です。

そして、二人とも水浴姿を覗き見られ、その為に禍に巻き込まれてしまう女性なのです。
このスザンナは、覗かれているのを気づき、慌て怯えたかのようなシーンですね。

物語のことはこれくらいにして、
このスザンナは現代の視点で観るとやや腹部にボリュームがあり過ぎるように思えますが、
整った顔立ち、白い肌の質感がレンブラントならではの明暗技法で照らし出され、魅力的です。



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『親に倣って子も歌う』(1668-70年頃) ヤン・ステーン

17世紀オランダ絵画といえば、この人を忘れてはなりません。
民衆の生活をユーモラスに描いた風俗画で知られるヤン・ステーン。
同じ時代のオランダ風俗画といっても、フェルメールとは印象がかなり違います。

この人は諺や習わしを題材にして寓意を籠めることが多く、
この絵では親が子どもの悪い手本になってしまうことを描いてます。
酔っぱらって幼児にパイプを吸わせたり、今こんなこと描いたら大変ですね。

左端の女性が持つグラスに注がれている酒はロゼワインでしょうか。綺麗な色です。


他、各ジャンルからいくつか簡単に紹介します。


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『農家のある森』(1665年頃) メインデルト・ホッペマ
風景画では巨匠ライスダールの作品を差し置いてこれを推します。
手前の木陰の暗さと、奥の陽光に照らされた広場の明るさの対比が良い。



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『豪華な食卓』(1655年頃) アーブラハム・ファン・ベイエレン
静物画からはこれ。まさにタイトル通り。
果実の瑞々しさもですが、食器類の精緻さも凄い。場内でも一際目を引く大作です。



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『デルフトの中庭』(1658-60年4頃) ピーテル・デ・ホーホ
風俗画からもう1点
ホーホはフェルメールと同じデルフトの地で風俗画を主に描いた人で、
フェルメールとはライバル関係にあったとのことですが、
このような屋外での風俗画はフェルメールにはないものですね。

この絵の魅力は色々あるのですが、私は女性が現代にもありそうなグラスで
ビールを飲んでいるのが珍しくて気に入りました。


以上、何点か紹介しました。
なかなか魅力的な展示ですが、できればゆっくり鑑賞したいものです。
とりあえず最初のピークは過ぎたのではないかと思いますが、
公式サイトでリアルタイムの混雑状況、及び過去のデータも見れますので、
可能な限り空いてる時間を狙っていただきたいものです。

リニューアルした東京都美術館もすっかり綺麗になりました。

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今後も魅力的な展覧会を多く催してほしいものです。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月23日 (月)

【美術展】「スイスの絵本画家 クライドルフの世界」渋谷Bunkamura/花と動物、小人のメルヘン|郡山、富山、横浜も巡回

東京渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで7月29日まで、
「スイスの絵本画家 クライドルフの世界」展が開催中です。
会期も後一週間となりました。
(但しこの後、郡山、富山を巡回し、来年1月には横浜で開催予定です *詳細後述)

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スイスの絵本画家 クライドルフの世界
2012年6月19日(火)-7月29日(日)

会場 Bunkamuraザ・ミュージアム
主催 Bunkamura、NHKサービスセンター
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_kreidolf/

花と小動物、小人、まさにメルヘンの世界の展覧会です。


エルンスト・クライドルフ
Ernst Kreidolf (1863年2月9日-1956年8月12日)
日本でよく知られた名前ではないですね。
英語版Wikipediaにも、僅かに項目だけが存在するのみです。
日本語版はなし。

子どものような無垢な眼差しと自由な想像力で、小さな生き物たちを主人公にした
不思議な世界を詩情あふれる文章とともに生み出した絵本画家。
スイスではいまでも子供たちに愛され読みつがれる国民的な作家・画家で、
19世紀から20世紀初頭にかけてのヨーロッパにおける絵本の黎明期を代表する一人として、
評価の高いアーティストです。

本展は、美しい自然と豊かな芸術の国、スイスで育まれた画家クライドルフの作品世界を
ベルン美術館寄託の作品を中心に約220点でたどる、日本で初めての大規模なクライドルフ回顧展です。


展覧会の構成は以下の通り。

プロローグ 肖像と風景
第1章 初期の絵本
第2章 くさはらの中の生き物たち
第3章 アルプスの花の妖精たち
第4章 妖精と小人-メルヘンの世界の住人たち
第5章 子供たちの教育
エピローグ:夢の世界

数は少ないですが、油彩画も展示されており、
その中には思わず目を止めしまうようなて絵もありましたが、
やはり各章のタイトルからもわかる通り、
擬人化された花や昆虫、小動物たち、そして小人や妖精たち歌い、踊る、
童話・メルヘンの世界を楽しむ催しでしょう。

実はクライドルフは若い頃に体調を崩し、アルプスで療養生活を送っています。
その時代に自然に親しみ、観察し、描写力を養いました。
大自然に息づく小さな生き物たちの世界。
このアルプスでの体験が、独特な世界を創造する原動力となったのです、

その自然描写の基礎が根底にあっての、
擬人化された動植物たちによるメルヘンの世界なのでしょう。

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『花のメルヘン』より 《プリムラの花園》 鉛筆、墨、水彩・紙 1898年 ヴィンタートゥール美術館



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『バッタさんのきせつ』より 《おくさんたちのボーリング》  水彩、墨・紙 1931年  ベルン美術館



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『花を棲みかに』より 《まま母さん》 水彩、墨、グワッシュ・紙 1924年以前 ベルン美術館



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『妖精たち小人たち』より  《復活祭のうさぎ》 水彩、墨・紙  1929年 ベルン美術館



東京展はまもなく終了ですが、その後は以下のスケジュールで巡回予定です。

郡山市立美術館(福島) 2012/8/4(土)-9/17(月)
富山県立近代美術館(富山) 2012/11/10(土)-12/27(木)
そごう美術館(横浜) 2013/1/30(水)-2/24(日)


エルンスト・クライドルフ 主な絵本作品リスト
(絵・文ともにクライドルフの絵本)
『花のメルヘン』Blumen Märchen 1898
『眠れる木』   Die Schlafenden Bäume 1901
『くさはらのこびと』 Die Wiesenzwerge 1902
『アルプスの花物語』 Alpenblumenmärchen 1922
『ふゆのはなし』 Ein Wintermärchen 1924
『花を棲みかに』 Lenzgelind 1926
『犬の祭り』   Das Hundefest 1928
『妖精たち小人たち』 Bei den Gnomen und Elfen 1929
『バッタさんのきせつ』    Gashupfer 1931
『夢の庭』    Der Tranmgarten 1955 


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月22日 (日)

【祭り】東京フラフェスタin池袋2012/10年目を迎えた都心のフライベント

東京池袋の夏の恒例行事なっている「東京フラフェスタ in 池袋2012」が、
7月20日から22日まで開催されました。
http://www.kanko-toshima.jp/Event/event_05.html

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メイン会場の池袋西口公園のほか、池袋駅西口駅前広場、東武百貨店8F屋上スカイデッキ広場、
サンシャインシティB1噴水広場、アムラックスB1イベントステージの5会場で、
多くのチームが参加してフラのステージが繰り広げられました。

22日の様子を紹介します。

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小さな子ども達も登場。


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2003年が第1回なので、今年で10周年。
池袋西口商店街が主催して池袋西口公園で始まった街おこしイベントで、
その後、観光協会が主催となり、さらに豊島区も主催に加わって実行委員会を立ち上げ、
街全体で作り上げる祭典に成長しました。
フラダンス人気の高まり、映画『フラガール』なども相乗効果になりましたね。

しかし、今年はよりによって三日間、狙ったように寒くなってしまいましたね。
まぁ、あまり暑すぎるよりはいいかも知れませんが。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月21日 (土)

【美術】エル・グレコ 『無原罪の御宿り』7/21『美の巨人たち』/スペイン トレドの異邦人画家晩年の大作

今日7月21日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
エル・グレコ 『無原罪の御宿り』(1613年頃) でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120721/index.html

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*この作品は2012年12月24日まで大阪の国立国際美術館に展示。
引き続き、2013年1月19日より東京都美術館にて展示されます。
↓東京展の鑑賞記はこちら
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-2a1f.html



「無原罪の御宿り」とは

前回のブログでも書いたので、先にこの画題について記します。

「無原罪の御宿り」について、番組ではこう説明しています。
『「聖母マリア自身が、情欲の交わりという汚れを知ることなく生まれた」という言い伝えを描いたもの』

これだけではちょっと解り難いですね。
聖母マリアはイエス・キリストを処女懐胎したという話はよく聞くと思います。
そのマリア自身も、性的な交わりなくして母アンナに宿った、という考え方が「無原罪の御宿り」なのです。
聖書の正典の中にはそのような記述はなく、いわゆる外典等に記される説です。

聖母が母の胎内に宿った時のことなら、描かれている女性は母アンナなのかといえば、
そうではなく聖母自身です。
ここがややこしいのですが、つまり聖母の神性がテーマなので、
聖母が神々しい姿で描かれるのです。

聖母が天に召される姿を描いた「聖母被昇天」という画題もあるのですが、
それとよく似た構図になる傾向があります。
そして、今回の番組の結論も
エル・グレコ 『無原罪の御宿り』は、「聖母被昇天」も合わさっているというものでした。
結論を先に書いてしまいましたが。


では番組に沿って、グレコの生涯から。

エル・グレコ(El Greco、1541年 - 1614年4月7日)
現ギリシャ領のクレタ島、イラクリオン出身の画家。
若い頃はイコンの画家でしたが、20代でヴェネチアへ渡り、巨匠ティツィアーノの弟子になったといわれます。
ここでヴェネチア派絵画の特徴である鮮やかで輝くような色彩を身につけました。

その後、理由は定かではありませんが、スペインへ渡ります。
王宮画家を目指しますが、描いた絵が王の不興を買い挫折。
落胆を抱えて辿り着いたのが、スペイン教会組織の本拠地であり、
宗教画を描くための芸術家が庇護された土地トレドでした。

このトレドで、「エル・グレコ」の異邦人画家としての人生が始まりました。
この町で、画家は数多くの傑作を生み出していきました。
しかし、1600年頃を境にグレコの人生は暗転します。
自然を忠実に写し取るバロック絵画の時代が近づき、時代遅れとなったグレコへの注文は途絶えました。

しかし、画家が72歳の時に礼拝堂に飾る祭壇画を描いて欲しいという思わぬ依頼が寄せられました。
それを受け、画家が描きあげたのが今日の一枚『無原罪の御宿り』です。

しかし、よく見ると実に奇妙なのです。
人物は長く引き延ばされ、およそ10頭身はあるでしょうか。体は不自然によじれています。
まるで人体の構造を無視するかのようにな不自然な絵ともいえます。


これは実際の人間の身体をそのまま描くのではなく、人体として不自然になっても、
理想的な美しさを追及する、そこに芸術としての可能性があるという考え方ですね。
まさにこの時代、マニエリスムそのものなのですが、
今回の番組では「マニエリスム」の言葉は使わず、エル・グレコの独創のように描かれてましたね。

番組では画家の生涯の概略と合わせて、
彼が後半生を過ごしたトレドの街を紹介する紀行番組的なサブストーリーが組まれていました。
そこに出てきた男の子がかわいかったですね。


ところで、番組ではエル・グレコがローマのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画に
腰布の加筆を依頼され、「あんなものは芸術ではない」と拒否するエピソードが紹介されましたね。
真偽は不明かと思いますが、この言い伝えは存在します。
「腰布の加筆などではなく、自分に描き直させろ」という主張だったようで、
自信家であることをうかがわせるエピソードです。

ただ、今回の番組だと腰布の加筆は天井画完成直後にミケランジェロに依頼したが拒否され、
すぐにエル・グレコに話が来たような印象を受けますが、それは違います。
天井画の完成は1541年、エル・グレコの生まれた年です。
グレコがローマにいたのはそれから約35年後の1570年代後半、ギリシャに渡る直前とされます。
ミケランジェロはとっくに亡くなった後です。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月20日 (金)

【美術】7/21放送『美の巨人たち』エル・グレコ作『無原罪の御宿り』/スペインで活躍した“ギリシャ人”

明日7月21日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
エル・グレコ 『無原罪の御宿り』 です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

El_greco_001

*この作品は2012年12月24日まで大阪の国立国際美術館に展示。
引き続き、2013年1月19日より東京都美術館にて展示されます。
↓東京展の鑑賞記はこちら
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-2a1f.html


興味深い画家の、興味深い作品がテーマですね。
*放送は終了しました。感想等はこちら


番組予告編より
☆☆☆
7月21日はエル・グレコ作『無原罪の御宿り』絢爛たる色彩と光の中、天へと上る聖母マリア。
しかしその体は奇妙に捩れ、不自然に伸びている。トレドを愛した異邦人の画家が
この絵に託したものとは、一体何か?お楽しみに。
★★★


エル・グレコ(El Greco、1541年 - 1614年4月7日)
現ギリシャ領のクレタ島、イラクリオン出身の画家。
スペインで活躍したマニエリスムの巨匠として知られる。
エル・グレコの名はイタリア語で「ギリシャ人」を意味するグレコに、
スペイン語の男性定冠詞エルがついた通称である。

特に宗教画で知られるエル・グレコはその筆致や構図、色使いが独特で、
初心でも見分けが容易な画家です。
有名な大画家ですが、日本のテレビ番組で取り上げられる事が、
多いとまではいえないので、今回は貴重な機会でしょう。


『無原罪の御宿り』
聖書を典拠とし、西洋絵画でよく描かれる画題ですが、少し難しいです。
聖母マリアはイエス・キリストを処女懐胎したとは、聖書に詳しくなくともよく聞く話です。
ですから、『無原罪の御宿り』とは聖母がイエスを身籠ったことを指すように思えるのですが、
そうではないのです。
聖母マリア自身が、その母アンナの胎内に宿った時のことなのです。
だけど、それにしては…。

そのあたり、番組で解り易い説明があるといいのですが。
また放送後に感想など記します。

Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月18日 (水)

【旅】2012 日光 梅雨/ そしてダンス

少し前ですが、仕事絡みで梅雨の日光に行きました。

帰りは晴れはしませんでしたが、
とりあえず雨が上がったので、走って日光東照宮に行きました。

しかし、カメラのメディアの状態が悪く、ろくな写真は撮れず、
しかも同じような写真ばかり…。



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さて、仕事で行ったのはダンスイベント。

こちらのスペシャルゲストは、
2011統一全日ダンス本選手権ラテン3位の瀬古薫希・知愛組


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被写体がすばらしいので私でもそれなりに撮れます。


Old Fashioned Club  月野景史 

2012年7月17日 (火)

【美術展】「マリー・ローランサンとその時代展 ~巴里に魅せられた画家たち」ニューオータニ美術館/ローランサン美術館最後の企画展

東京四谷駅近く、紀尾井町あるホテルニューオータニ内のニューオータニ美術館にて、
「マリー・ローランサンとその時代展 ~巴里に魅せられた画家たち」展が開催中です。

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マリー・ローランサンとその時代展 ~巴里に魅せられた画家たち
2012年 7月14日(土)~9月30日(日)

前期:7月14日(土)~8月19日(日)
後期:8月21日(火)~9月30日(日)
主催:ニューオータニ美術館
共催:マリー・ローランサン美術館、高梁市成羽美術館、一宮市三岸節子記念美術館、神戸市立小磯記念美術館
後援:全国美術館会議 フランス大使館


マリー・ローランサン
(Marie Laurencin, 1883年10月31日 - 1956年6月8日)
20世紀前半に活動したフランスの女性画家・彫刻家。

エコール・ド・パリの画家の一人として知られます。
一般に「エコール・ド・パリ」とは、外国から、あるいはフランスの各地から、
パリに集まってきた芸術家のことを指すので、
パリジェンヌであるローランサンはちょっと微妙なのですが、
エコール・ド・パリの画家達の仲間として語られることが多いですね。


マリー・ローランサン美術館
マリー・ローランサンは日本でも古くから人気のある画家です。

ローランサンの生誕100周年にあたる1983年には、長野県茅野市の蓼科湖畔に、
世界でも唯一のローランサン専門の美術館である、
「マリー・ローランサン美術館」が開館しました。
収蔵点数は500点余りを数え、30年近くに渡って親しまれましたが、
残念ながら昨年、2011年9月30日をもって閉館しました。

本展は同館最後の企画展として開催された催しで、
その後、岡山、愛知、兵庫を巡回、この東京展が最後となるようです。
http://greencab.co.jp/laurencin/news/rent.html


本展はタイトルにも「巴里に魅せられた画家たち」とあるように、
ローランサンオンリーの展覧会ではありません。
ローランサンの活動を中心に、第一次世界大戦後の1910年代から30年代と、
それに先立つ20世紀初頭のパリの美術動向にスポットをあてて、
各国からパリに集った個性あふれる画家たちの姿が紹介されています。

多くの芸術運動が興った19世紀末から20世紀前半のパリ。
華やかな色彩に愁いを秘めた女性像で知られるローランサンもこの地で活躍しました。
そして、この時代のパリには、世界各地から芸術を志して様々な出自を持つ人が集まります。
そこには、日本から渡っていった多くの才能豊かな青年たちも加わりました。
彼らは刺激を与え合いながら、パリという環境に個性を育まれて成長を遂げていったのです。

という主旨なので、展覧会は三部構成です。

1.マリー・ローランサンの作品

2.同時代のパリで活躍した外国人画家の作品
  ルオー ユトリロ キスリング ドンゲン  ブラマンク ドランら

3.同時代のパリで活躍した日本人画家の作品
  藤田嗣治 児島虎次郎 佐伯祐三 荻須高徳 荻須高徳 三岸節子ら


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『三人の若い女性』マリー・ローランサン(1953年頃)

本展の看板作品。
60歳を迎えようとしていた頃に描き始め、
10年近い歳月をかけて死の数年前にようやく完成させた晩年の大作です。
ですから、本展のテーマとなる時代の作品ではないのですが、
美しい色づかい、瑞々しく愛らしい女性達、若い感性は衰えを感じさせません。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月16日 (月)

【美術】神話「ピグマリオン」超入門/来日中のバーン=ジョーンズの絵画より

先日、このブログでも紹介したように、
東京丸の内の三菱一号館美術館で8月19日まで、
「バーン=ジョーンズ展  ― 装飾と象徴 ―」展が開催中です。

バーン=ジョーンズ展  ― 装飾と象徴 ―
会期: 2012年6月23日(土)~8月19日(日)
会場: 三菱一号館美術館
http://mimt.jp/bj/

同展の看板作品のひとつとしてこの絵が来日しています。


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『ピグマリオンと彫像 女神のはからい』(1878年)

この絵はギリシア神話を題材としています。
描かれた全裸と半裸の美しい女性二人は何をしているのか。
元の話を知らずに、この絵を観ただけでテーマを推測するのは難しいでしょう。
今回はピグマリオンの物語と、この絵について簡単に紹介します。


ピグマリオン(ピュグマリオーン)とは、ギリシア神話に登場するキプロス島の王(男)です。
しかし、 この絵に描かれている人物はどちらも女性に見えますね。

実はこの絵は、ピグマリオンをテーマにした連作4点のうちのひとつで、
他の3点にはピグマリオンも登場するのですが、この絵のみ出ていないのです。
他の3点も来日・展示中です。
それでもあえてパンフレット等にこの絵を使ったのは、ヴィジュアル的に映えて美しいからでしょう。


では、ギリシア神話のピグマリオンのエピソードを簡単に紹介します。

キプロス島の王で、彫刻家でもあるピグマリオンは現実の女性に失望していました。
彼は、自身で作ったガラテアの像を、生ある女性であるかのように愛します。
その思いを汲み取った愛の女神アフロディテが、ガラテアを人間に変えます。
ピグマリオンとガラテアは結婚して、幸せに暮らしました。

ギリシア・ローマ神話にしては波乱のない、幸せなお話ですね。
アフロディテはローマ神話における愛と美の女神ウェヌス(ヴィーナス)。
もっともポピュラーな女神です。

つまり上で紹介した絵はアフロディテ(左)が、彫刻のガラテアを人間に変えたシーンなのです。


では、連作『ピグマリオンと彫像』を順番に見ていきましょう。


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『ピグマリオンと彫像 恋心』
現実の女性に失望しているピグマリオンは理想の女性像の制作に打ち込む。


Pygmalion_2
『ピグマリオンと彫像 心抑えて』
自ら作り上げたガラテアの像に恋し、結婚を望むピグマリオン。


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『ピグマリオンと彫像 女神のはからい』
ピグマリオンの思いを汲んだアフロディテ(左)はガラテアを人間に変える。


Pygmalion_4
『ピグマリオンと彫像 成就』
思いがかなったピグマリオンはガラテアの手に口づけを。

だいたい物語の流れがわかったかと思います。
ピグマリオンは元々アフロディテにあこがれており、
彼女を理想としてガラテアを作ったという説もあるようです。

このお話を元にジョージ・バーナード・ショーによる戯曲『ピグマリオン』が書かれ、
それは舞台、映画の「マイ・フェア・レディ」の原作にもなりました。


ピグマリオン効果
更に「ピグマリオン効果」という言葉も生まれました。
教育心理学における心理的行動の1つで、教師の生徒への期待によって、
生徒の成績が向上することを指します。

神話に当てはめれば、ピグマリオンの思いの強さに応えるように、
ガラテアが人間になったことからきていると解釈できますが、
神話から直接生まれた言葉なのか、ショーの戯曲からなのか、定かではないようです。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月15日 (日)

【美術】フェルメール『真珠の耳飾りの少女』7/14『美の巨人たち』/美しき青いターバンの少女ともう一人の少女

2012年7月14日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』テーマ作品「今週の一枚」は
ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』(1665年頃)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120714/index.html

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一昨日のブログで予告編的なことを書いたのですが、
グイド・レーニの『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』について、
17世紀前半の作品と記しました。
この絵のデータは少なく、典拠は2005年の同じ『美の巨人たち』の放送記録からなのですが、
今回の放送では1662年の作とされていました。

しかし、グイド・レーニは1642年に亡くなっているので、これはおかしいです。
実は『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』はレーニの作品と断定されてはいません。
ですが、今回の番組ではレーニ作と明記されていました。それなら1662年作はあり得ません。
伝えられているレーニの没年にまで異論あり、とするなら別ですが。


さて、今回の番組は『真珠の耳飾りの少女』の美しさを徹底的に賞賛する内容でした。
合間に『白雪姫』の魔女と鏡の会話が何度も挿入されましたが、
絵の解題とは関係ないですね。
魔女と鏡の会話により、この絵の、そして描かれた少女の美しさを強調するのが狙いだったのでしょう。


ヨハネス・フェルメール
(Johannes Vermeer 1632年-1675年)
いわゆるバロック絵画の時代、レンブラントと並び17世紀のオランダを代表する画家ですが、
現存する作品は、わずか30数点。その多くは、街の人々の日常を描いた風俗画でした。
しかし、今日の一枚は少し違います。
背景は黒く塗りつぶされ、少女の視線が画面の外、つまりこちら側に向けられています。

一目で見る者全てをとりこにする絶世の美女。
画家が生まれ育ち、結婚し、亡くなったオランダの街デルフトで彼女も生まれました。
『真珠の耳飾りの少女』は絵画史上最も美しいとまで言われる少女が描かれた作品です。
特定の人物を描いた肖像画ではなく、理想的な人物を描いた“トローニー”とされます。

縦45cm、横39cmの小さな絵。
ふと振り返ったところなのか、それとも何かを言い残し立ち去ろうとしているのか。
謎の微笑みをたたえながら、少女が佇んでいます。
耳に飾られた大きな真珠と、髪を包む鮮やかな青いターバンが彼女の美しさを際立たせています。

実は、当時のオランダにはターバンを身につける習慣は無かったといいます。
では、なぜ彼女はターバンを巻いているのでしょうか?
貿易大国だった当時のオランダには様々な輸入品が持たらされていました。
フェルメールは日本の着物らしき衣類をモデルに着せています。
このトルコ風のターバンもそのひとつでしょう。


そしてもうひとつ、今日の一枚をほうふつとさせる作品があります。

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『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』グイド・レーニ

制作年代の件は上に書いた通りなので、これ以上はふれません。
頭に巻いたターバン、こちらに振り返り、何かもの言いたげな表情…。
そこには数多くの類似点が存在するのです。

ベアトリーチェ・チェンチ
(Beatrice Cenci, 1577年2月6日 - 1599年9月11日)
実在の女性です。

イタリアの貴族の家に生まれましてが、父のフランチェスコは不道徳で暴力的な男で、家族を虐待しており、
美しかったベアトリーチェとは近親姦の関係にありました。
耐え兼ねた彼女ら家族は遂に父殺しを決行するのですが、捕らえられ斬首されてしまいます。

この絵は処刑直前のベアトリーチェを描いたとされます。
頭に布を巻いているのは、斬首の際に髪が邪魔にならないようにするためです。

この美しく可愛らしい絵は、実はそんな残酷な悲劇を描いているのです。

番組では、手紙などの流通手段でフェルメールがこの絵の模写を見た可能性を指摘していました。
特に悲劇性との関わりには言及していませんでした。

そしてターバンの青。
フェルメール・ブルーともいわれる、フェルメールお馴染みのウルトラマリンブルー。

番組ではターバンが他の色だった場合も検証し、青いターバンの効果を探りました。
青から受ける印象は「上品な 幼い 美しい」
これが赤だと「派手、情熱的、活発な 明るい」なのだそうです。


さて、来日中の作品がテーマの場合はもはや通例のようですが、
本編中ではこの絵が、上野の東京都美術館で9月17日まで開催中の、
「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」の
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/
看板作品として展示中であることは言及されませんでした。
次回予告後の視聴者プレゼントコーナーで紹介されていましたが。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月14日 (土)

男性と女性 それぞれの理想のバストサイズ/県別調査の意外(?)な結果

ネタ元のニュースサイトの記事のタイトルは、
『「男性の理想バストサイズ地図」発表 人気は「A」か「C」? でも埼玉と兵庫は巨乳好き!?』
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1207/13/news106.html

なんとも下世話な話題…、と思ったのですが、
記事を読むと女性へのアンケートも実施しているようです。

調査を行ったのは化粧品やサプリメントなどを扱う㈱ナチュラルプランツで、
結果を県別の「理想バストサイズ地図」として発表しています。

この問題は男性には好み、女性にも理想があるでしょうが、
こと大きさについては、身長と同じで努力だけではどうにもならない面があり、
話題にし難く感じます。

しかし、意識調査となると興味が沸く問題ではあります。
狭い日本で「県別」にさほど意味があるのかはわかりませんが。

結果を記していきます。


男性1619人の理想のバストサイズ
Cカップ  26県
Aカップ  23県
A・C同率  4県
Dカップ  2県
A・B・D同率  1県

ほとんどAカップとCカップに支持が集中しています。

大きいければよいというものではない。
あるいは男性心理として、
「大きければよい、という風に思われる回答はし難い」という面もあるので、
Cカップくらいにに回答が集まるのはわかるのですが、
Aカップがほぼ同率の支持を集めているのは、やはり不思議に感じます。

それならBカップあたりが票を集めてもよさそうなものですが、
まったくの不人気ですね。


女性500人の理想のバストサイズ
こちらは図は示されておらず、記事中での紹介のみです。
1位 Dカップ(33%)
2位 Cカップ(31%)
3位 Eカップ

結果から単純に分析すると、
「女性は男性が理想とするバストサイズより、かなり大きいサイズを理想としている。」
ということになります。

「男性は大きな胸を好むもの」
というのが常識のようになっているのではないかと思いますが、
この結果だけを見れば、そうともいえませんね。

もうひとつ、こんな言い方がよくされると思います。
「女性が理想とするプロポーション、モデル的体型は、男性からみると細すぎ。」
もちろん男性も女性も好みは多様でしょうが、傾向としてはあると思います。

でもバストは大きい方がいいのですね。
ウエストは細く、バストは大きく…、
男性の身体についても一緒かも知れませんが。


そういえば昔、なぜ男性は女性の大きな胸を好むのか、という問いに対し、
「男性は赤ちゃんの頃、お母さんのおっぱいを吸って育つから、
大きな胸へのあこがれが刷り込まれている。」
という言い方がよくされました。

しかし、母乳を飲んで育つのは女性だって同じだから、
最近はあまりこの言い方は聞きません。
でも、男女共通の豊かなバストの理想化の深因のひとつではあるのかも知れません。


情報元のサイトでは最後に、実際のバストサイズ県別地図を掲載して、
男性の県別理想地図と、並べて比較しています。

画像のはりつけは出来なさそうなので、元サイトを参照していただきたいのですが、
実際のバストサイズはBカップが一番多いようですね。

しかし、DカップやEカップの女性が一番多い県も結構あり、
岐阜県と京都府はEカップのようです。
これこそ隣接する県によってそんなに違いあるとは考え難いですが。


さて、だいぶ前、1970年代だと思いますが、
理想的なバストの女性は、というアンケートの1位がこの方だった、
との記事を読んだ記憶があります。


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由美かおるさん



Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月13日 (金)

【美術】7/14放送『美の巨人たち』フェルメール『真珠の耳飾りの少女』/二人の“ターバンの少女”

明日、2012年7月14日放送予定のテレビ東京系『美の巨人たち』テーマ作品「今週の一枚」は
ヨハネス・フェルメール『真珠の耳飾りの少女』(1665年頃)です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

Vermeer_030

いわずと知れた有名作。「北のモナ・リザ」などとも呼ばれます。
そしてタイムリーにも現在来日中…というか、それに合わせて企画でしょう。
さらに、昨年までこの番組のオープニングを飾っていた絵でもあります。


この絵は上野の東京都美術館で6月30日から9月17日まで開催中の、
「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」の
看板作品として展示中です。
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/

現在、東京では他にも六本木の国立新美術館で7月16日まで、
「大エルミタージュ美術館展 世紀の顔・西欧絵画の400年」、

上野の国立西洋美術館で9月17日まで
「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」、

ふたつの大型展が開催中ですが、
「マウリッツハイス展」の人気が群を抜いており、連日大盛況のようです。
やはり、『真珠の耳飾りの少女』人気でしょうか。

私も行き時を見計らっている状況です。
開幕したばかりで会期もたっぷりあり、このタイミングでの放送はタイムリーですね。
放送後はまた観客が増えて、更に行き難くなるかな?


さて、謎多き人気画家の超有名作、今回はどんな切り口でしょう。
番組予告編から推測してみます。

☆☆☆
フェルメール 「真珠の耳飾りの少女」 
7月14日はフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」。
謎の画家が描いた究極の少女。なぜ彼女はオランダには無いターバンを巻いているのか…。
イタリア・ローマに在る、ターバンを巻いたもう一人の少女との関係は…。
そして、ターバンの色に隠された画家のたくらみとは…。
全ての答えは、その青いターバンに…。
★★★

今回は少女が頭にまいた青いターバンにこだわるようです。
この絵は『青いターバンの少女』とも呼ばれます。
その方が相応しいようにも思えますね。

そして、
「イタリア・ローマに在る、ターバンを巻いたもう一人の少女」とは…?

予告編には映像が出ているので明らかなのですが、
この絵のことです。


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『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』 グイド・レーニ

17世紀初頭に描かれているので、『真珠の耳飾りの少女』より
60年ほど前の作品です。

追記:↑今回の放送では違う説明でした。しかし、ちょっとおかしかったです。
この件は視聴後の感想の中でふれています。

http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/714-8b87.html


なんとも美しく、愛らしい絵ですが、
この女性、ベアトリーチェ・チェンチは実在の人物です。
残酷な運命を背負った、悲劇の女性なのです。

実はこの番組で『真珠の耳飾りの少女』を『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』との関係で、
取り上げるのは初めてではないのですが、今回はどのような解釈が示されるか、
放送を待ちましょう。


Old Fashioned Club  月野景史

2012年7月12日 (木)

【芸能】沢尻エリカさん 主演映画試写会欠席前夜に夜遊び発覚!?

またまた、沢尻エリカさんのスキャンダル。
7月9日発売の写真週刊誌「フラッシュ」に記事が載りました。
http://gendai.net/articles/view/geino/137512


私は本来特に沢尻さんに興味はないのですが、
どうも彼女に纏わる話題には時々引っ掛かることがあり、
このブログでも何度か書かせてもらっています。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-ada0.html
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-6c13.html
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-31e3.html

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さて、今回の件です。
沢尻さんの約5年ぶりとなる主演映画『ヘルタースケルター』の完成披露試写会が
7月5日に開催され、蜷川実花監督や水原希子さんら共演者は登壇したのですが、
沢尻さんは体調不良を理由に欠席しました。
元々、体調不良で休養中と伝えられていたのですが、試写会にも間に合わなかったということです。

「今日はこの場にいれなくって本当にごめんなさい」
「早くみんなに会えるよう公開に向け気持ちを立て直して頑張ります」
とのメッセージを寄せたと伝えられました。


しかし「フラッシュ」の記事によると、
沢尻さんは試写会前日の7月4日夜遊びをし、帰宅した姿を撮影されたそうです。

以下は「フラッシュ」の見出しです。
[『ヘルタースケルター』完成披露試写会を欠席しながら、
その前夜にマスクをつけて――
金髪大変身! 沢尻エリカ発見撮に「ファックユー」]

金髪ショートヘアにすっかり様変わりしていた沢尻さんは、
同誌の記者に対して「Fuck you!」と悪態をつくほど元気で、
誰の目にも、体調不良で休養中の“病人”には見えなかった…とのことです。


情報元のニュースサイトには、
「沢尻エリカ 芸能界追放へ」という過激なタイトルが付けられています。
たしかに、普通に考えればそう書かれても仕方ないような話です。

しかし、この件についてはすべてが大掛かりな宣伝戦略にすら思えます。

『ヘルタースケルター』で沢尻さんが演じた「りりこ」が、
沢尻さんのスキャンダラスなイメージを投影したかのような役なので、
沢尻さんがリアルで問題行動を取れば取るほど、映画の宣伝になるように思えるのです。

かといって、まさか今回フラッシュに載ったことまでが仕掛けということもないでしょうが。

映画公開は7月14日、もう明後日ですね。
果たして初日挨拶に現れるのか、
そして映画はヒットするのか、
注目です。

…注目すること自体、宣伝戦略に乗っけられてしまってるような気もしますが。

*追記
などと書いていたら、沢尻さんの明日7月14日からの活動再開が公表されました。
明日の初日舞台挨拶にも出席するようです。
当然注目集まりますよね。やはり出来過ぎな気もする。
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/mdpr-20120713-1192107/1.htm



Old Fashioned Club  月野景史


2012年7月11日 (水)

【風物詩】浅草寺「四万六千日/ほおずき市」/絶好の晴天にほおづきの朱も映える

7月9日、10日は浅草の浅草寺で「四万六千日/ほおずき市」が行われました。

この両日に浅草寺にお参りすると、
4万6千日、毎日お参りしたのと同じご利益があるということで、
例年多くの人出でにぎわいます。
境内には約100軒のほおずきの露店が立ち並びます。

私はたまたま出くわしただけですが、たしかに大変な賑わいでした。
もちろん、ほおづき以外の露店もたくさん出ていました。



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20120710092                                 ほおづき市の看板娘



以下、浅草寺公式サイトより。

☆☆☆
観音さまのご縁日は「毎月18日」ですが、これとは別に室町時代以降に「功徳日(くどくび)」と呼ばれる縁日が新たに加えられました。月に一日設けられたこの日に参拝すると、百日分、千日分の参拝に相当するご利益(功徳)が得られると信仰されてきました。中でも7月10日の功徳は千日分と最も多く、「千日詣」と呼ばれていましたが、浅草寺では享保年間(1716~36)ごろより「四万六千日」と呼ばれるようになり、そのご利益は46,000日分(約126年分)に相当するといわれるようになりました(この数については「米一升分の米粒の数が46,000粒にあたり、一升と一生をかけた」など諸説ございますが、定説はありません)。
 なお、この10日を待って一番乗りで参拝したいという民衆の思いから、前日の9日より人出があって、7月9・10日の両日が四万六千日のご縁日と受け止められるようになりました。
 また、この両日には「ほおずき市」が「四万六千日」のご縁日にちなんで開かれます。そもそもこの市は、芝の愛宕(あたご)神社の縁日に始まり、「ほおずきを水で鵜呑(うの)みにすると、大人は癪(しゃく)を切り、子どもは虫の気を去る」といわれるなど薬草として評判であったようです。その愛宕神社の縁日は観音さまの功徳日にならい四万六千日と呼んでいたのですが、やがて「四万六千日ならば浅草寺が本家本元」とされ、ほおずきの市が浅草寺境内にも立つようになり、かえって愛宕神社をしのぎ盛大になったと伝えられています。
 一方、江戸の昔、落雷のあった農家で「赤とうもろこし」を吊るしていた農家だけが無事であったことから、文化年間(1804~18)以後に「雷除(かみなりよけ)」として赤とうもろこしが売られるようになりました。ところが明治初年に不作が原因で赤とうもろこしの出店ができなかったことから、人々の要望により「四万六千日」のご縁日に「雷除」のお札が浅草寺から授与されるようになり、今日に至っています。
http://www.senso-ji.jp/annual_event/shimanrokusennich.html
★★★


Old Fashioned Club  月野景史


2012年7月 8日 (日)

【美術】ベラスケス『アラクネの寓話』7/7『美の巨人たち』/謎深き絵に隠された多過ぎる秘密

7月7日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
ディエゴ・ベラスケス『アラクネの寓話』でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120707/index.html

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ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス

(Diego Rodríguez de Silva y Velázquez, 1599年6月6日-1660年8月6日)
バロック期のスペインの宮廷画家。
17世紀スペイン絵画、そしてバロックを代表する、いわずと知れた大画家です。

『アラクネの寓話』は1657年頃に描かれました。
功成り名遂げたベラスケス、晩年の作です。


しかし、今回の番組は難解でしたね。
以前番組で取り上げているとはいえ、テーマ作とは別の『ラス・メニーナス』から入り、
聞き慣れない神話の登場人物の名が並びました。
更にティツィアーノ、ルーベンス、そしてミケランジェロまで、
時代や国を超えて、大画家達の名やその作品が次々と出てきました。
よほど集中していないと、1回観ただけではそれらの画家が今回のテーマ作とどう関わったのか、
理解できないでしょう。

ネット上でもこの絵への言及は少なく、今回の解釈がどのくらい一般的なのかよくわかりませんが、
とにかく番組で述べられた要旨を、進行順は無視してなるべく解り易く並べてみます。


『織り女たち』から『アラクネの寓話』へ
この絵には元々名前が付いていませんでした。
タペストリー工房で働く女性達を描いた風俗画と解釈され、長く『織り女たち』と呼ばれてきました。

1948年、ギリシア神話のアラクネのエピソードを描いたとの新解釈が提出され、
『アラクネの寓話』と呼ばれるようになったのです。


アラクネとは
ギリシア神話に登場する機織り名人の人間の女性です。
戦争と芸術と工芸を司る女神で、機織りの神でもあるパラスに機織り競争を挑み、
勝利するのですが、パラスの怒りを買って蜘蛛にされてしまいます。

絵の中の、右の白い衣服の女性がアラクネ、
左の頭部に白布を巻いた女性が老女に姿を変えたパラスだとされています。

戦争と芸術と工芸を司る女神は一般に「アテネ(アテーナー)」と呼ばれ、「パラス」はその別名です。
(ローマ神話での名でもありません。ローマ神話では「ミネルヴァ」にあたります。)
アラクネとのエピソードでも、普通は「アテネ」と呼ばれると思いますが、
今回の番組で、なぜほとんど知られていない「パラス」を使ったのか、よくわかりません。

アテネが怒ったのは、単に負けたからだけではないのですが、
更にややこしくなるので今回はふれません。


ティツィアーノとルーベンス
絵の中の奥の方に描き込まれたタペストリーの元絵は、
ベネツィア・ルネサンスの巨匠ティツィアーノの『エウロペの略奪』です。
そしてこの絵はバロックの巨匠であるルーベンスの模写もよく知られています。

若き日のベラスケスはフランドルの外交官でもあったルーベンスの薫陶を受けています。
偉大な二人の先達のオマージュを絵に籠めたのです。


ミケランジェロ
更に、ベラスケスはローマ滞在で目にしたシスティーナ礼拝堂の、
ミケランジェロによる天井画の一部の構図をこの絵に託しました。
アラクネとパラスの位置関係と姿勢がそうなのです。


ベラスケスの思い
宮廷画家として主に王家一族の肖像画を描いてきたベラスケスは、
晩年も近い時期の作『ラス・メニーナス』に自分の姿を描き込みました。
これはいわば、宮廷画家としての自画像です。

その後に描かれた『アラクネの寓話』は、例え神の怒りを買っても創作に挑む、
芸術家としての自分をアラクネに託した、ベラスケスもうひとつの自画像です。
そこに、偉大なる先達である三人の芸術家へのオマージュも籠めたのです。


以上、かなり割愛していますが、番組で述べられた概要は、だいたいこんなところだと思います。
しかし、随分盛り込みましたね。


                               Old Fashioned Club 月野景史


2012年7月 7日 (土)

【昭和プロレス】Gスピリッツvol.24「力道山vs木村政彦」/遠藤光男氏の国際プロレス回顧論も

レトロプロレスファンには待望のプロレス専門誌「Gスピリッツvol.24」が、
6月27日に発売されました。
三ヶ月に1回の発行ペースですね。

Gs24

しかし、発売から10日経つのにPC公式サイトには最新号の情報無し。
http://www.tg-net.co.jp/gs/

携帯サイトは更新されていますが。
http://bemss.jp/g-spirits/


今回のメインは「総力特集 力道山vs木村政彦」
日本プロレス草創期の1954年(昭和29年)に行われた伝説的な試合です。

この試合については昨年2011年9月、増田俊也氏による書籍
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』が新潮社より発売されてベストセラーとなり、
試合そのものも改めて注目されました。
映像もネットで観ることができます。





今回の特集は24人ものプロレスラーに試合映像を見せて、
この試合を語ってもらうという趣旨です。

登場するレスラーも古くはユセフ・トルコから、
藤波辰爾、グレート・カブキ、キム・ドク、初代タイガーマスク、大仁田厚、天龍源一郎、
前田日明、武藤敬司、馳浩、更には曙まで、幅広い世代です。

レスラーの主観を大量に載せる一方で、本誌としてはこの試合にほとんど切り込んでいません。
その姿勢には賛否あるところかも知れません。

力道山vs木村政彦戦、及び本誌の特集については、また改めて書きたいと思います。


今回、私が最も注目したのは連載企画
「実録・国際プロレス」第14回、遠藤光男氏のインタビュー。

遠藤氏は国際プロレス末期の1978年から81年にレフェリーを務めました。
元ミスター日本の遠藤氏は当時既にボディビル界の重鎮で、ジム経営者でもあり、
国際プロレスには“客分”といったポジションでの参加でした。
功成り名を遂げた外部の人の目で、しかし内部に入ってレスラーと寝食を共にした、
そんな立場での実に貴重な証言です。

遠藤氏はその後も現在に至るまでプロレス界との関係を持ち続けていますが、
国際プロレスについて語ったとはあまり聞きません。
黒歴史としてなかったことになっている、そんな言い方さえされてきました。

今回の記事を読む限り、そんなことはまったくないですね。
ただ、遠藤氏は後年、北尾光司(元横綱双羽黒)のプロレス入りにも関わっているのですが、
その件については後悔もあるようです。

遠藤氏の証言は興味深いものでした。
私は遠藤氏が国際プロレスにいた頃が、最も熱心なプロレスファンだった時期なのですが、
遠藤氏が国際プロレスのレスラーや関係者、また外人レスラーとどう関わっていたのか、
ほとんどわかりませんでした。
その一旦を垣間見ることができました。
アンドレ・ザ・ジャイアント、オックス・ベーカーらと写したスナップも貴重でした。
充分、というには頁が足りませんでしたが。

この件も改めて書きたいくらいです。


その他にも以下のような特集があります。

■【特別企画】ルー・テーズ 936連勝の真実

■追悼――永遠のプロレス少年 竹内宏介氏を偲ぶ
清水勉(週刊ゴング2代目編集長)×小佐野景浩(週刊ゴング3代目編集長)

■【G SPIRITS BOOK 発刊記念企画】
対談――ゼロ年代の新日本プロレスvsK-1
上井文彦(元・新日本プロレス執行役員)×谷川貞治(元・K-1イベントプロデューサー)

■回想――上田馬之助と過ごした日々
「猪木さんより上田さんの方が強かったんじゃないかと思うよ。俺にとっては優しい先輩であり、プロレスの先生だったね」
  ――ケンドー・ナガサキ

いずれも興味深いですが、竹内宏介の追悼記事については、
期待したほどのスペースは取られていませんでした。

まぁ、今回はやはり力道山vs木村戦がメインなので、
そこに興味がもてるかどうかが、購入が否かのポイントでしょうね。


                                                                               Old Fashioned Club   月野景史


2012年7月 6日 (金)

【美術展】「バーン=ジョーンズ展 ― 装飾と象徴 ―」三菱一号館美術館/物語や神話を美しく劇的に描いた画家

東京丸の内の三菱一号館美術館で8月19日まで、
「バーン=ジョーンズ展  ― 装飾と象徴 ―」展が開催中です。

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バーン=ジョーンズ展  ― 装飾と象徴 ―
会期: 2012年6月23日(土)~8月19日(日)
会場: 三菱一号館美術館

主催: 三菱一号館美術館、東京新聞
後援: ブリティッシュ・カウンシル
協力: 日本航空、J-WAVE
http://mimt.jp/bj/


サー・エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ
(Sir Edward Coley Burne-Jones, 1833年8月28日 - 1898年6月17日)
日本では、すごく有名ではないけど、そこそこには知られている、
そのくらいのポジションでしょうか。

物語や神話の世界を美しく、ドラマチックに描いた画家、
そんな形容がわかり易いかもしれません。
今回が日本初の個展になります。

バーン=ジョーンズはイギリスの工業都市バーミンガムで額縁職人の家に生まれました。
オックスフォード大学において生涯の友ウィリアム・モリスと出会い、
1861年にはアーツ・アンド・クラフツ運動の起点となる共同事業を創始します。
そして19世紀末には、その詩情にみちた静謐な画風によって、
ヴィクトリア朝絵画の頂点をきわめました。

ただ、バーン=ジョーンズの活動については、これまでラファエロ前派やモリス商会との
関わりから注目されることが多く、その全体像が十分に把握されてきたとはいえない面もあります。

元々聖職をめざしていたバーン=ジョーンズが芸術の道へと転換したのは、
モリスと北フランスの大聖堂を巡った1855年のことです。
翌年、大学を去ったバーン=ジョーンズは、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに弟子入りし、
美術批評家ジョン・ラスキンの導きでイタリア美術を学びます。

ロセッティはラファエル前派を代表する画家ですね。
そのロセッティの弟子なので、バーン=ジョーンズもラファエル前派と絡めて論じられることが多いのです。
バーン=ジョーンズが弟子入りした頃、ラファエル前派は事実上解散していたので、
バーン=ジョーンズ自身をラフファエル前派とは呼び難いのですが。

師匠のロセッティも美しい女性を描きますが、顔が少し男性的という特徴があります。
弟子であるバーン=ジョーンズもその傾向があるように思います。

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本展は、日本初の個展としてバーン=ジョーンズの全貌に迫っています。
ランカスター大学ラスキン図書館・研究所長スティーヴン・ワイルドマン氏を監修者に迎え、
世界屈指のコレクションを収蔵するバーミンガム美術館の協力を得て、
油彩画、水彩画、素描、貴重書、タペストリなど、国内外から厳選した約80点を、
聖書・神話・物語のテーマごとに展示、バーン=ジョーンズ芸術の真髄を伝える、
代表的連作が紹介されています。


それでは、いくつか紹介します。


Burnejones_002
『果たされた運命-大海蛇を退治するペルセウス』
連作『ペルセウス』より 1882年頃


ギリシア神話の半神の英雄ペルセウスをテーマとした連作の1点。
大海蛇を倒し、生贄として鎖につながれていたエチオピアの女王アンドロメダを救うシーンです。
甲冑のデザインの装飾性も際立ちますね。
アンドロメダの白く美しい裸身との対照が見事です。


Burnejones_003
『メドゥーサの死 Ⅱ』 連作「ペルセウス」より 1882年

これも『ペルセウス』から。
ペルセウスは、その顔を見ると石に変えられてしまうという、
蛇の頭髪の怪物メドゥーサの退治を王から命じられ、首を切り落としました。
今まさに首を抱えて去ろうとするシーンです。

ペルセウスーは一番右、その足元に倒れているのが斬首されたメドゥーサですが、
わかり難いのは一番左の女と、中央の羽をつけた女(?)ですね。
これはメデューサの二人の姉、ステンノーとエウリュアレーです。
メドゥーサは三女に当たり、ゴルゴーン(ゴーゴン)三姉妹と呼ばれます。

二人は、妹が殺されたので、ペルセウスを追おうとしているようです。
追ってるのか、逆に逃げているのか、構図からではちょっと判り難いですね。
でも凄い迫力です。


Burnejones_004
『ピグマリオンと彫像-女神のはからい』1878年

これも『ピグマリオンと彫像』というシリーズの1点です。
ピグマリオン(ピュグマリオーン)はギリシア神話に登場するキプロス島の王(男)です。
えっ! どちらも女性に見えるけど…、
実はややこしいことに、この絵にピグマリオンは描かれていません。
この絵と、ピグマリオンの神話についてはこちらに記しました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-309b.html



Burnejones_005
『眠り姫』-連作「いばら姫」より 1872-74年頃
洗礼の日から100年の眠りにつかされた王女が、美しい王子によって目を覚まされる物語。
いわずと知れた有名なお話ですね。
1891年公開された時にはロンドンの観衆が熱狂したという、バーン=ジョーンズの代表作です。


Burnejones_006
『慈悲深き騎士』1863年

11世紀のフィレンツェの騎士物語が題材。
仇敵に出会った折、復讐せずに許しの行為をしたとして、
キリストから慰めを受ける騎士を描いています。


いかがでしたか。
僅かな点数を見ただけでも、神話や物語の魅力的な題材をより魅力的に、
劇的に描いていることが伝わるかと思います。
一方で、好き嫌いが分かれる面もあるかと思いますが、
神話・物語好き、美しいもの好きの私としては、大いに推奨します。


三菱一号館美術館 中庭・付近

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狭いながらもちょっとした都心のオアシスです。


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【美術】7/7放送『美の巨人たち』 はベラスケス『アラクネの寓話』/人の世か神の世か

明日、2012年7月7日放送予定のテレビ東京系『美の巨人たち』
テーマ作品「今週の一枚」はディエゴ・ベラスケス作『アラクネの寓話』です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

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*放送は終了しました。
今回は、ちょっと難解でしたね。舌足らずでは
ありますが、こちらに感想をUPしました。


ディエゴ・ベラスケス『アラクネの寓話(織女たち)』(1657年頃)
マドリッド、プラド美術館


おもしろい絵画が取り上げられます。
一見すると、織物の作業場で働く女性達を描いた、いわゆる風俗画に思えます。
実際、以前はそう考えられてきました。

しかし…、
タイトルにある「アラクネ」とは、ギリシア神話の登場人物です。
ということは、これは神話の世界を描いた絵…?


番組予告編から紹介します。

☆☆☆
7月7日はディエゴ・ベラスケス作『アラクネの寓話』
このありふれた織物工場こそ350年間、誰も分からなかった謎の迷宮。
警部「さあ、大変なことになってきましたよ!」巡査「えぇ!?」
天才画家はこの絵に何を仕掛けたのか?
謎を解く鍵は、あの傑作に…。
★★★

「警部」とか「巡査」とかあるので、今回は絵画警察編のようです。
そして、最後の部分を読むと、別の著名な絵との関係で論じられるのかも知れません。


                                                                Old Fashioned Club   月野景史

2012年7月 5日 (木)

【アニメ】海外で『ドラえもん』批判/ウソつきで勉強嫌いののび太は教育に良くない!?

日本の国民的アニメ『ドラえもん』がバングラディッシュで思わぬ論議を巻き起こしているようです

Dora_ten_006
同国ではディズニー・チャンネル・インディアを通じて『ドラえもん』が放送されているのですが、
子どもたちの教育に良くないと視聴禁止を呼び掛ける声もあるのだそうです。
http://www.cinematoday.jp/page/N0043728


何が問題なのか?
バングラデシュにおける『ドラえもん』批判が掲載されたのは、
世界中のブログなどで発信された情報をまとめたウェブサイト「グローバル・ボイス」。
「バングラデシュ:ドラえもんは子供の教育に悪いのか?」と題された記事では、
ドラえもんのひみつ道具には、ごまかしたり、うそをついたりするものが多く、
子どもたちが悪影響を受けていると批判されているのだそうです。

このような議論は、同国では主要メディアにとどまらず広がっているとのことで、
中にはのび太のように勉強をサボったり、ウソをつく子どもが増えていると
主張する人もいるそうです。
これも『ドラえもん』が人気を博しているからこそ発生したともいえる問題でもあるのですが。


この問題についてどう思いますか。
たしかに、のび太は勉強嫌いで、もちろんテストもいやだから、
なんとかごまかそうとし、嘘をつくことなども多いですし、
ドラえもんの道具に頼って、ズルとも言える手段にも出ますね。

しかし、そういう場合、最後はほぼ100%上手く行かず、逆に酷い目に会う、
教訓話としてのオチがついてまとめられると思います。

ただ、『ドラえもん』は原作漫画もテレビアニメも基本的に一話完結のギャグマンガ。
その宿命として、しっかりオチがついて終わっても、のび太は次にまた同じことを繰り返します。
倫理的視点を優先すれば、たしかに問題がないともいえません。

一話完結のギャグマンガ『ドラえもん』としては、
のび太が成長し、ドラえもんを頼らなくなれば、基本形態が破綻してしまいます。

しかし、作品世界を俯瞰すると、のび太も他の子ども達も成長しているように思えます。
それを感じさせるエピソードが随所に挿入されているのですね。
だからこさ、国民的アニメとなったのでしょう。

バングラディシュでの件は、吹き替え言語に絡む民族問題の側面もあるようです。
そのあたりは情報元のニュースサイトをご覧ください。


                                                                   Old Fashioned Club   月野景史

2012年7月 4日 (水)

きっこさんの仰天政治論/政治家批判はその政治家以上のことをしてからしなさい!?

昨日に続いてきっこさんネタになってしまいますが、
あまりにおもしろいので、書かせていただきます。

「きっこのブログ」「きっこの日記」の有名プロガー、きっこ氏。
最近はフォロワー9万人超のツイッターでの活動がメインです。
そのきっこさんの昨日のツイッターでの発言を引用させてもらいます。

☆☆☆
きっこ
それはあなたの考え方なのだから否定はしません。
ただ、福田えりこ議員がずっと対峙してきたカネミ油被害者たちを救うために
「棄権」という選択枝を取らざるを得なかったこと批判するのなら、
あなたは福田議員以上のことをしてから批判しなさい。
2012年7月3日 - 20:07

http://twitter.com/kikko_no_blog/status/220111400834568192
★★★


私が何を言いたいか、これだけでもだいたいわかるかと思いますが、
ここまでの流れについて要約します。
(最後に過去のツイート引用もします。)


福田えりこ(福田衣里子)氏は民主党所属の衆議院議員。
薬害肝炎九州訴訟原告団代表として知られ、2009年8月の総選挙に立候補し当選。
今回の消費増税法案には反対票を投じましたが、離党しないことを表明しています。

福田議員は当初、増税法案に「棄権」するつもりだったのを「反対」に変更しました。
その姿勢について、きっこさんは手厳しく批判したのですが、その後撤回・謝罪しています。

それに対して、福田議員を批判するツイートが寄せられ、
その返答が、上で引用したツイートなのです。

「棄権」と「反対票」が混同されているなど、細かい突っ込みどころはあるのですが、
取り上げたいのはこの部分だけです。


「福田議員を批判するなら、福田議員以上のことをしてから批判しなさい。」

政治家を批判するには、その政治家以上のことをしなくてはならないのですか。
これは驚きました。

「政治家以上のこと」とは…?
普通に考えれば政治活動か、それに準ずることですよね。
「自分の仕事を頑張ってやってきた」なら誰でも言えます。
特に、匿名性の強いネット上なら尚更です。

国会議員は一般国民の投票によって選ばれ、公費で政治活動をするものです。
政治家以上の政治活動をしてからでないと、政治家を批判できないとは、
大抵の一般国民は政治家批判は出来なくなります。

そして当然ながら、きっこさんは何をしたの? という疑問が湧きます。
覆面プロガーのきっこさんに、実体を伴う政治活動は不可能ですから。
(実はやっていたとしても、それを公言できないでしょうけど)
ブログやツイッターでの活動がそれに当たるとでもいうのですかね。

今日はここまでにします。
以下に、流れに沿ってツイートを引用しておきます。


まずはきっこさんが福田議員を批判したツイート。
☆☆☆
きっこ
「福田衣里子議員は棄権するつもりだったがポストをちらつかせて賛成を迫られたことに
反発して反対票を投じた」ということを高く評価している人がいるが、国民との約束を
守るために賛成票を投じたのではなく、あくまでも党内のパワーゲームで態度を変えただけ。
こんなものあたしは評価できない。2012年6月27日 - 7:30
http://twitter.com/kikko_no_blog/status/217746752730710017
 

★★★


その後、福田議員に謝罪の意を表したツイート。
☆☆☆
きっこ
福田えりこ議員が野田の増税法案の採決を「棄権する」と言った時に、あたしは多くの人たちと
一緒になって批判した。だけどそれは彼女がずっとがんばってきた「カネミ油症被害者の救済法案」を
今国会で通すための苦渋の選択だったことを後から知った。福田えりこ議員、ごめんなさい!
2012年7月3日 - 19:49
http://twitter.com/kikko_no_blog/status/220107029463830529

★★★


このきっこさんのツイートに対して、第三者から以下の意見が寄せられました。
☆☆☆
色々あるとは思うけど、棄権は無責任だし、選挙でその人に投じた票の重さをわかっていない事には
変わりはない。議員にはカネミなどの特定案件だけを頑張って欲しいわけではないから。
★★★


この意見への返答が、冒頭に掲げたきっこさんのツイートです。
改めて引用させていただきます。
☆☆☆
きっこ
それはあなたの考え方なのだから否定はしません。ただ、福田えりこ議員がずっと対峙してきた
カネミ油被害者たちを救うために「棄権」という選択枝を取らざるを得なかったこと批判するのなら、
あなたは福田議員以上のことをしてから批判しなさい。
2012年7月3日 - 20:07

http://twitter.com/kikko_no_blog/status/220111400834568192
★★★

2012年7月 3日 (火)

きっこさんの民主党批判/3年前、政権交代時のブログを読むと…

「きっこのブログ」「きっこの日記」の有名プロガー、きっこ氏。
最近はフォロワー9万人超のツイッターでの活動がメインです。

きっこさんについては過去にこのブログで2度ほど書かせていただいており、
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/50319-cd4c.html
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-9bba.html

これ以上書くつもりはなかったのですが、
昨夜のツイッターでの発言があまりにおかしく、感心もし、更に考えさられる面などもあり、
また書いてしまいます。


では、きっこさんの昨日、2012年7月2日のツイートを引用させていただきます。

☆☆☆
きっこ ‏@kikko_no_blog
全国の皆さん、民主党に政権交代して何か1つでもいいことありましたか?
あたしは、タバコが値上がりして、ガソリン暫定税率が恒久税になって、
住民税が値上がりして、消費税まで値上がりする上、欠陥原発まで再稼働して、
もはや「貧乏人はトットと死ね!」って言われてる気がするんですけど。
2012年7月2日 - 22:27

http://twitter.com/kikko_no_blog/status/219784358553325568
★★★

ちょっと極端な意見だけど、さほどおかしくもないのでは?
と思われるかも知れません。
このツイートだけを読めばそうでしょう。

何がおかしいのかというと、3年前、2009年8月の衆院総選挙で、
自民党から民主党への政権交代が実現した際の、
きっこさんのうかれ方があまりに凄かったので、
その落差に唖然としてしまうのです。


当時の「きっこのブログ」から引用させていただきます。

☆☆☆
2009.08.30(全文)
カンパ~イ♪
8時49分、NHKが「政権交代は確実」と報じました!
ついに歴史が動きました!
皆さん、9時ちょうどに、いっせいに乾杯をしましょう!
9時に間に合わなかった人は10時に、10時に間に合わなかった人は11時に、
そして、みんなそろって深夜0時に、いっせいに乾杯をしましょう!
カンパ~イ♪
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2009/08/post-9f4f.html
★★★


☆☆☆
2009.08.30(抜粋)
新しい夜明け
(略)‥‥そんなワケで、ここからは、夜の11時半に書き始めてるので、あたしは、
9時の乾杯、10時の乾杯、11時の乾杯を終えて、深夜0時の乾杯に向かってるとこで、
当然、乾杯と乾杯の間も飲み続けてるから、もう完全に酔っぱらってる。
最初は、この日のためにとっておいたスーパードライで乾杯して、その次は宝酒造の
シークァーサーの缶チューハイで乾杯して、それからちょっとだけ業務用の赤ワインを
飲んだりしたけど、こんなんじゃラチがあかないから業務用の焼酎をロックで飲み始めて、

中野6区(ロック)から出馬した忌野清志郎候補に、念願だった「政権交代」の報告をしつつ、
そのまま焼酎のロックを飲み続けてる。それにしても、こんなに美味しいお酒は始めてだ♪(略)

http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2009/08/post-573d.html
★★★


凄い盛り上がり方ですね。
たしかに、この3年前の政権交代時は、日本全般が盛り上がっていたとは思います。
しかし、とりあえず何かが変わることへの期待はあっても、
民主党には不安も多く、ここまで浮かれていた人は少なかったのではないでしょうか。

当時の民主党…まず、リーダークラスの信頼度が今ひとつだったし、
全体的に層が薄く、当然ながら経験不足の上に、個々の方向性は自民党以上にバラバラ、
候補者の選び方、その他、おかしい点はいくつもありました。

私はリアルタイムでこのブログは読みましたが、
さすがに違和感を感じました。変に盛り上がり過ぎだろうと。
とてもこんな飲んで浮かれ気分にはなれないと、かえって気持ちが冷めてしまったものです。

きっこさんも、この少し後の日記ではやや冷静な分析もしてはいます。
そのあたりは貼り付けたリンクから確認してください。
それにしても、この浮かれ方は凄いですね。
私はこの3年前の異様さを記憶していたので、今回のツイートに反応してしまいました。

きっこさんは3年前の段階で充分有名プロガーでした。
ブロガーとしての影響力は今より上だったかもかも知れません。
Twitterは、見ない人は見ないですから。

私が感心してしまうのは、3年前にこれだけのことを公言して、
よく今回のような民主党批判をさらっとできるなということです。
もちろん、「過ちて改むるに憚ることなかれ」、
過去に褒めた相手でも、今間違っているとなれば批判に転ずるのも当然です。

しかし、それは自分の見方も誤まっていたということですから、
自省も必要だと思うのですが、今回のツイートだけ読むと、
まるで「あんたらが選んだ民主党はおかしいだろう!」と、
こちらが責められているようにすら感じます。
(他のツイートでは後悔めいた発言もしてはいますが)

しかし、9万人のフォロワーを掴むには、これくらいでなくてはダメなのかも知れませんね。
過去の記述をあれこれ気にしていたら、思い切ったことなど書けないのでしょう。
ここらがトップクラスのプロガーと、
私のような“プロガー”の範疇にも入るかすら微妙な、底辺組との差なのでしょう。

2012年7月 2日 (月)

【俳優】地井武男さん死去/『勝海舟』38年前の大河ドラマの忘れ得ぬ名演

俳優・地井武男氏の訃報はテレビでも大きく報道されました。
http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/entertainment/obit/news/20120629-OHT1T00274.htm


『太陽にほえろ!』『北の国から』などの名作ドラマ、映画での名脇役としての好演も勿論ですが、
後年から最晩年までのテレビのバラエティー番組での活躍も大きいですね。
人柄の良さがよく画面からも伝わり、その集成といえるのが、
いわずと知れたテレビ朝日系『ちい散歩』(2006年4月-2012年5月)でした。

その地井さんの、俳優としての知名度を上げたのは、
『太陽にほえろ!』に途中から登場した井川刑事役でしょうが、
それ以前、出世作とまでいえるかは微妙ですが、印象的なドラマがあります。


NHK大河ドラマ『勝海舟』(1974年)
この作品は主演の渡哲也氏が病気のために松方弘樹氏と交代、
その松方氏や、脚本の倉本聰氏が制作方針についてNHKを批判、
倉本氏にいたっては途中降板するなど、ゴタゴタ続きの大河でした。

地井さん自身も、ざっと記録を見る限り、これが唯一の大河出演のようです。
他のNHKドラマにはその後も出ているので、別にNHKとの関係が悪かったわけでもないと思いますが、
『勝海舟』の後、38年間出演無しとは意外です。


さて、このドラマに出る頃の地井さんですが、
少し前には連続ドラマのレギュラーの記録もありますが、
当時は専ら一話限りのゲスト出演が定番でした。
しかし、『勝海舟』では「岩次郎」という役でレギュラー出演しています。

岩次郎は、ネットでは「火消し」という記述も見られますが、
つまりとび職だったかと思います。(あるいは大工)

勝海舟は江戸の町の住人なので、その勝と親しい鳶の棟梁といったところ、
つまり『暴れん坊将軍』で北島三郎さんが演じた「め組の辰五郎」のような役どころです。
といっても、いわゆる娯楽時代劇ではなく、どちらかといえば暗めのドラマで、
そんなに華やかな活躍もなく、生真面目な硬骨漢タイプだったように思います。
心酔する勝の旦那の為なら命も張ろう、という男だったと憶えています。

当時32歳の地井さんは整った容貌の二枚目に、
渋さが加わってきた頃だったのではないでしょうか。

岩次郎は架空の人物で脇役ですが、最初から最後まで登場し、
たしか、最終回のラストも、暴漢に襲われた海舟を、
これも初期から海舟の側近として登場している杉純道役の江守徹さんと、
二人で支えながら去っていくシーンだったと記憶しています。

これで一躍知名度が上がったとまではいえないと思いますが、
記録を見ると、この作品の翌年にはレギュラーも増えており、
ひとつのターニングポイントではあったかも知れません。
架空の人物なので、歴史に残る大事には絡みませんが、印象に残る役でした。

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