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2011年4月

2011年4月29日 (金)

【美術展】シュテーデル美術館所蔵フェルメール 『地理学者』とオランダ・フランドル絵画展 /静謐と光の画家の稀少な作品

シュテーデル美術館所蔵
フェルメール 《地理学者》 と オランダ・フランドル絵画展

会期 2011年3月3日(木)-5月22日(日)  
会場 Bunkamuraザ・ミュージアム

201132022001
東京渋谷文化村のザ・ミュージアムにおいて5月22日まで、
『シュテーデル美術館所蔵 フェルメール 《地理学者》 と オランダ・フランドル絵画展』が開催中です。

17世紀ヨーロッパ絵画、いわゆるパロック絵画の時代を代表する画家の一人、
オランダのヨハネス・フェルメールの傑作『地理学者』を中心した展覧会です。


ヨハネス・フェルメール
(Johannes Vermeer 1632年10月31日 - 1675年12月15日)

フェルメールはレンブラント・ファン・レインと並び、17世紀オランダを代表する画家で、
日本でも極めて人気の高い人ですが、現存する作品は30数点と多くありません。
点数を特定できないのは、真贋について意見が分かれる絵もあるからです。
このような謎めいた部分があることも、人気のある所以かも知れません。

ヨハネス・フェルメールの『地理学者』(1669年)Vermeer_001
フェルメールの作品には屋内で人物が描かれた静謐な印象のものが多く、
その点では典型的な作品といえます。
しかし、その多くは女性をモデルとした絵で、男性単体の作品は、
この絵と対をなすとされる『天文学者』(1668年)との二点だけで、
その意味では稀少な作品です。

この時代のオランダは海運通商国家として繁栄していました。
地理学は海外との通商活動の根幹を為すものであり、この時代を象徴する絵ともされます。

同時期、日本は江戸時代で鎖国政策をとっていましたが、
西欧の国では唯一オランダと通商がありました。
この絵で描かれた地理学者が来ている上着は、日本の着物だとの説もあります。

フェルメールは光の画家ともいわれます。
この絵でも窓から差し込む光が人物の顔や衣装のもならず、
地球儀、地図、手に持つコンパス(あるいはディバイダ)など、
地理学者らしい小道具を鮮やかに照らしています。


シュテーデル美術館
Frankfurtm_staedel
ドイツの国際都市フランクフルトにあるドイツ屈指の美術館。19世紀初頭に設立されました。
ルネサンス期から現代美術まで、約700年にわたる西洋美術史を概観できる美術館です。


今回の展覧会は『地理学者』を中心にオランダ・フランドル絵画の逸品95点が展示されています。
フランドルとはベルギーを中心にオランダ南部、フランス北部に跨る地域のことで、
英語での「フランダース」という言葉と同義です。

出展作の分野も多岐に渡り、それが以下のように、
・歴史画と寓意画
・肖像画
・風俗画と室内画
・静物画
・地誌と風景画
とジャンルにより分けて展示されており、観易い構成でした。

『地理学者』以外にも、レンブラント、ルーベンス、ヤン・ブリューゲル(父)(工房作)らの作品が揃っています。

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2011年4月25日 (月)

スーちゃん逝く③ キャンディーズ名曲の旅/『春一番』『あなたに夢中』シングル全曲データ

スーちゃんこと田中好子さんの通夜は424日、告別式は25日に行われました。
キャンディーズのメンバーだった伊藤蘭さん、藤村美樹さんも出席。

悲しいスリーショットとなってしまいましたが、二人が揃ってスーちゃんを送る姿を見れたことは、
ファンとしては嬉しく感じています。


こんなことがきっかけとなるなんてとても残念ですが、
でも多くの人にキャンディーズを再発見、あるいは新発見してほしい、
そんな気持ちで書いてます。

見せるアイドルとの印象が強かったキャンディーズですが、

歌唱力も高く、短い活動期間の中で名曲を多く残しました。
その内、亡くなったスーちゃんがセンターを務めた初期4曲で、
代表曲は何かとなれば、やはりこのデビュー曲でしょう。
『あなたに夢中』Can_004リアルタイムで大きなヒットはしていない筈ですが、
キャンディーズがメジャーになって後、デビュー曲としてリピートされることも多く、
代表曲のひとつ、ヒット曲という印象があります。
勿論、名曲ならばこそ後々までフィーチャーされたのだと思います。

記録を見ると売り上げは81.000、オリコン最高36位。

81.000枚という数字だともう少し順位が上でもいいように思えますが、
後になって売れた数も多かったのかも知れません

デビュー当時の映像。



見覚えあるセット。レギュラー出演していた『8時だョ!全員集合』
ですね。
弾ける若さ、フレッシュな笑顔、これはもう初々しさの極致です。
『あなたに夢中』のライブ映像はネット上にいくつかありますが、
後になってからのものもあり、デビュー当時のものはこれともうひとつくらいのようです。
曲調も最高のノリ、浮き浮きしてくるキャンディーズらしい歌です。

衣装はレコードジャケットと同じようです。
ジャケットでは上半身だけなのでわかりませんが、
ボトム部分がミニスカート、ホットパンツ、ロングパンツと分かれているのですね。
スーちゃんのロングパンツは、この曲のイメージからすると、
ちょっと重ったるくて、そぐわないようにも思えますが。


シングル全曲データ
キャンディーズのシングルレコードは解散後にリリースされた1枚を含めて全18枚です。
以下、シングル全曲のA面タイトル 発売日 オリコン最高順位 売上枚数です。

1. あなたに夢中      73.9.1   36位 8.1万枚
2. そよ風のくちづけ    74.1.21  39位 6.3万枚
3. 危ない土曜日      74.4.21  46位 3.8万枚
4. なみだの季節      74.9.1   40位 5.9万枚
5. 年下の男の子       75.2.21  9位 26万枚
6. 内気なあいつ       75.6.1   18位 9.8万枚
7. その気にさせないで   75.9.1   17位 10.3万枚
8. ハートのエースが出てこない 75.12.5 11位 17.2万枚
9. 春一番           76.3.1   3位 36.2万枚
10.夏が来た!        76.5.31  5位 17.6万枚
11.ハート泥棒         76.9.1   17位 9万枚
12.哀愁のシンフォニー    76.11.21 12位 22.8万枚
13.やさしい悪魔        77.3.1   4位 39万枚
14.暑中お見舞い申し上げます 77.6.21 5位 29.8万枚
15.アン・ドゥ・トロワ      77.9.21   7位 28.1万枚
16.わな              77.12.5   3位 39.2万枚
17.微笑がえし         78.2.25   1位 82.9万枚
18.つばさ            78.11.21 16位 10.9万枚(解散7ヵ月後の発売)

解散前の2曲は、解散フィーバー渦中での大ヒットですが、
それは別にしても、概ね右肩上がりに推移していることがわかります。
『年下の男の子』『春一番』『やさしい悪魔』と春に強いのも特徴ですね。

『あなたに夢中』『年下の男の子』『春一番』と、
明るく爽やかなイメージが強いキャンディーズですが、
実はちょっと大人っぽい路線の曲も意外と多いのです。


無論、大人っぽく感じるかどうかは個人の主観ですが、
私は半分ほどはそうではないかと思ってます。

ただ、大人と言っても、大きく分けて二種類あると思うのですが。

ひとつは、ちょっと大人の危険な恋というイメージ(リストに振った番号だと3.7.8.13.16
今ことつは、落ち着いた大人っぽいイメージ(4.12.15.18
勿論主観ですし、ごくごく大雑把な分類です。
また、初期の歌だとちょっと背伸びした大人っぽさ、後期は本当に大人の感じ・・・
というような違いもあります。

今までは主にキャンディーズらしい明るいを紹介してきたので、
大人路線の中からお薦めを・・・と思ったのですが、それぞれの魅力があり難しいです。

あえて耳にする機会の少ない、売り上げが20万枚に届いていないて歌から挙げてみます。

まず落ち着き部門では、もっと後の歌の方が総合的レベルは高いかも知れませんが、
スーちゃん最後のメインボーカル曲、美しい旋律のこの歌を挙げておきます。
『なみだの季節』Can_006このジャケットは清楚な女子学生のイメージでしょうか。
メチャクチャ可愛い!
映像はドリフの映画から。
http://www.youtube.com/watch?v=67yFLY6RTuM&feature=related


危険な恋部門ではパンチの効いたこの歌。
『ハートのエースが出てこない』Can_007このジャケットは一転して、まさにちょっと危険な3人組
表情の危なさと似合わない、お揃いの可愛いトップスがいいですね。
映像のステージ衣装は色・デザインともかなり可愛い感じ。
http://www.youtube.com/watch?v=Z2v6iSECCaU&feature=related

『微笑がえし』

解散前発売の最後のシングル

記念すべき初のオリコン1位、売り上げ枚数も2位にダブルスコア、完璧な最大ヒット曲です。
過去のヒット曲のタイトルを歌詞に折り込んだ総集編的な歌でもあり、
少し『春一番』に似て明るいけれど、でも別れの歌らしく寂しい曲調。
この歌をベストに挙げるファンも多いようです。
個人的な好みでいうと、それほど好きでありません。あくまで私見です。

『春一番』Can_005ではNo.1は何かと問われれば、これはもう断然『春一番』。
初めて聴いた時から、なんて浮き浮き明るい気分にさせくれる歌かと思いました

この歌は元々アルバムに収録されていたもので、それから約1年を経てシングルカットされました。
よくぞカットしてくれたと思います。

日本人的な感覚でしょうか、季節を感じさせてくれる歌に惹かれる面があると思います。
歌詞自体は他愛ないといえばそうかも知れませんが、
他愛ないからこそ、若い頃の記憶として誰でも共感できるのではないでしょうか。

もうすぐ春・・・、おそらく1年で最も希望に溢れた季節、
それに本当に相応しい、浮き立つような気分にさせてくれる歌です。



今の時期・・・勿論まだ、もうすぐ春という気分ではない方も多いでしょうが、
これから日本の応援歌としても相応しい歌だと思います。

【アイドル】キャンディーズのスーちゃん、田中好子さん逝く/1970年代を代表する女性アイドルグループ
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/1970-fdd3.html

スーちゃん逝く② キャンディーズとその時代/ピンク・レディー、ミニスカート、レッツコーヤング
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-7807.html

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2011年4月24日 (日)

【美術】マリー・アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン|三菱一号館美術館/王妃に愛された美貌の画家と18世紀フランスの女性画家達

マリー=アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン展

会 期 2011年3月1日(火)~5月8日(日)
会 場  三菱一号館美術館(東京・丸の内)
公式サイト http://mimt.jp/vigee/

201132328032

5月8日まで東京丸の内の三菱一号館美術館で開催中の
『マリー=アントワネットの画家 ヴィジェ・ルブラン展』を鑑賞してきました。

この展覧会は開始早々、東北・北関東大震災の影響で休止を余儀なくされました。
また私自身も再開後早い時期に鑑賞はしたのですが、書きそびれていました。

さて、昨年秋、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館にて、
『ウフィツィ美術館 自画像コレクション巨匠たちの「秘めた素顔」1664-2010』
という展覧会が開催されました。
http://oldfashioned.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-ab07.html

この時、看板作品としてポスター等で使われたのが、
マリー=ルイーズ=エリザベート・ヴィジェ=ル・ブラン作
『マリー・アントワネットの肖像を描くヴィジェ=ル・ブラン』(1790年)でした。

好きな画家であったルブランがフィーチャーされたものですから、その時のブログで私は、
「遂に彼女の作品を大看板とする展覧会が催されました。」と書きました。
とはいっても、この展覧会は多くのの画家の自画像を展示をするのが主旨でしたので、
ルブランの作品はこの1点だけでした。

しかも、この展覧会はこの後、大阪の国立国際美術館で開催されましたが、
ルブランの絵は他の展覧会への出展の為、展示されなかったようです。

それからあまり時を経ず、今回の三菱一号館美術館での展覧会が実現しました。
気がつけば会期は残り少なくなってしまいましたが、今回こそは、ルブランの絵を堪能できます。


Vigee001_2 出展作 エリザベト・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン 『自画像』(1800年)


エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン
(Elisabeth-Louise Vigee-Le Brun 1755年-1842年)

名前が原語表記も日本語表記も色々あってややこしいです。
昨年の展覧会では「ル・ブラン」ですが、今回は「・」なしの「ルブラン」、
Wikipediaでも「ルブラン」としています。

展覧会のタイトル「マリー=アントワネットの画家」はあまり大雑把な表現ですが、
ヴィジェ・ルブランは、フランス王妃マリー・アントワネットに寵愛され、
王妃の肖像画を多く描いた女性画家として知られます。
マリー・アントワネットは日本では、かの『ベルサイユのバラ』のヒロインとしても有名ですね。
ルイ16世のお妃で、フランス革命で断頭台の露と消えた伝説的な女性です。

ルブランは美貌と才能、知性に恵まれた女性でした。
王妃は単に専属画家としてではなく、ルブランの才能や人格も愛し、親友のような関係だったとされます。

Vegee_002出展作 エリザベト・ルイーズ・ヴィジェ・ルブラン 『フランス王妃マリー・アントワネット』


もちろん、ルブランは王妃の肖像専門ではなく、王妃以外の肖像画も多く残しています。
やはり女性や子どもを描いたものが多いようです。
更に、美しい、あまりに可憐な自画像を多く残した事でも知られています。
上に掲げた、今回の出典作である自画像も大変可愛らしいものです。
1800年作のことだから45歳の頃に描かれたものなので、
リアルタイムの自画像としては、聊か可愛らし過ぎるかも知れませんが。

1789年、フランス革命が起こります。
王妃はやがて捕えられ、1793年に処刑されます。

一方、ルブランは革命勃発後すぐにイタリアに亡命します。
その後、オーストラリア、ロシアでも画業を残し、1802年にフランスに戻ります。
てすから、上の自画像は亡命中の作品ということになります。
その後も各国に招かれ活躍を続け、1842年、86歳でパリで亡くなります。

その自画像のあまり可憐な印象もあり、
動乱期の一時に咲いた儚い花のようなイメージがあるのですが、
息の長い大画家だったのですね。
晩年はさすいがに旺盛な制作はしていないようですが、回顧録なども残しています。


今回の展覧会では日本に初めて本格的にヴィジェ・ルブランの画業を展示すると共に、
彼女のライバルであり、対照的な運命をたどったラビーユ=ギアール(1748年-1803年)をはじめ、
18世紀フランスで活躍した女性画家たちに絞ってその作品世界を概観すようという、
斬新といえば、確かに斬新な試みです。

絵画史的の区分けでいえば、この時代はロココと呼ばれます。
華やかで甘美で装飾性豊かな世界です。
もちろん簡単にすべてを一括りに出来るわけでもありませんが、
女性画家らしい優しい華やかさ、豊かな創造性を接することができます。

それにしても、華やかで美しい筆致に似合わず激動の人生を送ったルブラン同様、
今回の展覧会も思わぬ波乱に見舞われてしまいました。
東京近辺もまだまだ様々の震災の影響を受け続けています。
返ってあまり大型のレジャーは楽しみ難い面あるでしょうから、
近くの方は、都心の美術館で、美しさを極めた展覧会鑑賞などもお奨めします。


三菱一号館美術館201132328035
201132328049
2010年4月、近年再開発が進められてきた東京・丸の内に開館した美術館。
1894年に原設計されたという煉瓦造り、明治期の重厚なデザインが再現されています。

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2011年4月23日 (土)

スーちゃん逝く② キャンディーズとその時代/ピンク・レディー、ミニスカート、レッツコーヤング

Can_002
思いもかけなかったスーちゃん、田中好子さんの訃報に接し、
キャンディーズのこと、あの時代のことに色々思いを巡らしています。
追悼にもなっていませんが、思いつくことを徒然書いてみます。


1970年代を代表する女性アイドルグループ
キャンディーズ  1973年9月デビュー 1978年4月解散
ピンク・レディー 1976年8月デビュー 1981年3月解散

キャンディーズのデビューは1973年ですが、初めて大きなヒットは1975年、
ピンク・レディーは1976年デビュー。
70年代を代表するアイドルグループとはいっても、両方とも後半ですね。

前半はどうだったかといえば、もちろんソロの女性アイドルはいましたが、
この2組に匹敵するようなグループはいませんでした。
この2組が70年代を代表するといってしまって構わないと思います。

2組ともミニスカートで歌って踊ってというスタイル。
キャンディーズか安定した人気を得ていたところにピンクがデビュー、
爆発的なブームを巻き起こしました。

ですから、2組はライバルのように言われたりしましたが、ちょっとタイプが違います。
キャンディーズは小柄で、その名の通り可愛らしいイメージ、
ピンクは長身、大胆でちょっとハードなイメージでした。
Pin_0001ピンク・レディーのデビュー曲『ペッパー警部』のジャケット。
当時としてはかなり大胆な印象でした。
ピンク・レディーはこの歌が最高ですね。

この2組がコラボした映像もネットで見れますが、
コラボ用に合わせた衣装ではなく、それぞれの最新曲の衣装を着ていたりするので、
妙にチグハグな印象だったりします。この時代らしいとも言えますが。


ミニスカート
この2組はいうまでもなくミニスカート姿がトレードマークでした。
ところで、当時ミニスカートは一般には着られていたのでしょうか?
昭和40年代にミニスカートのブームがあったとも聞きますが・・。

ミニスカートは1960年代の終わりから70年代頭に日本でも大ブームになりました。
それこそみんながミニがはいた時代があったようです。
(もちろん皆が超ミニというわけでもなく、丈は様々だったようですが。)
ですから、この時代にデビューしたアイドルは、皆普通にミニをはいてました。

ブームは去るものです。特に当時の流行は極端でした。
一たびもう古いとなると、誰もはかなくなります。
キャンディーズのデビューはそんなミニの終焉期だったかと思います。
ピンク・レディーがデビューした頃には、街からミニスカートは消え去っていました。
稀少だったからこそ、彼女らのミニスカートが売りになったともいえるかも知れません。

ただ、彼女らが男性だけに人気があったのならわかりますが、
特にピンク・レディーなどは社会現象といえる程のブームを巻き起こし、
女の子たち(幼児から大人まで)は皆ピンクのフリまねをしました。
しかし、ファッションは真似なかったのですね。
まぁそのままコピーして普段着るには、ピンクの衣装は大胆過ぎましたが。


Can_001ミニスカートといえば、キャンディーズ初の大ヒット曲『年下の男の子』。

キャンディーズはデビューから解散までミニがトレードマークでしたが、
この『年下の男の子』、ネットで見れる紅白歌合戦の映像では超ミニのドレスで歌ってます。
しかし、リリース当時の歌番組では主に脚がまったく見えないロングスカート姿でした。
実はミニスカートでブレイクしたのではなかったのですね。

↓こんなスタイルでした。



人気者は・・?

その『年下の男の子』です。
デビューから1年半、これまではすべてスーちゃんがセンターでしたが、
この歌で初めてランちゃんがセンターでメインボーカルを務めました。
観てもらえばわかりますが、この歌はほぼランちゃんのソロ曲で、
スーちゃんとミキちゃんはほとんどバックコーラスのような感じです。

その曲が初の大ヒットとあってはスーちゃんも立つ瀬がないように思えます。
でも、そんな屈託をまったく感じさせないのがスーちゃんの偉いところ、
その後も、スーちゃんはランちゃんと人気を二分していました。

ではミキちゃんは・・・、可哀想だけど、人気面では少し落ちたかと思います。
最近映像を見直すと、ミキちゃんは一番可愛いくらいに思えるし、歌も踊りも凄く上手です。
ネット上でも同じような感想を持つ人も多いようです。

ミキちゃんはラストからひとつ前のシングル、アダルトなイメージの『わな』で初のセンターを務めました。
名曲ですが、当時は最後に花を持たせてもらったような印象でした。
今観ると改めて、ミキちゃんの歌唱力、動きのキレと安定感に感嘆します。かっこよさに痺れます。
note http://www.youtube.com/watch?v=ljN3WSljgLc&feature=related

Can_003

お笑い・バラエティ

キャンディーズはお笑い・バラエティ番組で随分コントをやったアイドルとして知られます。
バラエティに進出したアイドルの元祖とまでは、ザ・ピーナッツもいるので言い切れませんが、
かなり本格的にお笑いをやっていたことは、当時の印象としても間違いないです。

それはやはり当時の超人気番組『8時だョ!全員集合』にレコードデビュー前から
レギュラー出演し、ザ・ドリフターズと共演したことは大きかったでしょう。
なぜデビュー前から? と疑問に感じるかも知れませんが、
ドリフもキャンディーズも同じ渡辺プロダクション所属、
元々『全員集合』には渡辺プロの女性グループ、ゴールデンハーフがレギュラー出演しており、
キャンディーズはその枠の後任に収まったようです。
完全な後任なのか、ダブっていた時期があるのかまでは知りませんが。

ドリフとの共演に加えて『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』での
伊東四朗・小松政夫との共演もまた伝説的です。

一方、キャンディーズ時代の3人はドラマや映画とはほとんど無縁だったと思います。
山口百恵や桜田淳子ら、同時代のソロのアイドルは女優としても活躍していますが、
グループとして目一杯活動していた彼女らにその余裕はなかったのかも知れません。

だから、解散の時点でスーちゃんもランちゃんも女優としてはまったく未知数でした。
その田中好子さん、伊藤蘭さんは復帰後、女優として長く活躍する一方、
バラエティとは疎遠だったように思います。これもちょっと興味深いです。


レッツゴーヤング
最後にこの番組のことを書きます。多彩に活躍したキャンディーズでしたが、
歌手・アーティストとしての彼女らの代表番組はこれだったかと思います。
日曜夕方のNHKで長く続いたアイドル歌手中心の歌番組でした。

この番組のスタートは1974年4月。
当初は1970年代を代表する男性アイドルグループ、フォーリーブスがメインの番組でした。
彼らも歌って踊ってしゃべれて、レベルの高いグループでした。
しかし、当時のフォーリーブスはアイドルとしては限界に近付いていた時期で、1年で降板、
1975年春からは『笑点』出身の4人組ずうとるびがメインになります。
ずうとるびの時代は2年続きますが、その後半にキャンディーズが加わります。

1977年春にずうとるびは降板、キャンディーズがメインとなります。
(余談ですが、このタイミングで番組限定ユニット、サンデーズが初登場します。
 メンバーチェンジを繰り替えしながら長く活躍しましたね。)
この時代の『レッツゴーヤング』は番組終盤にショーコーナーがあり、
多彩なステージが繰り広げられました。
キャンディーズも様々なジャンルに挑戦、アーティストとして実力を魅せてくれました。
このオープニングも印象深いです。



しかし、この年の夏に衝撃の解散宣言、秋には降板してしまいます。
短くて勿体なかったですね・・・。
でも短かったからこそ永遠の輝きを放ち続けるのかも知れません。

【アイドル】キャンディーズのスーちゃん、田中好子さん逝く/1970年代を代表する女性アイドルグループ
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スーちゃん逝く③ キャンディーズ名曲の旅/『春一番』『あなたに夢中』シングル全曲データ
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2011年4月22日 (金)

【アイドル】キャンディーズのスーちゃん、田中好子さん逝く/1970年代を代表する女性アイドルグループ

過去に解散したグループや、引退したタレントについて語られる際、
よく「人気絶頂期に解散(引退)した。」という表現がされます。

しかし、その多くは誇張ではないかと思います。

例えば、1970年代後半に一大ブームを巻き起こしたピンク・レディー。
彼女らもこのような言い方をよくされますが、レコード売上でいえば解散時は
全盛期の50~100分の1程度まで落ちていました。
ピンクの場合は全盛期があまりに凄すぎたともいえますが。

そんな中、間違いなく人気絶頂期に解散したといえるのが、
ピンク・レディーと並び1970年代を代表する女性アイドルグルーブであった
キャンディーズでした。

より正確を期すなら、解散時に人気がピークに達したと言った方がいいかも知れません。

そのキャンディーズのメンバーであったスーちゃん、女優の田中好子さんが、
昨日2011年4月21日亡くなりました。1956年4月8日生まれ、55歳でした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000619-san-ent

1
向かって右端がスーちゃん
中央がランちゃん(伊藤蘭 女優、水谷豊夫人)
左端がミキちゃん(藤村美樹)
代表曲『春一番』のレコードジャケットより。

キャンディーズ
1973年9月1日 『あなたに夢中』でレコードデビュー。
1978年4月4日 後楽園球場でのファイナルコンサートを最後に解散。

キャンディーズはテレビ番組のアシスタント等の活動を経て、1973年9月にレコードデビューしました。
すぐにそれなりの人気を得てテレビで見かけるようになりましたが、
1年半ほど、大きなヒット曲には恵まれずにいました。
しかし、1975年2月に発売した「年下の男の子」が大ヒットし、一躍トップアイドルに、
特に女性アイドルグループとしてはNo.1の存在となったのです。

当時珍しくなっていたキュートなミニスカート姿、グループ名通りのスイートな可愛らしさが売りでしたが、
元々東京音楽学院の出身で歌も踊りも基礎がしっかりしており、
聴かせて見せて、魅せることが出来るグループでした。

加えてザ・ドリフターズや伊東四朗ら、当時のお笑い界のトップスターと
レギュラー番組で長く共演して本格的なコントにも取り組み、
まさにテレビの寵児となったのです。

Candデビュー間もない頃のキャンディーズ↑

実はデビュー当時は上の写真のように、死去されたスーちゃんがセンターでメインボーカルでした。
ところが、もうひとつ売れず、ランちゃんに初めてセンターを譲った『年下の男の子』が大ヒットしました。
こう書くと、スーちゃんが人気がないようですが、そんなことはなかったのです。
スリムな他の二人に対して、ちょっとふっくら、ぽっちゃり型のスーちゃんも大変な人気者でした。

1976年夏にデビューしたピンク・レディーの凄まじい台頭にレコードセールスでは抜かれましたが、
これは当時の歌手が誰も適わなかったのだから仕方ありません。
キャンディーズも変わらず高い人気を維持し、テレビにコンサートツアーにと活躍していた1977年夏、
コンサート会場で突然の解散、そして3人揃っての芸能界引退を宣言したのです。
伝説となる「わたし達、普通の女の子に戻りたいのです。」という言葉で。

人気アイドルの急な解散即引退は衝撃的であり、惜しむ気持ちから人気が過熱していきます。
翌1978年4月に決定したラストライブに向けて異様なほどに盛り上がり、
当時流行りの言葉でいえば“大フィーバー”が起きました。

そして、1978年2月に発売された(解散前の)ラストシングル『微笑みがえし』が初のオリコンチャート1位を獲得、
4月4日、後楽園球場でのファイナルカーニバルには5万5000人が終結しました。
197844_2まさにその絶頂期に、キャンディーズは幕を降ろしたのです。

・・・解散の熱狂からしばし経ち、3人とも順次芸能界に復帰しました。
しかし、キャンディーズが再結成されることはありませんでした。
藤村さんはまもなくフェードアウト、伊藤さんと田中さんは女優して残りました。

女優田中好子さんは、キャンディーズ解散時の熱気を思い起こさせるような派手さはなく、
でも実に堅実に、1989年の映画『黒い雨』では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞するなど、
第一線での活躍を続けました。
いつか再結成とはいわずとも、3人揃った姿を観たいものだとは思っていましたが、
まさかこんなに早く訃報を聞こうとは・・・。

キャンディーズが1976年3月リリースした『春一番』
春が来ると聴きたくなる、アイドルソングの枠を超え、時代をも超える永遠の名曲だと思います。
今年はまさに「もうすぐ春」という時期に震災があり、そんな気分ではありませんでしたが、
実はこんな時こそ聴きたい曲かも知れません。

もし、ご存じでなければ是非聞いていただきたい曲です。





関連My Blog
スーちゃん逝く② キャンディーズとその時代/ピンク・レディー、ミニスカート、レッツコーヤング
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2011年4月20日 (水)

香港&マカオツアー2011/古き香港映画の街並と寺院、高層ビルとグルメ、カジノと世界遺産の旅

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2011年4月8日から11日まで、香港とマカオを旅してきました。
タイトル通り目一杯、盛り沢山の旅でした。


震災前に立てた企画でしたが、震災の影響で参加者は当初予定の半分ほどに。
自分自身も迷いましたが、今回を逃すと、もしかしたら一生行かない地かもしれないし、
折角の機会なので行ってきました。


4月8日18:25成田発


震災の影響残るこの時期、香港への旅行者は多いのか、少ないのか、興味があるところでしたが、
機内はまさにガラガラでした。大げさではなく、本当に数えるほどしか乗客がいません。

後で現地のガイド氏に訪ねたところ、長期滞在者はいるが、観光客は激減で、
日本人相手のガイドは失業状態とのこと。避難や疎開に近い脱出者はいるものの、
旅行を計画・実行する気分ではないというところなのでしょう。
(ただし、帰途の飛行機は満席でした。ここは理由が判り難いところですが)

現地時間22時過ぎ、香港国際空港着(日本時間23時過ぎ位。日本との時差は約1時間)

空港は大盛況。
Hong_kong20114_13

バスでホテルへ。
香港では金曜夜は遅くまで盛り上がるとのこと、
荷物だけ置いて開放的でしゃれた飲食店が立ち並ぶ
ナッツフォードテラスを見聞。
Hong_kong20114_32たしかに、深夜・・というか早朝まで大盛況でした。


今回の宿泊場所BPインターナショナルハウス。
Hong_kong20114_361ここはヴィクトリア・ハーバーから北へ約1kmほど、九龍公園の北側に位置します。

九龍公園

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ヴィクトリア・ハーバー
Hong_kong20114_181ヴィクトリア・ハーバーの南側には海峡を隔てて香港島があり、
九龍側とは海底トンネルで繋がっています。


二日目、4月9日は朝からツアーに含まれるバス観光。

朝食はお粥
Hong_kong20114_54お粥の他にも焼そば(ビーフンのような食感)や点心など、炭水化物系盛り沢山で、朝食のイメージとは程遠い。でも美味。


朝食後、バスは海底トンネルを抜けて香港島に入ります。
まずはスタンレーマーケット。さすがに早過ぎて店はようやく開き始めたところ、
東南アジアの市場のような旺盛な売り込みはありません。

海辺に良さそうな英国風パブ(?)発見。
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で、朝からこういう光景。
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続いてレパルスベイの天后廟へ
ここは極彩色の様々な神様がたくさんいらっしゃいます。
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ヴィクトリアピークの展望台へ。
Hong_kong20114_117この日は生憎の曇り空・・ではなくて、香港は本土から来るスモッグでいつも煙っているそうです。


九龍に戻り香港最大の寺院、黄大仙へ。 Hong_kong20114_137
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とにかくすごい人。まさに老いも若きも皆一生懸命祈っています。
香港の人達は信心深いというか、風水など開運に拘る信仰が強いとのことです。


昼食は飲茶料理。
Hong_kong20114_160朝食同様炭水化物中心。美味。

観光ツアーは道路の混まないタイミングを狙ってピンポイントで効率的に名所巡りができるのが利点ですが、やたら物を売り付けてくるのは鬱陶しく、功罪相半ばといったところ。

午前の目まぐるしいバスツアーを終えて一息つき、午後は足つぼマッサージでリフレッシュした後、ヴィクトリア・ハーバーへ。
ハーバーの「アベニュー・オブ・スターズ」は海沿いに広がる香港映画をテーマとした公園です。

香港のスターといえばブルース・リー
Hong_kong20114_197もう少し下の世代だと、香港といえばジャッキー・チェンということになるのでしょう。
まぁ私の世代でもリーは半ば伝説の存在で、ジャッキーの熱烈ファンの女子とかいましたが。

夕食はハーバー添いの中華の名店映月楼へ。
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Hong_kong20114_212_2毎晩19時から行われるという光のショー「シンフォニー・オブ・ライツ」は何故か観れなかった。窓際に座っていたし、見逃したということもないと思うのですが。
続いてザ・ペニンシュラ香港のバーへ。
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そして最後はすっかり気に入ったナッツフォードテラスで締め。


三日目、4月10日
いよいよマカオへ。

香港からマカオへはフェリーで一時間ほど。
1997年にイギリスから返還された香港に対し、マカオは1999年にポルトガルから返還されました。
だから今の香港とマカオは同じ中国の筈ですが、行き来には入出国手続きが必要です。

マカオといえばカジノですが、実はポルトガル統治時代の建物が残る世界遺産の宝庫でもあります。

貴重な文化遺産の数々。
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セナド広場

Hong_kong20114_267民政総署

Hong_kong20114_274聖ドミニコ教会

Hong_kong20114_308聖ポール天主堂跡

Hong_kong20114_288 聖母聖誕堂内

Hong_kong20114_302モンテの砦(大砲台)よりマカオ市街を望む。

中世欧州を思わせるクラシカルな街並と、現代的・・・というよりSF映画みたいな
未来的都市風景のコラボがユニークです。

旧ポルトガル領のマカオの名物はポルトガル料理。
大変美味しかったけど、キレイな写真を撮り損ねました。


もちろん後学の為、カジノにも。
ザ・ベネチアン・マカオ・リゾートホテルへ
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ベネチアンの豪華なエントランス。
Hong_kong20114_338この奥にカジノが広がります。もの凄い広さ、盛況ぶりでした。


フェリーの時間もあり、慌ただしく香港へ。

最終日の夜は下町を探訪。
Hong_kong20114_369 現代的な街景と、ジャッキー・チェンやホイ三兄弟の映画に出てくるような煩雑な景色との一体化が香港らしさか。

ガイドブックに香港の地元の人は酒を飲まないという記述があって、本当かなと疑っていたのだけど、
どうやら事実のようです。入った現地系の店がビールを置いておらず、早々に退散。

やはり、ある程度外国人客を意識したような店でなくてはダメだと、
歩いていて見つけたちょっと落ち着いた店へ。

中日火鍋料理不倒翁。
Hong_kong20114_389手前がベーシック、奥が辛口スープ。二種の味が楽しめる。
上の写真でもよく見ると判りますが、香港の料理屋さんは一人に二膳の箸が付くことが多いです。
一膳は取り箸用だそうです。なかなか合理的。
同じ箸文化の日本ですが、見かけたことがないですね。

豊富な薬味、香辛料。
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店内の水槽にシーラカンスみたいな凄い魚発見。
Hong_kong20114_383この店は中華と和食の折衷料理だそうで、刺身も出すようです。

この夜も締めはやはりナッツフォードテラスへ。
どれだけ気に入ったのか。


早や最終日、4月11日

朝はペニンシュラでブレイク・ファースト
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散歩がてら九龍公園へ。
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プールは初夏気分。
香港の陽気はだいたい東京より一カ月ほど先、5月中旬くらいのイメージでした。

12時にホテルを出発して帰途に着く。
行きの飛行機は本当にガラガラだったけど、帰りの機内は満席。
理由は色々推測できないこともないけど、それにしてもちょっと不思議でした。

20:30 成田着。

さて、もちろん、僅かな滞在時間で香港とマカオ二ヶ所をじっくりと観れるわけありませんが、結構目一杯楽しみ、見聞した旅でした。

アジアはあまりきれいでなくて(特にトイレとか)と敬遠いる人もいるでしょうが、香港もマカオも綺麗な街で、気軽に楽しめる面もあります。共にアジアを代表いる観光&商業都市だから、当然でしょうけど。

特にマカオの発展ぶりには驚きました。
震災で膨大な損失を負った日本にとって、これからは外貨獲得が国是となります。マカオなどみると、やるのであれば徹底してやるべきなのだろうなと思いました。

2011年4月 4日 (月)

【美術】ファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画』/テレビ東京『美の巨人たち』より

先週4月2日放送のテレビ東京『美の巨人たち』の「今週の1枚」はファン・エイク兄弟「ゲントの祭壇画』(1432年)でした。
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/backnumber/110402/index.html

この絵はベルギーの商業都市ゲントの中心にそびえる聖バーフ大聖堂にある祭壇画です。
Lamgods_open

油彩技法の大成者として知られるファン・エイク兄弟は、
天才という言葉でさえ物足りなく感じるほど凄い画家ではないかと思います。

この絵は兄フーベルト・ファン・エイクが制作を開始しましたが、その途中の1426年に他界した為、弟のヤン・ファン・エイクか引き継いで1432年に完成させました。
その精緻な描写には驚嘆するばかりです。

ヤンは『アルノルフィーニ夫妻』や『宰相ロランの聖母』など著名な、そして実に印象深い傑作を残したネーデルラントの大画家として知られますが、そのヤンが自分以上の画家と記したという兄フーベルトについては、極めて記録が乏しいようです。
謎に包まれてしまっているところがまた、魅惑的でもあります。

謎といえば、この絵の上段中央に描かれた3人ですが、向かって左が聖母マリア、右が洗礼者ヨハネだそうです。
では中央は当然イエス・キリストかと思えば、さにあらず、初めて人の姿で描かれた「父なる神」なのだそうです。

ただし、この番組では断定的にそう説明していましたが、Wikipediaでは諸説あって断定できないが、
イエスの可能性が高いとしています。
Wikiではタイトルも違って、『ヘントの祭壇画』になっています。
これは地名の発音の問題のようですが。

今回の放送では彼ら兄弟が発展させ、この絵に注ぎ込んだ油彩技法にこだわっていました。
この絵の卓越した精緻さや鮮やかな色使いは、それまでのテンペラ画では成しえなかった事。
そして、彼らが油に何を混ぜたか未だに不明である事について。

まもなく、この絵は大修復に取り掛かるそうです。
油に混ぜた材料の秘密は解き明かされるのでしょうか。


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