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2011年9月27日 (火)

【漫画】『サザエさん』誕生超入門/サザエの結婚と磯野家東京転居の時期は?

Sazaa_11
『サザエさん』の新聞連載開始は終戦翌年の1946年(昭和21年)ですので、
今年2011年は生誕65周年ということになります。

漫画の新聞連載  1946年4月-1974年2月
テレビアニメ       1969年10月-継続中

新聞連載は幾多の中断をはさみながらですが28年、
アニメは42年目で継続中、
漫画とアニメを一体の作品と考えれば、終戦の翌年から65年、
常に日本人に親しまれてきた、戦後最大の大衆文芸と呼んでいいでしょう。

今回は漫画『サザエさん』誕生ヒストリー超入門編です。
実は、65周年にあたりごく平易な『サザエさん』ヒストリーを書こうとしたのですが、
少し調べたところ、連載初期の一大行事であった「サザエとマスオの結婚」
「磯野家の東京転居」について、不明な点があるのです。

そこを検証したので、ちょっとややこしい、ややマニアックな内容になりました。
まずはサザエさんスタート時の事情から始めます。


*参考資料 『サザエさん うちあけ話』
Sazaa_u
『サザエさん』本編の終了後、1978年に朝日新聞日曜版に連載された作者の自伝的エッセイ漫画。
“漫画昭和史”として読んでも大変面白い傑作です。
本項は基本的にこの『うちあけ話』をテキストとして記します。



終戦まもない連載開始
『サザエさん』のスタートは1946年4月22日、
福岡県の地方新聞「夕刊フクニチ」においてでした。
作中の舞台も福岡です。

なぜ福岡か?
当時、作者の長谷川町子氏は福岡在住だったのです。

「あれ、長谷川町子は『のらくろ』の田河水泡の弟子だと思ったけど、終戦時は福岡にいたの?」
もしかしたらこんな疑問を感じた方もいるかも知れません。
長谷川家について簡単に紹介します。


長谷川町子一家ヒストリー
長谷川町子氏(はせがわ まちこ、1920年1月30日 - 1992年5月27日)は佐賀県に生まれ、
その後福岡に転居しました。三人姉妹の真ん中です。
家はそれなりの良家のようですが、町子氏13歳の年にお父さんが亡くなってしまいます。

翌年、お母さんは娘達の将来を考え、一家揃って東京に移り住みます。
ここで町子氏は『のらくろ』の人気漫画家田河水泡氏の弟子となるのです。
この時代に既に雑誌の連載などを持ち、少女漫画家としてメディアに紹介されたりもしています。

しかし、戦況の悪化と、妹さんが病弱だったこともあり、疎開で福岡に戻ります。
そこで町子氏は終戦を迎えました。
翌1946年4月、夕刊フクニチの依頼で4コマ漫画『サザエさん』の連載を開始したのです。

しかし、町子氏達はやはり東京で活躍したいとの思いが強かったようで、再上京を決意、
その準備の為に、『サザエさん』は同年8月に一旦終了します。
僅か4ヶ月の連載でした。

戦後の混乱期ですから東京への転居は大変です。
一家が無事東京に落ちついたのはその年の暮れのことだったといいます。


国民的人気マンガへ
さて、無事東京に落ちついた町子氏はそれからまもない1947年1月、
フクニチ紙上で『サザエさん』の連載を再開します。
フクニチでの連載は何度か中断を経て1949年まで続きます。
それと併行して1948年には東京で発行される「新夕刊」(東京スポーツの前身)にも掲載。

その両方の連載も1949年4月に終了、同年12月より「夕刊朝日新聞」での連載が開始されます。
そして、1951年4月、アメリカの漫画『ブロンディ』に代わり、
「朝日新聞」朝刊への連載がスタートします。

それから1974年まで、何度かの中断・休載を経ながらも、
国民的人気漫画として高度成長期の日本と共に歩んできました。
そして、2011年の現在もテレビアニメとして高視聴率を保ち続けているのです。


姉妹社

『サザエさん』は新聞連載と共に単行本でも広く親しまれてきました。
その取り掛かりは早く、町子氏の姉の長谷川毬子氏は前述の東京転居の準備と併行して、
フクニチに連載した作品の単行本化に取り組んでいました。。
これはお母さんの進言とのことですが、個人の自費出版なので大変なことです。

『サザエさん』第1巻は、一家の引っ越し直後の翌1947年1月に早くも発行されます。
判型が適当でなかった為、当初は大変な苦労があったようですが、やがて成功をおさめます。
(このあたりは、『うちあけ話』に詳しいので参照ください。)

こうして『サザエさん』をはじめ、町子氏の作品は町子氏が亡くなるまで、
すべて毬子氏と町子氏による出版社「姉妹社」から刊行されました。
町子氏の死後に姉妹社は自主的に業務終了、
町子作品の著作権は生前に設立されていた長谷川町子美術館に移りました。
姉妹社版単行本は絶版となり、作品は朝日新聞社から主に文庫版で発行されています。


さて、これでスト―リ―が終わってしまったみたいですが、
実は前述のように連載初期の一大行事であった
「サザエとマスオの結婚」
「磯野家の東京転居」

この2点について、不明な点があるのです。
以下はこの件を検証しながら、最初期の『サザエさん』を振り返ります。


サザエさんの結婚
連載開始時のサザエは独身でした。
ですので、主要登場人物は波平・フネの夫婦とサザエ、カツオ、ワカメの三姉弟妹だけです。
(細かくいうと、初回には波平は登場せず、少し遅れて出てきます)
マスオとタラちゃんの登場は、姉妹社版単行本でいうと第3巻冒頭からになります。

町子氏は『うちあけ話』にサザエを結婚させた理由について、
「自分達一家での再上京を決意し、その準備に取りかかるので連載どころではなく、
サザエの結婚という形で、慌ただしく終わりにした」旨を書いています。

つまり、福岡時代の最初の4ヶ月の連載の最後で結婚させたということです。
作者本人が書いてることなので、Wikipediaなどもこれに倣って記述されています。

しかし、実際の作品と照らし合わせると、これは正確とは思えません。
作中の磯野家の東京転居はザサエの独身時代です。理由は波平の転勤。
そして、その後の東京生活でもしばらくサザエは独身です。

この転居関連のエピソードは、サザエ達が東京転居を知るところから始まり、
引っ越し準備、福岡の人達との別れ、列車での道中、東京の新居での生活開始まで、
15本以上をかけてじっくり描かれています。

これらは、町子氏自らの東京転居の経験を基に書かれたものだと思います。
実際、『うちあけ話』より遥かに古い資料にそのような記述が見られます。

実は長谷川町子美術館より今年の7月に発行されたハードカバーの書籍
『復刻 サザエさんうちあけ話』の巻末の町子氏の年表によると、
サザエさんを結婚させたのは、東京転居後の1947年1月に再開し、
それを一旦中断する同年5月だとされています。
作品を追った感じでも、おそらくそれで間違いないでしょう。

やはり、作者自身がまだ福岡にいる時点でサザエを結婚させたというのは誤りです。
おそらく町子氏の記憶違いでしょう。

では、サザエ結婚前後の事情はどうだったのか、ということになりますが、
結婚より転居が先ということになったので、さきに転居について検証します。


磯野一家の東京転居
福岡在住だった磯野家の東京転居はどのタイミングだったのでしよう。
『サザエさん』は作者の東京転居後すぐに東京の新聞に掲載されたのではなく、
しばらくは福岡のフクニチに掲載されました。

『うちあけ話』を読むと、磯野家の東京転居は東京発行の新夕刊への掲載開始時のように思われます。
(これは明記されてはいないのですが、そのように取れるという感じです)
たしかに、作者が引っ越したからといって、掲載されるのは福岡の新聞なのだから、
舞台を東京に移す必要はないですね。むしろ福岡のままの方がベターでしょう。

しかし、実際に作品を追うと、町子氏が東京転居後に連載を再開してまもなく、
磯野家も作者を追うように東京に引っ越しているようです。
前述のように、町子氏は自分の引っ越し体験の生々しい内に、磯野家の転居を描いたのですね。

実は『うちあけ話』をよく読むと、フクニチでの連載再開後、
北海道と名古屋の地方紙にも同時に『ザザエさん』を掲載したとあります。
それならば、舞台はむしろ首都である東京の方がよかったのかも知れません。

それに、この激動の時代に、自分は東京にいながら、
福岡を舞台に新聞連載漫画を書くのは困難だったかも知れません。

そして再開後の連載をまた中断するにあたり、サザエを結婚させたという事でしょう。
たいぶややこしくなったので、年表にします。


◇1946年4月22日に『夕刊フクニチ』紙上に連載開始
◇同年8月22日に連載中断
(中断中に長谷川家東京転居)
◇1947年1月3日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開
(再開後まもなく、磯野家も東京転居)
◇同年5月8日に連載中断
(中断前の最後の回でサザエ結婚)
◇1947年10月25日に『夕刊フクニチ』紙上に連載再開
◇同年11月5日に連載中断

しかし、そうなるとサザエとマスオが夫婦として登場するは1947年10月の
二度目の再開からになる筈ですが、現存する作品を観ると、季節が合わないようにも思えます。
これは新聞掲載分と単行本収録分との間に、どの程度の欠落があるのか、
という問題も関わってきて、更にややこしくなります。
現在手元にある資料でこれ以上の検証は難しいので、時期の問題はこれくらいにしておきます。


幻のサザエとマスオの結婚式
サザエとマスオの結婚式は描かれたでしょうか?
現存する作品には結婚式も、結婚に至る経緯を描いたエピソードもありません。
(お見合いについて書かれた、4コマ漫画でない“長編”作品が残っていますが、
これは後になってから、サザエの回想の形で書かれたものです。)
では、リアルタイムでは結婚についてどのように扱われていたのでしょうか。

旧姉妹社版の第2巻はサザエは独身のまま終了します。
第3巻冒頭で、サザエによる口上として、マスオと結婚したこと、
子ども(もちろんタラちゃん)が生まれたこと、
磯野家を出て、近所の借家に新婚家庭を構えていることが報告されています。
(この口上は作者町子氏の言葉と、主人公サザエの言葉が混在しているちょっと不思議なものです。)

そして次のページからはその口上通りの設定の作品が掲載されています。
つまり、結婚だけでなく、タラちゃんの誕生もすべて事後報告で済まされているのです。
この部分は現行の朝日文庫では第2巻に収録されています。

では、新聞連載でもサザエとマスオの結婚のエビソードは描かれなかったのでしょうか。

『うちあけ話』の中で町子氏は、サザエとマスオの結婚式を描いたことを、
和装での結婚式シーンのカットと共に記しています。
それに間違いなければ、(時期は別として)二人の結婚式は確かに描かれたけれど、
残念ながら現存しないということになります。

なぜ現存しないか、そもそも本当に描かれたのか、
推測は色々とできますが、(私の調査力では)この点は謎のままです。

だいぶややこしくなりました。
今回はここまで。

※2016年2月追記:「週刊朝日」2016年1月増刊号にサザエさんの結婚が掲載されましたので、紹介しています。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-dee1.html


『サザエさん』新聞連載の履歴
1946年4月22日に『夕刊フクニチ』に連載開始、同年8月22日に連載中断
1947年1月3日に『夕刊フクニチ』に連載再開、同年5月8日に連載中断
1947年10月25日に『夕刊フクニチ』に連載再開、同年11月5日に連載中断
1948年2月6日に『夕刊フクニチ』に連載再開、同年6月21日に連載中断
1948年11月17日に『夕刊フクニチ』に連載再開、1949年4月4日に連載終了
1948年11月21日に『新夕刊』紙上に連載開始、1949年4月2日に連載終了
1949年12月1日に『夕刊朝日新聞』に連載開始、1950年12月31日に連載終了
1951年4月16日に『朝日新聞』(朝刊)に連載開始
1974年2月21日に連載中断-終了
*1978年4月-11月に朝日新聞に『サザエさん うちあけ話』を連載
*1987年4月-8月に朝日新聞に『サザエさん 旅あるき』を連載

**ネット上に『サザエさん』は休載状態のまま作者が亡くなったかのような記述が見られますが、
これは正しいとは言えないと思います。
しばらくは休載状態でしたが、『うちあけ話』が連載された翌年の1979年1月をもって、
夕刊に連載されていた『フジ三太郎』(サトウサンペイ)が朝刊に昇格し、
同時に『サザエさん』の終了もアナウンスされたと記憶しています。


長谷川町子美術館 (東京都世田谷区桜新町)

201191827034
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町子氏と毬子氏が収集した美術品の展示がメインですが、町子コーナーもあります。
美術館公式サイト
http://www.hasegawamachiko.jp/

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