【美術】ルネサンス絵画超入門/いつ、どこで、誰が、何を
雑誌『Pen』はアート・美術関係の特集が組まれることも多いですが、
2011年12月15発売号(新年合併号)の特集は「ルネサンスとは何か。」でした。
http://www.pen-online.jp/feature/1631/
ルネサンス ルネッサンス(Renaissance)
美術に関心を持つようになると、目に耳に、入って来ることが多い言葉です。
実に魅惑的な響きを持っていますが、では何か? その定義は?
西洋美術・文化の一分野だとは思えますが、
改めて問われると、なかなか難しいですね。
2012年は日本、東京周辺でも大きな展覧会が予定されており、
ルネサンス美術にふれる機会も増えそうです。
今回は絵画史のスタンスからみた「ルネサンス」の超基礎知識、
「いつ」「どこで」「誰が」「何を」を超簡潔にまとめてみます。
些事は省き、美術史の表面だけをなぞる形で記します。
◆いつ
15世紀~16世紀
ルネサンスは15世紀から16世紀、
つまり西暦1400年代から1500年代だと憶えてください。
もちろん、その萌芽はもっと早くからあり、
例えば、ルネサンスの足掛かりを築いたとされる画家ジョットは
1267年頃に生まれ、1337年に亡くなった人です。たいぶ前ですね。
Wikipediaでは「14世紀-16世紀」となっています。
それでもいいですが、実際に私達がルネサンス芸術としてふれる作品は、
ほとんど15世紀から16世紀のものです。
では、ルネサンスの後、つまり17世紀はなんと呼ばれるか?
これもよく聞くと思いますが、「バロック」の時代ということになります。
その後、18世紀は「ロココ」の時代。
並べて論じられるものかとなると微妙なのですが、
流れとして一応こう認識しておけば、覚え易いかと思います。
◆どこで
イタリアのフィレンツェとローマ
ルネサンスは欧州に広く拡大した芸術運動といえますが、
その中心地はイタリアのフィレンツェだと憶えてください。
もっとも、当時は今でいう「イタリア」という国ではありませんでしたが。
このフィレンツェに隣接して教皇庁のあるローマがあります。
後で触れる名だたる画家達はフィレンツェからローマに招かれ、
教皇庁の仕事を行ったのです。
ヴェネツィア(ベネツィア ベネチア)
フィレンツェに対してルネサンス第二の都とされるのがヴェネツィアです。
イタリアの北東部の都市、当時は海運業で栄えていました。
ヴェネツィア・ルネサンス、ルネサンス・ヴェネツィア派などとも呼ばれます。
北方ルネサンス
イタリアよりも北の国々にも伝播したものを、北方ルネサンスと呼びます。
主にネーデルラント(現在のベルギー、オランダあたり)、ドイツなどが知られます。
フランスは?
以上のように、ルネサンスの中心地はイタリアだと憶えるのが早いのですが、
では「芸術の都パリ」を擁するフランスはどうなのでしょう。
パリが百花繚乱の芸術都市となるのは、18世紀ロココの時代を経た後の19世紀なのです。
ルネサンス時代については、とりあえずノーマークでいいです。
◆だれが
ルネッサンスの三大巨匠と呼ばれるのはこの人達です。
レオナルド・ダ・ヴィンチ (1452年4月15日-1519年5月2日)
ミケランジェロ・ブオナローティ(1475年3月6日-1564年2月18日)
ラファエロ・サンツィオ(1483年4月6日-1520年4月6日)
彼らがフィレンツェからローマを股にかけて活躍した時代、
15世紀後半から16世紀初頭を、盛期ルネサンスなどと呼びます。
『モナ・リザ」の作者。絵画、彫刻、建築、科学技術…、万能の天才ダ・ヴィンチ、
壮大な天井画『天地創造』、祭壇画『最後の審判』の作者。彫刻家としても名高いミケランジェロ、
この二人に比べるとラファエロは日本での知名度は少し劣るかも知れませんが、
画家としての実績・評価は一番でした。
画家の名を挙げてもキリがありませんが、もう一人だけ書かないわけにはいきません。
今回の『Pen』の表紙に取り上げられた『ヴィーナスの誕生』の作者、
サンドロ・ボッティチェリ(1445年3月1日? - 1510年5月17日)
ダ・ヴィンチとは同じ工房の兄弟子格にあたります。
他の地域については代表的な画家の名前だけ記しておきます。
◆ヴェネツィア・ルネサンス
ジョヴァンニ・ベリーニ
ジョルジョーネ
ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
◆北方ルネサンス
ネーデルラント
ヤン・ファン・エイク(ファン・エイク兄弟)
ヒエロニムス・ボス
ピーテル・ブリューゲル
ドイツ
アルブレヒト・デューラー
ルーカス・クラナハ(ルカス・クラーナハ)
◆なにを
人間を描く
では、ルネサンス絵画の特徴は何か、何を描いたのか?
しかし、上述のように時代も長く、地域も広い、簡単に言い表せるものではありません。
「ルネサンスは(Renaissance)」はフランス語で「再生」「復興」といった意味です。
古代ギリシャ時代の文化の復興である、との説明がよくされます。
しかし、古代ギリシャ文化となると、かなり古くてよくわかりません。
別にルネサンス時代と絵と並べて、同じようなものが残ってるようにも思えません。
解り難いですね。
しかし、古代のギリシアには美しい男女の裸の肉体を彫った彫刻が多く作られました。
その後の中世の時代、裸体を彫ったり描いたりすることはタブーとされてきました。
その因習を排し、人間の肉体が美しく、あるいは逞しく描かれるようになりました。
もちろん、それがルネサンスのすべてではありませんが、この肉体表現の件が象徴するように、
ルネサンスは閉鎖的な中世文化から脱却した新しく自由な文化・芸術である、
と理解すると、やや短絡的であるかも知れませんが、解り易いですね。
その際に、古代のギリシア文化が規範・道しるべとなったのだ、
と考えるといいのかも知れません。
さて、最後にひとつだけ、絵画におけるルネサンスとそれ以前との違いを記します、
遠近法などの技術的な進歩も大きいのですが、
もっとも解り易い例として「人間性」を挙げておきます。
「聖母子像」
聖母マリアと幼子のイエス・キリストが描かれた、西洋絵画おなじみの画題です。
ルネサンス前の作品と、上述のルネサンス最大の画家ラファエロ・サンティオの作品、
二点の聖母子画を比べてみてください。
『聖母と天使たち(一部)』1270年頃 チマブーエ(イタリア)
『小椅子の聖母(一部)』1513-4年 ラファエロ
信仰の対象として、神々しく描かれたチマブーエの作品に対して、
ラファエロは生身の人間として聖母子が描かれていることががよくわかるでしょう。
これこそが新しい時代の、そして次代、現代に繋がる絵画でした。
そして、画家・芸術家の個性を発揮し、育てるものでもあったのです。
実はチマブーエもその時代にあって革新的な画家であり、
また、聖母子を多く描いた画家として知られるラファエロ作品でも、
この絵は際立って人間っぽく描かれているので、極端な取り合わせなのですが、
解り易い例として、対比させてもらいました。
以上、あくまで絵画鑑賞の為の、ごく大雑把なルネサンス入門編でした。
Old Fashioned Club 月野景史
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投稿: MUE@イタリア美術館ツアー | 2012年1月14日 (土) 20時24分