« 【特撮】円谷プロ創立50年/『怪奇大作戦』『マイティジャック』DVD発売 | トップページ | 【映画】『シックス・センス』/驚愕と感動のラスト 奇跡の構成と宣伝戦略 »

2012年6月 6日 (水)

【歌舞伎】香川照之さん歌舞伎デビュー/市川中車とは? 猿之助は誰が継いだ?

俳優の香川照之さんが、九代目市川中車を襲名して歌舞伎デビュー、
6月5日、東京・新橋演舞場で襲名披露公演「六月大歌舞伎」の初日を迎えました。
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/sponichi-kfuln20120606006013/1.htm

香川さんの実父である、三代目市川猿之助さんが二代目市川猿翁を襲名、
五代目市川団子を襲名した香川さんの長男・政明君とともに舞台に立った様子が
テレビ各局のワイドショー等で放送されました。

整理すると以下のようになったということです。

猿之助さん→二代目市川猿翁
香川さん→九代目市川中車
香川さんの長男の政明君→五代目市川団子


しかしこの襲名についてのTV報道、歌舞伎にあまり詳しくない人には少々わかり難いですよね。
とりあえず疑問点を挙げてみます。

1.香川さんは先代猿之助さんの息子なのに、なぜ猿之助を継がないのか?

2.その猿之助は誰が継いだのか?

3.香川さんが継ぐ「市川中車」(いちかわ ちゅうしゃ)という聞き慣れない、変わった名前は何?


2については、「猿之助」の名は歌舞伎界のホープ、二代目市川亀治郎さんが継いだのです。
もちろん、その襲名披露も行われたのですが、ワイドショーではどうしても香川さん中心になり、
亀治郎さんの事があまり紹介されなかったですね。

3の、香川さんが次ぐ「市川中車」とは、実は大名跡のようです。
しかし、40年以上名乗る人がいなかったので、一般にはなじみの薄い名前ですね。


さて、香川照之さんです。
香川さんは、三代目市川猿之助さんと女優の浜木綿子さんの長男ですが、両親は幼い頃に離婚、
浜さんに引き取られた香川さんは東京大学文学部卒業という立派な学歴で、やがて俳優となります。
猿之助さんとは長く絶縁状態で、訪ねって行ったことがあるが、息子ではないと拒絶されたそうです。

21世紀を迎え、香川さん映画、テレビドラマ、舞台で日本を代表する俳優の一人になりました。
しかし、父への思い、また歌舞伎への思いが強く、それに猿之助さんも折れ、
今回の歌舞伎デビューと相成った、
という経緯が、一般に伝えられるところの超概略かとと思います。
(雑誌やネットには色々なことが書かれていますが。)

では、息子の香川さんがなぜ猿之助を継がないのか。
少し失礼かもしれませんが、香川さんの容貌によく似合った名だと思うのですが。

しかし、猿之助の名は三代目がスーパー歌舞伎で築き上げた超ビッグネーム。
歌舞伎は素人の香川さんがいきなり継ぐのは無理なのでしょう。

そこで三代目の甥である二代目市川亀治郎さんが四代目猿之助を襲名しました。
香川さんからすれば従兄弟ですね。
四代目は次代を担う歌舞伎界のホープの一人で、
2007年、大河ドラマ『風林火山』で準主演である武田信玄(晴信)を演じたので、
お茶の間でも知られています。

ですので、今回の公演のタイトルは

初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善 
二代目市川猿翁
四代目市川猿之助
九代目市川中車襲名披露 
五代目市川團子初舞台
「六月大歌舞伎」

ということになります。
テレビでは四代目猿之助さん(亀治郎)の扱いが小さくて気の毒に感じました。
説明の仕方も難しかったのでしょうけど。

香川照之さんは映像の分野でも役の幅を広げて更に活躍してほしい役者ですが、
歌舞伎とのバランスはどうしていくのでしょう。
市川団子くんの口上は見事でしたね。


名跡「市川中車」
香川さんが九代目を襲名した市川中車の名跡ですが、
先代の八代目中車は三代目猿之助、
および四代目猿之助の父である四代目市川段四郎の、祖父の弟、
つまり大叔父にあたる人です。
ややこしいですね…というか、系図はさほどややこしくもないのですが、
何代目、何代目となるからややこしく感じます。

あくまで素人考えですが、
歌舞伎の経験のない香川さんが簡単に猿之助を継げないというはのは、まずはわかります。
しかし、中車も大名跡とのこと、それは継げるとなると、ちょっと違和感もあります。

猿之助の名はビッグネームですが、香川さんの父である三代目が
「スーパー歌舞伎」といういわば異端の芸で大きくした名だといいます。、
それならば、現時点で歌舞伎界では異端派である香川さんが継いでもよさそうに思うのです。
しかし、そうもいかないのでしょうね。


☆先代市川中車余話
さて、ここからは今回の襲名とは関係ない、先代中車に纏わる余談です。

八代目市川中車(1896年11月-1971年6月20日)は映画やテレビでも活躍した人です。
歌舞伎では仮名手本忠臣蔵の高師直、つまり吉良上野介の役どころが当たり役のひとつで、
映画でも吉良を演じました。

そして1971年のテレビドラマ『大忠臣蔵』(NET系)でも吉良上野介を演じたのです。
このドラマはオールスターキャストで制作され、1年間かけて放送されました。
大石内蔵助は三船敏郎、浅野内匠頭に七代目尾上菊五郎、堀部安兵衛が渡哲也、
矢頭右衛門七が田村正和、萱野三平が石坂浩二、千坂兵部が丹波哲郎、清水一学が天知茂…、
ざっと挙げても凄い顔ぶれであることがわかります。

ところが、ドラマも終盤を迎えて大事件が起きてしまいました。
上野介として視聴者の憎悪を集めていた先代中車が急死してしまったのです。
忠臣蔵で、クライマックスの討ち入りを控えて上野介がいなくなっては大変です。

幸い、といっていいのか微妙ですが、先代中車には二代目市川小太夫という実弟がいました。
容貌も似ており、この人が急遽上野介役を引き継いだのです。

この交代にあたり、小太夫が初登場する回の冒頭で本人による口上が放映されました。
「兄が亡くなったので、弟である私、小太夫が引き継ぎます。」という内容です。
これがなかなか印象的なのです。
ネットにUPされているので紹介します。

私は元々このドラマを観た記憶はないのですが、
この口上はあまり印象的で、暗誦できるほど繰り返し観てしまいました。

« 【特撮】円谷プロ創立50年/『怪奇大作戦』『マイティジャック』DVD発売 | トップページ | 【映画】『シックス・センス』/驚愕と感動のラスト 奇跡の構成と宣伝戦略 »

21.俳優 映画 演劇」カテゴリの記事

フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ