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2010年9月 8日 (水)

シャーロック・ホームズ超入門/ワトスン、ベーカー街、世界一有名な名探偵

Holmes_by_paget_2

聖書に次ぐベストセラーともいわれる「シャーロック・ホームズ」シリーズ
世界一高名な名探偵として、誰もがその名を知っていると言ってもいいほどの有名人です。
最近も映画化されて話題になりました。
また1980年~90年代に製作されたジェレミー・ブレッド主演のTVシリーズは現在でも人気が高いですね。

とはいえ、誰もが原作小説を読んでいるわけでもないでしょう。
以前は少年時代にジュブナイル版でまずふれる事が多かったものですが、最近はどうでしょうか。
なんといっても古い作品ですし、それほど読まれてはいないのかも知れません。

しかし、その面白さ・楽しさは100年の時を経て色褪せていません。
文庫版は複数の出版社から発行されています。
また、意外と気軽に読み始められるタイプのシリーズでもあります。
是非、原作小説にも親しんでほしいものです。

以下はあくまで初心者向けのホームズ入門編。
基本設定とシリーズの歴史、ホームズ世界の本当の超概略、基礎知識です。


シリーズの全体像
シャーロック・ホームズシリーズはイギリスのサー・アーサー・コナン・ドイル (Sir Arthur Conan Doyle 1859-1930)により、19世紀末から20世紀初頭にかけて書かれた推理小説です。
作品は長編4編、短編56編の計60編。
短編は5つの短編集に収録されていますので、単行本としては全9冊です。それほど多くはありませんね。
また、長編といっても、日本語版文庫本で200~250ページ程度なので、近年のミステリーに比べければ中編くらいのイメージです。

以下、発行順に紹介します。

1.長編 『緋色の研究』(A Study in Scarlet)1887年
2.長編 『四つの署名』(The Sign of Four)1990年

3.短編集 『シャーロック・ホームズの冒険』(The Adventures of SherlockHolmes )1892年
4.短編集 『シャーロック・ホームズの回想(思い出)』(The Memoirs of SherlockHolmes)1894年

5.長編 『バスカヴィル家の犬』(The hound of the Baskervilles)1901年
6.短編集 『シャーロック・ホームズの帰還(生還)』(The Return of SherlockHolmes)1905年
7.長編 『恐怖の谷』(The Valley of Fear)1915年
8.短編集 『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』(His Last Bow)1917年
9.短編集 『シャーロック・ホームズの事件簿』(The Case-Book of SherlockHolmes)1927年

*短編集の年次は単行本としての発行年です。各編はそれ以前に雑誌への掲載があります。
*邦題は日本語訳版の発行元により異なるものもあります。


基本設定について
シャーロック・ホームズ (Sherlock Holmes)はイギリス人の私立探偵である。
ロンドンのベーカー街221B(221B Baker Street)にある、ハドスン夫人が営むアパートメントを住居兼事務所としている。
ホームズは友人のジョン・H・ワトスン(John H. Watson)医師を助手役に、様々な難事件を解決し、警察も一目置く存在である。
彼らが解決した事件は、ワトスンによる一人称の事件記録の形態で世間に発表された。

これくらいの事は大体の人が知っているのでしょう。

ところで、ホームズとワトスンは下の写真のように、ベーカー街で同居していると思っている人が多いのではないでしょうか。Cushingsh3_2 *映画『バスカヴィル家の犬』(1959年)より ピーター・カッシングのホームズ(左)とアンドレ・モレルのワトスン。

勿論、元々はそうなのですが、意外にも第2作のラストにおいてワトスンは結婚して新居に移り、ホームズとの共同生活を解消してしまうのです。

では残りの58作品でホームズとワトスンは別居状態なのかといえば、そうではありません。
上述のようにこのシリーズはワトスンによる事件記録の体裁を取っているので、「今回発表するのはワトスンの結婚以前、ホームズとの同居時代の話である」という前提で書かれた作品も多いのです。

その後、ワトスンはホームズとの同居を復活します。理由の詳細は不明ですが、夫人との死別との説が一般的です。
更に後にホームズは探偵業を引退し、ワトスンとも離れてサセックスで隠遁生活に入りますが、その後も時に事件に関わる事もありました。

実は、ワトスンの結婚とホームズとの同居問題は単純ではないのですが、ややこしくなるので言及しません。
このシリーズの特徴として、発行順と作中年代が時系列で一致しない事は認識しておいていいと思います。

*ワトスン医師については「ワトソン」と発音される事も多いですが、「ワトスン」の表記が主流となっていますので、それに倣います。


コナン・ドイルによるシリーズ創作の歴史 超概略
コナン・ドイルは医師業の傍らホームズを主役とした2本の長編、1887年に『緋色の研究』、1890年に『四つの署名』を創作・発表しますが、大きな話題になる事はありませんでした。
しかし、創刊間もない月刊誌「ストランドマガジン」に着目され、1891年7月より短編の連載を開始します。1号に1編ずつ、1話完結の形です。これでホームズは一躍大人気となります。やがて連載された小説12本は短編集『シャーロック・ホームズの冒険』として刊行され、世界的ベストセラーとなっていきます。

しかし、ドイルは連載の終了を決断します。
1893年12月号掲載の『最後の事件』において、ホームズの死をもってシリーズは一旦完結します。
作中でホームズは宿敵のモリアーティ教授と決闘し、共に滝壺に転落して不帰の人となります。記述者であるワトスンが崖上の決闘の場に到着した時は、ホームズは書置きを残して転落した後でした。ですから、決闘の様子は具体的には描かれませんでした。こうして2年半ほどで連載は終結しました。
冒険』以降の短編は『シャーロック・ホームズの回想』として発行されました。勿論巻末には『最後の事件』が収められています。

それから8年後の1901年、根強いリクエストに応えてドイルは長編『バスカヴィル家の犬』を発表します。
しかし、これはホームズ生前のエピソードとの設定でした。

1903年、ついにドイルはホームズを短編『空き家の冒険』で10年ぶりに復活させました。
しかし、死んだホームズをどうやって復活させたのか?
「実はホームズは生きていた」という事にしたのです。死の様子を具体的に描かなかった事が幸いしました。
滝壺に転落したのはモリアーティだけ、つまりホームズは決闘に勝ったのです。
そして、ホームズは残っている多くの犯罪者を壊滅する為、自分は死んだ事にして身を隠し、隠密裏に活動していた、というストーリーにしたのです。

ところで、ホームズが死んだと思われた『最後の事件』は1893年初出。生還したのは1903年。
10年間も隠密裏に活動していたのかと誤解しそうですが、これはあくまでも作品が発表された年です。

作中世界でモリアーティとの決闘があったのは1891年、ベーカー街に帰還するのは1894年なので、作中においてホームズがワトスンと離れて隠密行動を取っていたのは3年ほどなのです。この期間は「大空白時代 (the Great Hiatus)」 と呼ばれます。
これ以降、発表年次と作中年代との乖離は甚だしくなりますが、ややこしくなるので今回はこれ以上はふれません。


ともかく、復活したホームズは再びワトスンと共に活躍を続けます。
やがて、毎月の連載ではなくなりますが、ドイルはホームズ作品を1927年4月号の『シェスコム荘』まで断続的に書き続けました。
その間、前述しましたように後年のホームズは俳優業を引退してサセックスで養蜂に勤しむ隠遁生活に入りますが、その生活の中で関わった事件ついてのエピソードも描かれました。


シャーロック・ホームズ 作中年譜 超概略版
以下はシリーズ作品から推定される、私立探偵シャーロック・ホームズ氏の生涯の略年譜です。

1854年頃 誕生。
1881年頃 ベーカー街221Bに転居。ワトスンとの同居開始。
1888年 ワトソンが結婚により別居。
1891年 モリアーティとの決闘に勝利するも死んだ事とし、隠密活動に入る。
1894年 ベーカー街に帰還、探偵業再開、ワトスンと再同居。
1902年 ワトスンが再び別居。
1903年 探偵業を引退。サセックスに移転。その後も時に事件に関わる。
1914年 記録に残る最後の事件。第一次大戦前夜、敵国のスパイ組織を壊滅させる。
1926年 短編2本を自ら執筆。(描かれた事件の発生年は1914年より前)

初めて読むならどの作品から?
ホームズシリーズは複数の出版社から日本語訳版が出版されています。
順番に第1作の長編『緋色の研究』からという考え方もあるでしょうが、
短編が圧倒的に多い事からも推測できるように、ホームズ物語はやはり短編がより魅力的です。
その中でも最も評価の高いのは最初の短編集『シャーロック・ホームズの冒険』でしょう。
ここから始める事を推奨します。

では、どの出版社を選ぶべきか
実はこれが今、少しややこしい事になっています。
ホームズ作品は複数の出版社から発売されてきましたが、現在、全編揃って流通していて、初心者向けの文庫版となると、
新潮文庫、創元推理文庫、光文社文庫の三種類になると思います。

新潮版は1950年代より刊行されており、延原謙氏による歴史ある名訳として知られていますが、ひとつ問題があります。
初版時の基準では、5つの短編集をそのまま発行しようとすると頁数オーバーになる為、6つに分割されて発行されたのです。
ですので、新潮版には『シャーロック・ホームズの叡智』という原作にない第6の短編集が存在するのです。
個々の作品のクオリティには関係ないのですが、他に原作通りの編成のものが存在するのに、初心者の人にあえて編成を違えたものを推奨し難い面もあります。

創元版は阿部知二氏訳による、1960年頃発行のこちらも歴史ある古典です。
ただし、最終作の『事件簿』のみ、翻訳権の問題で長く発行が適わず、1991年に深町眞理子氏訳により追加発行されました。

対して光文社版は2006年から刊行された新訳版で、訳者はホームズの評論の訳なども多く、シャーロキアンとして知られる日暮雅通氏です。

この二社だと古典が新訳かの選択だったのですが、今年(2010年)になって状況が変わりました。
創元推理文庫が深町氏による新訳版の刊行を始めたのです。
2010年9月現在、『冒険』と『回想』が既刊で、新訳発行と入れ違いに旧阿部版は順次絶版となるようです。
つまり、創元版は完全リニューアル途中で、旧版と新訳版が混在している状況です。
追記:2015年に深町版新訳の刊行が完了。創元文庫は深町版で統一されました。

この状況なのでどれを推奨するかが難しいのですが、いずれも一定の評価を得ていますので、後は文体や価格等の好みだと思います。
上述の事情を理解した上でなら、名訳として名高い新潮版からという考え方もありでしょう。
光文社版は読み易いと評価されているようです。
刊行開始まもない創元深町版の評価が難しいですが、大ベテランですし、前述の『事件簿』で好評価を受けての登用なので問題ないかと思います。

他に以下二社のものがありますが、
*ハヤカワ・ミステリ文庫版も名訳として知られますが、現在品薄状態のようです。
*ちくま文庫版は膨大な詳注が付き、作中年代順に並べ直した中・上級者向けで、こちらも入手が容易ではないようです。


最後にいくつか書き切れなかった事をQ&A形式で簡単に記します。

シャーロキアンとはなに?
ホームズファンのことですが、かなり熱心で深い知識を持っている人達を指します。

正典とはなんのこと?
ホームズファンはドイルによるホームズ作品、前述した長編4本、短編56本をThe Canon(正典、または聖典)という呼び方をします。

ワトスンによる記述の体裁ではない作品はあるの?
後期の短編に4本あります。ホームズによる記述の体裁のものが2本、三人称表記のものが2本です。

ホームズの家族は出てくるの?
兄のマイクロフト・ホームズが登場します。政府の重要な仕事をしており、優秀な頭脳の持ち主のようです。他の親族の事はほとんど判りません。結婚の記録はなく、結婚そのものについて否定的な発言をしています。

小説に書かれなかった事件があると聞いたけど?
作中でホームズとワトスンは「あの事件の時はああだったね。」という思い出話をよくします。
小説になった事件が語られる事もありますが、そうでない場合もあります。それらは断片的にしか語られないので、ホームズファンとすればそれはどういう事件だったのか、大いに気になり、議論される話題なのです。

ホームズ関連でパスティーシュという言葉を聞くけど、それはなに?
模作の事です。言葉自体の意味は辞書やwikipediaを参照ください。
ホームズ物語については後進の作家にもファンや研究家が多いですから、当然パスティーシュも多いです。

ホームズとルパンは対決した事があるの?
日本では名探偵ホームズと怪盗ルパンは双璧の人気者ですね。
ルパン対ホームズ』という作品を読んだ、あるいは聞いた事のある方も多いでしょう。
最後の最後に、この件については少し詳しく説明します。

「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」シリーズはホームズシリーズより18年後れて、1905年からフランスのモーリス・ルブランにより書き始められました。
ドイルのホームズ作品にルパンは一切登場しません。
ルブランのルパン作品にホームズは何度か登場し、ルパンとの対決が実現しています。

しかし、実はこれは日本だけの現象なのです。
ルブランはルパン作品の初期の雑誌発表時に少しだけホームズを登場させましたが、単行本に収めるにあたり「エルロック・ショルメ」という別人に改めました。(これはドイルの抗議を受けた為とされますが、抗議の事実ないとの説もあります。)
この名はホームズのアナグラムです。以後ショルメはルパンシリーズに何度か登場します。
つまり、原作のルパンシリーズに登場するショルメは、ホームズをモデルにしてはいますが、別のキャラクターです。ワトスンにあたるウィルソンというキャラも登場します。

しかし、日本語で翻訳されるルパン作品のほとんどで、ショルメはホームズと訳されてきました。
たしかに、「ルパン対ショルメ」よりも「ルパン対ホームズ」の方が初めて読む方としては魅力的で、販促にも繋がるだろうし、英文字のアナグラムを片仮名訳しても、イメージが伝わり難いという面もあるでしょう。
しかし、これは紛らわしい事ではあります。
特に、ショルメはあくまで主人公ルパンの引き立て役として描かれているので、必ずしもホームズのように聡明でない場合もあります。それがホームズを名乗るのは、ホームズファンならずともしっくりとはきませんね。

近年は日本の芦辺拓氏による『真説 ルパン対ホームズ』のような、両者に敬意を払ったパスティーシュも作られています。

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