« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月

2011年7月31日 (日)

【美術】マネ『笛を吹く少年』7/30『美の巨人たち』より/「絵画新時代の開拓者」「印象派の父」のあくなき挑戦

7月30日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品(「今週の1枚」)は
エドゥアール・マネの『笛を吹く少年』(1866年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110730/index.html

Manet_001

番組でもそう紹介されていましたが、
誰しもが見覚えのある、とごかで見かけたことのある絵かも知れません。

エドゥアール・マネ(Édouard Manet, 1832年1月23日 - 1883年4月30日)
「新時代の絵画の開拓者」「印象派の父」など、
絵画史のキーマンのごとき呼び方をされるマネ。
しかし、実際にどうような行動からそのように呼ばれるのか?
今回の番組ではマネの当時のフランス画壇権威との関わり、
また後に「印象派」と呼ばれる新しい世代の画家達との関係、
それらが簡潔にまとめられていました。

2011年9月5まで東京都六本木の国立新美術館で開催されている
「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション」
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-3fdd.html
この展覧会鑑賞の為にもいいガイドになるでしょう。

マネは世間的にもスキャンダルに絵として話題になるような作品を描き、物議を醸しますが、
自身はあくまで古典に取材し、それを元に新しい絵画を創造しようとしていました。
そして、当時のフランス画壇の権威であったサロン(官展)で評価されることを望みました。

一方で、ブルジュワ階級の出身で生粋のパリジャン、社交的で面倒見の良かったマネの元には、
多くの若い画家達が集まりました。
その中には8歳年下のモネ、9歳年下のルノワールらがいました。
マネは彼らの兄貴分で、良き相談相手でありました。

しかし、モネ達若い画家が自ら印象派展を開催するにあたっても、
サロンでの評価を重視する彼は参加することはありませんでした。
もっとも、これは今回のテーマ作の制作よりは少し後の話ですが。

1860年代、マネはサロンで入選・落選を繰り返していました。
入選しているのだから、まったく評価されてないのではないのですが、
スキャンダラスとしてそれ以上に非難されていたのも事実です。

そんな状態にいささか疲れたマネがスペインを旅した時出会ったのがこの絵です。

Velazquez_001
ディエゴ・ベラスケス 『道化師パブロ・デ・バリャドリード』(1632年)

この絵にインスピレーションを受けて描かれたのが『笛を吹く少年』です。
しかし、高い評価は得られませんでした。
その後もマネの新しい試みとサロンへの挑戦は晩年まで続きます。

『笛を吹く少年』は色々な視点でみても興味深い作品です。
番組でも日本絵画との関わり、色使いや背景の描き方、
人物の表現方法などについて言及されていました。

また、今回の番組ではサロンのシステムも簡潔に紹介されており、
19世紀フランス絵画事情の入門編としても興味深いものでした。

2011年7月30日 (土)

【美術展】「もてなす悦び― ジャポニスムのうつわで愉しむお茶会」三菱一号館美術館/日本趣味の優雅な洋食器に親しむ

東京丸の内の三菱一号館美術館で821日まで、
「もてなす悦び― ジャポニスムのうつわで愉しむお茶会」展が開催中です。
*この催しは終了しました。

Motenashi_001


「もてなす悦び― ジャポニスムのうつわで愉しむお茶会」
614()-821() 三菱一号館美術館

公式サイト http://mimt.jp/omotenashi/

展覧会のサブタイトルが凝り過ぎていて、少しわかり難いですが、
ジャポニスムの陶磁器や銀器、ガラス作品や服飾品など、主に食器の展覧会です。
別に実際にその食器でお茶を飲もうというわけではありません。

ジャポニスムとは
ジャポニスム(フランス語: Japonisme) ジャポニズム(英語: Japonism
19世紀後半、江戸幕府による永年の鎖国政策を解いた日本の文化は
急激にヨーロッパ諸国に紹介されていきます。

特に万国博覧会(国際博覧会)の影響は大きく
日本が初参加した1867年のパリ万博、
それ以前に国として参加はしませんでしたが、


日本の美術品・工芸品が紹介された1862年のロンドン万博などを経て、
日本の伝統的な美や技術が西洋に紹介されました。
それは単に“ブーム”という範疇を越えて、西洋の芸術や工芸に影響を与えたようです。


よくいわれることですが、画家のゴッホは南仏アルルに移住するに当たり、
アルルを芸術家にとっての理想の地としての、日本に見立てたといいます。
しかし、日本にも南仏に似た気候の地はあるかも知れませんが、
ゴッホのイメージの中にある日本は伝統的な日本画や浮世絵の世界の筈です。
南仏のイメージと重なるものなのか、興味深いところです。

それはともかく、食器の分野でも日本の影響を受けた作品が多く創造されました。
ですから、今回展示されている「ジャポニスム」の作品達とは、
日本で作られ輸出されたものではなく、日本の影響を受けて西洋で作られたものです。
わかり易い言い方をすると、日本趣味の入った西洋骨董、西洋アンティークですね。

上述の経緯で発生したものですから、展示品は古くても19世紀半ば以降の作品で、
博物館的なものはなく、現代人にもすぐ目に馴染む美しいものが多いです。
19世紀後半のヨーロッパの優雅な食卓をイメージするのも楽しいです。


類似の展覧会
本展にもガラス美術・工芸の名品が多数出品されていますが
この夏は東京で他にもガラスの展覧会が開催されます。

国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス
Hermitage_002

2011年7月14日(木)-9月25日(日)  白金台 東京都庭園美術館 *開催中
公式サイト http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/glass/index.html
こちらでも紹介しています。


開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」Ⅲ コーニング・ガラス美術館特別出品
あこがれのヴェネチアン・グラス―時を超え、海を越えて
Venetian_001

8月10日(水)-10月10日(月) 六本木 サントリー美術館
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol04/index.html




三菱一号館美術館
2011718012
2011718010
2011718016 
2011718019

三菱一号館美術館は20104月、近年再開発が進められてきた東京・丸の内に開館した新しい美術館です。
1894年に原設計されたという煉瓦造り、明治期の重厚なデザインが再現されています。
http://mimt.jp/

2011年7月22日 (金)

【Bar(バル)】スペインバル クオーレ|なじみのBarがリニューアル/人気の「スペインバル」とはどんな店?

21日夜に代々木公園で開催のオクトーバーフェスト初日を覗いた後、
新宿南口側にオープンしたばかりのスペインバル クオーレ(SPAIN bar CUORE)に寄りました。

新宿駅よりも代々木駅からの方が近いくらいですが、
オクトーバーフェストの会場から歩くのはちょっと無理があるので、ご注意ください。

ここは元は同じクオーレの名でオーセンティック系のショットバーでした。
このブログでもクオーレ主催のワイン会の様子などを紹介したことがありますが、
7
4日にスペインバルとして、今までのスタッフにシェフを加えてニューアルオープンしました。

スペインバルという形態の店は、近年増えていますね。

従来の堅苦しくて高級な「西洋料理」とは違い、
カジュアルでリーズナブル、お酒も料理も美味しくて・・・というのが魅力。
イタリアンにもそういう店が多く、「バール」との呼び方もされますが、
それとはまた料理も違うし、ちょっと目新しさがあります。



Dsc07426_3   

一杯目はシェリートニック
スペインのスパークリングワイン「カヴァ」もいいですが、
ここはよりスペインらしく、同国のフォーティファイドワインであるシェリーのトニックウォーター割りから。
まぁ見た感じはジントニックと変わりませんが。

Dsc07997

小エビのアヒージョ
スペイン料理というとこれが思い浮かびます。
ニンニクとオリーブオイル。つまりペペロンチーノの味と香りです。

Dsc08000
珍しいスペイン製ビール

Dsc07998
粕漬けソーセージ

国産品。これはスペイン料理ではありませんが、ちょっと変わってておすすめです。

Dsc08005
クララ
スペインでよく飲まれる、ビールに
レモンジュース等を加えたカクテル。
写真で見てもビールと変わりませんが。

 

Dsc08003
厚切りベーコンのグリル アンダルシア風
これもなかなか美味しかった。


Dsc07433

赤ワイン
葡萄はスペインワインの代表的な品種テンプラニーリョ。

Dsc07436

豚肉とひよこ豆のトマト煮込み
赤ワインにぴったり。

Dsc07440

自家製サングリア
これもスペインといえば思い浮かぶ飲み物。
写真はベーシックタイプですが、クオーレでは色々バリエーションも揃えています。

これ以外に料理も、それにこないだまでバーだったのでお酒も、またカクテルの種類も豊富です。
もっとも「バー」も「パル」も、イタリアンで使われる「バール」も、
アルファベット表記では「bar」で一緒ですね。
これは本当に正しいのかどうかよくわかりませんが、日本では一般こう使われています。


Dsc07450

場所は明治通り沿い、新宿から行くとタカシマヤ・タイムズスクエアの前を通り過ぎて、
少し代々木側です。

Dsc07442

「新宿パークホテル」というビジネスホテルの中にあります。
パークハイアットとはまったく違うのでお間違いなく。

Dsc07427

公式サイトを見ればわかりますが、
はやり新宿にあるスペインバル リフレインと同じグループになったようです。
ここも20年(30?)以上の歴史があるオーセンティック系バーでしたが、
近年、スペインバルにリニューアルしました

尚、随分たくさん飲み食いしたものだと思われるかもしれませんが、
写真は二回分が混在しています。

スペインバル クオーレ
渋谷区千駄ヶ谷5-27-9新宿パークホテル 1
http://www.cuore-bar.jp

2011年7月21日 (木)

【ビール 祭り】オクトーバーフェスト2011 代々木公園初日レポート/ドイツ麦酒の祭典が代々木の森で開幕

ドイツビールとドイツの食の祭典、日本版オクトーバーフェスト2011の代々木公園大会が、
今日7月21日に開幕したので覗いてきました。 (このフェストは終了しました)

2011721017
オクトーバーフェスト2011の概要はこちらで紹介しています。
今までこのブログで、日比谷会場のレポートと、この代々木公園以降の予定を紹介しましたが、
このブログとしては驚異的なアクセス数で、注目の高さを感じています。

さて、日本を襲った大型台風も東京からは過ぎ去りました。
台風一過というと猛暑に襲われることが多いように思いますが、
今日の東京地方は実に久しぶりに爽やかな過ごし易い陽気になりました。
今回はまさにギリギリのところで天に味方されたスタートとなったようです。

2011721004
2011721006
2011721001
Dsc07966_2
2011721022 閉場間際でしたが、カメラを向けたらピース! してくれました。


写真を見ると、ちょっと人が少ないように思えるかもしれませんが、
会場は初日からなかなかの賑わいでした。
しかし、超満員で並ばねば何も買えないという状況ではなかったです。
これくらいの方がありがたいですね。

屋外でビールには少し涼しいような気温でしたが、実際はこれくらいの方が疲れないし、
食欲もわきます。

日比谷会場でも特設ステージでショーが披露されましたが、
ここは野外音楽堂ですので、ステージは断然立派です。
スペース自体も日比谷より広く、余裕があるように思えました。
日比谷は会場のかなりの部分、あの公園名物の噴水が占めてしまいますから。

22日以降は、朝10時会場です。
「昼ビール」などと言いますが、それより早い「朝ビール」ですね。
特に土・日は賑わうでしょう。

オクトーバーフェスト2011公式サイト
http://www.oktober-fest.jp/


21時で一応終了のコールされたので、遅く行った私は結局日比谷同様に
場内でビールは飲まずじまいでした。

帰途につくべく、原宿駅に向かいます。

2011721033
やはり東京の夜は暗くなった気がします。
これで充分でしょうけど。


新宿のスペインバルで
2011721043

それで、飲めなかったドイツビールの替りに、
新宿に新しくオープンしたスペインパルで、珍しいスペインビールをいただきました。
このスペインバルについては、こちらでレポートしています。

my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月20日 (水)

【映画音楽】ピンク・パンサーシリーズ第1作『ピンクの豹』が生んだもうひとつの名曲『今宵を楽しく(It Had Better Be Tonight)』/夢のようなシーンと共に

20世紀後半を代表するコメディ映画のヒットシリーズ『ピンク・パンサー』。
ピーター・セラーズ演ずるクルーゾー警部がドタバタの大活躍を繰り広げました。

そして、このシリーズのテーマ曲といえば言わずと知れた
『ピンク・パンサーのテーマ』
http://www.youtube.com/watch?v=K0YI9c3jc90

映画音楽の巨匠ヘンリー・マンシーニによるあまりに有名なスタンダードナンバーです。


そのピンク・パンサーシリーズ第1作
『ピンクの豹』(The Pink Panther 1963年)

Pink_panther_001

Wikipediaの『ピンクの豹』の項に以下のような記述があります。

「ヘンリー・マンシーニによる主題曲『ピンク・パンサーのテーマ』も大ヒットし、
スタンダードナンバーとなった。加えて、やはりマンシーニによる哀愁漂う挿入曲
『今宵を楽しく』が時に妖しく、時に切なく全編を彩っている。リゾートホテルの
ラウンジで主要出演者を観客に、歌手兼女優のフラン・ジェフリーズが『今宵を楽しく』
を歌い踊るシーンも人気が高い。」

ということだそうです。
実は私が書いた文章なので…、まさにこの通りです、としかいいようがありません。
今日はこの曲を紹介させてもらいます。

『今宵を楽しく』(It Had Better Be Tonight)
ラテン風のノリがよく、しかし哀愁の漂うなんとも魅力的な名曲です。

『ピンク・パンサーのテーマ』はシリーズ通しての主題曲ですが、
この歌は第1作のみの登場です。
哀愁漂う曲というのがあの『ピンク・パンサー』にそぐわない気もしますが、
実は『ピンクの豹』にはもちろんピーター・セラーズ演じるクルーゾー警部も登場しますが、
主役ではなく、準主演格といったポジションです(脇役といってしまうと語弊がありますが)
作品自体も、後のシリーズとはちょっとイメージの違うロマンチック・コメディで、この曲が良く合うのです。

Wikipediaに書かれているシーンの映像があったので、ご紹介します。



舞台はイタリアのスキーリゾート、コルティーナ・ダンペッツォのホテルのラウンジ。
歌手兼女優のフラン・ジェフリーズ(Fran Jeffries)が出演俳優達を観客に歌い、踊ります。
この人はすばらしいプロポーションで、ダンスも切れがよくきれいです。
Wikipediaを書いた頃は、この人のことがよくわからず苦労しました。

映画の1シーンなので、主演のデヴィッド・ニーヴンはじめ、セラーズ、ロバート・ワグナー、キャプシーヌ、
そしてヒロインのクラウディア・カルディナーレが登場してしています。
豪華な大スター達が揃って、劇中でありながら、撮影の合間にパーティーでも開いているような
雰囲気も感じさせる、夢のように楽しいシーンです。


ところで、このシーンで歌い踊っているのがヒロインのカルディナーレだと誤解される事があります。
カルディナーレは聴衆の中にいるのですが、ほとんどアップで映らず、目立ちません。
また、ジェフリーズがカルディナーレに少し似ていることから誤解され、ネットでも誤った記述がみられます。
カルディナ―レは中央のテーブルの向かって一番右に、紫の服を着て座っています。



クラウディア・カルディナーレ
Pink_panther_002


この映像では確認のし難かったカルディナーレを公開当時のパンフレットから紹介します。
イタリアの生んだ名花です。
1960年代にはマリリン・モンローが「MM」、ブリジット・バルドーが「BB」と呼ばれたのと並び、
カルディナーレは「CC」と称された人気女優でした。
この『ピンクの豹』から30年後の1993年、ピーター・セラーズも亡くなった後に制作された
20世紀版ピンク・パンサーシリーズ最終作『ピンク・パンサーの息子』に、カルディナーレは第1作以来の再出演を果たしました。
さすがに年は取っていましたが、きれいでした。

my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月19日 (火)

【美術】「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」展 東京都庭園美術館|ロシア美の殿堂から至宝が白金台に/ガラス芸術超基礎知識

東京白金台の東京都庭園美術館にて、
「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」展 が9月25日まで開催中です。

Hermitage_002_2
国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス
2011年7月14日(木)-9月25日(日) 東京都庭園美術館
公式サイト http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/glass/index.html


ガラス美術…。

大型書店のアート、芸術書コーナーにいくと膨大なアート関連本がありますが、
ガラス芸術、ガラス工芸に関する書籍は多くはないですね。
特にガラス美術全般を俯瞰できるような平易な入門書は少ないです。
普段の生活にあまりに身近なものですが、美術として鑑賞する意識は薄いのかも知れません。

この夏は本展に加えて、六本木のサントリー美術館で8月10日から10月10日まで
『開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」Ⅲ コーニング・ガラス美術館特別出品
 あこがれのヴェネチアン・グラス―時を超え、海を越えて』が開催されます。
ガラス芸術の神髄に触れられる夏になりそうです。
(この展覧会についてはこちらで紹介しています。)

今回はこの「皇帝の愛したガラス」展の紹介、またガラス芸術についてほんのさわりだけ書かせてもらいます。

まずガラスのお話の前に、エルミタージュ美術館についてちょっと紹介します。

ロシア国立エルミタージュ美術館
今回の展覧会のテーマがガラス芸術なので、工芸品中心の美術館と勘違いされるかも
知れませんが、そうではありません。
女帝エカテリーナ二世の「隠れ家(エルミタージュ)」と呼ばれた宮殿の威容そのまま、
18世紀初め、ピョートル一世が収集を始め、エカテリーナ二世が拡充したロマノフ王朝の
至宝を公開する為1852年創設、300万点を所蔵する世界屈指の美術館です。

Hermitage_001
膨大な所蔵品から絵画で一例を挙げれば、彩色済み完成品は十数点しか残っていない
レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画2点(そのうち1点は真贋論争がありますが)、
バロックのカラヴァッジョやルーベンス、その後のロココ絵画の傑作、
モネ、ルノワールら印象派、ゴーギャン、セザンヌらポスト印象派、マティスら近代絵画の傑作、
そして特にレンブラントは奇跡の裸体画『ダナエ』など23点を所有するなど、
西洋絵画垂涎の芸術品に溢れた美術館です。

エルミタージュ美術館公式サイト(英語版)
http://www.hermitagemuseum.org/html_En/


ガラス美術史超入門編
ガラス工芸の歴史は紀元前数千年まで遡ります。
紀元前2000年代にはシリア、メソポタミアで本格的ガラス製品が作られていたといいます。
これはどちらかといえば博物館の世界ですね。

私たち初心者が美術品としてガラス作品を勉強し始めるには、
まずは15世紀後半に勃興し、16世紀に全盛期を迎えた
ヴェネツィアンガラスを起点にすればいいかと思います。
今回の展覧会も第一章はヴェネツィアから始まります。

ヴェネツィア(Venezia)のガラス
ベネチア、ベネツィア、ヴェネチア…、表記が色々あってややこしいですね。
一応、本展の表記に倣い、本項ではヴェネツィアとします。

ヴェネツィアでは13世紀半ばにガラス同業組合が結成されます。
その後、全工房はヴェネツィア本島の北東にあるムラーノ島に移り、
ここをガラス製作の拠点として、技術を発展させてきました。
そのガラス工芸が本格的に開花する15世紀後半、
ヴェネツィアは軍事力・海運力に優れた港湾都市、都市国家として繁栄していました。

当時、芸術ではまさにルネサンスの時代。
ヴェネツィアより南のフィレンツェ、そして教皇庁のあるローマにはダ・ヴィンチに続き、
ミケランジェロ、ラファエロが登場、ルネサンス最盛期を迎えました。

ヴェネツィアでも15世紀後半には画家ではベリーニ一族などが登場、
16世紀にはジョルジョーネ、ティツィアーノ、ティントレットが活躍し、
ルネサンス・ヴェネツィア派は最盛期を迎えます。
まさにその時代、ヴェネツィアン・ガラスも高い技術と洗練されたセンスで、
高級工芸品としてヨーロッパ全土に名声を轟かせ、全盛期を迎えたのです。

主にムラーノ島だけで作られていたガラス製品と、
ルネサンス絵画との直接的関係は深くはないかも知れませんが、
西洋絵画に詳しい方なら、ヴェネツィア派美術とヴェネツィアンガラスを重ねて覚えれば、
ガラス美術の歴史の全体像の超概略が見え易くなると思います。

そして17世紀以降、ガラス芸術はボヘミア、イギリスなどヨーロッパ各地に伝播、
19世紀には市民革命による社会の変革、また万国博などでグローバルに多様化し、
更に19世紀末にはアール・ヌーヴォー、続くアール・デコの隆盛などより
新たな展開を見せていきます。
このような流れも西洋絵画史、西洋美術史と重なる面があるかも知れません。


東京都庭園美術館/
「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」 展


Teien2011712009緑に囲まれた美術館 夏景 


本展ではロマノフ王朝によって収集・継承されてきたヴェネツィアンガラスを初め、
ボヘミア、イギリス、スペイン、フランスなどの欧州各地の作品約130点を展示、
まさにガラス美術史を俯瞰できるのに加え、
18世紀にエカテリーナ2世によって設立された帝室ガラス工場の製品を中心とした
ロシアガラス40点が展示されています。
ロシアガラスの白眉にふれるのは、なかなか稀少な機会でしょう。

展示は3つのブロックに分かれています。 

①ルネサンスからバロックの時代へ
(1)水の都の幻想-ヴェネツィア
(2)深い森 光と影-ボヘミア、ドイツ、フランス
(3)南国の情熱 土の香り-スペイン
上述のように、ヴェネツィアを起点として発展し、各地に広がっていった、
15-18世紀にかけての近世ヨーロッパガラス美術史を一望するイメージです。

②ヨーロッパ諸国の華麗なる競演
(1)技巧と洗練-ヴェネツィア、イギリス、フランス、オーストリア、ボヘミア、ドイツ
(2)手仕事の宇宙-装飾品
(3)新しい夜明け-アール・ヌーヴォー、アール・デコ
新たな時代19世紀から、独特の芸術が乱舞した19世紀末、そして20世紀へ、
新しい技術、新しい感覚のガラス芸術が紹介されています。

③ロマノフ王朝の威光
本展ならでは、ロシアのガラス美術が紹介されています。
ロシアのガラス製造技術は18世紀半ばに円熟期を迎え、18世紀末には
エカテリーナ二世が設立に関わったガラス工場が帝室工場として整備されます。
珍しいロシアガラス。同国ならではのウォッカグラスや、
4種の飲み物(ウォッカ、ラム酒、マディラ酒、ワイン)を同時に容れられる
デカンタなど、ユニークな工芸品も展示されています。


なかなか楽しく、ガラス美術初心者には嬉しい展覧会だと思います。
もっと多くの人に訪れてほしいと思いますが、ただこの美術館の特に二階フロアーは
各展示室が狭く、一室に3~4人入ると息苦しくなるのがちょっと残念ですが。

今回、ひとつ感心したのは目録です。
それぞれの作品について制作技術や来歴が詳しく書かれていて、丁寧な作りでした。
欲をいえば、展示会場内に掲示されていたガラス用語の説明がわかり易かったので、
それを目録に載せてほしかった。
「ヴェトロ・ア・レトルティ」「エングレーヴィング」…ガラス用語は難しいです。
そうであれば目録も更に見易く、わかり易かったでしょう。


類似の展覧会
上述のように、この夏は東京で他にもガラスの展覧会が行われます。

開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」Ⅲ コーニング・ガラス美術館特別出品
あこがれのヴェネチアン・グラス―時を超え、海を越えて

Venetian_001
六本木のサントリー美術館 8月10日(水)-10月10日(月)
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol04/index.html
こちらの表記は「ヴェネツィア」ではなく、「ヴェネチアン」ですね。
この展覧会についてはこちらで紹介しています。

更にこんな展覧会も開催中です。
もてなす悦び—ジャポニスムのうつわで愉しむお茶会
Motenashi_001
丸の内 三菱一号館美術館 6月14日(火)-8月21日(日)
http://mimt.jp/omotenashi/
ガラスだけではないですが、ジャポニズムの工芸美術の数々が出展。
この展覧会についてはこちらで紹介しています。

暑く長くなりそうな夏、涼しげなガラス美術がぴったりかも知れません。


庭園夏景
この展覧会では「ブロガーご招待」の企画があったのですが、私は落選でした。
当選なら館内の撮影が可能だったので、美しいガラスを是非写真でと思っていたのですが、その点は残念でした。
ですので、庭園の夏景色など写真で紹介します。

Teien2011712124
Teien2011712048
Teien2011712056
Teien2011712058
Teien2011712076
Teien2011712103
Teien2011712068
Teien2011712094
Teien2011712095

展覧会、庭園鑑賞後は美術館正門脇のカフェレストラン「cafe 茶洒 kanetanaka」で喉を潤します。

Teien2011712135
Teien2011712131やはりこの暑さ、特に炎天下の庭園散策の後は、ワインよりもとりあえずビールとなります。

Teien2011712133鴨と赤味噌の酒彩

相変わらず上達しない下手な写真ですが、涼しげ雰囲気は少しは出ていますでしょうか。
実際はこの日は酷暑でかなり消耗しましたが。

my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月18日 (月)

【文学】『銀河鉄道の夜』がテーマのアート展/夏の表参道の宮沢賢治展は少し残念

午后、ちょっと時間があいたので、表参道(渋谷区神宮前)の「Gallery COMMON」で行われていた、
宮沢賢治の名作童話『銀河鉄道の夜』をテーマとしたアート作品の企画展、
『88 Play-Labo 01 「銀河鉄道の夜」』 を見聞してきました。
http://88hachihachi.com/

なぜいきなり宮沢賢治? と思われるかも知れませんが、
実は私は大学は国文学科の出身で、卒業論文のテーマが賢治なのです。

Ginga_001

さて、この展示についてはmixiの宮沢賢治コミュで知ったのですが、
武蔵野美術大学を2006年に卒業した若いクリエイターの人達(グループ「88(ハチハチ)」)による、
『銀河鉄道の夜』をテーマに制作した作品が出展されていました。

それぞれのイメージの中での『銀河鉄道の夜』なので、ある程度は理解できるものから、
「これのどこが『銀河鉄道』?」というものまで様々でした。
『銀河鉄道』からどのようなインスピレーションを得てその作品を創ったのか、
なかには興味をいだかせるような作品もありました。

しかし、予想はしていましたが、若い世代の同期による会とあって会場は既に同窓会状態で盛り上がっており、
ほとんど一般観覧者のことなど目には入っていない様子。
そもそも誰が作品を出展している主催者側で、誰が遊びに来たその友達なのか、区別すら難しい状況で、
残念ながら部外者が作品について訊ねる雰囲気でもなく、早々に退散しました。

せっかく自分達の作品を展示する場所と時間を設けての催しなのに、
これではちょっと勿体ないように思えます。

SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS

『銀河鉄道の夜』

そんな状況で、このアート展についてはこれ以上特に書くこともないので、
『銀河鉄道の夜』について少し書くことにします。
私にとってあまりに魅力的だけど、深い迷宮の彼方にある作品です。

ある程度の年齢の方なら、私と同じ経験をされた場合があるかも知れませんが、
この童話、子ども頃に読んだものと、大人になって読み直したものの内容が違うのです。

『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の生前に発表された作品ではありません。
賢治が晩年まで10年近くにわたり書き直しを重ね、それでも未発表に終わりました。
賢治の没後まもなく、度重なる推敲によって複雑になった草稿を
整理・編集して発表され、名作として評価されてきました。

1970年代、賢治の校本全集の発行にあたり、遺稿の徹底的な調査が行われました。
その結果、従来流布していたものには最終的に賢治が削除していた部分が混在していたことが判明しました。
それらを整理し、賢治が最終的にまとめていたと思われる形を「最終形」とし、
それが正式な『銀河鉄道の夜』として公表され、流通するようになったのです。

ただ、これにより、従来は多くの人がこの作品のクライマックスだと思っていた箇所が、
まるまる無くなってしまったのです。
この他にも変わってしまった点があります。いずれわかり易く超入門編(?)でも書きたいと思っています。

校本全集以降もしばらくは古い形態のものが流布していたでしょうから、
最初にそちらを読んだ世代は結構広いかもしれませんが、
たとえば今回の展示会の人達のように2006年に大学を出た年代となると、
さすがに旧形態は読んでないかも知れませんね。

また「銀河鉄道」というと、年代によっては松本零士氏による漫画、アニメ『銀河鉄道999』の
イメージが強いかも知れません。メーテルと鉄郎、これもそれなりに上の世代でしょうけど。

若い人達は『銀河鉄道の夜』をどう感じているか、
これもまた、一応賢治研究者の超端くれとして(笑)、興味深いところではあります。

2011年7月17日 (日)

【美術】ラファエロ『アテネの学堂』7/16『美の巨人たち』より/先人の技術を調和・昇華させた、ルネサンス芸術の賛歌

先日、このブログでも書きましたが、
7月16日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品(「今週の1枚」)は
ラファエロの『アテネの学堂』でした。
レオナルドやミケランジェロも出演、豪華な番組でした。

Atene_002_2
ラファエロ・サンツィオ『アテネの学堂』(1509-1510年)

それでは、今回の『美の巨人たち』に沿って振り返ります。

番組ではラファエロレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブオナローテと並ぶ、
ルネサンス芸術の三大巨匠と位置付けていました。
一般的な評価でしょう。
そして主にレオナルド、ミケランジェロとラファエロとの関係から、
ルネサンス美術の大作『アテネの学堂』を解き明かそうという試みでした。

まず、ラファエロと師匠であるベルジーニとの関係から、
ラファエロを先人の技法を模倣、調和して昇華させる天才としました。

フィレンツェでレオナルドの『モナ・リザ』を見てスフマートの技法を習得し、
ヴァチカンで自らの作業場の向い側にあるシスティーナ礼拝堂で、
ミケランジェロが描いていた天井画『天地創造』を見てその迫真の肉体描写を学び、
それらを調和させ、自らの芸術として開花させたのです。

そして、『アテネの学堂』制作にあたりラファエロは、
題材となる古代ギリシャの賢人達のモデルとしてレオナルドらルネサンスの芸術家を描き、
ライバルであったミケランジェロも、下絵にはありませんでしたが、描き込まれました。

古代ギリシャの賢者達への賛辞であるこの絵は、
また(その当時の)現代ルネサンス芸術への賛歌でもありました。
そして、先達の技術を調和して昇華させたラファエロの象徴でもあったのです。

なかなか、素敵な切り口でした、。

ところで、番組ではミケランジェロをモデルして描かれたギリシャの哲人について、

Atene_004
このヘラクレイトスとしていました。
実は、最近はこの説が主流のようですが、以前は違いました。

Atene_003
中央がレオナルドがモデルのプラトン(左)、それと議論するアリストテレス(右)のモデルが、
ミケランジェロだとされていました。
そんなに大昔ではなく、手元の1990年代発行の美術本でもそうなっています。

また、番組ではラファエロがレオナルドのあの『モナ・リザ』を見てスフマートを体得したように描かれていました。
これもよくいわれることです。
しかし、レオナルドは『モナ・リザ』を手元のおいたまま終焉の地フランスに移住します。
つまり、イタリアで『モナ・リザ』は公開されたことはありません。
『モナ・リザ』を見る為にはレオナルドのアトリエに出向き、見せてもらわねばならなかった筈です。
番組でも明言はされていませんでしたが、そうイメージさせるような表現がされていました。
ただ、ラファエロがレオナルドのアトリエで『モナ・リザ』を見たことを記した、明確な資料はないと思います。

逆に、番組ではラファエロはシスティーナ礼拝堂で初めてミケランジェロの絵を見たような印象を受けますが、
(そう明言はされていませんが)
これはフィレンツェで既に見ていた可能性があります。

番組の最後でふれられていたように、ラファエロは37歳の若さで亡くなりました。
といっても、『アテネの学堂』の時は25歳。
この後、ルネサンス最大の画家としての歴史を刻んでいきます。

この絵『アテネの学堂』も、ラファエロ自身もまだまだ奥が深いのです。

2011年7月15日 (金)

【音楽】夏の名曲『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』/幻の才人中原めいこと80年代シティ派女性シンガー達

あるBarでバーテンダーさんとフレッシュフルーツを使ったカクテルの話をしていました。

「今あるのはキウイ、マンゴー・・・、」と聞いて、
中原めいこが歌った『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』(1984年)を思い出しました。
この歌はカネボウ化粧品の夏のキャンペーンソングでした。
タイトルははじけ過ぎにも思えますが、なかなか印象深い、夏の名曲です。

Meiko_001



『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね。』


中原めいこという人は比較的早い時点でまったく名前を聞かなくなりました。

Wikipediaによると、1992年に歌手活動は休止したとあります。(その後も作曲は続けたように書かれていますが)
幻の天才アーティストとなってしまった(?)中原めいこさん。彼女が活躍した80年代をちょっとだけ振り返ります。


1980年代、アイドル歌手よりちょっと大人、歌謡曲ともちょっと違う、
都会的でおしゃれで美人、シティ派女性シンガーとでも形容したいような、
ジャパニーズ・ポップスの歌手達がいました。

それはどのような人達か?
あくまで私のイメージですが、
まずは、シティ派という言葉を体現したかのような『CAT'S EYE』の杏里
『キウイ・パパイヤ』の2年前、1982年のカネボウ夏のキャンペーンソング『赤道小町ドキッ』が大ヒットした山下久美子
洋楽のカヴァー曲をパワフルに歌った麻倉未稀
杏里の後、『キャッツ・アイ』第2期の主題歌でデビューした刀根麻理子
ジャズシンガーで『オールナイトフジ』の司会でも知られる秋本奈緒美
そして、今回の主役、中原めいこなどが思い浮かびます。

CMソングやドラマ、アニメの主題歌を歌うことが多かったのが特徴かと思いますが、
しかし上に挙げた6人を見ても、同じジャンルにまとめていいのかはかなり微妙ですね。
実はWikipediaに「シティ・ポップス」という項目があり、80年代と時代も合うのですが、
私が挙げた6人は一人も入っていません(笑)
つまり、これは私が勝手に思い込みで作り上げたジャンルなのかも知れません。

さて、ジャンル論はこれくらいにしておいて、中原めいこです。
この人は作詞・作曲も自分でやるシンガーソングライターです。
『キウイ・パパイア』もそうですが、詞も曲も実にユニークです。
だいたい「キウイ・パパイア・マンゴー」と聞いてカクテルを思い出すのは、よ
ほどのバー好き、カクテル好きだけかも知れませんが、
実はこの歌、冒頭から酒が登場します。

♪ドライなシェリー  ちょっと誘われて 焼けつく恋のアペリティフ
アペリティフが食前酒の意味だとも知らずに口ずさんでいました。
なんかおしゃれ、バブル真っ盛りという感じ? 84年だから少し前ですけどね。
でもなんとも素敵なセンス。この彼女ならではの感覚の歌詞に、彼女自身が曲を付け、彼女自身が歌う、
ならばこその最高のノリの良さ。この人は本当に才人だったと思います。
早い活動停止は本当に残念でした。

せっかくだから他に2曲、中原めいこの名曲を紹介します。
前述の杏里がシティー派シンガーのイメージを定着させた歌が『CAT'S EYE』。
この歌は人気アニメ『キャッツ・アイ』の主題歌でした。
この『キャッツ・アイ』の後番組『ダーティペア』の主題歌を歌ったのが中原めいこなのです。
正確にいうと、『キャッツ・アイ』第1期の主題歌が杏里、
別番組を挟んで再開された第2期の主題歌が刀根麻理子の『デリンジャー』、
その第2期『キャッツ・アイ』の後番組が『ダーティペア』になります。

Meiko_002_2

『ダーティペア』(1985年7月-12月)
オープニング曲 『ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット』
エンディング曲 『宇宙恋愛(スペースファンタジー)』

同じアニメのOPとED、しかも同じシングルレコードのA面B面とは、
芸がなさ過ぎだと思われるかも知れませんが、
とにかくこの2曲、曲調は違うし、でも最高にいい。絶対薦められます。
もちろんどちらも作詞・作曲中原めいこ。
それと、このアニメがまたかなりイケてました。

『ロ・ロ・ロ・ロシアン・ルーレット』
http://www.dailymotion.com/video/x4qw4n__music



『宇宙恋愛(スペースファンタジー)』

http://www.dailymotion.com/video/x36ek0_ed_music



実は『キウイ・パパイヤ』はそれなりにヒットしましたが、
80年代の評価は彼女の才能・実力に対してむしろ低かったくらいだと感じています。
もっと高く評価されてよかった人だと思います。今からでも。


関連My Blog
【音楽】麻倉未稀 伝説の『ヒーロー』語られざるあの歌も/80年代シティ派女性シンガー達②
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/80-d7e8.html

2011年7月14日 (木)

【写真展】蜷川実花「月刊MEN 向井理」展/あの人気女性写真家が、あのイケメン俳優を撮った作品展が銀座で開催

蜷川実花「月刊MEN 向井理」展
7月22日(金)-9月4日(日) 銀座 BLD GALLERY

銀座展は終了しました。
9月15日(木)-10月10日(月)に札幌パルコで開催されます。



先日、品川のキヤノンギャラリー Sで開かれていた
「蜷川実花写真展 MIKA NINAGAWA」をこのブログでも紹介しました。

蜷川さんの写真は色彩が大変素晴らしく、魅力的でした。
ただ、この展覧会自体は入場無料で、大規模というわけでもなく、
ごくあっさり紹介しただけでした。

にも関わらず、このページは私のブログとしてはとび抜けてアクセス数が多かったです。
改めて蜷川さんの人気に感心しました。
ファンの人はどんな層が多いのか? 気になるところでもあります。

Mukairi_001

その蜷川実花さんが、俳優の向井理さんを撮った写真展が、
7月22日から9月4日まで、東京銀座のBLD GALLERYで開催されます。

蜷川さんというと、私は鮮やかな花や風景の印象が強いのですが、
人物ポートレートでは、女性を被写体とした写真のイメージがあるように思います。
ですので、この取り合わせはちょっと異色に感じました。

といっても、この写真展の為の組み合わせというわけではなく、
4月に発行されたDVD付き写真集『月刊MEN 向井理』で実現したコラボなのです。
(上の画像はその表紙です)
今回の展覧会では写真集未掲載の作品150点が展示されるとのことです。

既に5月から6月にかけて名古屋のパルコギャラリーで開催されており、
今回はそれに次いで東京会場での開催ということになります。

向井理さんは昨年出演したNHKの連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で知名度を上げ、
ファン層を広げました。
今年は同じNHKの大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』に江戸幕府二代将軍徳川秀忠役で出演、
偉大なる父家康にいちいち抗う、意表を突いたキャラクター設定が話題を呼んでいます。
といっても、本格的にドラマの中心人物になるのはまだこれからのお楽しみですが。

まぁドラマのことはおいといて、今回の写真展ですが、
撮影には1年をかけ、北海道から向井さんの第ニの故郷であるカンボジアまでロケをし、
四季折々の光景を折り込んで撮影されているとのことです。
向井さんのファンならずとも興味深いですね。

展覧会公式サイト
http://www.bld-gallery.jp/exhibition/110722ninagawamika.html

my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月12日 (火)

【食・酒】肴酒房 心月/高田馬場、神田川近くの穴場で味わう魚と、北海道三石のこんぶ焼酎

高田馬場駅から目白側へ向かい、神田川を越えてすぐの路地沿いに、
馬場の穴場、隠れ家「肴酒房 心月」はあります。
今日は地元のお店の紹介です。

ここは以前は炭火焼BAR マーベルというお店で、その頃からよく知っていたのですが、
「肴酒房 心月」となってもう4年になります。
北海道出身の板長店主が作る料理が魅力、特に旬の刺身はCP高いです。

今日いただいた魚はシメ鯖。
これは前にも食べたことがあるけれど、なかなか美味いのです。

2011712045

おすすめの酒はこれ。2011712048
こんぶ焼酎とは珍しい!
2011712054店主の故郷、北海道三石のこんぶ焼酎。
香りがいいです、お気に入り。マイボトルkeep

もちろん、料理は和食中心ですが、洋風っぽいのもあります。
2011712053
豚ロースの味噌漬け焼き。
なかなかのボリューム。そんなにくどくないです。

2011712047これは受ける。元ネタ知らなくても笑えます。

2011712049なぜこれが?

2011712059

肴酒房 心月
http://g.pia.co.jp/shop/913256
公式ブログ
http://ameblo.jp/shingetsu0822

my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月11日 (月)

【ダンスイベント】東京都ダンススポーツ連盟 35周年祝賀式/スタンダード&ラテンのショーを紹介

昨日7月10日、京王プラザホテル コンコードボールルームで開催された、
東京都ダンススポーツ連盟 35周年祝賀式に出席しました。

ここでいう「ダンススポーツ」とは、
いわゆる「社交ダンス」「ボールルームダンス」と
ダンスの種目としては基本的に同じです。

取り組み方の違いもあり、アマチュア系の組織では「ダンススポーツ」と呼称します。

若いトップダンサー2組によるショーの様子を写真で紹介します。
なかなかすばらしかったです。


ラテンアメリカン
廣島悠仁 原田彩華組

共に10代半ばのフレッシュなペアです。

Tdsf35224
Tdsf35196_2
Tdsf35255
Tdsf35147
Tdsf35230
Tdsf35252
Tdsf35231
Tdsf35260


スタンダード
貫名強 柴原まりこ

昨年、中国広州で行われたアジア大会の銅メダル獲得ペア。

Tdsf35160
Tdsf35242
Tdsf35142
Tdsf35180
Tdsf35204
Tdsf35145
Tdsf35286

東京都ダンススポーツ連盟公式サイト
http://www13.ocn.ne.jp/~tdsf/

2011年7月10日 (日)

【美術】7/9『美の巨人たち』は山下清『長岡の花火』② 貼り絵美術/精緻さ、創意工夫、色彩センス、記憶力に感服

明日7月9日放送分のテレビ東京系『美の巨人たち』の「今週の1枚」は、
山下清『長岡の花火』でした。

Nagaoka_hanabi

といっても、『長岡の花火』を突き詰めるのではなく、
山下清の生涯を追って、その実像を紹介するといった印象でした。

山下清(やました きよし  1922年3月10日-1971年7月12日)
前回の日記ではもっぱらテレビ『裸の大将放浪記』のことを紹介しました。
今回、番組で紹介された山下清の実像はドラマのイメージと比べてどうなのか、
人によって感じ方は違うでしょう。

今回も紹介されましたが、山下清は制作光景などを記録した貴重な映像が結構残っています。
そこから得られる印象としては、なんといってもドラマはフィクションですし、違うといえば違いますね。
私は随分前にそれらの映像も含めたドキュメンタリーを観た記憶があるので、
元々、清本人ついてのイメージが若干あり、今更違和感は覚えませんでしたが。

それは別にしても、大きくは違わないようにも思いますが、
強いていえば本人の映像から、ドラマのようなおどおどした印象は受けませんね。
もっと超然とした雰囲気があります、。
もっとも、放浪中の映像は残っていないのだから、やはりよくはわからないのですが。

そんな中で明らかにテレビドラマと実際では違う点がありましたね。
ドラマの清は行く先々で創作を行いますが、実際の清は放浪中は制作を行わず、
主に住処である八幡学園に戻ってから、記憶を頼りに制作を行っていたというところです。
長岡で創作をしていないのだから、『長岡の花火』だけに絞っても、
番組作りの面では膨らまし難かったのでしょう。

さて、今更ながら『長岡の花火』も勿論のこと、
山下清芸術の白眉は貼り絵です。

その驚くべき精緻さ、色彩センス、凡人には想像も付かない創意工夫力、
そして創作を支える記憶力、これはもう本当に天才としか言い様がありません。
集中して努力することが出来るという意味での天才なのかも知れません。
改めて感服しました。

だいぶ前のことですが、貼り絵は退色による劣化が避けられない。
そのことが、あれだけの知名度がありながら、画家・芸術家としての山下清の
評価が高まらない理由になっているといった論調の話を聞いた記憶があります。
残念に思っていました。

今回の番組では『長岡の花火』の修復についても紹介されました。
困難な仕事が無事終了し、制作当時の色彩が甦ったとのこと。
嬉しいニュースでした。

『美の巨人たち』関連My Blog一覧
ラファエロ『アテネの学堂』
モネ『日傘の女』
アングル『グランド・オダリスク』
ダヴィッド『皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』

ファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画』
ティツィアーノ『聖愛と俗愛(聖なる愛と俗なる愛)』



my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月 9日 (土)

【訃報】上智大学国文学科教授 松岡洸司先生死去

恩師である上智大学文学部国文学科教授、松岡洸司先生がご病気のため7月4日に亡くなりました。
69歳でした。
7月7日に通夜、8日に告別式が四谷の聖イグナチオ教会で行われ、私は通夜に参列しました。

M30360031_3

松岡先生は上智大学教授として長年教鞭を取り、また学院の要職を歴任された、
公人とお呼びしてよい方かと思いますので、お人柄や葬儀の様子などをここで紹介させていただきます


先生は国語学の中世キリシタン語学がご専門でした。
私は国語学専攻ではありませんで、それで何故恩師かといえば、
上智にはクラス担任のような制度があり、松岡先生には3~4年次にご担任いただいたからです。


*先生の写真は2005年に開催された国文学科84クラスのクラス会の際のものです。
 残念ながら良い写真が手元にありません。見つけたらまたアップします。


上智大学はキリスト教カトリックのイエズス会が運営母体です。
松岡先生はイエズス会の神父でした。
学内に住まわれ、教育者として学生の指導の傍ら、学院の運営に関わられてきました。
国文学科長、学生部長、キリスト教文化・東洋宗教研究所長などの要職を務められました。


また、若い頃は学内にある学生寮の舎監長として学生と寝食を共にするなど、
常に学生の身近にいらした方です。
“神父様”というとお堅く、近寄り難いメージがあると思いますが、
先生は本当に気さくで、学生と一緒にお酒を飲むのが大好きな方でした。


M30360021_2

私は卒業後、特に親しくお付き合いさせていただいていたわけでありませんが、
2001年に還暦のお祝いに出席させていただき、
2005年には、先生をお招きしてのクラス会に副幹事として関わらせていただきました。

M30360026_3

Mmk30360006


晩年は闘病生活をされていましたが、
電動車椅子を操作して教壇にのぼり続けられていたと聞いています。
2009年暮れに国文学科の創立50周年記念式典が盛大に開催されましたが、
残念ながら先生のご出席はかないませんでした。ご無念だったと思います。


通夜は7月7日、四谷の上智大学に隣接するカトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)
で行われ、先生のお人柄を偲んで多くの方が参列されました。
教会堂内は撮影不可、外は夕闇深く、良い写真はありませんが、
雰囲気だけお伝えできればと思います。

Mdsc07458_2 

Mdsc07461_2

Mdsc07462


御経歴
松岡洸司 (まつおか こうじ アンジのフランシスコ 松岡洸司 S.J)
1941年7月19日   福岡に生まれる
1977年4月-現在  上智大学で教える
1978年-1980年   上智大学学生寮舎監長
1992年-1997年   上智大学東洋宗教研究所長
1996年-2000年   上智大学学生部長
1997年-2005年   上智大学キリスト教文化・東洋宗教研究所長
2002年-2007年   上智大学大学院文学研究科国文学専攻主任
2011年7月4日    帰天


上智大学ソフィア会サイトの訃報記事
http://www.sophiakai.gr.jp/news/news/2011/2011070401.html


東京新聞Webの訃報記事
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/obituaries/CK2011070502000087.html

2011年7月 8日 (金)

【美術】山下清のドラマ『裸の大将放浪記』芦屋雁之助版超入門/寅さん(『男はつらいよ』)+『水戸黄門』!?

テレビ東京系『美の巨人たち』

来週の放送で大好きなラファエロ・サンツィオの『アテネの学堂』がテーマになるので、

先走って書いてしまいましたが、明日9日放送分の「今週の1枚」は、

山下清『長岡の花火』です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110709/index.html

山下清は日本人画家として一~ニを争う有名人でしょうが、

作品について論じられることは少ないかと思います。

今回は貴重な機会かも知れません。

Hadakano_001

さて、山下清がなぜ有名かといえば、

1980年代から1990年代にかけて放映された、芦屋雁之助さんが清役を演じた人気テレビシリーズ

『裸の大将放浪記』の影響が大きいでしょう。

近年はドランクドラゴンの塚地武雄さんが演じていますね。

作品論は番組を観てからにして、まずはこのテレビシリーズについてです
*放送は終了しました。視聴後の感想はこちら

『裸の大将放浪記』芦屋雁之助主演 1980年-1997

このドラマは1980年、関西テレビ(フジテレビ)系『花王名人劇場』の枠内で放映が開始されます。

『花王名人劇場』は、やすし・きよし、セント・ルイス、B&Bが共演した伝説的な「激突!漫才新幹線」で
1980年代前半の漫才ブームを巻き起こした番組として知られます。
公開録画の演芸物が中心でしたが、ドラマも放送されました。
『裸の大将』はその先駆けといえると思われます。

この当時、雁之助は既に49歳。これは山下清の没年齢と同じです。

新シリーズの主演としては年齢が高過ぎてそぐわないように思えたので、

私は雁之助はこれ以前に舞台なり映画なりで、清を演じたことがあるのかと思っていました。

しかし、ざっと調べたところではその記録は見つかりません。

映画は1本ありますが、これは1981年、テレビシリーズ開始後の作品です。

この映画は独立系の現代ぷろだくしょんの制作で、テレビとはテイストが違うようです。
Hadakano_002

※追記 このページの執筆時の調査ではわかりませんでしたが、
雁之助は1964年に藤本義一脚本による舞台『裸の大将放浪記』で、清を演じたようです。


他の俳優による作品では、小林桂樹が清を演じた1958年の東宝映画『裸の大将』があります。

この映画は清の存命中の制作で、小林は清に直接取材しているそうです。

当時、清36歳、小林35歳、同世代ですね。

『裸の大将放浪記』の魅力

芦屋雁之助版に話を戻します。

ドラマといっても、演芸番組のイメージの強い枠での放送であり、気軽に楽しめるものでした。

清が全国各地を旅して名所名物にふれ、様々な人々に出会い、マドンナ的な女性も登場する、

そして、風来坊に思えた清が実は大画伯であった、と知ってみんなびっくり!

つまり、寅さん(『男はつらいよ』)+『水戸黄門』ですね。

もっとも光圀とは違い、清の場合は心ならずも正体がばれてしまうのですが。

いずれにしろ、国民的二大人気シリーズの融合、日本人に受けるのも当然でした。

しかし、19837月にシリーズは清の死をもって一旦完結します。

これは雁之助自身が、やはり年齢の問題を理由に終了を希望したものです。

当時の印象としては、勿体ないけど仕方ないかな、といったところでした。

その後、雁之助は『名人劇場』の枠で新ドラマをスタートさせますが、

大きな人気は得られず、また視聴者からのリクエストにもおされ198410月に復活、

1997年まで長く続きました。

主題歌はダ・カーポが歌う『野に咲く花のように』

作曲は小林亜星。素直でなんともやさしく、美しい名曲でした。




my mixi

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月 7日 (木)

【ビール 祭り】日本版オクトーバーフェスト2011/長崎9/16-25/佐世保9/30-10/10開催(日比谷、代々木、芝、豊洲終了)

Okut_001
好評の日本版オクトーバーフェスト2011。
東京での開催は日比谷、代々木、芝、豊洲とすべて終了しました。

この後は長崎に飛んで以下のように開催されます。
ながさきオクトーバーフェスト~食の祭典~

☆夢彩都横おくんち広場 9月16日(金)-25日(日)
☆させぼ駅みなと口広場 9月30日(金)-10月10日(月)

ながさきオクトーバーフェスト公式サイト

http://www.nagasaki-tabinet.com/eat/syokuking/beer/
オクトーバーフェスト2011日本公式サイト
http://www.oktober-fest.jp
*このイベントは終了しました。

また、この主催団体の系統以外にも、この秋各地でオクトーバーフェストが開催されます。
その中から、日比谷公園横浜赤レンガ倉庫のイベントをこちらで紹介しています。

201194006_29月11日閉幕した豊洲会場。
海に面した、ビールには最高の環境でした。レポートはこちら


以下、オクトーバーフェストの基礎知識と、今までの開催レポートです。 

Dsc06520_2

大盛況のうちに終了した日比谷オクトーバーフェスト 2011520-29日)
このブログでも紹介しました。



Dsc07966_2
盛況のうちに第二弾となる代々木公園会場も(721-25)も終了しました。
代々木会場のレポートはこちら

そして、第三弾の芝公園会場は8月18()-28()に開催されました。

5月の日比谷会場の後の予定については、公式サイトでも会場だけは告知されていましたが、
具体的な
日程の公表はかなり遅くなりました。
震災の影響、停電の問題等もあったのかも知れません。


ところで、オクトーバーフェストとは何?

なぜ10月の開催ではないのにオクトーバー?

知らない人はみな疑問に思うでしょう。
日比谷会場レポートの記述とも少しダブりますが、本家のオクトーバーフェストとその日本版、簡単に紹介します。



オクトーバーフェスト(Oktoberfest

オクトーバーフェストとは、ドイツのミュンヘンで毎年9月から10月にかけて

開催されるビールのお祭りです。

第一回の開催が1810年ですので、200年以上の歴史があります。
600
万人以上の入場者があり、世界最大級の祭りとされます。

今年2011年は917-103日に開催予定です。

日本では「ビール祭り」との呼び方もされてきましたが、

いずれにしろ、誰もが知っているというほど有名ではないですね。

このフェストを模したイベントが世界各国で開催されています。
その日本版が、日比谷を皮切りに各地で開催されるのです

月は違って10月でなくても、イベント名はそのままいただいたのですね。

実は本家ドイツも、今年の日程をみてもわかる通り、
実際の開催期間は10月は少し引っ掛かるだけで、9月の方が長いのです。
最初は10月に行われていたようですが、やはり気候の問題もあって早まったようです。

Of2011_011 Of2011_012 Of2011_013   

日本版オクトーバーフェスト2011
今年は日独交流150年記念イベントとして、

ドイツ大使館、ドイツ観光局等の協賛で運営されています。
“公式なオクトーバーフェスト”といえるのでしょう。

だから、日本版だからといって日本のビールも飲めるのではなく、
ドイツビールを初めとしたドイツの飲み物、食品のフェアです。

ドイツワイン、またドイツのコーヒーや紅茶も楽しめます。
ただ飲む、食べるだけではなく、会場にはステージも設置され、ライブなども行われます。

ドイツの料理というと…(日比谷フェストのメニューより)

Of2011_001
ソーセージ

Of2011_004
アイスバイン

Of2011_002
ジャーマンポテト

Of2011_003
ザワークラフト

どれもビールに合いそうなイメージですね。
このようにドイツの食文化とビールを初めとした飲む文化に親しむイベントです。

考えてみると、
日本には世界各国の料理店が揃っていますが、
国としての付き合いは長く深いのに、ドイツ料理の店はあまり多くはないですね。
ビアホールなどではドイツ風の料理を出す場合もありますが、
ビールは日本製のものが中心だったりします。

飲・食ともドイツ文化に浸るのは、貴重な機会かも知れません。

最初にお金を預けてをグラスを借り、そのグラスで色々ビールを飲み、

最後にグラスを返して返金してもらうシステムのようです。

詳しくは公式サイトを参照してください。

なるほど、紙コップでは雰囲気が出ないし、

かといって、屋外大人数のイベントではグラスの紛失も多くなるでしょう。

だから、お金を預かって、グラスを貸し出すようにしたのでしょうね。
*長崎会場は東京会場と比べてメニューの幅が広いようです。詳しくは公式サイトをご覧ください。



日比谷オクトーバーフェスト 2011(終了)レポート

2011年5月20日-29日  日比谷公園にて開催
日本では、そもそも本家ミュンヘン版がそんなに知名度があるとも思っていなかったので、

それほどの客入りでもないかと思っていたのですが、大変な盛況でした。

Dsc06525
この写真のように、日比谷公園の名物である噴水を囲むように会場が作られているのですが、

その外にも人が溢れ出していました。

Dsc06515
Dsc06529
Dsc06527
日比谷フェストが開催された5月はほどよい気候だったり、少し寒かったりでした。
7月、8月は真夏の陽気の中での開催ですね。
ビールには最高ですが、体には注意しましょう。


my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月 6日 (水)

【音楽】フレンチポップス超入門/三人娘(?) シルヴィ・ヴァルタン、フランス・ギャル、フランソワーズ・アルディの代表曲を聴く

先日、フランスの歌手フランソワーズ・アルディの『さよならを教えて』についてこのブログに書きました。
この歌が好きなだけで、フレンチポップスについてはまったく素人なのですが、
せっかくですので、基礎中の基礎、フレンチポップス3人娘とその代表曲を紹介します。


シルヴィ・ヴァルタン (Sylvie Vartan, 1944年-)

Sylvie_vartan_002_2 


フランス・ギャル(France Gall 1947年-)
追記:フランス・ギャルさんは2018年1月7日に死去しました。
France_gall_002


フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy 1944年-)

Franoise_hardy_001


この3人でフレンチポップ3人娘とは私の勝手な人選です。


ネット上で見ると、ヴァルタンとギャルは間違いないようですが、
三人目は意見が分かれるようです。

ここは三番目が誰かについて正しい人選を突き詰めるではなく、
多くの人が聴き憶えがあるであろう名曲を、改めて紹介するという意味で、
一応、この三歌手を三人娘とさせていただきます。

日本人は三人娘とか御三家とか、アイドルのトップスリーを決めるのが好きですよね。
まさに彼女らと同時代の1960年代半ば、日本の男性アイドルの元祖「御三家」といえば、
橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦で間違いないと思うでしょうが、
実は橋幸夫を外して三田明を入れる場合もあります。見方は人によって分かれるものです。

さて、日本の古典アイドルの話はおいといて、フランスの三人娘です。
彼女達はいずれも1960年代前半に10代でデビュー、世界的な人気者となりました。
上に並べた順番とは異なりますが、おそらく日本で一番知られていると思われるこの曲から紹介します。


フランス・ギャル
Fp_002


『夢見るシャンソン人形(Poupée de cire, poupée de son)』(1965年)



この曲は世代を越えて耳に馴染みのある方が多いと思います。
最近も、サントリーウーロン茶プレミアムクリアのCMソングになっています。
ポップな名曲です。
日本では弘田三枝子、中尾ミエが発売年にカヴァーした他、
アルバムを含めれば多くの歌手が歌っています。
「わたしは夢見るシャンソン人形ぉ~」
この日本語詞もよく知られているでしょう。

しかしフランス・ギャルとは覚え易い名前です。
1960年代は「ギャル」という言葉は日本では一般的ではなかったと思いますが。


シルヴィ・ヴァルタン
Fp_001



『アイドルを探せ(La plus belle pour aller danser) 』(1964年)

キュートな容姿と歌声で世界的アイドルに、
また若者達のファッションリーダーとなったヴァルタンの代表曲。
このメロディーも聞き覚えのある方が多いでしょう。

ところで『ウルトラマン』シリーズの超有名宇宙人「バルタン星人」の名は、
世界的に人気のあったシルヴィ(当時の一般的な表記はシルビー・バルタン)から
いただいたという説がありました。
:この説は結構信じられていたのですが、バルタン星人が初登場した
『ウルトラマン』第2話「侵略者を撃て」(1966年7月放映)において、監督・脚本を務めた飯島敏宏氏より、
ロシア民謡「バルカンの星の下に」が命名の由来であることが明言されました。
ですので、シルヴィ説は一応否定されています


フランソワーズ・アルディ
Fp_003


『さよならを教えて(Comment te dire adieu)』(1968年)




この歌については前回散々賛辞した通りですが、
今回紹介した他の2曲に比べるとかなりシックですね。
アルディ自身の印象も大人っぽく、アンニュイな雰囲気に溢れています。

Old Fashioned Club  月野景史

2011年7月 5日 (火)

【美術】7月16日放送『美の巨人たち』のテーマはラファエロ『アテネの学堂』/ルネサンス屈指の大作をどう解くか

来年の話をすると鬼が笑うといいますが、
来週…というか、次々回のテレビ番組の話をすると誰に笑われるのでしょう。

7月16日放送予定のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマ作品(「今週の1枚」)はこの絵です。
*放送は終了しました。こちらに視聴後の感想などUPしています。

Raffael_001_2ラファエロ・サンツィオ 『アテネの学堂』(1509-1510年)
ルネサンス最大の画家ラファエロのあの大作がテーマとなります。

「アテネ」といっても、この絵がギリシャのアテネにあるわけではありません。
ローマのヴァチカン宮殿の「署名の間」に描かれた壁画です。
「署名の間」は四面ともラファエロによる壁画で占められています。
『アテネの学堂』はラファエロの描いた壁画の中でもおそらく最も有名なものでしょう。

哲学をテーマとしており、プラトンとアリストテレスを中心に、古代ギリシャの哲学者、学者ら賢者達を描いた絵です。
舞台となっているのがアテネなのですね。
神殿を思わせる学堂が、議論し、あるいは思索する古代の賢者達に埋め尽くされた壮大な作品です。

しかも、賢人達のモデルとしてレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ・ブオナローティら、
ラファエロと同時代のルネサンスの芸術家達が登場しています。
実に興味深く、注目されるのも当然な絵です。

ただ、そもそもどの賢者を描いたものなのか、
またそのモデルとなったルネサンス人は誰なのか、
見解が分かれる面もあります。

番組ではどのような解釈が披露されるか、注目です。

『美の巨人たち』関連My Blog一覧
モネ『日傘の女』
アングル『グランド・オダリスク』
ダヴィッド『皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』

ファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画』
ティツィアーノ『聖愛と俗愛(聖なる愛と俗なる愛)』

m
y mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

2011年7月 4日 (月)

【美術展】「美を結ぶ。美をひらく。」II 不滅のシンボル 鳳凰と獅子|サントリー美術館/芸術となった伝説の聖獣達

開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」 II 不滅のシンボル 鳳凰と獅子
2011年6月8日(水)-7月24日(日)
六本木 東京ミッドタウン サントリー美術館  この展覧会は終了しました
Houou_001
六本木の東京ミッドタウンにあるサントリー美術館で、
『開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」 II 不滅のシンボル 鳳凰と獅子』
が7月24日まで開催中です。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/11vol03/index.html

中国から伝来した架空の動物、鳳凰と獅子、
この二聖獣を題材とした芸術や工芸作品を通じて、
古代から近現代まで、そのイメージの変遷を辿る展覧会です。

鳳凰
優れた天子が世に現れる兆しとして、古代中国で生み出された空想の鳥、瑞獣。
手塚治虫の『火の鳥』はまさにこの鳳凰のイメージであり、
しはしば西洋のフェニックス(不死鳥)とも同一視されます。

獅子
モデルは百獣の王ライオンであり、ライオンそのものを指す名称でもありますが、
半ば空想の聖獣、唐獅子として威厳や強さを象徴するイメージを持って、
日本に伝わりました。

古くは古墳時代の出土物から、近代の実在動物としてのライオンが取り入れられた姿まで、
グローバルに鑑賞できる催しです。


サントリー美術館
1961年、千代田区丸の内のパレスビル内にを開館。1975年には赤坂見附に移転、
2007年に現在の東京ミッドタウンに移転オープン。201171009
美術館併設のカフェ(プロデュース:加賀麩 不室屋)にて201171002展覧会記念メニュー「豆乳アイスと棒茶ジュレ」


六本木 東京ミッドタウン
六本木といわれますが、東京ミッドタウンは住所でいうと港区赤坂にあります。201171054
美術館があるのはこのガレリアという棟。201171049
裏手に広がるミッドタウン・ガーデン201171032
201171060
同館では8月10日より、
『開館50周年記念「美を結ぶ。美をひらく。」 III コーニング・ガラス美術館特別出品 
あこがれのヴェネチアン・グラス ―時を超え、海を越えて』
を開催予定。これも楽しみです。


my mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=25686164

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

フォト
2024年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ