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2012年6月

2012年6月28日 (木)

【音楽】ザ・ピーナッツ 伊藤エミさん死去/Jポップス史に輝く双子姉妹デュオ

「ザ・ピーナッツ」の伊藤エミさんが6月15日に亡くなりました。1941年生まれ、71歳。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120627-00000598-san-ent

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ザ・ピーナッツ

1959年2月11日 活動開始 - 1975年4月5日限 引退
伊藤エミさんとユミさん、一卵性双生児の姉妹デュオ。
日本の歌謡史、ポップス史に燦然と輝く名花です。

『恋のバカンス』、『ふりむかないで』、『恋のフーガ』、『情熱の花』、『ウナ・セラ・ディ東京』
卓越した歌唱力とハーモニーの美しさをもって、
時代を超えて歌い継がれる数々のヒット曲、和製ポップスを送り出しました。
特に『恋のバカンス』は多くの歌手にカヴァーされ、カラオケの定番曲ですね。

そう、特撮怪獣映画『モスラ』に「小美人」として出演し歌った『モスラの歌』も忘れ難いです。

伊藤エミさん(本名・日出代=ひでよ)さんは1941年(昭和16年)4月1日、愛知県生まれ。
ジャズクラブで歌っているところをスカウトされ、上京。
一卵性双生児の妹のユミ(本名・月子)さんと「ザ・ピーナッツ」を結成し、
1959年に『可愛い花』でレコードデビューしました。

1960年代を代表する人気歌手として数々のヒット曲を生むと共に、
『ザ・ヒットパレード』や『シャボン玉ホリデー』など伝説の音楽バラエティー番組にレギュラー出演、
ハナ肇とクレージーキャッツとのコントなどでも活躍し、
バラエティタレント、バラエティアイドルの元祖ともいえる存在でした。

そして、1975年の解散・引退後は一切表舞台に出ず、それ故更に伝説の存在となりました。
これは後のキャンディーズや山口百恵さんのように、絶頂期の引退というわけではないので、
引退後もあまり追いかけられなかった面もあります。

最後の頃はヒット曲はありませんでしたが、
実力と、年齢を経ても歌い続けられる多くの名曲を持っていたのだから、
歌謡界に君臨し続けることも出来たでしょうが、、
一方で「可愛い双子の姉妹デュオ」というイメージもありましたし、
それを崩さないうちの、惜しまれつつの綺麗な引退だったともいえます。

訃報が伝えられた伊藤エミさんは解散直後、所属事務所の渡辺プロダクションの後輩で、
人気絶頂だった沢田研二さんと結婚しましたが、後に離婚しています。


代表曲を紹介します。


『恋のバカンス』(1963年)
一番有名な曲はこれでしょう。
ちょっと妖艶な、夏の名曲。




『ふりむかないで』(1962年)
これはリリース当時のリアルタイムではなく、後年の映像ですね。
和製ポップスの女王的な存在のピーナッツですが、これ以前はカヴァー曲中心で、
オリジナル曲としてはこの歌が初のヒットとなりました。




『恋のフーガ』(1967年)
こちらはほぼリアルタイムの映像。




『情熱の花』(1959年)
これはJポップではなく、洋楽のカヴァー。初期のヒット曲です。




『ウナ・セラ・ディ東京』(1964年)
しっとりした大人のイメージ。といってもリリース当時まだ23歳ですが。




『銀色の道』(1961年)
永遠の名曲。ダークダックスとの競作です。
どちらかといえばダークの方が知られているかも知れませんが、ピーナッツ版もいいです。


そして、最後にこの歌も。


『モスラの歌』
ザ・ピーナッツは『モスラ』(1961年)をはじめ、3本のモスラが登場する東宝特撮映画、
『モスラ対コジラ』『三大怪獣 地球最大の決戦』に出演、この歌以外にも色々歌っています。
その後にもう1本、小美人が登場する作品があるのですが、それは別のペアに引き継ぎました。


数々の名曲、永遠不滅です。

2012年6月27日 (水)

【政治】消費増税可決/各紙社説も批判は東京新聞のみ|これでいいの?

昨日6月26日、衆議院で消費税増税法案があっさり、大差で可決しました。
民主党に多数の造反者が出たのだから、「あっさり」ではないとの見方もあるでしょうが、
充分あっさりだと思います。

明けて6月27日付の新聞朝刊6紙、
読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞、東京新聞の社説を読みましたが、
今回の増税を明確に批判しているのは東京新聞(中日新聞東京本社発行)だけで、
他の5紙は論点に違いはあれど、基本的に肯定です。
これも驚くべきことです。

私は消費税増税については基本的に反対ではありません。
しかし、今回の増税はないでしょう。

もちろん、2009年8月30日投票の衆議院総選挙の際に示された、
「4年間は消費増税の論議は封印する。」との民主党の公約に違反することが第一です。

しかし、本質は充分な構造改革(古い言葉のように聞こえますが)、
具体的にいえば官僚機構の改革がなされたのか、ということです。
そもそも、4年という数字には、まずその間に徹底的に無駄をなくす、
というニュアンスが籠められていたと思います。
まさか、それがなされたとはいえないでしょう。

3年前の政権交代時、民主党が最もアピールしていたのは、
「官主導から政治主導、つまり国民主導へ」だったと記憶しています。
官僚・公務員改革が進まない中で、税金だけ先に上げてしまっては、
まず現官僚体制の保全だけを固めてしまったようなものです。

やはり「約束を守り、やるべきことをやった上で、必要なら増税も論議する。」
この姿勢でなければおかしいです。

それに、この先行き不透明な不景気の状態で消費税を上げても、
消費は更に冷え込み、すぐには税収増にはつながらないでしょう。
(それでも安定・確実な財源であるのは事実でしょうが)


さて、新聞各紙社説の論調は、前述の通り東京新聞を除いて増税に肯定的です。

例えば毎日新聞などは、論説の中心は小沢一郎元民主党代表批判です。
記事がすべて間違っているとは思いませんが、このタイミングで主論にすべきことなのか?

驚くのは朝日新聞です。
今回の増税は政治が一歩前に進む、歓迎すべきことだそうで、
民主党と自由民主党、公明党との三党合意についても意義が大きいのだそうです。
第一党が、第二党である自民党と組み、圧倒多数で公約違反の法案を通す、
朝日はこれに全面賛成だというのか?

しかし、朝日の社説は見つけ難い面にありますね、内側だし。
あまり読まれたくないのかな?

読売新聞も法案については朝日と基本同じですが、
読売が党をまとめられなかった民主党に批判的なのに対し、
朝日は民主への擁護に思えるのが、違いといえば違いです。

そして各紙とも、総じて反対・棄権した民主党議員に批判的です。
これは、政党論からすれば間違いともいえないかも知れません。
しかし、反対した議員には国民との約束を守るという大義があります。

それに、もし彼らが賛成に回っていたら、与党が公約違反の法案を提出し、
それが約90%の圧倒的な賛成で可決するという事態になっていました。
これで、世界にまだ残る「独裁国家」と呼ばれる国々を批判出来るのでしょうか。
彼ら“造反者”のおかげで、辛うじて僅かに、民主国家の体裁を守ったともいえます。


公約・マニフェスト/東京新聞より

書いていると、やはり「公約違反」というワードが多くなってしまいました。
これが大きな問題なのか、むしろ問題視すべきではないのか、
唯一、今回の増税を真っ向批判した東京新聞の社説がわかり易いです。

東京新聞もマニフェストについては、必ずしも万能ではないとの立場です。
例えば原子力政策について、昨年の東日本大震災のために発生した原発事故を受けて、
従来の推進から、脱原発へ方向転換もやむなく、むしろ当然としています。

しかし、今回の増税は違う。
野田首相が増税の前提とする小子高齢化などは今に始まったわけではない。
増税路線への転換は税金の無駄遣いをなくす努力を怠り、
官僚支配を崩す熱意が足りなかったことの当然の帰結だと断じています。

また、政策で政党や議員を選び、公約した政策を実現しようとしないなら、次の選挙で投票しない、
この循環を完成させない限り、日本の民主主義は前に進まないとしています。
正論です。

しかし、それにしても民主党の姿勢はわかり難いです。
ここでなりふり構わず増税して、次の選挙で自民に負けたら、
逆風が怖くて自民がなかなかできなかった増税を、
民主か代わりにやってあげた上で、政権を返すようなものです。

といっても、政権獲得後の民主党がいくら不興を買っても、自民待望論はさっぱり盛り上がらず、
しかも今回の件で自民は増税に全面賛成したのだから、選挙もどうなるかわかりませんが。

東京新聞の社説は最後にこう結んでいます。
「有権者が投票する際の材料を十分に提供するのは、新聞の重要な仕事であると肝に命じたい。」
しかし、東京新聞の論調に同感で、今回の増税に不満だったとしても、
次の選挙の投票をどうするかは難しいですね。


小沢一郎氏…。

この人だけは本当にどうもわかりません。
ただ、多くのことに目をつぶって、一度小沢氏にやらせてみたいと考えても、
政局がどう流れたところで、次の選挙でその結果を導き出すのは難しそうに思えます。
年齢等諸事情考慮して、その先があり得るのか…?


他に誰か…、やはり思い浮かぶのは橋下徹大阪市長・元大阪府知事くらいでしょうか。
今回の増税についてもコメントを出しているので、ニュース記事から発言を抜粋します。

☆☆☆
増税せずと言っていた…橋下徹氏、民主を痛烈批判
「民主党は政権交代の前に『4年間は増税はしない』と明言していた。
政党としてこれが許されるなら、選挙前の政策討論や公約は全部いらなくなる。」
http://news.goo.ne.jp/topstories/politics/393/56b4b7a5920c8cdd866d39310c42c47d.html
★★★

この人はわかり易いですね。
色々批判があるのはもちろん知っていますが、
マスコミがこの調子では、メディアでバッシングを受けているくらいの人の方が、
信頼できるようにも思えてしまいます。

【美術展】「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」国立西洋美術館/西洋古典美術の神髄を辿る

東京上野の国立西洋美術館で9月17日まで、
「ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年」が開催中です。

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ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年
2012年6月13日(水)-9月17日(月)
国立西洋美術館(上野)

主催:国立西洋美術館、TBS、読売新聞社
後援:ドイツ連邦共和国大使館、BS-TBS、TBSラジオ、J-WAVE
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2012berlin.html

TBSと読売新聞、系列の違う大マスコミが組んでの主催です。
このブログでも過去に二度ほど紹介しましたが、
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/2012-672b.html
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/400613-195a.html

今年開催が予定されている中でも、屈指の大型展のひとつがようやく開幕しました。

実は六本木の国立新美術館では7月16日まで、
「大エルミタージュ美術館展 世紀の顔・西欧絵画の400年」が開催中です。
よく似た展覧会名ですね。

共に「欧州芸術の400年」ですが、
六本木は16世紀から20世紀初頭までなのに対し、
今回始まった上野は15世紀から18世紀までと、古い時代が中心です。
更に六本木はほぼ油彩画で占められているのに対し、
上野は油彩画、彫刻、素描など幅広く、合わせて107点が展示されています。


展覧会の構成は以下の通りです。

第1章 15世紀 宗教と日常生活
第2章 15~16世紀 魅惑の肖像画
第3章 16世紀 マニエリスムの身体
第4章 17世紀 市民と戦士
第5章 18世紀 啓蒙の近代へ
第6章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描

15世紀から18世紀まで、一通り時代を追った後、
少し遡ってルネサンスの素描を紹介するよう流れです。
最後の方は更に少し変則的になっていました。

これだけ長い時間、広いジャンルを扱っていますので、
作品に共通するテーマは見出し難いですね。
油彩画作品の中から、いくつか魅力的な作品を紹介していきましょう。


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『真珠の首飾りの少女』 ヨハネス・フェルメール(1662-65年)
人気の高いフェルメール。いわずと知れた本展の看板作品です。

この後、同じ上野の東京都美術館で6月30日に開幕する、
「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」には、
やはりフェルメールの、よく似た題名の『真珠の耳飾りの少女』が来日します。
どちらかといえば『耳飾り』の方が有名ですが、本展の『首飾り」も初来日で貴重な機会です。

この絵を観て、どんなシーンだと想像しますか?
私は少女が母親のネックレスを持ち出して、身につけてみて、
鏡に映して見ているところだと思うのが、一番ぴったりするように思います。
なんとも魅力的な構図です。

そういうシーンだとすると、少し画面が、少女の顔も暗いのが残念に感じますが。
劣化のせいなのか、それとも元々こうような明るさで表現された絵なのか。


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『果物、花、ワイングラスのある静物』ヤン・ダフィドゾーン・へーム(1651年)

大画面に描かれた美しい静物画。
国立西洋美術館の外壁にも大きく描かれている、本展の看板作品…の筈なのですが、
なぜか公式サイトの日本語ページにはまったく言及が見当たりません。

静物とはいっても、実際に並べられた花や器を写生したというよりは、
装飾的にデザインされている印象が強いですね。
フルーツの瑞々しさ、ワイングラスの繊細さ、美しい絵画です。


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『バテシバ』セバスティアーノ・リッチ(1725年頃)
会場でも一際目を引く大作です。この絵も公式サイトでは推されていませんが。

バテシバ(バデシェバ、バト・シェバとも)はヴィーナス、
ディアナ、ダナエらと並び、裸身で描かれることが多い女性です。
しかし今、名を挙げた3人がギリシャ・ローマ神話に登場するのに対し、
バテシバは旧約聖書の登場人物です。

水浴姿をイスラエルのダビデ王に見初められ、王の陰謀により夫が戦死してしまう、
エピソードからいえば「悲劇のヒロイン」なのですが、この絵にはその憂いはないですね。
もちろん、ストーリーからいっても水浴時に憂いがある必要はないのですが。


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『ルクレティア』ルーカス・クラーナハ(父)(1533年頃)

ルネサンス期ドイツの有名な画家クラナハの作品。
同じような構図でヴィーナスの絵などが知られますが、
「ルクレティア」は紀元前ローマ史に登場する貞節の、そして悲劇の女性です。
貞節を犯された彼女は父と夫にそれを告白し、復讐を託して短剣で自害してしまうのです。

しかし、短剣を手にしていても、予備知識なしにこの絵を観ると、悲劇性は感じ取り難く、
貞節というよりは・むしろ蠱惑的な魅力を感じてしまうかも知れません。
物語を知っていると、その表情から貞節への意志の強さなどを読み取れるのですが。


以上、絵画4点、敢えて華やかな絵を取り上げましたが、
彫刻や素描も多いので、全体としては色彩面ではやや地味めな展覧会ではあります。


尚、本展(東京展)閉幕後は10月9日より福岡で開催予定です。

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2012年10月9日(火)-12月2日(日).
九州国立博物館 3階 特別展示室(福岡県太宰府市石坂4-7-2)


公式サイトに掲載されている主な展示作品のタイトルを章ごとに紹介します。

第1章 15世紀 宗教と日常生活
1480年頃 エルコレ・デ・ロベルティ《洗礼者聖ヨハネ》
1500年頃 リーメンシュナイダー《龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス》
1500年頃 バルトロメオ・ピントリッキオ《聖母子と聖ヒエロニムス》
15世紀半ば ドナテッロ《聖母子とふたりのケルビム》
15世紀半ば ルーカ・デッラ・ロッビア《聖母子》

第2章 15~16世紀 魅惑の肖像画
1526年頃 アルブレヒト・デューラー《ヤーコプ・ムッフェルの肖像》
1540年頃 ルーカス・クラーナハ(父)《マルティン・ルターの肖像》

第3章 16世紀 マニエリスムの身体
1533年頃 ルーカス・クラーナハ(父)《ルクレティア》

第4章 17世紀 市民と戦士
1616-20年 ディエゴ・ベラスケス《三人の音楽家》
1640年頃 レンブラント派《黄金の兜の男》
1662-65年 ヨハネス・フェルメール《真珠の首飾りの少女》
1660-70年 ヤーコプ・ファン・ロイスダール《滝》

第5章 18世紀 啓蒙の近代へ
1777年頃 ジャン=アントワーヌ・ウドン《魚の静物》
1777年頃 ジェン=バティスト・シャルダン《死んだキジの静物》
19世紀初頭 ジョゼフ・シナール《レカミエ夫人の肖像》

第6章 魅惑のイタリア・ルネサンス素描
1480-95年頃 サンドロ・ボッティチェリ《ダンテ『神曲』写本》より「煉獄篇第17歌」
1480-95年頃 サンドロ・ボッティチェリ《ダンテ『神曲』写本》より「煉獄篇第31歌」
1490-95年頃 ルーカ・シニョレッリ《若い女性と若い男性を担ぐふたりの裸体の若者》
1505年頃 ミケランジェロ・ブオナローティ《聖家族》

2012年6月26日 (火)

【美術】藤田嗣治『秋田の行事』6/23『美の巨人たち』/“乳白色の画家”放浪の末の新境地

6月23日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
藤田嗣治作の『秋田の行事』のでした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120623/index.html

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藤田嗣治『秋田の行事』(1937年)
縦3m65cm、横20m50cmの大壁画。秋田県の平野政吉美術館所蔵作品。
描かれているのは秋田の静かな暮らしと熱狂の祭りです。
画面左には、雪深い秋田の情景。穏やかで慎ましい、人々の営み。
しかし、小さな橋を越えた右側には祭りの熱狂と興奮がほとばしっています。


藤田嗣治  レオナール・フジタ
(ふじた つぐはる、Léonard Foujita 1886年11月27日 – 1968年1月29日)
エコール・ド・パリの画家。
芸術の都、フランスはパリで大きな成功を収めた画家。
しかし、今回の絵はタイトルからわかる通り、日本の秋田県を描いたものです。
といっても、日本で制作していた時期もそれなりに長いので、さほど意外でもありません。

ですが、番組のオープニングは意表をつかれました。
いきなり南米の風景。
藤田嗣治で南米とは…、急遽放送予定が変わったのかと思ってしまいました。

1920年代、セーヌ川の左岸にあるモンパルナス。
若き芸術家たちが集うこの街に、おかっぱ頭に丸メガネ、藤田嗣治の異形もありました。
藤田といえば、白い裸身で描かれた美しい女性たち。
誰も見たことがなかった柔らかな乳白色と繊細な線で独自の世界を切り開き、
パリの画壇を騒然とさせていたのです。

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そんなパリ時代の絶頂期、藤田は大きな壁画に挑みました。
しかし、藤田の乳白色や繊細な線は巨大な絵には向かず、不評に終わってしまいました。

「私は…欧州の空気に押しつぶされて、どうしても南米の大空を心ゆくまで吸って晴れ晴れしてみたい…」
パリでの栄光を捨て、南米の旅に出た藤田をメキシコで運命的な出会いが待ち受けていました。
画家は、革命に端を発した壁画運動に強い衝撃を受けたのです。

そうです、このいきさつが踏まえて、番組は南米から始まったのでした。

2年に及ぶ放浪の末に藤田は日本へ帰国しました。
しかし、求められるのは「パリの藤田」「乳白色の藤田」ばかり。
そんな時、藤田の絵に魅せられた秋田の資産家・平野政吉から、
秋田に美術館を作るので、そこに飾る絵を描いて欲しいと切り出されました。

依頼を受けた藤田は、何度も秋田を訪れ半年かけて構想を練った後、
174時間という驚異的な早さでこの大作を一気を描き上げました。
そしてそこには、乳白色の藤田の影は見当たらず、鮮やかな色彩が踊っています。


今回は久々に秋田に帰郷した女性の視点での構成で、紀行番組風でもありましたね。
女性を演じたのは女優・声優の藤田みずきさんでした。

2012年6月24日 (日)

【美術展】「シャガール 愛をめぐる追想」日本橋高島屋/「愛の画家」の美の軌跡を辿る

東京日本橋高島屋にて「シャガール 愛をめぐる追想」展が開催中です。
6月25日までなので、会期は今日を含めて後2日です。

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シャガール 愛をめぐる追想 日本未公開作品を中心に
6月7日(木)-25日(月)
日本橋高島屋 8階ホール

主催:NHKサービスセンター
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/event2/

マルク・シャガール
(Marc Chagall 1887年7月7日 - 1985年3月28日 97歳没)
20世紀を代表する大画家。
97年に及ぶ生涯において、永く偉大な画業を残しました。
主にフランスで活動し、後年にはフランス国籍を取得しています。
エコール・ド・パリの画家の一人ともされます。

本展では日本未公開のスイスの個人所蔵家からの39点と、
岐阜県美術館所蔵の版画集「サーカス」全38点を展示し、
シャガール・ワールドの魅力を紹介されています。

一部例外もありますが、後年から晩年にかけての作品が大半ですね。
97歳と長命で、晩年まで旺盛に制作を続けたシャガールですから、
「後年」といっても長期に渡りますが。

鮮やかな色彩と、幻想的な作風。
本展では愛や結婚をテーマにした作品を多く制作した「愛の画家」と位置付け、
男女の愛、家族間の愛、ときに宗教的な色彩をも帯びる隣人愛や人間愛など、
「愛」に問いかけながら表現し続けた、シャガールの芸術美を年代を追って辿っています。


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『画家の夢』1980年頃
パンフレットにメインで掲載されている、本展の看板作品。
1980年頃なので、シャガール93歳くらい、大型の大作です。


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『婚約者たち』1927年頃
こちらは若い頃の作品、といっても40歳くらいですが。
この頃の絵の筆致の方が、シャガール作品としてなじみがあるようにも思えます。


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『天蓋の下の新郎新婦』1966年
結婚、婚約といったテーマはやはりシャガールに相応しく思えますね。
もう79歳の頃の作品ですが。

シャガールといえば愛妻ベラをモデルとした作品が知られますが、
ベラは大戦中の1944年に亡くなっています。
その後、1952年に18歳年下のヴァヴァと再婚しており、
それもあって年を取っても瑞々しい結婚の風景を描き続けられたのかも知れません。
『天蓋の下の新郎新婦』の頃はヴァヴァも61歳ですが。

2012年6月23日 (土)

【My Blog】アクセス30万件

このブログの最初の記事が2010年の7月20日なので、もうすぐ丸2年になりますが、
それを待たずしてアクセス数が30万件を越えました。

mixiをその少し前から始めていて、最初はmixi日記を転載していました。
mixiの足あと機能が事実上なくなったこともあり、その後主従が逆転している状態です。

2年で30万件が多いのか少ないのかよくわかりませんが、
丸3ヶ月以上放置していたこともあり、
また、この4ケ月でほぼ半数の15万件ほどのアクセスがあることを見ると、
順調に右肩上がりで伸びているということでしょう。

といっても、要するに何か話題になっていることを書けば、
そのページが検索でヒットしてアクセス数が伸び、
その話題が過去のものとなれば、アクセスはなくなる、の繰り返し。
別に、このブログの愛読者が増えたわけではありません。

しかし、私は出版関係の仕事をしており、今なかなか本が売れない状況をよくわかっています。
それを思うと、このブログを1日に千人、二千人、時にはもっと多くの人が読んでいると思うと、
やはりすごいし、ネットのない時代には夢想だに出来なかったことです。

おもしろい時代になったものです。
本が売れないのは困るのですが。

2012年6月22日 (金)

【ウルトラマン】高原竜ヒドラの像の伊豆シャボテン公園/ヒドラと少年 特撮の聖地

静岡県伊東市の老舗テーマパーク「伊豆シャボテン公園」の土地・建物が静岡地裁沼津支部から
競売開始決定を受けているそうです。経緯は下記のニュースサイトを参照してください。
http://n-seikei.jp/2012/07/post-10094.html
(※2016年8月21日追記:この競売問題はややこしいですが、現在は当時の運営会社が経営を引き継ぎ、
問題なく営業しているようです
http://shaboten.co.jp/


さて、この公園、最近はカピバラの飼育などでも知られているようですが、
私のような昭和特撮ファンにとって「伊豆シャボテン公園」といえば、
『ウルトラマン』(初代)に登場した高原竜ヒドラの像です。

Photo

もちろん、『ウルトラマン』のために作られたものではなく、
元々サボテンの温室の入り口にある像です。
同公園が『ウルトラマン』に撮影協力したのです。

劇中でも、別にこの像が大魔神のように怪獣化するわけではありません。
それでは、この像がストーリーとどう絡むのか?
『ウルトラマン』で描かれた、像と怪獣ヒドラについて簡単に説明します。


Hidora
『ウルトラマン』第20話 「恐怖のルート87」(1966年11月27日放映)

『ウルトラマン』は基本的にファンタジーですが、
中でもこのエピソードはファンタジックでしんみりしたお話です。
ストーリーの概要を、劇中の展開は無視して、時系列に沿って出来事を記します。

ムトウ・アキラという孤児院に暮らす少年が、
公園(劇中での名称は「大室公園)のシンボルとして制作される像のデザイン募集に応募して一等になりました。
そして、彼のデザイン画を元に作られたのが、高原竜の像なのです。
しかし、少年はその後、ひき逃げにあって亡くなってしまいました。

生前、アキラ少年はヒドラを実際に見たと語っていたそうで、それを元にデザイン画を描いたのです。
少年の死後、怪獣ヒドラが現れ、まるで少年の無念を晴らすかのように公園に続く国道87号線を走る車を襲い始めました。
サブタイトルにある「ルート87」とは、この国道87号線の事です。

少年とヒドラの関係
科学特捜隊のハヤタ隊員によれば、ヒドラは元々古くから日本に棲息していた鳥獣です。
つまり、霊が実体化したようなオカルティブな存在ではありません。
少年が育った施設の人によれば、鳥好きだったアキラ少年は生前よくバードウォッチング出かけており、
そこでヒドラを目撃し、その姿をモデルに像のデザインを描き、応募したのだと思われます。
※このあたりの流れは、人々の会話と推測で断片的に語られるだけなので、解り難いです。


少年はヒドラに乗り移ったのか?
アキラ少年とヒドラの関係について、少年の魂がヒドラに乗り移った、という解釈が一般的です。
しかし「乗り移った」となると、「ヒドラの意志=アキラ少年の遺志」となりますが、それは少し違うと思います。
なぜなら、少年の霊はフジ隊員の前に現れ、ヒドラが暴れ出す事を警告しています。
このシーンを素直に捉えれば、少年とヒドラの意志は同一ではありません。

現実的に考えれば、ヒドラは車の騒音や排気ガスに怒り、車を襲っているのでしょう。
あえて、少年とヒドラの精神を繋げて解釈するならば、
ヒドラは少年が乗り移ったのではなく、友達的な立場で少年の恨み晴らそうとした、という方が近いかと感じます。
生前の少年とヒドラがそんなに親しく交流していたとも思い難いですが、
ファンタジーですから、そこはそんなに細かく拘って、結論を出さなくてもいいでしょう。


高原竜と荒原竜

「高原竜」という名称についてです。
実は元々、公園でのこの像のネーミングは「荒原竜」だったのですが、
ウルトラマンでは、ヒドラに「高原竜」というサブネームが付けられました。
ヒドラのおかげで「高原竜」が定着したので、現在では公園側「高原竜」を使っている、
というのが私の認識で、ネットでも同様の解説も見られます。
ただ、これには異説もあるようですが。


この公園は、他にも特撮番組のロケ地としてよく使用されています。
仮面ライダー(第一作 1971年)では悪の組織ショッカーの基地の入り口部分として、
高原竜が登場したこともあります。

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ショッカーのシンボルマークは鷲なので、ピッタリだったのですね。

Old Fashioned Club  月野景史

【カメラ】ニコンD3200vsソニーα65 2400万画素対決 驚異の結果/雑誌「カメラマン」7月号より

6月20日発売の雑誌「カメラマン」7月号(モーターマガジン社発行)に、
以下のような興味深い記事が掲載されています。

ニコンDライバル比較  ニコンD3200 vs ソニー α65

この5月に発売されたばかりのNikon D3200と、1月発売のSONY α65
ともにAPS-Cサイズのデジタル一眼レフタイプ(α65は正確には一眼レフではない)の
エントリー機(入門機)でありながら、2400万画素超の高画素イメージセンサーを搭載するカメラ。
この二機種でいくつかのシチュエーションを撮影し、作例を比較しようという試みです。

D3200がでるまで、2400万画素のAPS-Cカメラはα65と、
同時発表のミドル機α77(チリ洪水の影響で発売はα65が遅れた)だけだったので、
初めて他社製のAPS-C2400万画素の比較が可能になったのです。

ニコンは今まで、主にソニーからイメージセンサーの供給を受けており、
D3200のセンサーもソニー製だとすれば、α65と基本的に同じということになりますが、
このカメラについては違うともいわれており、これはよくわかりません。

さて、私はαユーザーですが、カメラは素人で、機種の比較などできる知識・見識はありません。
しかし、今回の「カメラマン」誌上での比較は素人でも一目でわかる明確な差が出ており、
大変興味深く(ショックでもあるのですが)、このブログで取り上げることにしました。



D3200

Nikon D3200 2416万画素(有効画素)



65
SONY α65  2430万画素(有効画素)


ニコンD3200 vs ソニー α65
問題の記事は「カメラマン」7月号P66.67に掲載されています。
全体としてはニコン機各種の特集で、その中のひとつの企画ですね。
比較されているのは以下3点です。

1.高感度撮影での画質
2.風景写真の解像力
3.内蔵ストロボの調光

このうち3番目のフラッシュの調光についても、明らかな違いがありました。
しかし、記事にも書かれているのですが、好みの問題でもあり、今回はふれません。
残りの2点を検証します。


1.高ISOの感度比較
方法は女性モデルを夕暮れ屋外で引きで撮影し、
顔のアップをそれぞれISO1600、3200、6400、12800で比較しています。

高画素化すると高感度は弱い、一般にいわれる通りで、α65の評価は元々高くはありません。
では新発売のD3200はどうか、というのが焦点になるのですが、驚くべき結果です。
D3200の作例ではISO6400でも、12800でさえも、パッと見ではほとんど違いがわかりません。
すごいです。記事中でも 「使用目的が明確な場合、全感度常用可」という評価。

対してα65は「ソニーファンにとって残念なお知らせ」というサブタイトル。
記事にも書かれていますが、素人目でも「比較対象にならない」
特にISO12800などは、申し訳なくてモデルさんに見せるのが憚られるほどです。

雑誌の論調としては、センサーの比較は言及されておらず、
NR(ノイズリダクション)処理、画像処理の問題と捉えているようです。

この結果についてですが、D3200が優位であるとはある程度予想できました。
先行発売されたα65の高感度処理についての酷評があったにも関わらず、
あえてエントリー機に高画素センサーを積んだのだから、
それなりに仕上げるのだろう、とは思っていました。
しかし、これほどの差とは…、αユーザーとしてはショックでした。


さて、もうひとつの比較項目です。

2.キットレンズの描写力
なぜかこの項目は、キットレンズの比較のようなタイトルが付けられていますが、
他の二つの項目もキットレンズが使用されています。
エントリー機の比較なのだから当然ですが。

風景写真を撮影し、更にその一部分を拡大、遠景解像感を比較しようという試みです。
写真データの記載がなく、絞りがF8である以外はわかりません。
「遠景」とあるので、焦点距離は望遠側だとは思いますが、キットレンズなのでテレ端でも55mmです。

この比較については、エントリー機とはいえ高画素センサーを採用した最新機種なのだから、
解像力に優れているのは当然だし、風景撮影で二機種に大きな差が出る筈はない、と思いました。
が、驚くような差がありました。

特に建物の先端部分のアップを見ると明らかなのですが、
鮮明なα65に対して、D3200は素人目にも“ボケボケ”です。

これはα65が優れているのか、D3200が劣っているのか?
素人には判断が難しいですが、記事を読むとその両方との評価のようです。

α65については「これぞ高画素を活かした気持ちの良い解像力」
「キットレンズとはいえビックリするような描写力」
とベタ褒めなのに対し、
D3200は「ピリッとしない描写」「モヤモヤ」、そして「とにかく、よろしくない結果」と結論づけています。

原因としてはレンズではなく、ローパスフィルター周辺の問題の可能性が指摘されていました。

しかし、α65のキットレンズは私も所有していますが、
良いレンズだと思うし、小型軽量も便利なのですが、玩具みたいに見える部分もあり、
2400万画素のカメラに付けてどうかと思っていたのですが、本当に優秀なのですね。
上手く撮れないのをレンズのせいには出来ません。


さて、痛み分けといった感じのこの極端な結果、メーカー及びユーザーとしてはどうなのでしょう。

ソニーの場合、ラインナップでいうと、α65とほぼ同じボディ形状のエントリー機α57があります。
住み分けとしては、
α57は高感度・連写・動体撮影向き、
α65は風景・静物・解像感重視、
ということになるだろうから、α65は高感度で負けても、解像力で勝てれば良し、
ということになるのかも知れません。

しかし、ユーザーとしては、唯一のAPS-Cミドル機であるα77も、
同じセンサー、処理エンジン使用なので、α65と同じ結果になると思うと、やはり残念です。

ニコン側としてはどうなのでしょうね。
D3200はエントリー機の中でも小型軽量のローエンド機だから、あまり問題はないのでしょうか。
しかし、せっかく24MPセンサーを積んだ高画素機としては、ちょっと残念にも思えます。


以上、色々書きましたが、
あくまで素人が雑誌「カメラマン」の記事を読んでの感想文です。
興味がある方、疑問のある方は、実際に雑誌を読んでみてください。
http://www.digi-came.com/jp/modules/icontent/index.php?page=138

2012年6月21日 (木)

【プロ野球】巨人軍原監督が元暴力団員に1億円払っていた!?/週刊文春の記事を解み読く

先日、週刊文春6月21日号(文藝春秋発行)に掲載された、
「日テレ 馬場典子アナの“横領疑惑”を木村優子部長がモミ消し」
との記事についての雑感を書いたばかりです。

この号にはAKB48の指原莉乃さんの暴露記事や、小沢一郎元民主党代表の奥さんの手紙など、
インパクトあるスクープ記事が掲載され、空前の売れ行きだったようです。

その週刊文春が、今日6月21発売の「6月28日号」でも衝撃的なスクープを掲載し、
ネットやテレビでも大きく取り上げられています。
週刊文春、開き直ったかのような独走ぶりです。

その記事とはプロ野球の巨人軍、読売ジャイアンツの原辰徳監督に関わるものでした。


暴排キャンペーンのポスターにもなった“若大将”に何が… 球界激震!
巨人 原監督が元暴力団員に一億円払っていた!
女性スキャンダルで恐喝

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1467

この件については雑誌発売前である、昨日6月20日の時点で、
読売巨人軍側も早い対応をしています。
一方で、ネットでも色々なことが書かれていますが、
経緯はかなりややこしく、当然誤った情報も流れています。

6ページに及ぶ記事を順序通り短く要約するのも難しいので、
以下、肝心の部分のみ抜粋してまとめます。


★★★
2006年8月、巨人監督復帰1年目のシーズン中であった原監督は、
遠征先の熊本で元暴力団員で球界とも関係あるKと、もう一人の男Hに面会を求められ応じた。
Kは原監督にある女性の日記のコピーを示し、これが世に出ないようにするからと1億円を要求した。

その女性と原監督とは、監督の現役時代の1988年頃、不倫関係にあったとされる。
巨人が甲子園遠征の際に常宿としていたホテルのスタッフとして原監督と知り合ったが、
交際中になんらかのトラブルが発生し、そのことを日記に書き残していた。
その女性の消息は現在は不明とのこと。

そして、女性の日記は彼女の手を離れ、山本(仮名)なる暴力団組長(当時)の手に渡り、
さらに山本の舎弟であった、前述のHが入した。
Hは球界にコネのあるKに相談し、二人で原監督の前に現れた。

原監督は二人の要求を受け入れ、わずか二日で1億円を掻き集め、払った。
金の渡し役は原監督の関係者に委ねられ、問題の日記はその場でシュレッダーにかけられた。

それから3年後、前述の山本が球団に対して「日記を返せ」との脅迫を開始した。
これによって球団側は初めてこのことを知り、警察にも相談した。
その後、山本は別件で逮捕され、この件はとりあえず終息する。
★★★



以上、かなり大雑把にまとめましたが、これが文春の記事の概要です。

雑誌発売前に巨人軍、また原監督も、
1億円を渡したこと、また不倫関係があったことも認めた上でコメントを出しているため、
ネット上には文春に書かれていない情報も多く流れています。


何が問題か?
とりあえずの問題は24年前の不倫ではないでしょう。
暴力団関係者に要求されて、1億円という大金を、いわば口止め料として払ったことについてですね。

暴力団排除条例の施行もあり、暴力団関係者、反社会的勢力とのとの関係については厳しい目が向けられています。
特に、何かと影響の大きい芸能界、スポーツ界についてはそうです。

まして原監督は、2009年に警視庁による暴排キャンペーンのポスターにも登場しています。

Harat

ご覧のように、そこには「暴力団に金を出さない」という文言が力強く謳われており、
なにかタチの悪いジョークのような話になっています。

巨人側は、原監督は相手が暴力団関係者とは認識していなかったし、
実際に二人は元暴力団員ではなく、文春の記事は虚偽であるとして、
名誉棄損で告訴すると発表しています。

また、原監督はこの記事が清武英利元読売巨人軍球団代表によるリークによるものとし、
清武氏に自制を求めるコメントを出しています。
それに対して、清武氏も自分はまったく関係ない旨のコメントを出すなど、
早くも混沌状態です。
今後の成り行きを見守るしかないですね。


もうひとつの問題
以上書いてきたように、この件の第一の焦点は暴力団との関係、
暴力団関係者に多額の金を渡したか、ということなのですが、
やはりどうしても気になることがもうひとつあります。

原監督が1億円掻き集めて渡してまで隠したかった、
その日記に書かれた内容とはななんだったのでしょう。
単なる不倫、浮気、若気の至りで今更蒸し返すこともない、というレベルのものなのか?

記事中には「その女性を傷つけるようなトラブル」という文言があり、
また、他に二人の巨人軍選手の名前があるともされます。
原監督とその女性との不倫関係がばれてしまう、という問題だけとは思えない節もあるのです。

文春の記事には、その部分は具体的に書かれてはいません。
文春側が日記に書かれた内容を把握しているかどうかも注目点ではあるのですが。

2012年6月19日 (火)

【テレビ】日テレ馬場典子アナが横領!?/週刊文春の記事を解み読く

先週発売の週刊文春6月21日号(文藝春秋発行)は、
AKB48の指原莉乃さんの暴露記事や、小沢一郎元民主党代表の奥さんの手紙など、
インパクトあるスクープ記事が掲載され、空前の売れ行きのようです。

この号には他にもスクープがいくつかあり、
その中で日本テレビの馬場典子アナウンサーについての記事も話題になっています。

その記事のタイトルは、
「日テレ 馬場典子アナの“横領疑惑”を木村優子部長がモミ消し」

この記事が出るのに合わせるように、馬場アナはレギュラーの生放送の仕事を休んだとのことです。
http://npn.co.jp/article/detail/27802123/

ところが、この件は少しわかり難くて、ネット上でも記事の内容を誤解した書き込みが多くみられます。

ちょうどこの少し前に、フジテレビの長谷川豊アナウンサーの横領疑惑が伝えられたこともあり、
馬場アナも所属する日本テレビから何かを横領したのか、と勘違いする人が多いようです。
別に長谷川アナの件がなくても、「横領」と聞けば、だいたいそう思うでしょうけど。

しかし、記事を読む限り、日テレは基本的に関係ありません。
いったい、馬場アナは何をしたというのか?
以下、記事の内容を思いっきり解り易く要約します。

★★★
馬場アナは昨年夏にプライベートの海外旅行に行った。
その際の15万円を超えるホテル宿泊費や、航空費等の領収書を、
親しい実業家男性に渡し、旅費として20万円を受け取っていた。

しかし、実際にはこの時の飛行機代は別の知人が払っていた。
実は馬場アナは、一度買って領収証を受け取った航空券をキャンセルしており、
その無効の領収書を実業家男性に渡して、チケット代を受け取っていたのだ。
★★★

これが文春の記事に書かれた、馬場アナの行為の概要です。
つまり、失効した領収書を渡してチケット代を受け取ったから横領だ、犯罪だということです。
たしかに、横領罪は所属している会社に対してではなくても成立します。
とはいってもこの流れだけを聞くと、一般的な感覚なら「横領」というよりは、
強いていえば「詐欺」のイメージかと思いますが。

しかし、この記事はわかり難いですね。
もちろん、失効した領収書を売って金を得たのが悪い、というのはわかります。

しかし、この実業家男性は、当然旅行には同行していないだろうに、
なぜ馬場アナのプライベートな旅行の費用を払ったのか?
また、実際に飛行機代を払ったという「別の知人」とはどういう人物なのか?
記事からは、馬場アナと「実業家男性」及び「別の知人」との関係が見えません。
不透明でもあるし、色々想像してしまいますよね。

それに、日テレには関係ないプライベートなことに思えるこの件が、
なぜ問題化し、アナウンス部長がモミ消しなどせねばならない事態になり、
更に週刊誌にまで載るようなことになったのでしょう。

実は、ネットでは事情通を自称するような人物がもう少し詳しいことなど書いており、
それを読むと納得したり、驚いたり呆れたりしてしまうのですが、
ハッキリしないことなのでここに書くのはやめておきます。


ところで、この記事のもうひとつのキモは
「木村優子アナウンス部長」

木村優子さんといえば美人女子アナの先がけの一人ですね。
頭のキレがよく、知的美人ながら蠱惑的なイメージも魅力でしたが、
比較的早い段階でアナウンスの現場からは離れたと思います。
今はアナウンス部長だったのですね。女性としては3人目だそうです。
長くよその部署にいて、比較的最近部長として復帰したようですが。

しかも、木村さんより4歳年長で、長く報道番組で活躍した井田由美アナが副部長、
木村さんがその上の部長とのこと、管理職として優秀と評価されているのでしょう。
画面にはもう出ないのかな?


さて、部長さんのことはさておき、
馬場典子アナは、どちらかといえば清楚系の知的美人タイプ、
もうベテランの域に達して安定した仕事ぶり、
女性部長の続く日テレアナウンス部にあって、次期幹部候補であってもおかしくないくらいなのに、
なんとも妙なスキャンダル(?)に見舞われたものです。

2012年6月17日 (日)

【美術】ミレー『落穂拾い』6/16放送『美の巨人たち』 /超有名作に隠された秘密とは

昨日、6月16日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』 テーマ作品「今週の一枚」は、
ジャン・フランソワ・ミレーの『落穂拾い』でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120616/index.html

Des_glaneuses

『落穂拾い』 (おちぼひろい 仏:Des Glaneuses, 英:The Gleaners 1857年)
おそらくは誰もが美術の教科書などで一度は目にしたことのある名画、有名作です。


ジャン・フランソワ・ミレー
(Jean-François Millet 1814年10月4日 - 1875年1月20日)
19世紀のフランスの画家。特に農民、農村を描いた画家として著名です。

フランス北西部のノルマンディー地方にある村グリュシーの農家の長男。
子供の頃から農作業を手伝う親孝行で働き者の少年でしたが、
絵も大好きで、やがて画家を夢見て憧れのパリへでます。

実は最初は神話や妖精、ヌードなどを題材に描いていたのですが、
民衆が王政を打倒した二月革命が勃発すると、その年のサロンに
名も無い労働者の姿を描いた作品『箕をふるう人』を出品します。
労働者階級が注目を浴びるようになっていたこともあり、
ミレーはこの作品で一躍脚光を浴びることとなりました。

その後、パリでコレラ騒動が起こると、ミレーは幼い子供への感染を恐れ、
パリの南南東に広がる農村バルビゾンへと移住します。
そこでコローやルソーといった、いわゆるバルビゾン派の画家達と出会うのです。
見たままの自然を描く彼らと親交を深めたミレーもまた、屋外で描くことに目覚めていきます。
何より彼の心を捉えたのは光の下で働く農民たちの姿、
それはノルマンディーの農家に生まれ育ったミレーだからこそ描ける世界でした。

そうして描かれたのが『落ち穂拾い』です。


「落ち穂拾い」とは
ところで、「落ち穂拾い」とはなんのことでしょう。

実は聖書の中に言及があります。
刈入れの時、積み残された落ち穂を、貧しい孤児や未亡人が拾って生活の糧とすることを、
権利として認められていたのです。
描かれた3人の農婦の行為にはそのような理由があるのです。

教科書などの小さい図版でみると、広い平野に3人しかいないように思えますが、
よく観れば遥か後方には、収穫に賑わう多くの人々がいますね。


ところで、この絵がサロンに発表されると、非難の声があがりました。
今回の番組のテーマのひとつです。
なぜか?

二月革命の後でもあり、貧しい農民を描くミレーは社会運動家として見られ、
富裕層から警戒されたのですね。
しかし、ミレーはそれに屈することはなく、話題になってかえって絵が売れた面もあったようです。

もうひとつのテーマは家族への思い。
ミレーは農家でも格式のある家に生まれました。
しかし、ミレーの妻は貧しい農家の出身、
ミレーが画家になることを認めてくれた祖母や母だったのですが、
この結婚は認めてもらえず、ミレーは駆け落ち同然で結婚しました。

ミレーが画家として一応の成功を収め、初めて妻子を連れて故郷に帰ったのは、
祖母や母の死んだ後でした。
そして、再びバルビゾンに戻って描いたのが『落ち穂広い』だったのです。
祖母と母が存命中に妻を認めさせられなかった悔恨を籠め、
祖母、母、妻をイメージして3人の農婦を描いた…。
今回の解釈でした。


番組でも最後にふれていましたが、
3人の農婦は色違いの鮮やかな帽子を被っていたりして、
経済的に最下層の人達とも思い難いですね。

2012年6月15日 (金)

【美術】6/16放送『美の巨人たち』 はミレー『落穂拾い』/超有名作が登場!

明日、6月16日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』
テーマ作品「今週の一枚」ジャン・フランソワ・ミレーの『落穂拾い』です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

Des_glaneuses
*放送は終了しました。感想等はこちら
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/616-0d1e.html


『落穂拾い』(おちぼひろい 仏:Des Glaneuses, 英:The Gleaners 1857年)

有名な絵画の登場です。
教科書に載っていたかも知れません。
来日の話も聞かないので、タイアップ的な企画でもないですね。
季節も合っていないようにも思います。

さて、どんな切り口になるのでしょうか?

そもそも、この三人の農民が行っている「落穂拾い」とは何なのか。
そして、教科書などの小さな図版ではわからない、背景に描かれているものとは、
そのあたりを取り上げてくれればいいな、と思っています。


番組予告編から紹介します。

☆☆☆
ミレー 「落穂拾い」
6月16日は、ジャン・フランソワ・ミレーの「落穂拾い」。誰もが知っている名画が浴びた、過酷な批判。農民を描いたこの絵の、どこが問題だったのか…。そこには、故郷・ノルマンディーに残した家族への、切ないまでの思いが。お楽しみに。
★★★

この絵が浴びた激しい批判、
そして画家がこの絵に託した家族への思い、
こういったテーマのようです。

では明日を楽しみにして。

2012年6月13日 (水)

【漫画】畑中純氏死去/『まんだら屋の良太』大らかな性の桃源郷は神話の世界?

『まんだら屋の良太』で知られる漫画家の畑中純さんが亡くなりました。62歳。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20120613-OYT1T00600.htm

すべて読んでいるというわけではないですが、『まんだら屋の良太』は好きな作品でした。
訃報に接し、謹んで哀悼の意を表します。

畑中 純(1950年3月20日 - 2012年6月13日)
福岡県生まれ。上京後の1977年に『月夜』でデビュー。
1979年より『まんだら屋の良太』の連載を開始しました。


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『まんだら屋の良太』
『漫画サンデー』(実業之日本社)で1979年から1989年まで10年間に渡って連載。
1981年に日本漫画家協会賞受賞。1986年にはNHKで実写ドラマ化もされました。

九州にある架空の温泉郷「九鬼谷」を舞台にした、基本一話完結の連作漫画です。
その地にすむ人、そして訪れる人々の人間模様、人情の機微・哀感が主題ですが、
サブタイトルに「九鬼谷温泉艶笑騒動譚」とあるように、
「性」を大らかに描いた作風が特徴でもあります。
もちろん「人情」と「性」、リンクして描かれるのですが。

連載当時、筆致や内容から、私は随分年配の作家さんが描いているのかと思っていました。
連載開始の時点で畑中さんはまだ二十代だったのですね。


架空の地である九鬼谷温泉は、性の理想郷のようなところがあります。
といっても、世俗的で下世話な面の多いユートピアですが。

近年、西洋絵画を少し観るようになって、
『良太』の世界はギリシャ・ローマ神話に通じる面があるなと思いました。
神話の世界も神様の高尚なお話かと思えば、百花繚乱の大らかな「性」の世界です。
しかも、大らかといっても、嫉妬も激しく、なかなか人間的なのです。

『まんだら屋の良太』の主人公の良太は、温泉街の旅館まんだら屋の息子で高校生ですが、
この漫画のヒロインにあたるのが、良太の同級生の女子校生で、名が「月子」といいます。
月子は、奔放な登場人物の多いこの作品の中には稀な、潔癖性の強いキャラクターです。
この月子の名と性格と、神話との関係を考えると少し面白いのです。

ギリシャ・ローマ神話で、月の女神というと「ディアナ」ということになります。
西洋絵画では美しい裸身で描かれことの多い美神です。

神話の世界はややこしくて、ディアナは本来、ローマ神話の狩猟の女神ですが、
月の女神であるギリシャ神話のセレネ、ローマ神話のルーナのイメージが統合され、
狩猟と月の女神ということになっています。


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『水浴のディアナ』フランソワ・ブーシェ 1742年
ディアナ(手前)を画材とした絵画の代表的作品。
よくみると、月がデザインされたティアラをつけているでしょう。

そしてもうひとつ、ここでやっと話は『良太』に戻るのですが、
ディアナは純潔の女神で、潔癖な処女神でもあるのです。
そう、月子のキャラクターに重なるのです。

畑中氏がディアナを意識して、純潔のヒロインに月子と名付けたのか?
ギリシャ・ローマ神話との繋がりは、『良太』の筆致等からすると、ちょっと想像し難いです。

しかし、畑中氏は東京工芸大学芸術学部マンガ学科教授も務めており、
なかなか博識な人だったようです。
例えば、宮沢賢治についても造詣が深く、関連著書もあります。

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元々版画が得意で、『良太』の扉絵も版画で描かれることが多かったのですが、
賢治作品の版画化にも取り組みました。

月子のイメージがディアナから・・・、あり得るかも知れません。

Ryouta_052
まさに水浴の月子(左下)!
もちろん実際は水浴ではなく、温泉浴でしょうが。

ディアナの水浴はお供である、やはり裸身のニンフ達と共に描かれます。
そして、この表紙絵の良太のように、男に水浴姿を覗かれるエピソードもあるのです。

2012年6月11日 (月)

【ダンス】2012ユニバーサルグランプリジャパンオープンダンス選手権大会 速報グラフ

昨日は6月9日に日本武道館で開催された、
第33回2012年日本インターナショナルダンス選手権大会初日の様子を紹介しましたが、
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/33-2012-18bf.html

今回はその2日目ではなく、同日6月10日開催のこのダンスイベントを紹介します。

2012ユニバーサルグランプリジャパンオープンダンス選手権大会
6月10日 グランドプリンスホテル新高輪『飛天』
NPO法人日本プロフェッショナルダンス競技連盟(JCF)



プロ・ユニバーサルボールルーム 総合優勝

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庄司浩太・庄司名美組


プロ・ユニバーサルラテン 総合優勝

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大塚出・安齋沙織組


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引退を発表した、中沢康之・武田満紀組


以下、美しき熱闘グラフです。

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日本プロフェッショナルダンス競技連盟(JCF)公式サイト
http://jcf-honbu.com/

2012年6月10日 (日)

【美術】雪舟『慧可断臂図』 6/9『美の巨人たち』/画聖の生涯と、新しい雪舟像

6月9日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
雪舟等楊の国宝『慧可断臂図(えかだんぴず)』(1496年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120609/index.html

Ekadanpizu

日本画史において「画聖」と呼ばれ、世界にも知られた超有名画家。
小学生の頃、その雪舟の逸話を子ども向け雑誌で読んだ憶えがあります。
有名な、涙で描いた鼠の話も含まれていたと思います。
雪舟は私にとって、生まれて最初に名前を覚えた日本画家でした。

今回のテーマは、その雪舟の水墨画で国宝の『慧可断臂図(えかだんぴず)』でした。
「えかだんびず」??? その名については後ほどふれます。

描かれているのは二人の人物。
禅宗の始祖、かの達磨大師(右)と、その達磨に教えを乞う僧侶・神光(のちの慧可)。
宗教画ですが、両者の表情など、どこかユーモラスでもあります。

実はこの絵、国宝に指定されたのは2004年と、比較的最近なのです。
雪舟の国宝作品は他に5点ありますが、いずれも山水画で、全て1950年代に指定されています。
なぜタイプの違う『慧可断臂図』だけが、半世紀を経て最近、国宝に追加されたのでしょう。

今回の『美の巨人たち」はおなじみ「絵画警察シリーズ」。
この絵の謎に、絵画警察の日本支部が挑みました。
絵画警察官として、俳優の渡辺いっけいさんが登場する豪華版でしたね。


雪舟等楊
(せっしゅう、応永27年(1420年)-永正3年8月8日(諸説あり)(1506年))

雪舟は若くして、京都五山第二位の寺として政治と文化の中心的役割を担っていた、
相国寺の画僧となります。
日本画家としてエリートコースを歩んでいたのですね。
しかし、当時の都で好まれていた繊細で雅な画風に馴染めず、35歳にして相国寺を離れ、
周防国の大内氏に召抱えられました。いわば都落ちです。

転機が訪れたのは48歳の時、大内氏の遣明船に乗って水墨画の本場・明に渡ったのです。
そこで自信をつけて帰国した雪舟は、それから80歳を過ぎるまで、
後世に伝えられる多くの傑作を生み出していきました。

しかし、本格的な活躍が50歳からとは、大器晩成型の人だったのだすね。
特に、少年時代の天才的なエピソードが伝えられていることもあり、
もっと若い頃から広く知られ、活躍していたと思っていませんでしたか。


慧可断臂図
今日の一枚は、その雪舟77歳の時の作品です。
雪舟は、この絵に持てる限りのテクニックを駆使していました。
あらゆる線を自在に操って、絶妙な構図と緊張感を生み出しています。

しかし、この絵の緊張感は技法によるものだけではありません。
絵をよく見てみると、なんと慧可の左腕が切断されているのです。

実はこれは、禅宗の世界に伝わる逸話を題材にしています。
達磨からなかなか弟子入りを許されなかった慧可が、自分の覚悟を伝えるために
自らの肘を切って達磨に見せ、入門を許されたという話です。
雪舟は、この逸話をもとに、緊張感溢れる作品を作り上げたのです。

番組では、渡辺いっけいさんの部下の絵画警察官(岩井章悟さん)が、
途中でそれに気づき驚愕する、という展開でしたが、さすがにこれはちょっと無理がありました。
『慧可断臂図(えかだんぴず)』
絵のタイトルがそのまま「慧可が腕を切る図」ですからね。

しかし、緊張感はわかりますが、ちょっと生々しい気もしますね。
特に雪舟の絵には、似つかわしくないないような…。
実はそこが、今回の番組のキモでもありました。

従来、雪舟は“画聖”として神格化され過ぎた面もありました。
しかし、その素顔は功名心も強い、ある意味で人間的な人物であったとされるようになりました。
そんな雪舟像の変化に伴い、今週の一枚も再評価された、
というのが、今回の番組の解釈でした。


Old Fashioned Club  月野景史

【ダンス】第33回 2012日本インターナショナルダンス選手権大会 初日 速報グラフ

このブログは2012年の大会です。2013年初日はこちら


第33回 2012年日本インターナショナルダンス選手権大会
第1日目 2012年6月9日(土)
日本武道館
主催:財団法人日本ボールルームダンス連盟(JBDF)


プロ・ラテンアメリカン決勝

101


01
優勝 Maurizio Vescovo ・ Andra Vaidailatie(Canada)



02
2位 Jurij ・ Jagoda Batagelj(Slovenia)



03
3位 金光進陪 ・ 吉田奈津子



04
4位 Roman Kutskyy ・ Anna Kovalova(USA)



05
5位 瀬古薫希 ・ 瀬古知愛



06
6位 立石勝也 ・ 裕美



07
7位 瀬底正太 ・ 原静



アマチュア・スタンダード決勝

Dsc07410


Dsc07401
優勝 石原正幸・伊藤沙織

2位 小嶋みなと・盛田めぐみ
3位 吉川竜・石井恵麻
4位 大西亘・池田知佳留
5位 藤森祐樹・藤森美奈子
6位 池田昌和・白井菜央
7位 黒川翔・加納千名津


財団法人日本ボールルームダンス連盟公式サイト
http://www.jbdf.or.jp/

6月10日は日本インター2日目ではなく、この大会に行きました。

2012年6月 9日 (土)

高橋克也容疑者逃亡/1995年3月20日-あれから17年

昨日の都内の駅はどこも警官が多かったです。
地下鉄サリン事件などで特別手配されている高橋克也容疑者が逃亡した為でしょう。
http://mainichi.jp/select/news/20120609k0000e040204000c.html

今更高橋容疑者が逮捕されても、何がわかり、何が変わるとも思い難いですが、
しかし、最後のオウム真理教逃亡犯、特にまだ逃亡の意志も強いようだし、
ここはなんとしても検挙して、ひとつの決着をつけてほしいものです。


あの忌わしい地下鉄サリン事件が起こった1995年3月20日(月)。

その年の1月15日まで、
私は地下鉄日比谷線小伝馬町駅からほど近い会社に勤務していました。
当時の住まいは東急東横線沿線。
東横線は中目黒から日比谷線に直通で乗り入れていますので、
事件の現場となった恵比寿、六本木から霞ヶ関、日比谷といった駅を通過して、
出勤していたのです。

その会社の始業時間は9時か9時15分でした。
仮に私が退職せず、3月20日も小伝馬町に出勤しようしたとしても、
おそらく日比谷線に入る前、東横線内で電車が止まり、
事件に直接巻き込まれることはなかったでしょう。

しかし、これはわかりません。
仕事の状況によっては、30分、1時間早く出勤することもなくはなかったですから。

現実の3月20日、私は既に次の勤め先に移っていましたが、この日は振替休暇で、
大学のサークルの後輩達のイベントにOBとして参加していました。


オウム真理教の事件はとにかく異常でした。
この集団は当時、とにかく目立つ行動をしていました。
あれだけメディアに顔を晒し、徹底的に注目を集めておいて、
一方であのようなテロ事件を起こすとは、
そして、それを当局がしっかり関知できていないとは、
どうにも納得できず、半信半疑だったの憶えています。

あれから17年…。

2012年6月 7日 (木)

【映画】『シックス・センス』/驚愕と感動のラスト 奇跡の構成と宣伝戦略

*決定的なネタバレはありません。

昨日6月6日、映画『シックス・センス』がテレビ放映されました。

Sixthsense

『シックス・センス』
(The Sixth Sense 1999年 アメリカ映画)

監督 M・ナイト・シャマラン  主演 ブルース・ウィリス

私は昨夜の放送は観ませんでしたが、日本公開直後に劇場観賞しました。
公開当時、この映画には大きな秘密があるということが宣伝されました。
そういうことのが好きなので、観に行ったのです。

この映画は実によく出来ていると思います。
それは宣伝的な戦略も含めての意味でですが。

上述のように、公開にあたってこの映画は、ある「秘密」が隠されているとメディアで伝えられました。
私もそうですが、こういうことが好きで、
「秘密とはなんだろう? だまされないぞ、見破ってやる。」
と意気込んで観に行った人が多いかと思います。
結果として、この映画をよりおもしろく観るにはそこが大事だったのだと思うのです。

一方で、公開当時の一般週刊誌の映画評には「退屈」との記載も見られました。
これもわかる気がします。

たしかにこの映画、観ているとなんとなく冗長でわかり難い面があります。
しかし「秘密とは何か?」で来ている観客は、とにかく一生懸命観るわけです。

更に「今のなんだったんだ?」「この行動は変だろう?」と、
不可解に感じるシーンがいくつも出てきます。

DVDなら一旦止めて見直すところでしょうが、
劇場では話が進んでしまうから考えている余裕がなく、展開を追うことになります。
この観賞姿勢がまた大事なのですね。

そうやって全編を集中して観て、様々なシーンをしっかり記憶していればこそ、
最後に真相がわかった時に、
「あのシーンはそういうことだったのか!」
といういくつもの驚きと感動を一気に味わえるのです。
よくいわれる表現ですが、まるで走馬灯のように。

そしてそれぞれのシーンを確かめるために、もう一度観ようということになるのでしょう。
これも戦略ですかね。私はそこまではしませんでしたが。

一方、途中を集中して観ていないと、それぞれのシーンの記憶が薄いから、
当然、最後の驚きが弱くなります。
例えば、仕事で映画評書く為に観た人の中には、そんなことになる人もいるでしょう。


さて、私はしっかり策略にはまり、きれいにだまされました。
心地よかったですけどね。(やはりちょっとは悔しかったけど)

だまされないぞと思って観ていましたが、
この映画を楽しむためには、だまされて最後にわかった方が幸せかと思います。
その意味では劇場か、テレビ放送時、つまり途中で止められない環境で観るのに適した映画ですね。
さすがに途中で何度も止めて繰り返し観たら気づくでしょうから。
*この映画のプロットについては1960年代のカルト的な作品に似たものがあって、それが元ネタだろう、
  ともいわれますが、今回は追求しません。(その映画も良いのですが)

もちろん、劇場で最初に観てわかったという人もいるでしょうが、
ラストまでわからなかった人も多いと思いますよ。
その点もよく作られています。
どうしても、ミスリードされますから。

ミスリードとはコール少年の能力についてです。
現実にあり得ないことなのだから、映画の中でもないのだろう、
だから、秘密とはそこにあるのだろう、なんかしらトリックがある筈、と考えてしまうのです。
ところがラスト近くになって、どうもこの映画の劇中世界では、
それはちゃんと起こっていることのようだ、と感じるようになってきます。

「うーん、では秘密とはなんなんだ。」
と思った頃には一気にラストに流れ込むという感じでした。


同じ監督の少し後の作品も観ましたが、あまり感心しませんでした。
一般的にも芳しい評価は残していないようですね。

構成と宣伝戦略、『シックス・センス』は奇跡的な作品だったのかも知れません。

2012年6月 6日 (水)

【歌舞伎】香川照之さん歌舞伎デビュー/市川中車とは? 猿之助は誰が継いだ?

俳優の香川照之さんが、九代目市川中車を襲名して歌舞伎デビュー、
6月5日、東京・新橋演舞場で襲名披露公演「六月大歌舞伎」の初日を迎えました。
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/sponichi-kfuln20120606006013/1.htm

香川さんの実父である、三代目市川猿之助さんが二代目市川猿翁を襲名、
五代目市川団子を襲名した香川さんの長男・政明君とともに舞台に立った様子が
テレビ各局のワイドショー等で放送されました。

整理すると以下のようになったということです。

猿之助さん→二代目市川猿翁
香川さん→九代目市川中車
香川さんの長男の政明君→五代目市川団子


しかしこの襲名についてのTV報道、歌舞伎にあまり詳しくない人には少々わかり難いですよね。
とりあえず疑問点を挙げてみます。

1.香川さんは先代猿之助さんの息子なのに、なぜ猿之助を継がないのか?

2.その猿之助は誰が継いだのか?

3.香川さんが継ぐ「市川中車」(いちかわ ちゅうしゃ)という聞き慣れない、変わった名前は何?


2については、「猿之助」の名は歌舞伎界のホープ、二代目市川亀治郎さんが継いだのです。
もちろん、その襲名披露も行われたのですが、ワイドショーではどうしても香川さん中心になり、
亀治郎さんの事があまり紹介されなかったですね。

3の、香川さんが次ぐ「市川中車」とは、実は大名跡のようです。
しかし、40年以上名乗る人がいなかったので、一般にはなじみの薄い名前ですね。


さて、香川照之さんです。
香川さんは、三代目市川猿之助さんと女優の浜木綿子さんの長男ですが、両親は幼い頃に離婚、
浜さんに引き取られた香川さんは東京大学文学部卒業という立派な学歴で、やがて俳優となります。
猿之助さんとは長く絶縁状態で、訪ねって行ったことがあるが、息子ではないと拒絶されたそうです。

21世紀を迎え、香川さん映画、テレビドラマ、舞台で日本を代表する俳優の一人になりました。
しかし、父への思い、また歌舞伎への思いが強く、それに猿之助さんも折れ、
今回の歌舞伎デビューと相成った、
という経緯が、一般に伝えられるところの超概略かとと思います。
(雑誌やネットには色々なことが書かれていますが。)

では、息子の香川さんがなぜ猿之助を継がないのか。
少し失礼かもしれませんが、香川さんの容貌によく似合った名だと思うのですが。

しかし、猿之助の名は三代目がスーパー歌舞伎で築き上げた超ビッグネーム。
歌舞伎は素人の香川さんがいきなり継ぐのは無理なのでしょう。

そこで三代目の甥である二代目市川亀治郎さんが四代目猿之助を襲名しました。
香川さんからすれば従兄弟ですね。
四代目は次代を担う歌舞伎界のホープの一人で、
2007年、大河ドラマ『風林火山』で準主演である武田信玄(晴信)を演じたので、
お茶の間でも知られています。

ですので、今回の公演のタイトルは

初代市川猿翁 三代目市川段四郎 五十回忌追善 
二代目市川猿翁
四代目市川猿之助
九代目市川中車襲名披露 
五代目市川團子初舞台
「六月大歌舞伎」

ということになります。
テレビでは四代目猿之助さん(亀治郎)の扱いが小さくて気の毒に感じました。
説明の仕方も難しかったのでしょうけど。

香川照之さんは映像の分野でも役の幅を広げて更に活躍してほしい役者ですが、
歌舞伎とのバランスはどうしていくのでしょう。
市川団子くんの口上は見事でしたね。


名跡「市川中車」
香川さんが九代目を襲名した市川中車の名跡ですが、
先代の八代目中車は三代目猿之助、
および四代目猿之助の父である四代目市川段四郎の、祖父の弟、
つまり大叔父にあたる人です。
ややこしいですね…というか、系図はさほどややこしくもないのですが、
何代目、何代目となるからややこしく感じます。

あくまで素人考えですが、
歌舞伎の経験のない香川さんが簡単に猿之助を継げないというはのは、まずはわかります。
しかし、中車も大名跡とのこと、それは継げるとなると、ちょっと違和感もあります。

猿之助の名はビッグネームですが、香川さんの父である三代目が
「スーパー歌舞伎」といういわば異端の芸で大きくした名だといいます。、
それならば、現時点で歌舞伎界では異端派である香川さんが継いでもよさそうに思うのです。
しかし、そうもいかないのでしょうね。


☆先代市川中車余話
さて、ここからは今回の襲名とは関係ない、先代中車に纏わる余談です。

八代目市川中車(1896年11月-1971年6月20日)は映画やテレビでも活躍した人です。
歌舞伎では仮名手本忠臣蔵の高師直、つまり吉良上野介の役どころが当たり役のひとつで、
映画でも吉良を演じました。

そして1971年のテレビドラマ『大忠臣蔵』(NET系)でも吉良上野介を演じたのです。
このドラマはオールスターキャストで制作され、1年間かけて放送されました。
大石内蔵助は三船敏郎、浅野内匠頭に七代目尾上菊五郎、堀部安兵衛が渡哲也、
矢頭右衛門七が田村正和、萱野三平が石坂浩二、千坂兵部が丹波哲郎、清水一学が天知茂…、
ざっと挙げても凄い顔ぶれであることがわかります。

ところが、ドラマも終盤を迎えて大事件が起きてしまいました。
上野介として視聴者の憎悪を集めていた先代中車が急死してしまったのです。
忠臣蔵で、クライマックスの討ち入りを控えて上野介がいなくなっては大変です。

幸い、といっていいのか微妙ですが、先代中車には二代目市川小太夫という実弟がいました。
容貌も似ており、この人が急遽上野介役を引き継いだのです。

この交代にあたり、小太夫が初登場する回の冒頭で本人による口上が放映されました。
「兄が亡くなったので、弟である私、小太夫が引き継ぎます。」という内容です。
これがなかなか印象的なのです。
ネットにUPされているので紹介します。

私は元々このドラマを観た記憶はないのですが、
この口上はあまり印象的で、暗誦できるほど繰り返し観てしまいました。

2012年6月 5日 (火)

【特撮】円谷プロ創立50年/『怪奇大作戦』『マイティジャック』DVD発売

ウルトラシリーズの制作で知られる円谷プロダクションが来年創立50周年を迎えるにあたり、
『怪奇大作戦』や『マイティジャック』『戦え!マイティジャック』のシリーズのDVDが、
2012年から2013年にかけてリリースされると発表されました。

これらは『ウルトラQ』(1966年)『ウルトラマン』(1966年-1967年)、
『ウルトラセブン』(1967年-1968年)などの超有名作とほぼ同時代に制作された作品で、
基本的に特撮ファンタジーではありますが、巨大ヒーローや怪獣・宇宙人はほとんど登場せず、
ドラマ性の強い作品群です。

一般的な知名度は高くはないですが、特撮ファンには知られています。
過去に両作ともDVDもされており、今回は再発売ということになります。

もう1本、リリースが発表された一般向けドラマ初作品『独身のスキャット』は初DVD化で、
これはかなりレアですが。

では『怪奇大作戦』と『マイティジャック』シリーズについて簡単に紹介します。


怪奇大作戦
1968年9月15日 - 1969年3月9日(26回)
制作 円谷プロダクション TBS

『ウルトラセブン』の後番組にあたります。
当時は隆盛を誇った怪獣ブームも沈静化した頃で、
新機軸としてタイトル通り怪奇色、ホラー色を打ち出した作品でした。
といっても円谷プロの作品なので、怪異も科学的に解明するコンセプトです。
そして、科学的犯罪を犯すに至る人間の内面、情念にスポットを当てているのも特徴です。

1本欠番となっている幻のエピソードがあるのですが、これは収録されないようです。


マイティジャック
放送期間 1968年4月6日 - 6月29日(13回)
制作 円谷プロダクション、フジテレビ

こちらは時期でいうと『怪奇大作戦』より先、
『ウルトラセブン』と併行して、他局で放映した作品です。
放送時間も土曜の20時からの1時間番組で、基本的に大人向けのドラマでした。
マイティジャックとは飛行・潜水も可能な巨大万能戦艦の名称で、
国際スパイアクション+海洋・航空スペクタクルといった内容でした。
高額な制作費を投じた意欲作ですが、視聴率は振るわず、三ヶ月で打ち切りとなりました。


戦え! マイティジャック
放送期間 1968年7月6日 - 12月28日(26回)
制作 円谷プロダクション、フジテレビ
『マイティジャック』の打ち切りを経て子ども向け30分番組にリニューアル、
キャストも一部留任だが入替も行って再スタートした作品。
こちらは怪獣や宇宙人も登場します。


と、三作品の概要のみ紹介しました。
いずれも新機軸を狙った意欲作ですが、視聴率的にはウルトラシリーズのような
大きな成功は収められませんでした。

たしかに、『ウルトラマン』(初代)のような完璧な作品ではないと思います。
欠点もありますが、往年の特撮ファンからは愛されています。

もう1本はかなりレアですね。

独身のスキャット
1970年1月7日-3月18日(11回)
制作 円谷プロダクション、TBS

円谷作品ですが、非特撮の一般向けドラマなので、
特撮関連書籍でもほとんど取り上げられたことはないと思います。
これは売れるのでしょうか?
特撮ファンとしては、『ウルトラQ 』『ウルトラマン』のヒロインである
桜井浩子さんが出演しているようなので、興味はわきますが。


円谷TVドラマライブラリーシリーズ 発売予定
『怪奇大作戦』DVD-BOX 上巻 2012年9月21日 価格:11970円(税込)
『怪奇大作戦』DVD-BOX 下巻 2012年11月21日 価格:11970円(税込)
『マイティジャック』 2013年1月発売
『独身のスキャット』 2013年3月発売
『戦え!マイティジャック』 2013年5月発売


以下、ニューサイトからの引用です。
☆☆☆
名作ドラマ「怪奇大作戦」DVD発売!創立50周年の円谷プロ「テレビドラマ」ライブラリー第1弾!
トラウマものの怪奇描写が蘇る!? 貴重なDVD-BOXリリース!


「ウルトラマン」シリーズの円谷プロダクションが1968年に製作し、本格的な怪奇描写や重厚なストーリーで人気を博した名作ドラマ「怪奇大作戦」のDVDボックスが発売される。本作は、来年創立50周年を迎える同社のドラマ作品を順次リリースする、「復刻 円谷TVドラマライブラリー」の第1弾となる。

「怪奇大作戦」は、世の中に存在する数々の怪奇現象は、人間の手で引き起こされた科学犯罪であるというコンセプトに基づくSFミステリー。警察の手に負えないさまざまな怪事件を、科学の力で解決するSRI(科学捜査研究所)メンバーの活躍が描かれる。

怪獣や巨大ヒーロー作品で知られる円谷プロが手掛けた、大人向けテイストのドラマであり、社会的テーマを交えたストーリーは今も根強い支持を得ている。また、怪奇描写についても、「夜の町で次々と人間が溶ける怪事件」「夜道で突如バラバラになる女性」「人体実験で冷凍人間になってしまった男」といった猟奇的な出来事が、円谷英二氏監修による特撮でリアルに描かれ、当時トラウマものの恐怖を植え付けられたファンも多いはずだ。

DVDボックスは、上巻が9月に下巻が11月に発売予定。13話までが収録された上巻には、SRIマークのピンバッジのほか、収録エピソード「人喰い蛾」のファーストプレビュー版映像といった特典が付属する。欠番作品として有名な第24話は収録されない。

「復刻 円谷TVドラマライブラリー」では、「怪奇大作戦」以降も、圧倒的巨費が投じられた大人向け特撮ドラマ「マイティジャック」と、続編「戦え!マイティジャック」、また復刻だけでなく、初ソフト化となる一般向けドラマ初作品「独身のスキャット」などが発売予定。「ウルトラマン」シリーズだけではない、円谷プロの名作の数々を後々の世代に語り継ぐ、貴重なラインナップとなっている。(編集部・入倉功一)

「円谷プロ創立50周年記念 復刻 円谷TVドラマライブラリー 怪奇大作戦 DVD-BOX 上巻」は9月21日 下巻は11月21日発売 価格 各1万1,970円(税込み)
http://www.cinematoday.jp/page/N0042705
★★★

2012年6月 4日 (月)

【ワイン】チーズにはウイスキー、それとも…?/『バットマン』TV実写版より

子どもの頃、実写版のテレビドラマ『バットマン』が好きで観ていました。
もちろんアメリカ制作で、放送されていたのは日本語吹き替え版です。
本国では1966年-1968年の3シーズン制作された作品です。

その中でこんなシーンが記憶に残っていました。

有名悪役のリドラー(日本語版では「怪盗ナゾラー)が外国の王様を拉致するのですが、
リドラーの子分が囚われの王様に対して「チーズ食うかい?」
という感じでチーズを勧めるのです。

それに対して王様は
「チーズはウイスキーのつまみじゃ!」
というふうに断わっていました。
酒もないのに食えるか! というニュアンスでしょう。

物のない時代(?)に育ったせいか、どうも食べ物絡みのことはよく憶えているのです。

後になって、王様の言として「チーズはウイスキーのつまみ」は少しおかしい、
むしろワインではないかと思ったのです。
ウイスキーの方が日本人にわかり易いからそう変えたのか?
しかし、「ワイン」という言葉はともかく、「葡萄酒」ならわからなくはないでしょう。
王様はなんと言ったのか? ちょっと気になっていました。

さて、良い時代になったもので、問題のシーンの原語版をネットで観ることができました。




チーズを勧められた王様の返答は、

「Not without a good vintage port」
=「良いヴィンテージのポルトがないなら遠慮するよ。」
というところでしょうか。
映像の20分19秒あたりです。

ワインはワインでもポルト(ポート)ワイン、それもヴィンテージ・ポルトだったのですね。

当時の日本で「ポートワイン」というと、廉価な赤玉ポートワインを連想するだろうし、
かといって「ポルト」ではわからない。これは訳し難かったのでしょう。

ところで、米国のテレビドラマでヴィンテージポルトが登場する作品というと、
あの『刑事コロンボ」の1エピソード「別れのワイン」という作品があります。
これは有名ですね
シリーズ中の最高傑作に推されることも多い話ですが、
この中でヴィンテージポルトはとても重要な役割を果たしています。
そのことはまた改めて。


尚、私がそもそも、王様が「チーズはウイスキーのつまみ」と言うのはおかしい、
となぜ思うようになったかというと、これもある映像作品の影響です。

チャップリン最後の主演映画である『ニューヨークの王様』(1957年)。
某国の王様の扮したチャップリンが飲み慣れないウイスキーでむせるシーンがあったのです。
王様はウイスキーを飲まないものなのかな? と思ったのです。

ドラマや映画とお酒、色々おもしろいエピソードがあります。

2012年6月 3日 (日)

【美術】ホッパー『線路わきの家』6/2『美の巨人たち』/描かれた家は何処に

6月2日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品「今週の一枚」は
エドワード・ホッパー『線路わきの家』(1925年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120602/index.html

Hopper_001

エドワード・ホッパー

(Edward Hopper, 1882年7月22日 -1967年5月15日)
20世紀アメリカを代表する画家の一人です。

ニューヨーク近郊のナイアックに生まれたホッパーは、幼い頃より絵の得意で、
18歳でニューヨーク美術学校に入学。卒業後はヨーロッパへと旅立ち、
パリでモネやセザンヌら印象派に強い感銘を受けました。
しかし、ヨーロッパ絵画の影響を色濃く受けたホッパーの作品は、アメリカでは酷評されてしまうのです。

1920年代、アメリカは第一次世界大戦の特需で空前の経済発展を遂げました。
アメリカの画家たちも、繁栄を祝福するかのように、天へと伸びる摩天楼を描きます。
しかし、ホッパーは町の片隅や路地裏、寄る辺なき人々、
変わりゆく町に取り残されていく風景を描き続けたのです。


『線路わきの家』(線路わきの家)
今日の一枚はそんな時代、1925年に描かれました。ホッパーの評価を決定付けた作品です。
Wikipediaでは「最初期の連作」と書かれていますが、既に43歳、
若い頃から画業一筋の人なので、苦節25年というところです。

番組では私立探偵フィリップ・マローン(?)が、この絵に描かれた家を探す展開でした。
彼はこの家が、ある映画の中に出てくる家によく似ていることに気づきます。


Hopper_002
『サイコ』
(1960年)アルフレッド・ヒッチコック監督

巨匠によるサイコ・サスペンス映画の傑作。
ヒッチコック自身、『線路わきの家』からの着想であることを認めています。

そして、私立探偵マローンは見事モデルとなった家を探し当てます。
まぁこれは、元から知られていたことなのかも知れませんが。

ただ、実際の風景では線路はもっと下にあり、このような構図にはなりません。
なぜホッパーは構図を変えたのか?

この家の建築様式は19世紀に流行した古いタイプ。
鉄道は20世紀を象徴する新しい産物。
家と線路を描き込むことで、古い時代と新しい時代、その境界を表現した、
というのが番組の解釈でした。

しかし、この絵が描かれてからもうすぐ90年。
古い象徴として描かれた家が今もまだ残っていて、
人が住んでいる(番組からはそう思えました)というのも興味深いことです。

今回は番組の構成も良かったですね。
入門編として、ホッパーに興味が湧いた人も多いかと思います。

2012年6月 1日 (金)

【音楽】尾崎紀世彦さん死去/『また逢う日まで』『ウルトラセブン』も!? とにかく歌の上手い人

大ヒット曲『また逢う日まで』で知られる歌手の尾崎紀世彦さんが5月31日、
がんのため東京都内の病院で亡くなりました。
http://mainichi.jp/select/news/20120602k0000m040008000c.html

先日、マスコミで消息不明が伝えられ、失踪かなどといわれました。
親族の方がそれを否定していましたが、体調が良くないことはうかがえました。
間を置かずに伝えられた訃報、やはり悪かったのですね。


尾崎紀世彦(おざき きよひこ、1943年1月1日 - 2012年5月31日 69歳没)
神奈川県茅ケ崎市出身。
ジミー時田とマウンテンプレイボーイズを経て、
1967年にコーラスグループ「ザ・ワンダース」に加入して活躍します。

『ウルトラセブン」の歌を歌っているとネットでもよく書かれますが、
この時代にワンダースの変名であるジ・エコーズのメンバーとして、
主題歌・挿入歌の録音にも参加しているのです。
それも最後に少し紹介します。

1970年に「別れの夜明け」でソロデビュー。
翌1971年に2枚目のシングル「また逢う日まで」(阿久悠作詞、筒美京平作曲)が100万枚を超す大ヒットとなり、
同年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞をダブル受賞、生涯の代表曲となりました。

とにかく、歌の上手い人でした。
『また逢う日まで』はもちろん素晴らしいのですが、
それ以外に一般にはあまり知られていないのが残念にも感じます。
いつもでも衰えることなく、どんな歌でも圧倒的な歌唱力で歌い続けてほしい方でした。

少し紹介しましょう。



『また逢う日まで』 (1971年) 
若き日の姿を。





『サマー・ラブ』 (1987年) 
『また逢う日まで』から16年後、アサヒビールのCMソングとしてスマッシュヒット。
日本がパブルに向かう時代。爽やかで伸びのある歌声、夏の名曲です。





『五月のバラ』
多くの歌手がカバーした名曲。
尾崎さんバージョンは歌唱力が圧倒的。





『ラブ・ミー・トウナイト』
トム・ジョーンズの名曲。
尾崎さんは「和製トム・ジョーンズ」とも呼ばれました。
さすがに、オリジナルを越えるとまではいいませんが、尾崎さんもいいです。



そして、やはり気になる『ウルトラセブン』も紹介しましょう。



『ウルトラセブンの歌』(1967年)
主題歌。名曲です。
ジ・エコーズ(ザ・ワンダース)として、みすず児童合唱団との共演。
冒頭の「セブン〜」の男声コーラスの3番目が尾崎さんだといわれます。





『ULTRA SEVEN』
こちらは挿入歌。エコーズ単独歌唱。
これがまた、超絶の名曲なのです。

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