【カクテル】「ギムレットには早すぎる」はマーロウのセリフではない/ギムレット超入門と『長いお別れ』
*注 一番下に小説『長いお別れ』のネタバレあり
「ギムレットには早すぎる」
レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説『長いお別れ』に登場する有名なセリフです。
ギムレットとはジンベースのメジャーなスタンダードカクテルの名前。
このセリフは大変有名で、私自身もギムレットというカクテルを実際に飲む前から、
また、『長いお別れ』という小説の存在を知る前から、このセリフだけは知っていました。
そんな思い入れもあり、私も好きなカクテルのひとつです。
実はWikipediaの「ギムレット」の項目には結構私の筆も入っているのですが、
やはり色々編集されてわかり難くなっています。
こちらでこの台詞と、合わせてカクテルとしてのギムレットの超入門編を記します。
レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(The Long Goodbye 1953年)
この小説はチャンドラーが創造した私立探偵フィリップ・マーロウを主役とするシリーズの1本で、
かなりな長編のハードボイルド小説です。
ハードボイルドの大家チャンドラーの代表作のひとつとされています。
日本では 清水俊二氏訳の『長いお別れ』のタイトルで知られてきましたが、
2007年に村上春樹氏の訳で、ほぼ原題通りの『ロング・グッドバイ』としても刊行されています。
※マーロウ矢木なるパロディギャラが登場する、ドラマ『相棒』姉妹編についてはこちら
「ギムレットには早すぎる」
原文は「"I suppose it's a bit too early for a gimlet," he said.」
このセリフはラスト近くに出てきます。
権威あるカクテルブックにも、
マーロウによるセリフと記されることが多いですが、これは誤り。
マーロウの友人であるテリー・レノックスが、マーロウに対して言ったセリフです。
レノックスはこの『長いお別れ』のゲストキャラクターで、他のマーロウシリーズには登場しません。
実は前半に、レノックスがギムレットの理想的なレシピについて語るシーンもあります。
これもまた、マーロウによる言葉と書かれることが多いですが間違いです。
つまりレノックスはギムレットが好きで、拘りがあって色々語るのです。
一方のマーロウは、カクテルの配合について語ったりはしません。
このレシピについては後でまたふれます。
「ギムレットには早すぎる」
この言葉はどういう意味でしょう。
普通に考えれば推測できる通りで、
直接的には「酒を飲むにはまだ時刻が早い」ということです。
マーロウに語りかけているのだから「まだ早いよね」というイメージです。
ハヤカワ文庫版の訳文は「ギムレットにはまだ早すぎるね」です。
しかし、実は物語全般の流れの中でもっと重要な意味が籠められています。
それを説明すると、いわゆる“ネタバレ”になってしまいます。
ミステリ小説のネタバレなので、軽々しく書くわけにもいきません。
とはいっても、『長いお別れ』はもはや古典といっていい小説で、ネット上にもネタバレはいくつもあります。
しかも、この小説はかなりの長編です。
ギムレットに興味を持ったからといって、この古典ハードボイルドを読破しようという人が多いとも思えません。
ですので、一番最後にネタバレを含めた解説を書きます。
カクテル「ギムレット」の基礎知識
基本レシピ
材料
・ドライジン 3/4
・ライムジュース(コーディアル)1/4
作り方
・シェークしてカクテルグラスに注ぐ。
(NBA 新オフィシャル・カクテルブックより)
コーディアルとは甘味を加えたライムジュースです。
正確にいえばジュースではありません。ライムを原料として使った緑色の甘いシロップです。
さて、小説中で前述のテリー・レノックスが語ったレシピですが、以下の通りです
「本当のギムレットはジンとローズ(社製)のライム・ジュースを半分ずつ、他には何も入れない」
「ローズ社のライム・ジュース」とは、まさにこのコーディアルライムの事です。
ただ、コーディアルを作っている会社はローズだけではなく、他にもあります。
現在のレシピはジンとコーディアルの比率が3:1なのに対し、
レノックスのレシピだとジンとコーディアルが同量なので、この通り作ると、かなり甘くなります。
しかし、いずれにしろギムレットのスタンダードなレシピはジンとコーディアルだけで作ります。
つまりフレッシュライムのジュース(果汁)は使わないのです。
無色透明のジンとグリーンのコーディアルの組み合わせなので、
色は下の画像のように半透明の淡いグリーンになります。
しかし、このような色のギムレットは見たことがないという人も多いかも知れません。
今、日本のBarでオーダーすると、コーディアルはではなく、
店で絞ったフレッシュのライムジュース(果汁)を使う場合が多いのです。
それは、やはりシロップよりフレッシュを使った方が香りも味わいも良いですよね。
好みがあるから断言はできないにしても、そう考える人が多いでしょう。
それだと下の写真のような外観になります。
半透明の白濁色。
生ライムを絞るといっても果肉だけで、皮まで絞りませんから、緑色ではなく白濁色のジュースになります。
それをジンとシェークしても、当然緑色のカクテルにはなりません。
ただ、果汁だけでは甘みがなく、かなり酸味が強いです。
この甘みのないドライなギムレットを出す店もありますが
本来甘みのあるカクテルですし、砂糖やガムシロップで甘みを加えるのが一般的です。
生ライムを使い、甘みとしてコーディアルを加えるという折衷案もあります。
レノックスが指定した、ローズ社製コーディアルと、それで作ったギムレット。
このローズという会社は現存するのですが、日本への輸入ルートがなく、大変レアな状態です。
これは日本のバーで撮った写真。バーテンダー氏がアメリカ旅行の際、購入したものです。
レノックスのレシピ通りだと甘すぎるので、ジン3にコーディアル1の割合です。
このようにギムレットは作り方が色々あります。
初めて行くBarでオーダーすると、どんなギムレットが出てくるかという楽しみもありますね。
だいたい本格的なBarではフレッシュライムを使うと思いますが、
ホテルのメインバーのようなところで、敢えてスタンダードに拘って、
コーディアル仕様が出てくる場合もあったりします。
*ところで、Wikipediaの「ギムレット」の項目に掲載の写真は
細かい葉のようなものを散らした変わったものです。
海外では知りませんが、日本でギムレットをオーダーしてもあのようなカクテルは出てきません。
ギムレットの由来
Wikipediaにもある通り、イギリス海軍の軍医であったギムレット卿が、
艦内で将校に配給されていたジンの飲み過ぎを憂慮し、健康維持のために
ライム・ジュースを混ぜて飲むことを提唱したことが起源とされています。
Wikipediaにはこの他に
「ギムレット(gimlet)が錐の意であることから、その味の突き刺すような鋭いイメージから命名」という記述もあります。
しかし、コーディアルライムとジンを混ぜたのが古典的なスタイルであるのなら、
この説は当てはまらないようにも思えます。
ジンのドライな酒の強さを、甘いコーディアルで抑えてしまっているのですから。
*ネタバレ注意
「ギムレットには早すぎる」
それでは、冒頭で予告した通り、レイモンド・チャンドラーの小説『長いお別れ』中の
この有名なセリフの物語の中で持つ意味を、ごくごく簡潔にまとめます。
小説の冒頭、フィリップ・マーロウはテリー・レノックスという男と友人になります。
レノックスはギムレットが好きで、二人は幾度となくBarでギムレットを飲み交わします。
しかし、レノックスは何者かに殺されてしまいます。
そして、マーロウはこの事件の捜査に関わることになります。
ここから長い時間が経過します。
結論を先にいうと、実はレノックスは生きていました。
整形手術で別人に成りすましていたのです。
ラスト近く、別人となったレノックスがマーロウを訪ねてきます。
もうラストですし、マーロウも真相に気付いています。
ですから、マーロウもハッキリとは言いませんが、「君がレノックスだということは判っているよ」
というニュアンスの語りかけをします。
それに対してレノックスは「そうだよ、僕はレノックスだよ」という代わりに、
いつも二人で一緒に飲んでいたギムレットを引き合いに出して応じるのです。
「ギムレットにはまだ早すぎるね」
関連MyBiog:【ドラマ】『ロング・グッドバイ』/ギムレット ロックグラスの謎の真相
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-163a.html
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