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2011年6月

2011年6月26日 (日)

【音楽】フランソワーズ・アルディ『さよならを教えて(Comment te dire adieu)』/フレンチポップス~世界で一番美しい歌

フランソワーズ・アルディの『さよならを教えて(Comment te dire adieu)』(1968年)
いわゆるフレンチポップスの名曲です。
世界で一番美しい歌、とはさすがに大げさですが、思わずそう書いてしまいました。
とにかく、この歌が好きなのです。

フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)
Franoise_hardy_001

1944年生まれ。1962年デビュー。
シルヴィ・ヴァルタン、フランス・ギャルらと共にフレンチポップの人気を担った一人です。
一度引退しましたが復帰しています。

『さよならを教えて(Comment te dire adieu)』(1968年)

アンニュイとはこんな曲をことを指すのではないでしょうか。
けだるく、だけどたまらなく美しい歌です。
そしてまた、彼女の美しいこと。魅力的なこと。
語り風の部分も良い。
ネット上で他の歌手のカバーも聴けますが、これは彼女でなければならないと思います。


この歌は浅野ゆう子さん主演のトレンディドラマ『恋のパラダイス』(1990年)の挿入歌でした。

『恋のパラダイス』(1990年)
バブルの絶頂期…というか、はじけた年。
浅野ゆう子、陣内孝則、本木雅弘、石田純一、鈴木保奈美、菊池桃子、
これぞトレンディという美しくかっこいい俳優達が揃ったおしゃれなドラマ・・・ともちょっと違う、
初期の『君の瞳をタイホする!』『抱きしめたい!』(共に1988年)のパワフルさ、
明るく、軽くてテンポのよいノリは影をひそめ、
少し重たく、けだるさを感じさせるようになったドラマに、この曲がよく合いました。

Francoise_hardy_003
モノクロの写真もいい

荒井由実(松任谷由実)の『私のフランソワーズ』という歌は、
このフランソワーズ・アルディのことを歌っているそうです。
多くの歌手に影響を与え、憧れの対象であったアルディの名曲を、
フレンチ・ポップス入門編として是非聴いてみてください。

Instrumental version



関連My Blog
【音楽】フレンチポップス超入門/三人娘(?) シルヴィ・ヴァルタン、フランス・ギャル、フランソワーズ・アルディの代表曲を聴


Old Fashioned Club  月野景史

2011年6月25日 (土)

【訃報】刑事コロンボのピーター・フォークが死去/他の代表作は? フォークがあのケンケンのモデルとは本当?

『刑事コロンボ』のコロンボ警部役で知られるピーター・フォーク(Peter Michael Falk)が死去しました。
1927年9月16日 - 2011年6月23日 83歳。

Columbo_001

『刑事コロンボ』
アメリカの名作テレビ刑事ドラマシリーズ。
あまりに有名なこの作品については説明するまでもないでしょう。、
といっても、その全貌の概略を知っている人がそう多いとも思えないので、
そのうち超入門編でも書きたいと思います。

ピーター・フォークが初めてコロンボを演じたのは1967年、40歳の時。
これは単発ドラマです。
その後、1本のパイロット版を経てシリーズ化されるのが1971年。
これはNBCミステリー・ムービー(NBC (Sunday) Mystery Movie)というシリーズの枠内で、
1971年から1978年まで半年間月1本、だいたい年7本ほど制作されました。
(最後シーズンの1977-78は「ミステリー・ムービー」は終了しており、『コロンボ』単独放映。)
制作はユニバーサル映画。このペースですから、クオリティが高いわけです。
同じ枠内ではこれも日本でも人気のあった『警部マクロード』がありました。

その後、コロンボは1989年に米ABC放送にて復活、2003年まで続きました。
(日本ではABC版は『新刑事コロンボ』として放送されました。)

この『刑事コロンボ』のNHKでの放送開始が1972年。
名優小池朝雄氏の吹き替えも好評で、大きな人気を得ました。
当時、フォークは既に45歳。それまでは日本でそれほど知られた俳優ではなかったでしょう。


ピーター・フォークは舞台俳優出身。やがて映画やテレビの映像分野にも進出。
1960年の『殺人会社』、1961年の『ポケット一杯の幸福』で
2年連続でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、注目を集めました。
豪華な顔ぶれと共演したコメディ『おかしなおかしなおかしな世界』(1963年)を経て、
1965年に出演した喜劇大作『グレートレース』が、コロンボ以前の日本でも知られる映画の代表作でしょうか。


『グレートレース』(1965年)
トニー・カーティス、ジャック・レモン、ナタリー・ウッドの三大スター主演。
監督はピンク・パンサーシリーズ第一作『ピンクの豹』(1963年)を大ヒットさせたブレイク・エドワーズ。
サイレント映画時代に始まるアメリカの喜劇映画黄金時代の世界をカラーフィルムで
再現したかのようなこのコメディ大作において、
フォークは三大スターに次ぐポジションで、三大スターに負けない快演を残しています。

先日、ハンナ・バーベラ社のTVアニメ『シンドバッドの冒険』について書きましたが、
ハンナ・バーベラの人気キャラクター“ケンケン”のモデルは、
『グレートレース』でフォークが演じたマックスというキャラクターだといわれます。
「ピーター・フォークがケンケンのモデル」とまで言い切ってしまうと語弊があるでしょうが、
『グレートレース』でジャック・レモンが演じたフェイト教授と、その助手マックス(フォーク)のコンビが、
『チキチキマシン猛レース』のブラック魔王&ケンケンのコンビのモデルであることはほぼ間違いないでしょう。

Columbo_003
フェイト教授(レモン 右)とマックス(フォーク)
このコンビは自動車レースを舞台に、正攻法で勝つよりもまず、
悪略を持って競争相手を陥れようとします。でも結局が自分がひどい目に合ってしまう。
ブラック魔王&ケンケンとそのままでしょう。

後年、ハンナ・バーベラはケンケンとほぼ同じ犬のキャラクターを使って、
コロンボそっくりの刑事を演じさせたアニメを作りました。
これは日本では『スーパー刑事ボロンゴ』のタイトルで放映されました。


さて、コロンボで大人気を経ていた当時のフォークの出演作で、日本でも大きな話題になった映画にこの作品があります。

『名探偵登場』(1976年)
豪華スター競演による古今のミステリ作品のパロディ。
当時の日本ではコロンボのフォークと、
ピンク・パンサーシリーズのクルーゾー警部役のピーター・セラーズ、
超人気二大警部、しかも同じピーターの名を持つ二人の共演で話題になりました。
脚本ニール・サイモン、監督ロバート・ムーア。

Columbo_002
『名探偵登場』のDVDジャケット。
これはアメリカ版も同じデザインです。堂々たる単独主演という趣きです。

この作品はフォークとセラーズの他にも、
デヴィッド・ニーヴン、アレック・ギネス、マギー・スミス、エルザ・ランチェスターら
フォークよりも格上の豪華俳優が競演しており、
内容でもフォークは立派な主役格の一人ではありますが、単独主演というわけではありません。
にも関わらず、このジャケットでの扱いを見ると、フォークのアメリカでの高い評価がうかがえます。

この映画でフォークが演じたサム・ダイヤモンドというキャラクターは、
ダシール・ハメットが創造した私立探偵サム・スベードのパロデイ。
短気で、すぐに拳銃をぶっ放す、ハードボイルドの世界を体現したかのような、コロンボとは正反対のキャラです。

この映画の続編ではないのですが、同じ脚本・監督によりスピンオフ作品的な位置づけで作られたのが、
『名探偵再登場』(The Cheap Detective 1978年)
こちらはフォーク演じるハードボイルド探偵が単独主演です。
(役名はサム・ダイヤモンドではなくルー・ペキンポー)


そして、『コロンボ』NBC版終了(1978年)後の作品では、
女子プロレスラーコンビのマネージャー役を演じた、
『カリフォルニア・ドールズ』(1981年)などが知られます。

California_dolls


コロンボは永遠不滅、最高!
でも、コロンボとは違うピーター・フォークも体験していただきたいです。

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2011年6月23日 (木)

【美術】6月25日放送『美の巨人たち』はモネ『日傘の女』/ワシントン・ナショナル・ギャラリー展来日中の絵との関係は?

★放送は終了しました。下に視聴後の感想を記しています。

今週土曜日、625日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』のテーマは

美女シリーズ第4弾 クロード・モネ『日傘の女』です。

『日傘の女』といえば、東京六本木の国立新美術館で開催中の
『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』
モネの
『日傘の女性、モネ夫人と息子』という作品が展示されています。
(この展覧会の紹介はこちら

Monet_011

クロード・モネ 『日傘の女性、モネ夫人と息子』(1875
モネが自らの妻のカミーユと息子ジャンを描いた作品です。


しかし、
番組公式サイトに掲載されているのは、来日中のこの絵とは別のものです。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/bijo/index.html


Monet_003
『日傘の女 右向き』
この絵のようですね。
1886年、来日中の絵から11年後の制作です。

実はモネは日傘をさした女性を描いた、よく知られている絵を3点描いています。

予告編には公式サイトに載っている絵、
来日中の『日傘の女性、モネ夫人と息子』を含む3点がすべて映っていたと思います。

もう1点はこの絵です。

Monet_004
『日傘の女 左向き』
この絵も1886年に描かれています。

つまり、来日中の妻と息子を描いた絵は1875年に、
よく似た構図だけど、女性だけを描いた2点の絵は11年後の1886年に制作されたのですね。

実は、最初の絵のモデルとなった妻カミーユは1879年に亡くなっています…。

さて、いつもユニークな視点で名画にせまる『美の巨人たち』

今回はどんな切り口で魅せてくれるでしょうか。


追記:視聴後の感想

3点のうち、最初に登場したのは描かれた順番通りで、
来日中の『日傘の女性、モネ夫人と息子』でした。

しかし、現在日本で展示されていることにまったくふれませんでしたね。
ワシントン・ナショナル・ギャラリー展の主催が日本テレビだからでしょうか。

絵のタイトルも違って『散歩、日傘をさす女』となっていました。
これは、こちらの名の方が一般的かも知れないのですが、

別の絵かと勘違いしてしまいそうですね。

この絵のモデルであった妻カミーユは1879年に亡くなります。
それより少し前、モネのパトロンであったエルネスト・ オシュデの破産に伴い、
モネはオシュデ夫人のアリスとその子ども達を引き取ります。
ほどなくしてカミーユが亡くなるのです。
そしてモネとアリスは実質上の夫婦となっていきます。
(正式な再婚はもっと後。)



そして、数年後描かれた2点の『日傘の女』について。
番組では、この2点のについては、
亡くなった妻カミーユをイメージして描いたものとしていました。

一般的にはこの2点のモデルはアリスの娘(三女)シュザンヌであるとされています。
番組でも実際のモデルは別にいると匂わせているので、シュザンヌがモデルであることを否定してはいません。

後年の2点の顔がはっきりと描かれてないのは、カミーユへの想いからという見方もありますし、
人物をより風景に溶け込ませいるための手法という考え方もされます。
カミーユを描いたものとまで断言できるかは難しいところです。

モデルとなった当時18歳のシュザンヌが可哀そうにも思えますしね。

そのような問題は別としても、この3点は良いですね。
一番好きなのは最初の『日傘の女性、モネ夫人と息子』です。
多くのモネの作品の中で、人物が描かれているものは多くはないのですが、
私はこの絵、また来日中の『ヴェトゥイユの画家の庭』などが好みです。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110625/index.html

『美の巨人たち』関連My Blog一覧
ラファエロ『アテネの学堂』

アングル『グランド・オダリスク』
ダヴィッド『皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』

ファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画』
ティツィアーノ『聖愛と俗愛(聖なる愛と俗なる愛)』



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2011年6月22日 (水)

【漫画】『ドラえもん』のび太のおばあちゃん三部作/感動の名編「おばあちゃんのおもいで」がリメイク

Dora_ten_004_2
実は『ドラえもん』のファン歴も結構長いです。
どちらかといえば原作ファンで、アニメには詳しくはないですが。

その『ドラえもん』の中でも名作として人気の高い「おばあちゃんのおもいで」がリメイクされ、
今週金曜6月24日に放送されるとのことです。 *放映は終了しました。

あの感動の名作、ドラえもん『おばあちゃんのおもいで』が2011年によみがえる...!
http://woman.excite.co.jp/News/entertainment/20110621/Dogatch_11210613950.html

このお話は大山のぶ代さんら旧声優時代にテレビで2回、映画で1回、、
水田わさびさんら現在の声優さん達になってからも、テレビで一度アニメ化されているようです。
テレビ、映画合わせれば5回目のアニメ化です。
そういえば、今の声優陣に入れ替わったのが2005年なので、もう6年経つのですね。

Dora_oba_eiga_2
これは映画版からの画像
タイトルが一部漢字になっていて「おばあちゃんの思い出」なのですね。


さて、今回はアニメではなく原作漫画についてです。
おばあちゃんとは、のび太のパパの母親。
大変印象深いキャラクターなのですが、
のび太の幼年時代に亡くなった設定なので、登場回数はごく僅かです。
他にもあるようですが、代表的なのは以下3本のエピソードだと思います。

「おばあちゃんのおもいで」 小学三年生1970年11月号
「パパもあまえんぼ」 小学六年生1977年9月号
「あの日あの時あのダルマ」 小学六年生1978年3月号

のび太のおばあちゃんシリーズ三部作
私の勝手な命名ですが、いずれも名作・名編です。


「おばあちゃんのおもいで」 小学三年生1970年11月号
物置から出てきたクマの縫いぐるみを見たのび太は、幼い頃亡くなったおばあちゃんを思い出す。
懐かしくてたまらないのび太が、ドラえもんと共にタイムマシンで会いに行くお話。
しかし、幼年時代ののび太と、少し若いママに見つかって大騒動…。

今回リメイクされるのはこの作品です。
『ドラえもん』の小学館学年誌連載開始は1970年1月号。
まだスタートから1年経ってない、かなり初期の回ですね。
初期の『ドラえもん』はスラップスティックなギャグマンガの傾向が強く、
この作品にもそのなごりがあります。
表現が極端なのですね、幼年時代ののび太がわがままで可愛げがなさ過ぎたり。

しかし、なんといってもおばあちゃんのキャラクターが素晴らしい。
やや、のび太を可愛がり過ぎのようにも思えますが、
優しくて聡明、包容力に溢れた神様みたいな人で、
後の『ドラえもん』の方向性を指し示すかのような存在です。
未来から来たのび太を、自然にのび太本人と見抜いてるシーンが良いですね。

今の視点だと、幼児の孫がいる祖母としてはちょっと老け過ぎのように感じますが、
昔のおばあちゃんのイメージはこんな感じですね。


「パパもあまえんぼ」 小学六年生1977年9月号
パパが会社でおもしろくないことがあったらしく、酔って帰って大荒れ。
のび太にまで注意され「うるさあい。子どものくせに親に向かって。」と喚くパパ。
ではパパの親のところへ行こうと、寝込んだパパをタイムマシンに乗せ、おばあちゃんの元へ。

おばあちゃん初登場から7年後の作品。その間『ドラえもん』も色々ありました。
おばあちゃんのすばらしさは相変わらず。
今回は嫁であるのび太のママへの細やかな気遣いなども印象的です。
そして、ドラえもんとのび太の何気ない会話の中にも思想性など感じられ、
作品としての『ドラえもん』の成長をうかがわせます。


「あの日あの時あのダルマ」 小学六年生1978年3月号
ドラえもんが出してくれた「なくし物とりよせ機」で失くしてしまったものを
色々と取り出して喜ぶのび太。しかし過去を懐かしむばかりで未来への覇気がまったくなく、
ドラえもんを呆れさせてしまう。そんなのび太が取り出した中にあったダルマさん。
それには亡くなる直前のおばあちゃんとの思い出が込められていた…。

このお話ではタイムマシンでおばあちゃんに会いに行くのではありません。
のび太の回想に登場するだけです。
現在ののび太に加え、幼年時代ののび太の成長をも感じさせる作品です。

「おばあちゃんのおもいで」はギャグマンガらしいオチがついて終わりですが、
後の二編は静謐なラストシーンが印象的で、深く心に沁みます。
割と急に話が転換してラストのコマになるのですが、説明し過ぎない故の余韻を感じます。

さて、あえて詳しいストーリーは書きませんでした。
この3本、コミックスへの収録はもちろんバラバラですが、嬉しいことに
「小学館コロコロ文庫ドラえもんテーマ別傑作選5『ドラえもん 胸キュン感動編』」
ですべて読むことができます。

Dora_munekyun_2
ただの「感動編」ではなく、「胸キュン感動編」なのでお間違いなく。
http://www.shogakukan.co.jp/comics/detail/_isbn_4091948057

他の収録作も「ぞうとおじさん」、「さようなら、ドラえもん」など名作揃いです。
もちろん『ドラえもん』だから、感動編といってもシリアスなだけでなく、充分面白いです。
ハードカバーの立派な装丁だけど619円。これはお値打ちの保存版です。


★付記
新作アニメの放映は終了しました。
過去のアニメ化作品は記憶していないので比較できませんが、
原作と比較とすると、中盤はほとんどオリジナルストーリーですね。
30分アニメにするには原作は短すぎるので、改変というよりは、
縫いぐるみのクマを紛失したエピソードを追加したという感じです



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2011年6月21日 (火)

きっこ氏の疎開日記への疑問/九州山間の集落に東京から50家族疎開(3/19時点)は本当ですか?

きっこさんという比較的よく知られたプロガーの方がいます。


この人は東北・北関東大震災発生の直後から、原発の影響から逃れて東京を離れ、
福島原発から1000km離れた西日本の地(九州という認識でいいと思います)の
山村の民家に疎開していて、そこから主にツイッターで原発の影響の危険に
ついての情報を発信してきました。
東京から避難しているのだから、当然東京周辺も危険だという論調です。

そのきっこ氏の疎開が虚構だったのではないか、ということが話題になっています。
西日本にいる筈なのに、ツイートを解析したところ東京発だったというのです。
きっこ氏自身は何度か東京に戻ったことは認めましたが、
疎開そのものは事実だと主張しています。

別にその真偽を追求しようというではないのですが、
私はある事が気になって、震災以降きっこ氏のツイートを時々ウォッチしてきました。
(フォローはしていません。ネットで見るだけです。)
今日はその、私が気になった1点に絞って記します。


きっこ氏は10年ほど前から「きっこの日記」「きっこのブログ」を書いており、その分野ではよく知られた人です。
性別や年齢、職業・居住地等を記していますが、真偽は不明です。匿名の覆面プロガーですね。
内容は多岐に渡りますが、特に政治や社会ネタが興味深く、私もよくロムしてました。
ただ、この1~2年はあまり興味をそそられる内容ではなく、疎遠になっていました。

東北・北関東大震災発生から10日ほど後、きっこ氏の震災やその対応への論調はどうかと、
ふと気になってブログを見てみました。
すると、3月19日付けのツイートで、きっこ氏はお母さんと一緒に原発の影響から逃れ、
福島原発から1000km離れたネットも携帯も繋がらない山村の民家に疎開しているというのです。
(具体的な疎開地についてはこの数日後のツイートに「九州」とあるので、一応九州とします)

このきっこ氏の行動についての感想は省きます。
私が驚いたのは同じタイミングでツイートされた以下の内容です。
ここは原文を引用させていただきます。

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
マスコミは報じていないようですが、西日本では数え切れないほどの民家や宿泊施設などが
関東からの疎開者の受け入れを始めていて、あたしがお世話になっている民家にも、
あたしたちの他に2組のご家族が東京から疎開にきています。
この集落だけでも50組以上のご家族が疎開にきています
kikko_no_blog 2011/03/19 20:44:01

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

これは驚きました。
3月19日の時点で九州山村のネットも携帯も繋がらない集落に50家族以上が疎開している。
しかも文面からしてその人達は地震や津波で家を失った被災地の方々ではなく、
原発の影響を恐れた関東近辺の人達だというのです。

私にとってこの情報がより衝撃的だったのは以下のような理由があったからです。

震災後、海外や西日本在住の知人から、安否や情報を求める声が多く寄せられていました。
私はわかる範囲で、なるべく実情を正しく伝えようと情報を発信していました。
地震から10日も経つと、東京近辺には地震の直接被害があまりなかったことは
海外にも知れ渡っており、関心は原発事故の影響に移っていました。

しかし、原発事故よる危険について私はよくわかりません。
とりあえず、東京はだいぶ落ち着きを取り戻し、平静に戻りつつあることを伝えていました。
(この当時、生活・仕事に一番密接な問題は計画停電でしたね。)

そんな中知らされたのがこのきっこ氏による情報でした。
普通に考えて、九州の山奥の民家にまで50家族以上が疎開しているのなら、
西日本全体には大量の避難者が押し寄せている筈です。
私は自分の周囲だけ見て平静に戻りつつあると思い、海外にもそう発信していましたが、
井の中の蛙で、実は大規模な人口流出が起こりつつあったのだというのです。


しかし…冷静に考えれば俄かには信じ難い話です。

ホテルや旅館に泊まるなら、お金と時間に余裕があれば簡単だし、
余裕がなくても無理すればとりあえず可能でしょう。
しかし民家への疎開とは、(実家ならまだしも)親戚や知人の家でも、
疎開する方も受け入れる側も大変なことです。他人なら尚更です。
それ以前に、する方としたら受け入れ先候補を見つけるのが、まず大変でしょう。

きっこ氏自身はその集落に知人がいたということなのですが、
3月19日は震災発生からまだ8日目、ネットも携帯も繋がらない山間部の集落に
50組以上の家族は東京近辺からどういう経緯で疎開したというのでしょう。


この件が気になったので、私はきっこ氏を時々ウォッチするようになりました。
私はツイッターをやったことがないので、最初は見難くて苦労しました。
きっこ氏は3月末頃にはネット環境を確保し、原発問題だけではなく、
疎開生活の様子も頻繁にツイートするようになりましたが、他の50家族のことをほとんど書きません。
そうする内に色々矛盾が見えてきて、疎開そのものが嘘なのでは、と疑うようになりました。

元々、きっこ氏は公言している性別・年齢等の真偽も定かでない覆面プロガーです。
自身の疎開が虚構だとしても、それはブログ作成上の手法のひとつなのかも知れません。(*注1)
しかし、大量の疎開者がいるとの情報が嘘だとしたら、これはデマであり
不安を煽る扇動行為であると言われても仕方ないと思います。

例えば、子どもがいて放射線が不安だけど、避難先の当てもないという人がいたら、
そんなに大勢の人が既に避難していると思えば余計不安になるでしょう。
逆に、そんなに良い疎開先が簡単に見つかるなら、自分も疎開しようと考えるかも知れません。
事実ならいいですが、虚構であるならば立派なデマですよね。


さて、その後きっこ氏は多くの発信をして物議を醸してきました。
私も色々感想はありますが、それについてはとりあえず書きません。
そんな中で、50家族疎開問題は埋没してしまい、きっこ氏も滅多に書きません。
(ただ、4月になってからのブログで50家族→30家族と下方修正しています。
また関西など西日本からの疎開者も含まれるそうです。)

正直をいえば私は最初からきっこ氏自身の疎開について懐疑的でした。
ただ、むしろ逆に50家族の疎開は何らかの確かな情報に基づいて書いたのかと考えていました。
社会派プロガーとして、一応の信用はしていましたから。


まだきっこ氏自身の疎開も、50家族問題も、真偽は明らかになっていません。
50家族の件などは、今となってはどうでもよくなってきた面もあります。
ですので、このあたりで一応のまとめをと思い、経緯と雑感を記しました。
疑問ならば直接訊けばいいと思われるかも知れませんが、関わる気は最早ないです。
ツイッターを始める予定もないですし。


(*注1)  今回は50家族問題に絞り記しましたが、ひとつだけ付け加えます。
きっこ氏自身の疎開が虚構だとしても、ブログの手法のひとつかも知れないと書きました。
しかし、ツイッターでのやりとりの中で、きっこ氏は関東からの避難を躊躇う人に対して、
「私もお金もないのにやった、大丈夫、なんとかなる」と、疎開を奨励するような発言をしています。
これは公表している疎開生活が事実なら、実感といえるでしょうが、虚構なら問題はありますよね。
どこまでやっていれば疎開と言えるのかという問題も出てくるでしょうが、
公表している通りの疎開生活をしていたのでなければ、道義的に批判されて仕方ないと思います。
きっこ氏は匿名性保持を理由にこれ以上の情報開示を拒んでいるようですが、
疎開が事実だというなら、多少は身を削ってでも、それを証明する努力をするのが望ましいと考えます。

2011年6月20日 (月)

【Bar】銀座 BAR AVANTI/気鋭の女性バーテンダー二人の“幻の受賞カクテル”達を楽しむ

銀座8丁目にあるBAR AVANTI(バー・アヴァンティ)を紹介します。
銀座のバーのことを書くの初めてですね。

こちらは昨年7月にオープンした新しいお店で、
女性バーテンダーお二人で経営されています。

このお二人というのが数々のカクテルコンペで優秀な成績を修めている
現役選手(?)の女性バーテンダーなのですが、
残念ながら、なかなかそのカクテルを飲むことができませんでした。

というのは、以前は二人とも同じ赤坂のバーに勤めていたのですが、
ここが某健保会員専用の店だったのです。
つまり、その健保の会員でないと、入れない店にいたのですね。
ですので、会員以外にとって彼女らの受賞作品は“幻のカクテル”だったのです。
そして昨年、自分達のお店をBarの聖地銀座にオープンしたわけです。

そういうことなので、折角だからオリジナルカクテル中心に楽しみます。

20116619117
アロマトリップ
開催中のシーバスリーガル18年のキャンペーンに合わせて創作した最新オリジナルカクテル。
シーバス18年とパッションフルーツピューレの組み合わせ。
散らしてある赤いものはピンクペッパー。
ウイスキーベースのカクテル特有のクセをあまり感じさせず、
甘やかで女性にも好まれるでしょう。


20116619125
カストロ
バーテンダーの岡崎さんがモヒートのカクテルコンペの国内大会で優勝し、
昨年キューバで開催された世界大会に出場した作品。
近年、爽やかな飲み口で特に夏の飲み物として人気の高いモヒートですが、
これはシガー(葉巻)に合わせるというコンセプトがあって、ダークラムを使用、
爽やかな中にもお酒の強さ、濃厚な甘さがしっかり主張しています。

キューバで「カストロ」とは直球ド真ん中のネーミングですが、
たしかにカストロ議長にはシガーのイメージがありますね。
既に禁煙しているようですが。


20116619128
オルタンシア
もう一人のバーテンダー野口さんが、
2009NBA(日本バーテンダー協会)全国バーテンダー技能競技大会の
創作部門で優勝したカクテル。
オルタンシアとはフランス語でアジサイのこと、まさにこの時期にぴったりのカクテル。
というか、この時期以外には薦め難いのではないかと、余計な心配をしてしまいます。
ジンベースにピーチリキュール、この色味はブルーキュラソー、
味も見た目も爽やか、品の良い甘さが印象的。

アジサイという花も色は色々(?)あるのですが、やはり青を思い浮かべますよね。
↓この写真のアジサイのようなイメージでしょうか。
20116619106_2

といった感じで美味なるカクテルを色々と楽しみました。

バーテンダー氏もスタイルは様々です。
カクテルコンペで賞を取ったから偉い、というわけでもないでしょう。
しかし、多くの人達が目標として切磋琢磨する大会で認められた人であり、作品ですから、
それだけの魅力があるのもまた当然です。
やはりどれも素晴らしい味わいのカクテルでした。

20116619116手作りピクルス。こちらもカクテルに負けず美しい彩り。


20116619130
Dsc03059_3   

BAR AVANTI
東京都中央区銀座8-5-13 マキシ・ド・ビル 4F
TEL.03-3571-7885
http://bar-avanti.com/blog/

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2011年6月18日 (土)

【懐かしアニメ】『シンドバッドの冒険』ハンナ・バーベラ/ロックな日本版OP主題歌が最高

ハンナ・バーべラ・プロダクションのTVアニメ
『シンドバッドの冒険』の日本版OPがありました。
これは懐かしい!

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『シンドバッドの冒険』
(原題 『Sinbad Jr. and his Magic Belt』1965-1966)
*邦題は『少年シンドバッド』『冒険シンドバッド』 ネット上にも諸説あり。
 私は『シンドバッドの冒険』と記憶していましたが、
 日本本放送時は『少年シンドバッド』だったとの説もあるようです。

1エピソード5分の短編連続アニメ。
中身も面白かったですが、まずなんといっても日本語版主題歌が最高です。


このロックで勇壮な感じ、たまりません。
誰が作って、誰が歌っているのでしょう。

こちらが原語版。
http://www.youtube.com/watch?v=IP4cf4Zn00E

やはり全然イメージが違いますよね。

日本語版のEDもありました。
http://www.youtube.com/watch?v=_iZgQ17zpAM&feature=player_embedded

これは基本的にはOPと同じ歌なのでしょうが、
アレンジがだいぶ違うロングバージョン。
OPは大人の男性が歌ってますが、EDは少年合唱団という感じですね。

アメリカでの本放送は1965年とのことですが、日本では何時頃でしょう?
私が観ていたのはずっと後で、
おそらく東京12チャンネル(現テレビ東京)の『まんがの国』の枠内。
便宜上、OP、EDと書きましたが、私が観ていた時は1日2本の放送で、
中間にロングバージョンが挟まれていたと思います。

ストーリー
原語版の本編映像もネットでいくつか観ることができます。

少年シンドバッドがオウムと共に帆船で世界を旅して活躍する物語。
基本的には悪者や怪物を退治する、闘うヒーローものです。
日本版ではわからなかったですが、シンドバッド・ジュニアなのですね。
飛行機なども出てくるので、時代設定は現代です。

相棒は英語版WikipediaにもParrotと書いてあるのでオウムだと思いますが、
オウムにしては大柄で、飛ぶ姿は記憶にありません。
オウムだから言葉をしゃべるのはわかるとしても、かなり擬人化されたキャラです。
たしか日本版では三遊亭金馬が吹き替えをしていたかと思います。

さてシンドバットはどちらかといえば華奢な少年ですが、
OPを見ての通り、ピンチを迎えると腰のマジックベルトをギュっと締めて、
筋肉隆々のマッチョになって敵と闘います。
ベルトは普段から付けているものなので、割と簡単に変身できるのです。
船乗りでもあるし、これは『ポパイ』のパロディでしょうね。

ネットで調べると日本での放送の概要も色々わかってきましたが、
検証が難しいので、とりあえずあまりつっこまないことにしておきます。

キム・ポッシブルとの関係(私論)
ところで、私が好きな21世紀のディズニーのTVアニメ『キム・ポッシブル』。
このアニメは過去のヒーロー物のパロデイが多く含まれているのですが、
その中にキムの助手で、頼りない男の子ロン・ストッパブルが
不思議な力を持った指輪をつけてマッチョに変身するエピソードがあります。
これはこの『シンドバッドの冒険』のパロディだったのでしょう。

この指輪は元々はめるとマッチョになるアイテムとして開発された設定です。
それにしても、指輪をはめるとマッチョになるというのがちょっとそぐわない気がしました。なぜ指輪なのか?
『シンドバッド』のパロディだとすると、ベルトではまったくそのままなので、
体にはめるアイテムとして、指輪が選ばれたのかなと推測しました。

my mixi
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2011年6月16日 (木)

【訃報】平田隆夫とセルスターズ、平田氏死去/名曲『ハチのムサシは死んだのさ』は永遠に

『悪魔がにくい』(1971年)
『ハチのムサシは死んだのさ』(1972)の

大ヒットで知られる「平田隆夫とセルスターズ」のリーダー 
平田隆夫氏が612日に死去しました。72歳。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110613-00000019-mai-peo

Hirata_001
前列右端が亡くなった平田氏


平田隆夫とセルスターズは1968年結成。 
上記二曲の大ヒットを生みましたが1976年解散。 

その後、1993年に平田氏と菊谷栄二氏を中心に女性ボーカル二人は新メンバーを加えて再結成しました。 

平田氏と菊谷氏は西川口でミュージックパブ「ハチのムサシ」を経営、 
そこを拠点に音楽活動を続ける一方、近年もテレビの懐メロ系の番組に時々出演していました。 
しかし、テレビ出演の際は主に旧メンバーで現在はソロ活動している村部レミ氏、みみんあい氏が
一時復帰して登場することが多く、やや変則的な活動でした。 

さて上記の大ヒット二曲ですが、 
数字的には『悪魔がにくい』の方がかなり上で、これも印象的な歌ですが、 
やはり『ハチのムサシは死んだのさ』はあまり強いインパクトを持った名曲です。 

『悪魔がにくい』は作詞作曲とも平田氏ですが、『ハチのムサシ』は作曲のみの担当です。 
詞の内容は時代からいっても学生運動の挫折をイメージさせるものですが、 
作詞は意外にも俳優の故内田良平氏が務めています。

Ruchida
内田良平(1924-1984)

内田良平といえば日活を中心とする各映画会社で 
個性的なアウトローや悪役を多く演じてきた印象深い名優ですが、 
この歌以外に作詞をした形跡は見当たらず、 
なぜ作詞を、しかもこのような詞を書いたのか、またいかなる縁でセルスターズに詞を提供したのか、
よくわからず、不思議に思っています。

しかし詞と曲の相性も抜群。 
若さ、勇気、闘い、敗北、挫折、死、哀愁・・・複雑な思いが駆け巡るかのような 
印象的な詞を、あまりに美しく、テンポの良い曲が彩ります。 
これは名曲です。是非聴いてください。

ハチのムサシは死んだのさ(1972年2月15日)
作詞:内田良平  補作詞:むろふしチコ
作曲:平田隆夫  編曲:土持城夫

以下はリアルタイムの日本レコード大賞の際の映像です。





近年、テレビで見かけた平田氏はダンディで元気そうでした。
この名曲をまだまだ歌い続けてほしかったです。


そして、もうひとつの大ヒット曲も。

悪魔がにくい(1971年8月10日)
作詞・作曲:平田隆夫  編曲:土持城夫





Old Fashioned Club  月野景史

2011年6月15日 (水)

【美術】アングル『グランド・オダリスク』|『美の巨人たち』より/19世紀フランス画壇最高権威の若き反抗の時代

先週、611日放送のテレビ東京『美の巨人たち』の「今週の1枚」は
ドミニク・アングル『グランド・オダリスク』(1814年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110528/index.html

Ingres_001
4周連続で放送される「絵画の美女シリーズ」の二週目ということですが、
今回に関してはむしろブログにも書いた前々回の放送、
ジャック・ルイ・ダヴィッド編の続編と捉えた方がいいかも知れません。
アングルはダヴィッドの弟子で、新古典主義の継承者ですから。

ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780829 - 1867114日)
新古典主義の巨匠。
19
世紀フランス画壇の最高権威。
アカデミー側にあり、ロマン主義の旗頭ウジェーヌ・ドラクロワと対立し、
頑なに認めなかった旧権威の象徴というイメージすらあるアングルですが、
今回の番組はその若き反抗の時代のお話でした。

今回の放送だけだと、まるでアングルは生前認められなかった反骨の画家で、
20
世紀になってやっと評価されたように思えるかも知れませんね。

番組に沿って振り返ります。

1797
年、ナポレオンの主席画家であったダヴィッドの弟子となったアングルは、
21歳の時に新人の登竜門であるローマ賞を獲得、ローマ留学を果たします。
(芸術の都パリなどと呼ばれますが、歴史的には断然イタリア、
優秀な若者はイタリアへの留学を認められたのです)

Ingres_selfportrait
アングル若き日の自画像(1804年)


ローマの地でアングルはルネサンス最大の画家ラファエロの絵と出会います。
それまで男性が英雄的に描かれる歴史画や戦争画が芸術の理想とするダヴィッドのもとで
修行を積んだアングルにとって、ラファエロに代表されるルネサンス期の美しい女性像
は衝撃的なものであり、やがて女性美を追求するようなります。

グランド・オダリスク
そうしてそのローマで描き上げたのが『グランド・オダリスク』です。

オダリスクとはトルコの後宮(ハーレム)のこと。
そこに住まうエキゾチックな女性達の姿態が、しばしば西洋絵画の主題になったのです。

しかし、よく見るこの女性の体は少し不自然な点があるように思えます。
まず背中が長すぎる気がするし、手足もそう。そして極端ななで肩です。
この絵はフランスに送られましたか、評価は冷ややかなものでした。
それに落胆したアングルは留学期間が過ぎてもローマからフィレンツェへと、
イタリア滞在を続けます。まさに若き反抗の時代ですね。

それにしても、元々デッサンには定評のあったアングルが、なぜこのような絵を描いたのか?
それは解剖
学的な正確さよりも理想的な美しさを重視したのです。
その為には実際の人体ではあり得ないような形になる事も厭わなかったのですね。

このような考え方は後世のピカソらキュビズムの画家達に高く評価されたと番組は結んでいます。
もちろん、それはその通りかも知れません。
ただ、アングルはそこまで待たずとも存命中に充分評価されていたことだけは、

あまりに当たり前のことながら、一応申し添えておきます。

Dominique_ingres大画家となった後年のアングルの堂々たる自画像(1858年)

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2011年6月13日 (月)

【ワインバー】六本木 国立新美術館『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』観賞後はワインでも…/東京ワイン食堂・楽 RYUDOCHO

六本木 国立新美術館で9月5日まで開催中の
『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』 観賞。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-3fdd.html

西洋絵画の後はやはりワインの気分。
折角久々の六本木でもあり、六本木らしいお店を探しましょう。

国立新美術館から六本木ミッドタウン~六本木交差点方向へ抜ける裏通りは、
昔からちょっとしゃれた店が並んでいます。
その一番美術館側(乃木坂側)
つまり、六本木側から歩けば一番はずれにある店です。

Dsc06939東京ワイン食堂・楽 RYUDOCHO
http://r.gnavi.co.jp/a056515/

美術館から出てほとんど一番初めに目に入った店にあっさり決定。
いかにも六本木らしい店…と思ったのですが、
多くの系列店を持つグループの一店で、六本木はここだけ、
オープンしてまだ半年程度とのことでした。

Dsc06931
Dsc06937ワインボトルで作られたシャンデリアが壮観。
上の写真と合わせてみてもらうとわかりますが、カウンターが二重になっているのです。珍しい。

Dsc06928タパス盛り合わせ。

Dsc06935名物、牛スジの肉じゃが 和風テイストのビーフシチューですね。赤ワインに最適。

欧風料理に加え、写真には撮りませんでしたが、旬の魚を使った刺身もなかなかです。
CPも良く、スタッフもフレンドリー。
大きなグループの一店なのに、色々融通が利きそうなのも好ポイントでした。

しかも、ワインを結構なみなみと注いでくれるのですよね。
おかげで予定量をだいぶオーバーしました。


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2011年6月 9日 (木)

【美術】『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』 観賞の為の印象派超入門/京都市美術館(六本木国立新美術館展は終了)

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ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション 

京都展 2011913日(火)-1127日(日) 京都市美術館
公式サイト http://www.ytv.co.jp/washington/


東京六本木の国立新美術館開催されていた、
『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』は95日に終了、
引き続き、京都市美術館にて11月27日まで開催中です。


震災の影響で中止、または規模縮小となった展覧会も多い中、今年首都圏で予定される展覧会の中で、
もっとも大規模なもののひとつである本展が
無事開催されたのは喜ばしいことでした。


さて、この展覧会には「これを見ずに、印象派は語れない」
とのキャッチコピーが付けられています。
随分大きな看板を背負ったものです。
今回は印象派について、ほんのさわりの基礎知識です。

絵画の本などを読むと、有名な画家達はジャンルで分けられています。
例えば、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロは「ルネサンス」
ルーベンスやベラスケス、レンブラントは「バロック」
アングルは「新古典主義」、ドラクロワは「ロマン主義」、
ミュシャは「アール・ヌーヴォー」、シャガールは「エコール・ド・パリ」…。

その中でも「印象派(印象主義)」というジャンルはよく聞く名前です。
代表的な画家といえばモネやルノワール。
セザンヌやゴッホもそうだったような、違うような…。

そもそも「印象派(印象主義)」とは何か?
まずは名前の由来から記します 

印象派(仏:Impressionnistes 英:Impressionism)命名の由来
19世紀半ばのフランス、美術界の権威は保守的なサロン(官展)でした。
当時のパリには新しい芸術を志すもサロンで認められない若者達が多くいました。
1874
年、そのような画家達、モネ、ルノワール、ピサロ、ドガ、セザンヌ、、モリゾ、シスレーら
後に絵画史のビッグネームとなる人達が集い、独自の展覧会が開催されました。
世の常通り、この展覧会は旧権威側である批評家達から高い評価は得られませんでした。

特に批判の対象となったのがこの絵です。

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クロード・モネ『印象、日の出(Impression, soleil levant)』
(今回の出展作ではありません)

この絵を見た批評家ルイ・ルロワは
「印象…、たしかにその通りだが、それしかない。」と酷評しました。
批評の内容については見方が分かれるようですが、
いずれにしろ、元々は批判の言葉だったのです。

不評にも負けず、この展覧会はだいたい1~2年に一度のペースで回を重ねます。
やがて名称も印象派展となります。揶揄の言葉が正式名称になったのです。

会や、参加する画家達の評価も高まり、1886年の第8回展まで続きました。

印象派絵画の特徴
このような経緯ですので、印象派とはこの印象派展に参加していた
若い画家達のグループを指す面があります。

ただ、必ずしも作風が同じだから集まった画家達ではないので、スタイルに違いはあります。
その中でやはり『印象、日の出』に近い絵を印象派絵画とよぶ傾向が強いようです。
輪郭をハッキリを描かず、自然の中できらめき、そして刻々と移ろいゆく光の一瞬をとらえたような作風です。
陽光の表現が特徴ですので、屋外での制作が好まれました。

それでは今回の出展作から典型的なものを紹介します。

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クロード・モネ 『ヴェトゥイユの画家の庭』1880
明るく綺麗な絵。
一際輝いていました。
降り注ぐ明るい陽光を受け描かれる花と緑、人々の生活、これぞ印象派絵画。

Monet_011_2 
クロード・モネ 『日傘の女性、モネ夫人と息子』1875年
モネの絵は日本にも多くありますが、今回は傑作中の傑作が2点来ています。
この絵などは本当に代表作のひとつですね。これこそ印象派絵画。
*6月25日(土)放映のテレビ東京系『美の巨人たち』はモネの『日傘の女』がテーマでした。
  この番組についての記事は
こちら



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ピエール=オーギュスト・ルノワール 『モネ夫人とその息子』1874
盟友モネの家族を描いた作品。彼らは家族を含めお互いモデルになる事も多かったのです。
女性や子どもの愛らしさはルノワールの真骨頂。

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エドガー・ドガ 『舞台裏の踊り』1876/1883
ドガ十八番のバレエをテーマとした作品。

ドガもまた印象派展を代表する画家です。
しかし、競馬場の光景などは描きましたが、屋外での制作をあまり好みませんでした。

新印象派とポスト印象派

この二つのジャンルもよく聞きます。印象派とは何が違うのでしょう。
今回の展覧会にもそれぞれに属する作品が来ていますので、簡単に記します。
本展のタイトルに名が含まれているのは「ポスト印象派」ですが、先に「新印象派」から記します。

新印象派(neo-impressionism
印象派による光の描き方を科学的に理論化し、点描法によって光を捉える作風が特徴。
点描法とは読んで字のごとく、細かい点で描かれたような絵です。

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ジョルジュ・スーラ 『オンフルールの灯台』1886 
このような絵が「新印象派」だと覚えて、とりあえずは間違いないです。
この絵のスーラと、シニャックが代表的画家。
シニャックは今回は油彩画は来ていませんが、版画が1点展示されています。


ポスト印象派(仏: Post-impressionnisme : Post-Impressionism

この分野は日本では「後期印象派」と訳され、そう呼ばれてきました。
つまり、日本で言う「ポスト印象派」と「後期印象派」は同じ派を指します。

しかし、意味でいうと「後期印象派」は印象派に内包されるものと解釈されますが、
Post-Impressionism
なら、印象派より後、印象派とは別のものです。
最近は本来の意を尊重して、「ポスト印象派」という言葉が使われます。

「ポスト印象派」という言葉自体は、「印象派の後」というポジションを指し示していますので、
作風で括るのは難しくなります。
広義に解釈すれば相当多くの画家が含まれることになりますが、

一般に代表的な画家としては、ポール・セザンヌ、ポール・ゴーギャン、
フィンセント・ファン・ゴッホの
日本でも人気の高い三大画家がいます。
ちょっと乱暴な言い方をすれば、とりあえずこの3人のことだと覚えてもいいくらいです。

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フィンセント・ファン・ゴッホ『薔薇』1890
最晩年ですが、精神状態が一時的に復した時の作品で、なかなか美しい絵です。
爽やかで涼しげな色使い、花瓶か溢れ落ちそうなバラのボリューム、
明るい生命感に満ちており、間近に迫っていた悲劇を感じさせませんね。

『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション』
ワシントン・ナショナル・ギャラリーでは作品寄贈者の意向等により所蔵作品は貸し出しが制限されており、
大規模な「美術館展」の開催が困難とされています。
今回は所蔵12万点の中でも質の高さに定評のある400点もの印象派及びポスト印象派作品群から、
日本初公開作品約50点を含む、全83点が来日しました。
「奇跡のコレクション」と名付けられた所以です。

展示は4つのブロックに分かれています。
1.印象派登場まで
2.印象派
3.紙の上の印象派
4.ポスト印象派以降

1.印象派登場まで
印象派以前、フォンテンブローの森にあるバルビゾン村に住み森林や田園を描いた
バルビゾン派周辺の画家達や、写実主義の旗頭クールベ、
「印象派の父」と呼ばれるエドゥアール・マネ、

そしてモネ達の盟友ながら、印象派展の開幕を待たず普仏戦争で1870年に戦死した
フレデリック・バジールらの作品が展示されています。

“印象派の父”マネは印象派なの?
エドゥアール・マネはモネより8歳、ルノワールより9歳年上。
革新的な画風で画壇にセンセーショナルな話題を振り撒いた一方、
社交的で粋なパリジャンでもあり、モネやルノワールの兄貴分で良き相談相手でした。
若い多くの画家がマネに回りに集い、彼らの精神的な支柱でもあったのです。
「印象派の父」と呼ばれる所以です。

ただ、マネ自身にスキャンダラスな絵を描いているとの意識は希薄で、
あくまでサロンでの正当なる評価を望み、印象派展には一度も参加していません。
だから、印象派の中に入れ難い面もあるのです。
2011年7月30日放送のテレビ東京系『美の巨人たち』で、当時のマネの様子が描かれました。
こちらで紹介しています。

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エドゥアール・マネ 《鉄道》1873 
本展のポスター等にもメインで使われている絵です。
柵の向こうに見える煙は汽車から吹き出されたものでしょう。
女性は何かに気づき、読んでいた本からふと目を上げたところでしょうか。
都市生活の一片を、人々の一瞬の表情を切り取った、マネらしい絵です。
モデルの女性はヴィクトリーヌ・ムーラン。
マネの問題作『オランピア』(1863年)のモデル。それから10年後の姿です。


2.印象派
上述のモネ、ルノワール、ドガにピサロやシスレーら大物に加えて。
ベルト・モリゾ、メアリー・カサット、エヴァ・ゴンザレスら女性画家の絵も出展されています。
中でも大変魅力的に感じたのがカサットです。

Wa_003

メアリー・カサット 『青いひじ掛け椅子に座る少女』1878 
なんとも魅惑的で、ちょっと危険な感じさえする少女像です。
この絵は今回の展示作中でもフィーチャーされているようですが、
カサットはもうひとつ、この作品もお奨めです。

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『浜辺で遊ぶ子どもたち』1884年

カサットは今回油彩画3点、版画5点が出展されています。
画家としては私の一押しです。

3.紙の上の印象派
つまり版画、印刷物の展示ブロックです。
印象派、新印象派、ポスト印象派にまたがり、ロートレックのリトグラフも。

4.ポスト印象派以降
前述のセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホに新印象派のスーラ、ロートレックの油彩画で構成されています。

昨年同時期に同じ国立新美術館で開催された『オルセー美術館展2010「ポスト印象派」』の
空前のスケールに比べればややこじんまりとはしていますが、
今年予定されているの中では、絵画ファンにも初心者にもお薦めできる展覧会だと思います。


ワシントン・ナショナル・ギャラリー(1941年-)
アメリカ合衆国ワシントンD.C.にある美術館。ナショナル・ギャラリー。
実業家でアメリカ政府の財務長官も務めたアンドリュー・メロンが、
イギリス大使として滞在中に目にしたロンドンのナショナルギャラリーに感銘、
自ら資金と美術コレクションを提供、賛同者を募り設立。

*6月25日、日本テレビにて同館設立の事情を追った開催記念特別番組
 「アンジェラ・アキ I Have a Dream 夢が創った奇跡のコレクション」が放送されました。

Dsc06921国立新美術館

20071月開館。延床面積では日本最大の美術館。
所蔵品の収集は行わず、展示を専門としています。
公式サイト  http://www.nact.jp/ 


観賞後のワイン求めて夜の六本木散策編はこちら。

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2011年6月 7日 (火)

【美術展】ラファエル前派からウィリアム・モリスへ展|目黒区美術館/19世紀英国の若き芸術家の新しくて古いArt達

ラファエル前派からウィリアム・モリスへ展
2011年6月4日(土)-7月14日(木)
目黒区美術館
http://mmat.jp/exhibition/archives/ex110604-2
Megurom_2

目黒区美術館で7月14日まで、
『ラファエル前派からウィリアム・モリスへ展』が開催中です。
ラファエル前派をタイトルとする展覧会は多くはないですね。

この展覧会は昨年秋より福島、横須賀、京都を巡回してきました。
今回の目黒が最終となります。

ラファエル前派とは
ルネサンスとか印象派とか象徴主義とか、芸術はよくジャンル分けをされます。
単純に横並びで比較できない場合も多いのですが、
ラファエル前派というのも、まぁそのひとつということになります。

このグループは19世紀半ばにイギリスの若い芸術家達により結成されました。
「ラファエル」とはルネサンス最大の画家ラファエロ・サンツィオ(サンティ)のこと。
ルネサンス以降、西洋絵画の規範となっていたラファエロを否定し、
それより前の中世や初期ルネサンスの芸術を志したのです。

といっても、明確にラファエロ作品を否定したのではなく、
伝統的な古い規範の象徴として、その名が使われたとの解釈が適当かも知れません。
つまり旧弊にとらわれない新たなる芸術を、という若い芸術家達の動きなのですが、
まったく新しいものを創造するのではなく、より古いものに指標を求めたのですね。

題材は聖書や神話、中世文学等から多く得られています。
そのようなテーマですから古典的でファンタジックなイメージがあり、
素人目には他の分野の19世紀絵画よりも、ラファエロに近いようにも感じます。

『ラファエル前派からウィリアム・モリスへ展』
今回の展覧会には同派の結成メンバーでるダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、
ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイらに加え、
ミレイ、ハントとの離別後にロセッティの下に集ったエドワード・バーン・ジョーンズや
ウィリアム・モリスらによる油彩、水彩、ドローイング、ステンドグラス、陶器、家具など
約100点のアートで構成されています。

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ロセッティ『マリゴールド』(1874年
この画家の描く女性は美しいけどどこか男性的な面立ち。
この絵などは顕著でない方ですが。

所蔵作品による『藤田嗣治展 人物と動物』も同時開催中。


目黒区美術館
この美術館は目黒駅の西側、有名な(?)権之助坂を下り目黒新橋を渡って右折、
目黒川沿いに広がる区民センター、公園に隣接してあります。

目黒新橋より
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公園
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目黒区美術館へ
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2011年6月 6日 (月)

【ダンスイベント】震災被災地支援チャリティー・ダンスイベント.2011.5.22/NPO法人UDE

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5月22日、ティアラこうとう(江東公会堂)にて開催された、
NPO法人ユナイテッド・ダンス・エンタープライズ(UDE)主催の
東北地方太平洋沖地震チャリティー・ダンスパーティーを紹介します。

NPO法人ユナイテッド・ダンス・エンタープライズ(UDE)
世代や環境を超えたダンスによる交流や
恵まれない子ども達への慈善事業を目的としてこの度設立された団体です。
詳しくはこちらを参照してください。
http://uniteddanceenterprise.org

現在はHIPHOP系のダンサーを中心に、
ボールルームダンスのダンサーも参加しています。

今回のイベントは元々は会の主旨通り、海外の子ども達への支援を目的として、
進めていた企画だったようですが、こういう事態ですから、
今回は震災被災地支援イベントとしてボールルームダンス(社交ダンス)の
パーティーをメインに開催されました。

プロダンサーによるボールルームダンスのショーはもちろん、
子どもたちのHIPHOPも披露され、大いに盛り上がりました。

今後のUDEのグローバルな展開に期待します。

子どもたちのHIPHOP
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ボールルームダンス/スタンダード 壷内康文・美和
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ボールルームダンス/ラテンアメリカン 上野晃一・廣井裕子
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2011年6月 5日 (日)

【美術展】花の画家 ルドゥーテ『美花選』展|Bunkamura ザ・ミュージアム/花のラファエロ、またはバラの画家

【美術展】花の画家 ルドゥーテ『美花選』展
2011年5月29日(日)-7月3日(日)
渋谷 Bunkamura ザ・ミュージアム
http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/11_redoute/index.html
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渋谷の文化村 ザ・ミュージアムにて『花の画家 ルドゥーテ「美花選」展』が、
7月3日まで開催中です。

ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759~1840年)
フランス革命前後の時代、王侯貴族や上流階級の人々に
「花のラファエロ」あるいは「バラの画家」と称えられ、
植物画家として多大な名声を得た画家。
ナポレオンの皇妃ジョゼフィーヌの公式画家でもありました。

ルドゥーテの花の絵は、植物学的正確さを踏まえながら芸術性も備えているのが特徴です。
今回の展覧会はルドゥーテが残した多くの作品の中でも集大成とされる『美花選』を中心に構成されています。

植物図鑑を眺めているような気もしますが、
この画家の花の知識、そして花への愛情を感じ、惹き込まれるような気持ちにさせてくれます。
花だけでなく、葉も実に繊細に描かれています。
私は花の写真を撮る時、どうしても花しか観ていませんが、
葉にも思いを寄せるべきだと感じさせてくれました。
また、数は少ないですが、果実もあり魅力的でした。


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『美花選』より 『バラ、アネモネ、テッセン』 銅版画
花の中でも特にバラを愛した人で、その美しさは際立っていました。

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今回はクリアファイルなどの関連グッズもなかなか綺麗。
結構まとめ買いしました。


ドゥ・マゴ・パリ
観賞後はミュージアムと同じフロアのカフェ、ドゥ・マゴ・パリへ。

2011645041 記念メニュー「ローズ・ガーデンのサラダ」とシャンパン「デタンジェ・キュヴェ・プレスティージ・ロゼ」

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展覧会に合わせ、テラスにはミニガーデンも。

このお店では展覧会期間中の6月18日から26日までドゥ マゴ パリ祭が開催予定です。
http://www.bunkamura.co.jp/shosai/topics_11_parisai.html


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2011年6月 2日 (木)

【カクテル二題】キウイのオリジナルカクテル/リニューアル(?)したゴールデン・ギャデラック

キウイとウォッカ、グレープフルーツを合わせたオリジナルカクテル
更に二種のフルーツを添えて
新宿 BAR CUOREにて
Dsc06791
季節のフルーツをカクテルで味わうのもBarの楽しみのひとつ。
しかしこれは随分フルーツ盛り沢山でした。
たまたまこの日のお通しだったフルーツと、
一杯目のカクテルを並べて撮っただけなのですが。

季節のフルーツといっても、
これからのものとそろそろお別れのものが同居しています。
といっても、実際には季節を越えて食せるフルーツも多いですが。

いずれにしろ、ビタミン不足気味の人間にとっては嬉しいです。

BAR CUORE
http://www.cuore-bar.jp/


ゴールデン・ギャデラック

渋谷 BAR AdoniSにて
Dsc06778

ガリアーノという香草系のリキュールと、
カカオのリキュール、
それに生クリームをシェイク。

本当に甘い、デザートカクテルの中のデザートカクテル
・・・だった筈ですが、最近ちょっとリニューアルしたようです。

といってもレシピが変わったのではなく、ベースとなるガリアーノがリニューアルしたのです。

Dsc06781
後ろのボトルがガリアーノ。
この写真ではわかり難いですが、とても背の高いボトルが特徴です。

今回のリニューアルは昔の味に戻したようなのですが、
アルコール度数が10度ほど上がっています。
ですからお酒の味が強く感じるようになりました。
加えて、特徴であったバニラの香りが抑えられたようです。

ガリアーノの量を抑えれば度数は下がりますが、当然香りも薄くなります。
私ひこれはこれでいいかとも思いましたが、ネットでは否定的な意見もあるようです。
もっとも、そもそもさほどメジャーなカクテルでもないので、
ネットでの情報自体が少ないですが。

尚、まだリニューアル前のガリアーノを使っている店もあるので、
そこでは当然ながら以前の味です。
見分け方はキャップの色。
以前のものは濃い紫、新しいものは白です。

BAR AdoniS
http://www.bacchus-shibuya.com/


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