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2012年1月29日 (日)

【美術】円山応挙『保津川図屏風』1/28『美の巨人たち』/日本画の改革者渾身の絶筆

1月28日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品(「今週の1枚」)は、
円山応挙『保津川図屏風』でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/120128/index.html

Oukiyo_001
ところでこの番組、オープンニングを変えたようですね。
新年第一回と、二週に渡るミケランジェロ特集で例外かと思ったのですが、
今回も同じでした。
OPなしでいきなり本編に入るようになり、おなじみだったフェルメールの
『真珠の耳飾りの少女』をモチーフとしたOPは役目を終えたようです。
この絵、もうすぐ来日するのに、随分潔いですね。


円山応挙
(1733年6月12-1795年8月31日)
今回は円山応挙入門編といった内容でした。
テーマとなった『保津川図屏風』が応挙最後の作品、絶筆だったこともあり、
応挙の人生や美術史におれる位置付けを俯瞰する内容でした。

題材となった保津川は、応挙の故郷の川です。
保津川上流にある丹波国の村の農家に生まれた応挙は、絵の好きな少年だったといいます。
10代前半で京の都へとやって来た応挙は南蛮渡来の眼鏡絵と出会います。
眼鏡絵とは西洋の透視図法で描かれた絵をレンズで見ると、
風景が立体となって浮かびあがるというものです。
奉公先の玩具商でこの眼鏡絵を描く仕事に就いた応挙にとって、絵画とは視覚表現でした。
やがて応挙は絵師として、京都を舞台に活躍し始めます。

応挙以前、日本画壇の主流は御用絵師である狩野派でしたが、
応挙の登場によって狩野派の絵は一気に古めかしいものとなってしまいました。
応挙は、写生を基に絵を描いた最初の絵師だったのです。
対象をつぶさに観察し、ありのままの姿をまさにそこにあるように描く。
更に応挙は、対象の立体感までもをそのまま描き出そうとしていったのです
それは当時においては革新的なことでした。

これだけ革新的なことを成し遂げ、
且つ1000人を超える弟子を抱えたといいます。
人気も仁徳もあったのでしょう。


『保津川図屏風』(1795年)
京都市中にある京友禅の老舗に代々受け継がれてきた国宝級の絵画があります。
江戸時代の天才絵師・円山応挙の絶筆となった八曲一双の屏風絵『保津川図屏風』。
高さおよそ1.5m、幅は各隻5mに迫る特大版の屏風絵です。

右隻には水しぶきを浴びそうな迫真の激流、
左隻は、ゆったりとした渓谷の風情が描かれています。
この大作を、応挙は亡くなる1カ月前に描き上げました。
番組ではこの屏風の鑑賞にあたっての特別な置き方にも言及していました。

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